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086.後は逃げるだけ



「……俺、どうしてこう無駄に目が良いんだろ……見るんじゃなかった」


 隊長、どーしましたー、なんて声をかけられた騎馬隊隊長は、他の連中は気付いていないようなので見なかったことにしようかと本気で考えたが、さすがにそうもいくまい。

 暗闇の中にちらりと見えた銀髪は、第十五騎士団のおっきいのだろう。

 大きな部隊の痕跡を発見し、これを追って嫌がらせでもしてやろうとしていたところ、思っていた以上に大きな部隊でケツまくって逃げようとしていたのだが、友軍が戦っているのを見ては放置はできない。

 それに、アレが居てくれるのなら作戦に勝機が無いでもないのだ。

 部下たちにその旨伝えて腹をくくらせ、いざ、と突撃開始。

 敵は戦闘中だということでぴりぴりはしているのだが、その注意が完全に内に向いてしまっているため、騎馬隊の攻撃は驚くぐらいあっさりと決まった。

 とはいえ、歩兵たちが槍を構えることすらできず前列を抜かれたのは、やはり騎馬隊隊長の指揮と騎馬隊の練度故だろう。

 視界に入る瞬間をぎりぎりまで延ばしつつ、最も加速がついたところで敵兵の視界に入る場所に飛び出す。

 そこからはもうただただ速さ勝負。

 敵陣の最中に飛び込めたなら、槍で突くなんて真似はしない。

 馬で正面からぶつかって轢き殺すか、避けて人の隙間を抜けていくかのどちらかだ。


『クッソ! 暗くて見えねー!』


 昼間であれば、隊長のみならず彼の騎馬隊は皆、こんなせせこましい所でも駆け抜けてみせるのだが、深夜に騎馬を疾走させようなんてまともな神経の持ち主ではない。


『そんな真似を日に二度も三度もやろうってんだから、俺たちも大概イカれてるよな』


 どんどん人の密度が濃くなっていく。

 そろそろマズイか、と思い始めた頃、目標が向こうから走ってきてくれた。

 あちらは馬に乗ってるでもない低い視点のはずだが、それでもきちんと隊長たちを捕捉してくれるのだから、有難い話である。

 戦場に似合わぬ鈴の音のような凛とした声が聞こえる。


「隊長!? うわっ! 本当に隊長じゃない! 何よどうしたのよこんな所で!」


 と驚き声をかけてきたのはスティナ・アルムグレーン。

 第十五騎士団の一人で、先ほど隊長が見つけた銀髪の持ち主だ。


「そりゃこっちの台詞でさ! 何してんですかこんな所で! ああもうっ! それは後でいいからさっさと逃げますよ!」

「あ、あはは、そっか。隊長私たち助けに来てくれたんだ、ふふっ、嬉しいわね、そういうのって」

「んなこと言ってる場合ですか! 他の人たちは……」


 言っている間に現れた残る三人も、隊長と騎馬隊を見るととても驚いた顔をしていた。

 だが、隊長たちは騎馬隊で、これの足を今、止めてしまっているのだ。

 敵陣ど真ん中でこんなことをやらかしているのは、とてもとても危険なことなのである。

 スティナとアイリが先導するように走り出し、その両脇にイェルケルとレアがつく。

 これで横に並んで敵を蹴散らしながら騎馬が加速する空間を確保。

 騎馬隊は彼らの後に続く形で速度を取り戻していく。

 隊長は、前を走る四人に向かって怒鳴る。


「無理して倒しきらないでいいです! こっちに回してくだせえ! きっちり馬で処理しときやすんで!」


 隊長の言葉に、四人はおそるおそるといった感じで一人、また一人と後ろに敵兵士を流す。

 これらを騎馬隊が余裕を持って処理してやると、安心したのか四人は剣の届かぬ敵を無理に倒すことをやめるようになった。

 そうなると速い。

