089.ドーグラス突撃
南部貴族連合二万五千、カレリア国軍二万が激突したヨエンス平原は、両軍合わせて四万五千の人並みを飲み込んでも尚充分な広さを持っている。
カレリア国軍のターヴィ将軍は、南部貴族連合に対しこれといった目新しさの無い布陣でこれを迎え撃つ。
開戦と同時に南部貴族連合は攻勢を強めるが、カレリア国軍は微動だにせず。
包囲せんと両翼を伸ばす南部貴族連合の動きにも、丁寧に対応し続け容易に隙を見せない。
中央は正面よりぶつかったまま膠着状態となり、左右もまた大きな動きができぬようターヴィ将軍が巧みに南部貴族連合の動きを制する。
戦況は、開戦直後より張り付いたように動かぬまま。
お互い予備兵力を投入する機も得られぬままに時間だけが過ぎていく。
そうやって一時間ほどが過ぎた頃、本陣にてターヴィ将軍は呟く。
「……良し。これでとっかかりはできた」
居並ぶ将軍たちもまた、これに頷く。
膠着状態であるはずの中央だが、ターヴィ将軍はここに軍の最精鋭を投入してある。
南部貴族連合の中央も充分に分厚い布陣で、もし削られたとしてもすぐに補充ができる態勢を整えてある。
だが、兵の練度が圧倒的に違うここ中央では、実は今、時間はかかれどほぼ一方的に南部貴族連合のみが兵を減らし続けているのだ。
もちろん敵がこれに気付けば対応してくるだろうが、じわりじわりと削り続け一時間も経ってしまっている。
敵中央の陣内部は、中核となる兵の失われた烏合の衆と化していよう。
後はこれをどう利用して兵力差を埋めていくか、ターヴィ将軍の腕の見せどころである。
豪放な性質とは対照的で、ターヴィ将軍はこうした地味で緻密な動きを好む。
なので戦に派手さはないが、確実に、着実に、堅実に、敵を削り取り勝利を引き寄せていくのだ。
その戦の安定感は、ともすればドーグラス元帥をも超えるだろうと言われている。
ふと、ターヴィ将軍は昔を思い出す。
いつもならばここで、ドーグラス元帥が動くのだ。
そうして美味しいところをいつも持っていかれるのだが、不思議と元帥にそうされるのは悔しくないのだ。
むしろ元帥のための下準備ができたことが嬉しく、その後の元帥の大暴れを楽しみにしている自分を、ターヴィ将軍は自覚している。
だが、今、ふらりと本陣に、馬に乗ったドーグラス元帥の姿が見えたのは、決してそんな懐古から来た幻ではない。
ターヴィ将軍は驚きながらもじっと元帥の顔を見る。
老いを全く感じさせぬ生気に満ちた顔つき。
その額に幾重もの皺を寄せているのは、顔中に現れる憤怒の表情から生まれたものだ。
国軍兵士誰もが逃げ回る、ドーグラス元帥激怒の表情である。
「こんの馬鹿者どもがーーーーーーーーーーー!!」
いきなりの怒声。
周辺全ての音がぴたりと静止し、皆がドーグラス元帥へと目を向ける。
「この程度の反乱軍相手に! いつまで暢気に遊んでおるか! ここは何処ぞ!? カレリア国軍ではないのか! ならば! 何故いつまでもあのような者共に好きにさせておるか! 貴様らカレリア兵の誇りを失ったか! 馬鹿め! 馬鹿め! 馬鹿めがーーーーーーー!」
ドーグラス元帥の叫び声に合わせ、周囲の兵士たちの顔付きが変わっていくのが見える。
元帥はゆっくりと馬を進めながら叫び続ける。
「何故殺さぬ! 反乱なぞ起こした下衆共を! どうして未だ生かしておいているのだ! 貴様ら恥かしくはないのか! ここは! カレリアの最前線ぞ! なのに何故未だ敵がのうのうと息をしておるのか!? カレリアに逆らった愚か者共なぞ! ただの一人とて生かしておく理由なぞあるまいに!」
元帥が馬を進めるに合わせ、その後ろに続くように兵士たちが勝手に前へと歩き出す。
これを誰一人止めようとはしない。
それどころか将軍たちすら元帥の後に続いていくではないか。
