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076.女の子とお肉の話



 総勢三万のカレリア国軍が合流すると、早速将軍たちによる軍議が行われた。

 ここに総大将たるドーグラス元帥もいるが、いざ軍議となると元帥は特に口を開かない。

 将軍たちが慣れた調子で次々作戦の段取りと各将軍の配置を決めていく。

 将軍同士の配置に関してはこれといって揉めることも無かったが、では次に騎士団をどうするかとなると、話し合いをする将軍間で齟齬が出始める。

 ありていに言えば、皆が騎士団の配属を嫌がっているのだ。

 国軍の兵士ならばそれがどこの部隊であろうと、一定の練度は保証されている。

 だがこれが騎士団となるとそうはいかない。

 騎士団によって練度はまちまちで、チンピラに毛が生えた程度の騎士団もいる。

 そんなものを宛がわれてはたまったものではない。

 ああでもないこうでもないと皆が言い訳を並べ立て騎士団配属を拒否していると、黙って話を聞いていた元帥の表情が変わっていく。

 それをいち早く察した一人の将軍が、肩を落としながら発言する。


「ええい、わかった。わかったわ。騎士団は全てワシの所で面倒見る。どうせ邪魔なだけならば誰かが一箇所にまとめておいた方が良かろうて」


 彼がそう言って貧乏くじを引いてやると、皆心から安堵したようにその意見に賛意を示す。

 これほどの大規模な軍事行動は久しぶりであり、誰もがこの大戦での手柄を欲していたのだ。

 将軍は一言付け加える。


「ああ、そうそう、イェルケル殿下の第十五騎士団だけは他所で見てくれよ。あれは宰相閣下が直々に注意するようおっしゃっていたからな」


 この意見にも皆賛成だ。

 あの特異な騎士団を他騎士団と一緒に運用なんてしたらどんなことになるか想像もつかない。

 挙げた武勲だけを見ても、嫉妬と憎悪の目で見られるのは必定であるのだから。

 そこで、筋肉質な者の多い国軍将軍の中では珍しく小太りの将軍、ヤルマリ・ハハリが発言する。


「それでしたら、第十五騎士団は我が軍でお引き受けいたしましょう」


 この言葉にぎょっとした顔になったのが二人。

 他の騎士団を引き受けるといった将軍と、もう一人だ。

 この二人、イェルケルの相談役を引き受けた二人であった。

 片方が他騎士団全ての面倒を見ることになったので、残る一人がイェルケルたちを引き取ろうとしていたのだが、ハハリ将軍に先をこされてしまったのだ。

 慌てて声をかけようとするも、他の将軍たちが口々にハハリ将軍の意見を支持しだす。

 ここに来てようやく二人の将軍は悟る。

 ハハリ将軍は最初からイェルケル達第十五騎士団を引き取るつもりで根回しをしていたのだと。

 どこの部隊にとってもあんな扱いづらい騎士団は欲しくなかろうと思っていたのだが、恐らくはだからこそ皆、ハハリ将軍の根回しに乗ってしまったのだろう。

 そして最も恐るべきことが。

 ドーグラス元帥が、ハハリ将軍の下に第十五騎士団が行くことになりそうだとなった途端、にたりと笑い出したのだ。

 こうなってしまうともう、元帥を止められる人間は国軍には存在しない。

 カレリア中探してもそれができるのは、アンセルミ宰相ぐらいだ。

 そしてアンセルミ宰相が合流するのはもう少し後の予定である。

 ちなみにこれは将軍たちすら知らないことなのだが、アンセルミ宰相以外にもう一人、最愛の孫のヘルゲが一言頼めば元帥は表面上は渋い顔をしようとも、実際は嬉々として了承してしまうだろう。

