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082.山中での足止め戦



 中央街道は南部へ至る主要街道でありながら、整備が遅れている道である。

 特に山道になると極端に道幅が狭くなる。

 馬車が一台通ったらそれでいっぱいになってしまうぐらいに。

 不便極まりない街道であるが、少なくともイェルケルにとっては、今はこの道の狭さが有難い。

 また山中だというだけでなく、途中林の中を通る箇所もあり、まさにその場所が待ち伏せには最適とされていた。

 弓兵たちには木の上に陣取ってもらう。

 まだ敵が来るまで時間があるので、弓兵たちは木の枝を払って射線の確保を行なっている。

 これが昼日中であればこの場所の待ち伏せはもっと機能するのであろうが、あいにく今は深夜であり、木々が月明かりすら遮る街道を狙って射るのは難しい。

 だから弓隊は敵が来たということだけを確認したなら、後は街道に向けて適当に撃つしかできない。

 この場での主役は、やはり第十五騎士団の四人だ。

 そんな彼女らはどうしているかというと。


「ぬあーーーーーーっはっはっはっはっは!」


 待ち伏せだというのに馬鹿笑いをしている馬鹿は、アイリ・フォルシウス(馬鹿)である。

 殿の緊張感など微塵も感じていないようだ。

 イェルケルは撤退する部隊から大量に弓矢を借りてきていた。

 これを、敵が街道を登ってくる間撃ち続けようとしたのだ。

 大量の弓矢を置きその話をしたところ、スティナとレアが赤面しながらそっぽを向き、突然アイリが高笑いを始めたというわけだ。


「どうした貴様ら? んー? 弓だぞ弓? 遠くを撃つにはこれ以上の武器はあるまい。ま・さ・か、弓術を修めておらんわけは無いよな? さあさあ! 弓を取るが良いわ!」


 とても嬉しそうな顔である。

 イェルケルは何故アイリがそうまで嬉しそうなのか全く理解ができない。

 そんなイェルケルの表情を見て、スティナは観念したように言う。


「その、私は、弓が苦手なのです、殿下」

「苦手? にーがーて? おいこらスティナ、言葉は正確に使うべきであろう。スティナは苦手なのではなくて、使えない、であろう? ぬはーっはっはっはっは」

「使えない? そういえばスティナとレアが弓の練習してるところ見たことが無いが、スティナが弓を使えないって……あ」


 遅ればせながらイェルケルも気付いた。

 スティナは弓を使うには胸がデカすぎる。

 革鎧でその豊か過ぎる胸を押し込めてはあるが、見ればわかる。

 弓の弦を放ったら、あれは絶対胸に当たるだろうと。

 その観点で見ると、もう一人が恥かしがっている理由も理解できる。

 レアは半分涙目になりながらアイリを睨んでいる。


「アイリの根性悪。意地悪。短足。ずん胴」

「おいいいいいい!? ここぞとばかりにそこまで言うか貴様あああああああ!!」


 アイリは弓を手に取り、弦を確かめる。


「ふん、まあ貴様らは指をくわえてみているがいい。そのような無駄な肉なぞを付けていなければ、これだけの戦働きができるというところを見せてくれるわ」


 街道の先、闇の最中に目を凝らすアイリ。

 何気無い動きで弓を引き、これといった溜めも無しにすぐに弦を放つ。

 何かに刺さる音はしなかった。


「む、ちとズレたか」


 再び弓を引き、放つ。

 今度の動きは木の上に居た弓兵たち皆、見逃さなかった。

 弓がありえない所まで歪んでいるのと、放たれた瞬間の矢が見たことも無い速さで飛んでいくのを。

 そして、微かに聞こえた嘶き。


「ほう、もう来ておったか」


 木の上の弓兵たちがいきりたつが、アイリがこれを一言で制する。


「待てい。まだ届かぬ」


 そんなことを言いながら、アイリはやはり無造作に次々と矢を番え射放ち続ける。

 その速さたるや。

 一つの挙動で矢を手に取りつつ弓を引き、引ききるなりすぐに弦を放つ。

 足元には矢筒が地面に刺してあり、矢を次々拾いながら射かけ続ける。


「……ん? おい、敵が引いたぞ」


 二十本も射たところで、アイリは弓を射る手を止める。

 結局、弓兵の射程に敵が入ることは無かった。

 イェルケルは構えていた弓を下ろす。


「出る幕無かったな。良くもまあ、あの暗闇の中当てられるものだ」


 当たってたのかあれ、と弓兵たちが心の中で突っ込む。


「殿下の射程までは後少しでしたな。まあ、今のは追撃を逸った連中でしょうから、本番はこれからですか」


 そう言って手にしていた弓をそこらに投げ捨て、新しい弓を手に取る。

 イェルケルはそれを見て眉根を寄せた。


「壊すの早くないか?」

「ちと力みすぎましたな」


 アイリがその膂力で引いた弓だ。

 いつまでもまっとうな形を保っていられるはずもない。

 イェルケルは今の前哨戦でこの地での戦い方を把握した。


「良し、基本は弓で行こう。スティナとレアは前に出て射ち漏らしを頼む」





 まだどこに敵がいるかもわからぬ歩兵たちに、次々と矢が降り注ぐ。

 木々に月明かりすら遮られる漆黒の中だ、街道を進む歩兵たちの恐怖たるやいかばかりか。

 だが、すぐ真横から戦友の断末魔の悲鳴が聞こえてくるというのに、彼らの勇気は前進を決して止めようとしない。

 むしろ敵が出たのなら、と両腕で顔をかばいながら走り出したではないか。