「もう良い! 貴様らなぞ頼まぬ! ワシが行く! このワシがカレリアの恐怖を! カレリア国軍の殺意を! 連中に惨たらしき死を叩き込んでくれるわ!」
ドーグラス元帥は、そう言い放つと馬に鞭を入れ走り出す。
とても老齢とは思えぬ見事な馬術である。
こからん、こからん、と軽快な音と共に元帥は走っていってしまう。
すぐに、元帥の馬の駆ける音が消える。
そこかしこから、兵士たちの雄叫びが轟いてきたからだ。
皆一斉に叫び声を上げながらドーグラス元帥の後を追う。
駆け出した騎馬たちはもう隊列も何も無い、誰が一番速いかを競い合うかのようにドーグラス元帥を追う。
そして、一番先頭を走る一騎が遂にドーグラス元帥に追いついた。
「元帥! お先に失礼させていただきます!」
「おおう! 貴様が一番手か! ぬかるなよ!」
「はっ!」
一番手の騎馬は嬉しそうに、誇らしげに、胸を張って馬を駆る。
すぐに二番手、三番手と騎馬たちが次々元帥を追い抜いていく。
「元帥! 横を失礼いたします!」
「お先に!」
「先手は我らが!」
「手柄はいただきますぞ!」
皆が口々に元帥に声をかけるが、元帥よりの返事を頂けるのは最初の一騎のみだ。
しかし彼らが駆けるのを、元帥は笑みにて送り出す。
既に本陣周辺だけではなく、更に外の連中にもこの騒ぎは伝わっているようで、そちらからも無数の騎馬が走り出している。
騎馬たちは誰が言うでもなく自然な形で陣形を作り上げる。
ここに指揮官は居ない。
誰もが狂騒に駆られ、叫び喚き怒鳴りながら、それでいて軍としての威容を保ったままで馬を走らせているのだ。
中央だけではなく、なんと左右両翼からも騎馬が集まりだしてくる。
彼等騎馬隊は後方の予備戦力として備えていたはずなのだが、自軍前衛などほっぽりだして中央へと集結していく。
誰も止めない。
誰も止められない。
騎馬にまたがる戦士たちは、飛来する矢にも槍にも全く頓着せぬままに、ただまっすぐに敵中央目掛けて突っ込んでいくのだ。
本陣より中央を目指した騎馬の一群の前には、味方中央歩兵隊がいる。
これに対し、騎馬達は全く減速せぬままに突っ込んでいく。
が、歩兵たちの陣が突如まっ二つに割れ裂ける。
この隙間に滑り入るように騎馬たちは駆け抜けていき、そして遂に、最前列の騎馬が敵前衛へと辿り着いた。
先頭の騎馬。
即ち最初に元帥を追い越し一番手の栄誉を賜った男は、敵が槍を構えるもまるで減速せず、そのまま馬ごと敵陣に突っ込んだ。
馬程の体重が勢いをつけた状態で敵にのしかかっていくのだ。
そんなものに押し潰されればひとたまりもあるまい。
そして騎手はというと、馬から空中高くに飛び上がっていた。
敵兵士たちが呆気に取られる中、敵陣ど真ん中へと飛び降りた兵士。
だが彼は決して単身ではない。
同じように突っ込んできた兵士たちが、馬を敵前衛に叩き込みつつ、次々と馬から飛び上がり、敵陣最中に空より降り注いできているのだ。
これを迎え撃ったのは不幸なことに、カレリアの兵士ではなく傭兵たちであった。
こんな馬鹿げた突撃を、全く想定していない者たちであったのだ。
軍馬がどれだけ貴重なものか、どれだけ高価なものか、わかっていればこんな使い潰すような真似、できるわけがない。
だが、恐るべきことに。
後続の騎馬たちも誰一人の例外もなくその全てが、馬を敵陣に叩き込みつつ自身は空中高くに飛び上がって、敵中へと突っ込んでくるのだ。
最早中央は陣なんて上等なものは存在しない。
あちらこちらが馬の巨体に食い破られ、天より降り注いだ兵士たちが驚き慌てる兵士たちを蹂躙していく。
だが、そんな中央陣に更なる攻撃が。
左右両翼から飛び出してきた騎馬たちがこれに襲い掛かる。
こちらも、既に削られてるだのもう陣が無いだのといった効率は一切考えていない。