 この恐るべき事実は当のヘルゲすら知らないので、きっとそのようなあってはならぬことは起きないだろうが。

 将軍二人は、あまりの出来事に臍を噛む。

 ハハリ将軍のように根回しをしている時間的余裕が二人には無かったのだが、せめても一人二人ぐらいには声をかけておくべきだっただろう。

 それでも彼ら二人の発言力ならばハハリ将軍を黙らせることも可能だろうが、五年前ならいざ知らず、今の元帥を説得するのは不可能だ。

 国軍でも実力者であればあるほど、元帥の衰えをよく知っている。

 だが、逆らえぬ。

 長年に渡って積み上げてきた権勢は、信頼は、そう容易く崩れたりはしないのだ。

 それに往年の鋭さが尚健在な部分もあり、鈍い時と鋭い時とが交互に見られるため、近くに仕える者ですら元帥の発言がどちらであるか判別できぬことも多い。

 結局、元帥がハハリ将軍の意見支持を表明してしまったため、この件はこれで決定となってしまったのだ。






 将軍たちの陣幕にて不穏な話し合いが行われているとは露知らず。

 たくさんの騎士団や国軍部隊が集結しているということで、イェルケルは単身挨拶回りに出かけている。

 そして残ったスティナ、アイリ、レアの三人は揃って、数多立つテントの間をすりぬけ歩いていた。

 スティナはフードを深くかぶって顔を見えないようにしているのだが、アイリもレアも、味方の軍だし、と顔は出しっ放しだ。

 なので通りすがる兵士のほぼ全てが、三人を興味深げにじろじろと見てくる。

 それが第十五騎士団の女騎士だとわかっていなくても、アイリやレアのような可愛らしい少女がうろついていれば男所帯の軍隊だ、当然気にもなろう。

 ただ、三人共が騎士の証である短剣を腰に指しており、これが魔除けのように兵士たちを遠ざけていた。

 三人の目的は、噂に聞く女勇士の姿を見ること。

 軍隊とは男の職場でありそこに女性が居ることは珍しく、ただ居るというだけで噂になるものだ。

 スティナたちが聞いた噂は二つ。

 一人は国軍に所属する兵士で、女だてらに盗賊退治で功を立てた猛者であるという。

 もう一人はとある将軍直轄の兵で、滅多に表に出ることは無いが、かなり腕が立つという噂だけが聞こえてくる。

 三人はまず、見つけやすいだろう国軍の女兵士を探す。

 案の定、人に聞けばすぐに見つかった。

 そして、その姿を見て、アイリとレアの二人が驚愕に目を見張りその場に硬直する。

 震える声でアイリ。


「な、なんだ、あれは……」


 同じく震える手で指差すレア。


「そんな、そんな馬鹿な……まさか、本当に……」


 二人はすぐに駆け出した。

 残されたスティナはいきなり何事、と目を細める。

 二人がその女兵士の前に立つと、すぐに向こうも気付いてこちらを振り向く。

 いや、アイリとレアが相手ならば見下ろす形だ。


「ん? 女の、子? どうしてこんな所に……」


 少しハスキーではあるが、その声は紛れも無い女性のもの。

 アイリがすがりつくような勢いで声を張り上げた。


「わ、私は! あ、アイリ・フォルシウスというものだ! と、突然で失礼だが、き、き、貴殿の、お名前をお伺いしたいっ!」


 すぐにレアも食いついてきた。


「あっ! アイリずるい! 私はレア! レア・マルヤーナ! よろしくっ!」