 しかし、敵から放たれる剛弓は、かばった腕ごと顔を、胴を、貫く。

 弓ならばいい加減射手の位置が特定できそうなものだが、どこまで行っても放たれてくる矢の出所は見えてこない。

 ある一線を越えると、矢の数が突如倍に増えた。

 これは堪らぬと指揮官が後退を考えたところで、後方より盾を運んできた部隊が追いついてきた。

 彼らに遅いぞと罵声を浴びせつつ、最前線の兵士たちに盾を持たせる。

 指揮官はこれで十全、と息巻いたのだが、すぐに前線から悲鳴が届いた。

 曰く、盾が役に立たぬと。

 稀に盾すら貫く剛弓があるというのではない。

 全部だ。

 全ての矢が盾を貫いてくるのだ。

 完全に貫通するものもあれば、深々と半ばまで刺さるものもあり。

 いずれの場合でも、盾を構えた者は無事ではすまない。

 どうせ闇の中だ、狙って射つでもない弓を恐れるなどカレリア兵のすることではない、と発破をかけ兵たちを押し出す。

 そろそろだろう、と思った場所を抜けても射手を捉えることはできなかった。

 いったいどれだけ遠くから射ているのか。

 そして遂に、更なる恐怖が襲い来る。

 矢の量が急激に膨れ上がった。

 街道全てを覆い尽くすほどの矢の雨。

 それらが先の見えぬ闇の中より飛来する恐怖に、遂に兵士の幾人かが耐え切れなくなってしまった。

 指揮官の命令によらず後ずさり、逃げ出す兵士。

 よくあることだが、あってはならぬことが起きてしまった指揮官は驚き慌てるが、幸いと言っていいか、逃げようと背を向けた兵士は皆矢で射殺されてくれた。

 良かった、と安堵しつつ、大声で退却を命じる。

 命令によらず勝手に下がる、そんな兵士が出てしまってはその後士気が保てなくなってしまうだろうから。




「おうじー、出番はー?」

「お前たちの出番が無いのは嬉しいことだろ、もっと喜べ」


 見事、近接二人に辿り着く前に撃退に成功したイェルケルたちだが、次はこうはいかないだろう。

 こちらの手の内で明かしていないのはもうスティナとレアの二人のみだ。

 相手側は対応策を準備してから挑むことができるのだから、次厳しくなるのは当然だ。

 ただ、盾すら貫く矢を如何に凌ぐかは、イェルケルにも思いつかない。


「なあ、次、敵はどんな手で来ると思う?」


 スティナとアイリとレア、三人が同時に答えた。


「「「力押し」」」

「だよなぁ」


 ざわりと、首筋に虫でも這ったような不快感。

 イェルケルは街道の奥、暗闇の先に目を凝らす。

 見えない。まだ、見えない距離だ。

 それでもその先に何かを感じ取ることができる。

 イェルケルは街道のみではなく、その方角全てを見ている。

 闇の濃淡を、木々のざわめきを、大気の揺れを、そういった微細な変化全てを掬い取って、イェルケルは闇の奥の敵軍を感じ取ったのだ。


『こういうの、わかるもんなんだな』


 今までの戦場とは違う軍対軍の戦場では、まだまだ学ぶことが多いと感心するイェルケルであった。




 レアは、こんなにもおっかない戦場は初めてであった。

 敵が遂に矢雨を突破しレアのもとに突っ込んできた。これは良い。

 喜び勇んで剣を抜く彼らを斬り伏せるのはレアの役目であるし、暗闇にもとうに目が慣れているのでそれほど不自由は無い。

 だが。

 背後から頭上を越えて無数の矢が、常時飛んでいっているのだけは慣れない。

 レアはそちらを全く見ていないのだから、もし味方が誤射なんて真似したら即死もありうる。

 その可能性を完全に無視して剣を振り続けることがレアの負担となるのだ。

 頭上を抜けるひゅんひゅんといった音が、死神の足音に聞こえてならないレアだ。


『おーじのばかっ! コレ、怖いなんてもんじゃないっ! いっそ一人で戦った方が、まだマシっ!』


 なんてことを考えていられたのは最初のうちだけである。

 敵の数がどんどん増えてくると、レアはいつしか頭上の矢を気にしている余裕も無くなる。

 また、レアもイェルケル同様、敵の気配を感じ取れるようになってきていた。

 矢の雨により敵兵たちは街道を容易く登れぬよう押し込まれている。

 敵兵たちの登らんとする勢いと、街道の狭さに苛立つ、後方に密集する兵たちの息遣いが聞こえてくる。

 その勢いはレアたちの守る場所を貫き、更に奥にまで辿り着くであろう威力を秘めている。

 そんなことまで感じ取れてしまう自分に少し驚く。

 いつもそうだが、いざ戦の最中に飛び込むと周囲の見え方がやたら鮮明になる。

 常に死角を消すよう動き続けているせいだが、全周を立体的に感じ取ることができるのだ。

 同時に幾つものことを認識し、同時に幾つもの動きを頭で想像し、いかに対処するかの答えが出てくる。

 今日は特に、その感覚が鋭くなっているような、そんな感じだ。

 もしこれで、いきなり押し込む矢雨が失われたら、敵兵たちはその勢いをレアとスティナに叩き込んでくるだろう。

 その中に一人でもレアと五分に戦える戦士が居たらそれで終わりだ。

 逃げることすらできず殺される。

 なのでレアは心の中で声援を送る。


『うん、頑張れ弓隊。もっと頑張れ、ずっと頑張れ』


 剣の達人なだけあって、手の返しも早いのである。



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