突っ込んで、馬をぶち込んで、人も飛び込む。
これにより中央は、陣云々とか以前に、人が居なくなってしまう。
逃げたのではない。
全部、全部が、殺し尽くされたのだ。
瞬く間に駆け寄ってきた無数の騎馬たちに群がられた南部貴族連合軍中央は、これを成す兵士たちがあっという間に一人も残さず殺されてしまったのだ。
こんな戦い方、どこの戦史にも載っていない。
たとえ試したとて絶対に再現できないからだ。
では何故できる。ドーグラス元帥がそうした時だけ、兵士たちは何故こうも自殺紛いの特攻を仕掛けられるのか。
それは、元帥への信仰が故だ。
そのドーグラス元帥とて、戦歴の最初からこのような突撃ができたわけではない。
彼にも若い頃があり、未熟な頃があり、挫折と成長を繰り返してきている。
だが、元帥を見続けてきた誰しもが言う。
嘘だ。元帥は常に、どんな時であっても、勝利を招き寄せる絶対の存在であったと。
その類稀なる軍才がドーグラス元帥に数多の勝利を捧げてきた。それが度が過ぎていたせいで、誰もが信じてしまったのだ。
元帥の戦は、常に勝利と共にあると。
もちろん軍務に就く兵士ならば勝利が容易く手に入れられるものではないことを熟知していよう。
故にドーグラス元帥の指示が苛烈極まりないものであるのもわかる。
だが、その先に、必ずや勝利があると信じられれば。そんな将が居てくれるとわかれば、兵たちは後は任せたと容易に狂気へと身を投じられるのだ。
驚くべきことに、決死の覚悟で狂気に身を任せても、ドーグラス元帥の指揮下であれば、終わってみれば生きていたなんてことも珍しくないのだ。
今のカレリア国軍にはそうしてドーグラス突撃に参加し生き残った者も多数存在する。
だから誰も恐れない。
後先考えぬ暴走を、正気を失うほどの激情を、己が命を的にかけることを。
それは最早信頼などという次元のものではなかろう。
国軍数万の兵全てが共有する、ドーグラス元帥への信仰であるのだ。
ターヴィ将軍は元帥がヤる気であるとわかると、すぐに対応すべく動き出す。
「伝令! 左右両翼にドーグラス突撃の開始を伝えてこい! 急げよ!」
自分たちも一緒に行きたくてうずうずしている伝令の騎馬をそちらに放り出し、自身はドーグラス突撃に参加しない騎馬をかき集めにかかる。
すぐにそうしないと皆が突っ込んでしまうのだから、さすがのターヴィ将軍も焦った顔を隠せない。
辛うじて二百騎ほどの確保に成功すると、予備兵力から本陣、つまりアンセルミ宰相の護衛を引っ張り出す。
こちらもギリギリであったが、どうにかそれなりの数を揃えることができた。
ドーグラス元帥が好きに暴れ始めると、ターヴィはいつも後始末の準備に奔走させられる。
今回なぞは、ターヴィが元帥として他国にも認められるための戦でもあったはずなのだが、元帥はそんなもの知ったことかと動き出してしまう。
そこまでされても、ターヴィは元帥を怒る気になどなれない。
きっとこれが、最後のドーグラス突撃になる、そんな理由ももちろんある。
だがそれ以上に、ターヴィはドーグラス元帥の戦が、誰よりも大好きであるのだから。
敵中央を文字通り壊滅させた騎馬隊は、徒歩になった兵士たちがその場に集まっている。
彼等は皆肩で息をしながら、血走った目で敵を探すが全ての敵を屠ったとなると、今度はその場で待つ。
聞こえてきた。
歓声、にしては重すぎる。
罵声、にしては気高すぎる。
怒声、にしては意思が強すぎる。
それは、鬨の声である。
騎馬たちに続き、駆け出していた歩兵たちが追いついてきたのだ。
誰もが槍を掲げ、声を限りに叫び続ける。
歩兵たちはまだ誰一人殺してはいない。
だというのに、あの顔だ。
一暴れを終え全身に返り血を浴びた騎馬隊の人間離れした狂気の顔付きと、なんら遜色ない殺意に満ち溢れた戦士の顔であった。