 二人の勢いの意味がわからず、戸惑いながらもその女性は答えた。


「ヘリ・ヒルヴィだ。その、私の記憶違いでなければアイリ・フォルシウス殿とレア・マルヤーナ殿はいずれも、第十五騎士団の方であったと……」


 すっごく嬉しそうな顔で二人が同時に身を乗り出す。


「知ってるのか!?」

「知ってるの!?」

「あ、ああ、それは、王都では今最も有名だから、いや、ですから。えっと、その、お二人が私にいったいなんの用が……」


 レアが真剣そのものの顔でじっとヘリを見つめる。


「是非、貴女にお願いしたいことがある。もし、叶えてもらえるのなら、私の全財産を叩いてもいい。どうか、どうか、私の願いをっ、聞き届けてほしいっ!」

「こ、こらレア! 私が先だっ! ヘリ・ヒルヴィ殿! 私からも是非、是非貴君に頼みたいことがあるのだっ!」


 アイリとレアは、彼女ヘリ・ヒルヴィの見事な筋肉を羨望のまなざしで見つめながら言った。


「どうすればそのような筋肉になるのか! 是非教えてほしい!」

「どうすれば! そんなに肉がつくのか! 是非教えてほしい!」


 一般的に、女性は男性と違って幾ら鍛えても見た目に変化はないものだ。

 スティナ、アイリ、レアの三人を見れば一目瞭然。

 男など二、三人どころか十人まとめて吹っ飛ばせるような腕力の持ち主でありながら、見た目は華奢な少女のままなのだから。

 その分男より力がつきにくい、というのが通説となっている。

 だからこそ、レアほど鍛えているわけでもないのに簡単に筋肉もりもりになれる大男が、レアは大嫌いなのだ。

 アイリも、ずっと小さい頃から屈強な体躯に憧れ続け、対極の我が身にどれほどの絶望を抱えてきたか。

 しかるに、二人の前にいるこの奇跡の女性、ヘリ・ヒルヴィだ。

 彼女は男でもこうはいくまい、というほど全身見事な筋肉に覆われており、その背丈もイェルケルより高いもので、屈強という単語を全身で体現している。

 それも無駄に肥大した肉ではない。

 衣服の上からですら筋肉の筋が見えるような引き締まった身体なのである。

 そして衣服の袖から伸びる腕の雄々しいこと。

 アイリとレアの後ろからスティナが、フードを外しつつ声をかけてくる。


「何してるのよアンタたちは。えっと、こんにちは。スティナ・アルムグレーンよ。面白い子がいるって聞いて顔を見に来たんだけど、ウチの馬鹿二人が迷惑をかけたわね。ほら、アイリ、レア、意味のわかんないこと言って困らせないの」


 たしなめるようなスティナの言葉に、アイリもレアも猛烈な勢いで反発する。


「馬鹿を言うな! 見たであろうこの磨きぬかれた肉体美を! これだ! これこそ私が求め続けてきたものなのだ!」

「スティナはすっこんでて! 私の人生で今! 最も大切な瞬間なの! 私が望み続けていたユメの姿が! こうして目の前に現れてくれたんだからっ!」


 だから、と二人はヘリに迫り寄る。


「頼む! その鍛えぬいた素晴らしき肉体の秘奥を! 是非とも! 是非ともこの私にも教えてくれ!」

「お願い! 私にできることならなんでもやってみせる! それが貴女の秘中の秘であることも承知してる! それでもっ! 絶対に私は諦め切れないっ! だからお願い! 私にもその肉体美の秘密を! 私にも! 筋肉をっ!」