 敵の密度は変わらぬが、これを突破する前進速度が上がり、ついでに距離単位毎の反乱軍の犠牲者も減っている。

 前方から、四人の喜びの声が届く。


「おおっ! これが軍で動く利点か! この速さで敵陣が蹂躙できるのであればかなりのことができるであろう! 実に素晴らしいではないか!」

「ははっ、確かにな。少し過保護すぎたってことか。彼らもまたカレリアが誇る勇士たちなんだから」

「うん、騎馬隊は少しクセがあるけど、私たちには、しっくりくる。これなら一緒に戦っても、いいよね」

「……私たちに付き合える騎馬隊って、かなり珍しいと思うけどね。あの隊長さんもこの隊も、実は相当なモノなんじゃないかしら?」


 そんな余計なことに四人が気を回せるのも、騎馬隊の突入により、かなり楽に敵陣を突破できる見込みが立ったからだ。

 敵に、隊列を整え、槍を揃え、整然と並んで迎え撃つようなことができるのであれば、さすがの第十五騎士団にも騎馬隊率いての強行突破なんて真似はできなかっただろう。

 だが今は敵陣最中とはいえ、びっちりと兵士で埋まっているわけではなく、四人が走りぬけざまに斬り捨てるなんて真似も問題無くできるのだ。

 四人が斬り削ってくれれば後は騎馬隊の仕事だ。

 こちらも通り抜けざま轢き飛ばしてやればいい。

 こうして、敵陣は分厚い一本の帯のように削り取られていくのだ。

 ただそれでも、たかり寄ってくる者を次々磨り潰して進むような形ではないので、敵軍の被害もその時と比べれば抑えられている。

 そして、四人の前より人が消え、暗闇が戻ってくる。

 後は走って逃げるのみだ。

 その後姿に、慌てて弓を用意する者も居たが、騎馬の速さで移動する集団を捉えることはできず。

 逃げきられてしまうのだった。




 敵の前を離れても走って追撃してくる可能性があったので、四人が足を止めることは無かった。

 だが、敵も居なくなったので走りながら騎馬隊隊長は四人に馬を寄せる。


「で、いったいどーいう話であんな所に居たんですか?」


 状況を簡単に説明するため、レアが嬉しそうに袋を見せびらかす。


「みてみて、これ、敵将の首ー」

「え?」


 物凄い真顔になる隊長。

 苛立たしげにアイリが言う。


「そ奴が抜け駆けしおってな。我らを足止めにテントに忍び入り敵総大将の首を獲ってきてしまったのだ」

「え? え? あの大軍の中突っ込んで、大将首獲っちまったんっすか? うわー、ねえわー。てーか敵軍の足止めって話どこ行ったんすか」


 思い出したようにイェルケルが口を挟んでくる。


「そう、それだ。西の峠があっという間に抜かれてしまってな。恐らく本隊も追いつかれ、砦も間に合わない、と」

「それホントっすか? やっべぇな、敵さん何しでかしたかわかりますか?」

「大きな音がしたそうだが、それ以外はまったくだ。それでな、君らはまだ西の峠が落ちたことを知らないだろうからって探していたんだよ」

「ありゃりゃ、そいつは申し訳ねえ。……ん? いや、それでなんで敵軍に突っ込んでるんすか? それもあれ敵のド本陣っすよね」

「それがなぁ。あの部隊を見つけたのは偶然なんだが、旗見てあれが敵大将だろってなって、そしたらもう止まらなくなっちゃってさ」

「…………ソッスカー」


 この話になったことで、イェルケルは言いたいことがあったのか恨みがましく皆を見る。


「それだよ。みんなイケるって顔してたけどさ、実際突っ込んだら物凄く手強かっただろ。あれ、隊長来てくれなきゃ危なかったかもしれないぞ」


 スティナもそれは気になっていたようだ。


「そうなんですよね。ちょっと見通しが甘かったです。指揮官の能力、兵士の種類、昼か夜か、敵の士気、色んなことが影響して兵士の強さになるんですね。戦争って奥が深いわ」