犬歯をむき出しにするような笑みと共にこれを迎え入れた騎馬隊兵士たちは、歩兵と共に再度の突撃を開始する。
ドーグラス突撃の第一幕、騎兵特攻は終わった。そしてこれは続く第二幕、歩兵狂騒である。
中央を抜けたその先に向かって走るカレリア国軍殺意の軍団。
その先には敵本陣がある。
だが、そうはさせじと左右両翼がカレリア国軍を覆うように閉じられていく。
狂騒の中心、誰もが徒歩にて威を発している中、たった一人騎馬にまたがる老将軍ドーグラス元帥は、左右より迫る敵兵たちを見て叫んだ。
「敵が! おるぞすぐそこに! 貴様らの右に左に敵がおる! あれらを貴様らはいったいどうする!?」
戦場中にとても人間のものとは思えぬ雄叫びが鳴り響く中であっても、ドーグラス元帥の声は不思議と彼方まで広がり、狂戦士たちの耳へと届く。
「敵を! 殺せ直ちに! カレリアを穢す汚泥のような奴らよ! ただの一人も生かして帰すな!」
すると、敵兵がまるで予想もしなかった動きをカレリア国軍は見せる。
左右から覆いかぶさりにきた敵軍に対し、カレリアの狂った歩兵たちはまっ二つに分かれ、敵本陣を無視してこちら両翼への攻撃を開始したのだ。
更にまるで狙い済ましたかのような間で、カレリア国軍の左右両翼歩兵部隊がそれぞれの前に居る部隊に対し、こちらもまた気でも狂ったかのような突撃を敢行してきた。
敵本陣は完全な防戦態勢で待ち構えていたのだが、アテが外れて動きが鈍る。
この間に、中央から二つに分かれた部隊と、両翼が押し出した部隊とで南部貴族連合両翼を逆に挟み込んでしまったではないか。
その攻勢圧力たるや、南部の傭兵たちはあまりの攻撃に、自軍は既に敗れてしまっていて敗走の最中なのではないかと錯覚させるほどだ。
とにかく、その場に留まっていられないのだ。
留まった兵士は確実に死ぬ。
カレリア国軍の兵士は、自分を守るつもりもなく、とにかく先に自分が武器を突き出すことだけを考えている。
これを避けるなり受けるなりすれば、反撃で殺せる。
そんな一撃を全く躊躇無くやってくるのだから、南部貴族連合の傭兵が恐れ怯えるのも無理はない。
下がらねば敵を殺せるが、すぐに別の兵と同じやりとりを強要される。
一度でも失敗すれば死だ。
狂気に満ちた面構えの兵士たちが津波の如く殺到する中で、尚これを続ける勇気を保つことができる者なぞそうはおるまい。
カレリア側の消耗も激しいが、それ以上に信じられぬ速度で南部貴族連合の兵士たちが溶けていく。
これは最早士気が上がったなどといった次元の話ではない。
ドーグラスという劇薬を打たれた狂戦士の群である。
南部貴族連合両翼は、士気を保つといった所に意識を割く必要は無かった。
生きて帰りたければ戦うしかないのだから、士気なぞ消滅していようと兵士たちは剣を取るだろう。
逃げるなんて選択を選んだところで決して逃げ切れぬと思えてしまうほどに、彼らの殺意は強烈なのだ。
だが、生き延びようとする剣では、決死の剣は防ぎ得ぬ。
生き延びたければ全ての剣を防ぎかわさねばならぬのに、死に至る剣はたった一つでいいのだから。
そんな戦いを強要された南部貴族連合の兵士たちは、程なくして、戦意を失っていく。
どうせ助からぬと、命を諦めだすのだ。
生きるためにはあの狂気の群に逆らい、打ち砕かねばならない。
そんなこと、できるはずがないんだと。
南部貴族連合、左翼はそうやって崩れていった。
容赦も慈悲もない戦士たちにより、彼らは次々と討ち取られていく。
最早戦士の集団ではない彼らを、その全てを刈り尽くすまでカレリア国軍の狂戦士たちは殺して殺して殺して回るのだ。
一方右翼は、こちらはカレリア兵も加わっている集団であり、ドーグラス突撃のなんたるかを知ってはいた。