 勢い込む二人と、困り顔のヘリ。

 助けを出したのはスティナであった。


「確か、聞いたことがあったわね。女でも時々男のように筋肉が付く体質の人がいるって。もしかして貴女もそれ?」

「あ、はい、そうです。その、ですので、秘密でもなんでもなく、教えられるようなものでも……」


 アイリとレアが、交互にヘリとスティナの顔を見る。

 どちらも、嘘だろう、とすがるような顔であったが、スティナは面倒なのでさっさとトドメを刺す。


「はいはい、夢見る時間はおしまいおしまい。アンタたちは一生そのままちびっこなの。諦めなさい」


 馬鹿なっ、と怒鳴るのはアイリ。


「すぐっ! そこにっ! あるのだぞ! 私の夢を詰め込んだ! より以上に昇華した奇跡がそこに! なのに! 何故届かないと言うのか!?」


 今にも灰になって流されそうなレア。


「あるのに……そこに、手を、伸ばせばきっと届くのに。触れることすら、できるはずなのに……私に、その奇跡が及ぶことは、無いなんて嘘……」


 そうだ、と突然顔を上げるレア。


「アイリ! この方を拝めば! もしかしたらご加護を得られるかもしれない!」

「なんと! その手があったか! 貴様もしかして天才か!?」

「いっそ王子の屋敷に神殿を建てよう! 御神体はこの方で!」

「うむ! 毎朝毎晩拝んでいれば! きっとっ! いつかっ!」


 二人の頭頂にスティナの拳骨が振り下ろされ、この馬鹿騒ぎは終わった。


「えっと、ヘリ。ごめんなさいね、この馬鹿二人は私が責任を持って処理しておくから」

「い、いや、その、力になれなくて申し訳無い。その、スティナ殿」

「ん?」

「私も女で剣を持つ身。貴女たちの活躍を聞いて胸のすく思いでした。お会いできて良かった」

「そう、ありがとう」


 彼女の視線から何かを感じ取ったスティナは、そう言ってヘリと別れた後、馬鹿二人を自分たちのテントの中に放り込むと、再びヘリのもとを訪れる。

 ヘリのみに見える場所に立ったスティナは、手招きしつつテントから離れた場所へと。

 二人のみで、相対せる場所へ。

 そこは木々が邪魔になって外からはよく見えなくなっており、スティナの希望に概ね沿っている。


「ごめんね、呼び出して」

「いえ。それより、御用の方は」

「多分、はっきりさせといた方がいいと思って。ウチに入るにはちょっとやそっとじゃ届かない腕がいる。それを試してあげようって」


 スティナの言葉にヘリの瞳が輝く。

 女ばかりの騎士団で、聞いたこともないような派手な武勲を立てる少数精鋭部隊。

 同じく女の身で剣を頼りに生きてきたヘリが、心惹かれぬわけがないのだ。

 少し心苦しそうにスティナ。


「……悪いけど、多分無理よ。それでも、いい?」

「もちろん!」


 スティナが手にしていた木剣をヘリに投げ渡す。

 ヘリはスティナが二本の木剣を持っていたことに、今初めて気付いた。

 その恐ろしさに身震いしつつ、ヘリは獰猛に笑いながら構える。

 スティナは無造作に片手で握った剣の先端を下方に向け、半身下段に構えた。

 ヘリは雄たけびと共に上段よりの振り下ろし、スティナは半歩ズレるだけでいなす。


「力みすぎ。いつも敵を殺す剣で来なさい」

「はいっ!」


 ヘリの木剣の握りが緩くなる。

 重心が下がり、じりじりと、足を滑らせながら少しずつ接近していく。

 スティナはヘリが得意の間合いに入るまで待ってやる。

 ヘリ必殺の間合い。

 上段への振り上げと見せかけた突きがスティナの喉に飛ぶ。

 下から蛇のようにスティナの剣が巻きついてくる。

 突き出したヘリの剣は、スティナが手首を返すと地面に叩き落とされてしまう。


「拾いなさい。全部試すまで付き合ってあげるわ」


 ヘリが己の持つ全ての技を試し、全てを粉砕されたのはそれから三十分後。

 バテきった姿で地面に大の字になって寝転がっている。


「納得した?」

「……絶対に勝てないということだけ、理解はしました」

「そう、じゃあね。……今度は、一緒に酒でも飲みましょう。きっと私たち、良い友達になれると思うわ」

「それは、嬉しいお誘いですね。その時は、是非」


 スティナが立ち去り、ヘリのみが残される。

 地面に寝転がったまま、顔を両手で覆い、言った。


「くっそー! 悔しーーーーーーーー!!」


 それでも少しほっとしている自分もいることに気付いたヘリは、兵士なんて仕事をしていても命は惜しいものか、と改めて気付いて妙な気分になったそうな。



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