 レアもアイリも同様で、その意見には思う所があったのか素直に頷いてくる。


「ちょっとキツかった。あれで、こっちに合わせた陣、組まれてたらと思うと、ぞっとする」

「結局、敵の兵数も正確なところはわからぬままでしたしな。我らも随分と戦慣れしたと思っていましたが、まだまだ学ぶべきことは多いですなぁ」


 ふと見ると、隊長が変な顔をしていることに気付いたイェルケル。


「どうした?」

「いやぁ、皆さん案外普通に反省するんだなって。それ以上強くなってどーしようってんですか」

「ん? 負け戦で反省しないでいつ反省するというんだ。はぁ、敗戦報告って、私これまでしたことが無いんだ。今から気が重いよ」


 イェルケルの言葉に隊長は苦笑いをするしかできない。


「そりゃまた贅沢な話ですな」

「私もそうは思うが、それでも、全部勝ちたかったんだよっ」


 イェルケルたちはそんな話をしながら、弓隊が向かった退却路ではない方に、撤退支援に向かうのであった。




 その邂逅はとても気まずいものだった。

 五十ほどの兵と参謀達を引き連れたハハリ将軍は、弓隊が守る方ではなくよりにもよってイェルケルたちが守るこちらの撤退路を使い逃げてきたのだ。

 イェルケルもなんと声をかけて良いやらわからなかったが、一応の上司でもあるし、と一言挨拶を。


「ご無事で何よりです」

「……ああ」


 騎乗したままイェルケルを見下ろし、ハハリ将軍は足も止めずに行ってしまった。

 参謀たちは皆バツが悪そうにしつつ、第十五騎士団の面々から目を逸らし、五十の兵たちは疲れきった顔でこちらを懇願するような目で見ている。

 きっとここで休憩だと思っていたのだろう。

 そんな彼らを哀れに思うが、イェルケルにどうこうできることではない。

 スティナは五十の兵たちのうち一人に耳打ちする。

 彼は顔に、ハタ目で見てわかるぐらいの喜色を浮かべる。

 将軍たちが去った後、程なくしてスティナが声をかけた兵士が戻ってきた。

 あの後将軍たちがどう動き何がどうなったのかを、スティナは聞き出そうとしたのだ。

 イェルケルはスティナのやることに文句を付けるつもりもなく、彼女がやろうというのだから何かイェルケルにわからぬ必要があってのことだろうと彼女の好きにさせている。

 兵士曰く。

 将軍はあの後素直に撤退したのだが、背後より敵の攻撃を受け大混乱に陥った。

 その段階で三千近い兵が居たし、最初の敵襲は数で言うならこちらの方が上であったのだが、対応が遅すぎた。

 初撃を振り切れない間に敵の追加が加わり、もう完全に軍の足が止まってしまう。

 これに怯えたハハリ将軍は、本陣のみ退却を試みたようだ。

 だが、逃げ切る前に迂回していた敵騎馬隊に捕捉され、包囲完成。

 砦への道も抑えられ、後は散り散りになって逃げてきたと。

 話を聞いて、こめかみを押さえたまま無言になってしまうイェルケル。

 アイリは当たり前の疑問を口にする。


「その状況で、良くも逃げて来られたものだな」

「はぁ、なんでも包囲の一角が何故か崩れたそうで」

「追撃は?」

「運が良かったのか、私たちはほとんど追撃を受けませんでした」


 レアとスティナが顔を見合わせる。


「敵将、殺ったの、影響出てる?」

「かも。アレも言うほど無駄じゃなかったみたい。ちょっと嬉しいわね」

「……でも、びみょー。将軍、生き残っちゃったし」

「兵士もたくさん生き残れたと思いなさい。将軍なんていつでも殺せるんだし」

「ん、りょーかい」


 実に不穏な会話でそれなりに納得を得られた模様。

 その後も逃げてくる友軍を受け入れ、敵の追撃を防ぐためその場所に陣取り続けたイェルケルたち。

 逃げてくる兵士たちの顔が、イェルケルは忘れられない。

 ふてぶてしく笑い、生を喜び、敵とハハリ将軍を罵り、更なる闘志を燃やす者も極少数はいる。

 だがほとんどの者は、とても兵士とは思えぬ空ろな表情で、のろのろと足を進めることしかしない、できない。

 ただ面白いことに、逃げてきた者は皆、イェルケルの守る場所で一休みすると、すぐにその場を出立するのだ。

 そのままいつまでも休んでいるなんて者も居るには居るがやはりこちらも少数で、ほとんどの生き残りは空ろな表情のまま、生気の無い足取りで更に遠くへと逃げるのだ。

 スティナは、そんな兵士たちの姿を見て、とても感心しているようだった。


「生きるために必要なことが、あの兵士たちにはわかっているんでしょうね。まともに物が考えられなくなるぐらいヒドイ目に遭っても、最後の最後まで生き残る最善を選んで実行できるんだから、人間って大したものなんだと思いますよ」


 そう言われると、頼りない、今にも崩れ落ちそうな兵士たちが、それなりに頼もしく見えてくるから不思議だ。

 だがレアは、全く正反対のものを見ていた。


「あれだけ、頑張ったのに、たくさん死んだね。殺すのは簡単なのに、その逆は、どうしてこんなに難しいんだろ」


 歩兵第三隊隊長の死を聞かされた、レアの言葉であった。

 それはイェルケルにも胸の痛みをもたらす話であったが、思ったよりも平気な自分に驚く。

 きっとこれは、戦場でたくさんの死を見てきたせいだと自分に言い聞かせる。

 自分が知人の死にも大して動じぬような人間になってしまったなんて、イェルケルは思いたくはなかったのだ。



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