なので彼らはどうしたかというと、傭兵たちを盾にし、カレリア兵は皆後ろも見ずに逃げ出したのだ。
それはもう指揮官が率先して逃走を指示するぐらいである。
彼らもドーグラス突撃が見えた瞬間逃げ出したかったのだろうが、中央もまだ残ったままでは動くに動けなかったのだろう。
そうしてあれよという間に中央が消え、左右から取り囲むよう指示が出る。
そこまでは従ったが、敵の狂気に反乱軍の指揮系統が狂い始めるともう止まらない。
ここぞと小隊指揮官が間を計り、カレリア兵に逃げる合図を送ると皆、一目散に逃げ出したのだ。
彼らは皆、この後ここで何が起こるのかをよく知っているのだから。
左翼、右翼も、共に全滅の危機に瀕していたが、本陣は動くに動けなかった。
南部貴族連合総司令は当然、カレリア貴族であるからして、ドーグラス突撃の危険さは熟知している。
それでも蜂起に踏み切ったのはドーグラス元帥は高齢故、戦場で働くことはできぬという言葉を信じたからだ。
彼自身も元帥を見て、これでは戦では戦えぬと考えた。
それも自らが動いて初めて成立するドーグラス突撃などとてもとても、と。
だが現実に、こうしてドーグラス突撃を受けてしまっており、いかに対処したものかがわからない。
本陣が援軍に向かったところで、最早大勢は決してしまっている。
中央、右翼、左翼、と三つに分けた軍の内、中央の軍が消滅してしまっているのだ。
その後の態勢が悪いからと両翼で押し囲みにかかったところ、逆に襲い掛かられ今正に瀕死の有様となっている。
あまりに急すぎる展開に、総司令は判断が遅れに遅れ、そしてようやく決断した。
「ぜ、全軍退却せよ!」
まだ残る両翼を置き去りに、南部貴族連合本陣は戦場より離脱、いや、逃げ出したのだ。
こうして、ヨエンス平野の決戦はカレリア国軍の大勝利で終わった。
こうまで無茶な攻勢を仕掛けておきながら、カレリア国軍の消耗は一割にも満たず。
逆に南部貴族連合はというと、実に半数近くが戦死している。
逃亡は含めぬ、死体の数を数えただけで敵総兵力の五割に達したのだ。
壊走だのといった言葉が陳腐に思える、それは一方的に過ぎる虐殺であった。
別段、南部貴族連合に落ち度があったわけではない。
敵よりも多い兵力を揃え、これを充分に発揮できる戦場を選び、馬鹿な作戦なぞ何一つ取りはしなかった。
だが、それでもこの結果である。
いったい何をどうすれば勝てたのか、それすらわからぬであろう。
この理不尽の極みのような圧倒的攻勢をカレリアでは、ドーグラス突撃と呼ぶ。
ドーグラス元帥のみが行える、貫けぬもの無き必殺の矛。
ドーグラス元帥のみが引き出せる、究極の兵士たちの姿。
ドーグラス元帥のみが制御しうる、戦場の狂気そのもの。
カレリア史上最高峰の将軍と謳われた、これがドーグラス・リエッキネン元帥なのである。
「あんなのに私はケンカを売られていると……」
初めてドーグラス突撃をその目にしたイェルケルは、強張った顔で半笑いである。
他の三騎士も皆、似たようなものであるが。
スティナが、はふーと大きく息を吐く。
「世の中にはホントとんでもないのが居るものね。何あれ? 戦争にすらなってないじゃないの」
レアはちょっと目をきらきらさせていたりする。
騎士学校で学んだ者ならば、ドーグラス突撃をその目にできれば、普通は誰しもがこういった顔になるものだ。
「良いもの、見た。将軍に、感謝しないと」
アイリは眉根に皺を寄せている。
「さすがに、アレやられたら我らですら死人が出ますぞ。逃げればなんとかなるかもしれませぬが、いつも逃げられる状況ばかりとは限りませぬし……ぬう、悩ましいことよ」
イェルケルが早々に結論を出す。
「元帥とは間違っても戦場でやりあったりしない。それでいいか?」
「「「異議無し」」」