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075.王子、怒られる



「どおおおおおこの世界に! 少数で斥候に出ときながら敵部隊殲滅してくる人がいるってんですか!? 王子! 貴方もしかして斥候なめてませんか!?」


 隊長用陣幕の中で、隊長の怒声が鳴り響く。

 

「敵を見つけたら戻って報告! これが斥候の仕事でしょう!? それを単独で攻撃仕掛けるとか何考えてんですか! 大体まだ戦も始まっていないってのに何勝手に戦闘始めちゃってるんですか! ねえ王子! 戦闘開始の指示を出すのは誰ですか!? 王子ですか!? 私ですか!? 違いますよね! その命令下せる人なんてここには誰一人として居やしませんよね!」


 その勢いの良い怒声に、イェルケルは彼の前で縮こまってしまっている。

 後ろに控えるスティナ、アイリ、レア、そして熟練斥候にしても一緒だ。

 全員、隊長が口にするまでもなく自分がやらかした事のマズさを自覚しているのだから、反論なんてできっこない。


「ウチはまだ陣地すらできていないんですよ!? ねえ! もしこれで敵方が怒って軍出してきたらどうするつもりなんです!? 傭兵団一つ潰されたんだから今すぐ報復に動いても全然不思議じゃないですよね! そうしたら我々全員逃げ出すしかありませんよ! どうするんですか軍の集合場所は! 敵が攻めてきたんで作れませんでしたーとかいう間抜けた報告を誰がすると思ってるんですか!」


 良く良く見てみると、スティナとアイリは殊勝な態度を見せながらも、それほど動揺していないように見える。

 だが、イェルケルはもう顔中真っ青である。

 またレアも青ざめた顔をしており、隊長の怒声が響く度小さく肩をすくめたりしているので、彼女も怯えてはいるのだろう。

 

「今回の戦はねえ! 万の兵が動くんですよ! 数万の兵が! そいつらがみんな王子みたいに好き勝手やりだしたらどうなるか想像すらできませんか!? 軍って奴はですね! みんなで一つになってこそ機能するんですよ! そのために本来自由裁量があるはずの騎士団すら指揮権統一するんじゃないですか! その意味! わからないとは言わせませんよ! 私たちはその最も重要な準備を担ってるんです! 万の兵が過不足無く働けるようにって! そいつは並大抵のことじゃないんだって貴方! 全然わかってないでしょう!」


 一方的にまくしたてられる。

 相手はイェルケルより遥かに身分が低い者だ。

 それどころか身分で言うなら、第十五騎士団の誰よりも低い。

 そんな相手に怒鳴られ詰られするのは、ひどく心が疲れるものであろう。

 だが逃げ出すことも誤魔化すこともできない。

 イェルケルが隊長の叱責全てを受け止めるつもりであるのだから、まさかスティナ、アイリ、レアが逃げ出すわけにもいくまい。


「そりゃあね! 傭兵団の一つ潰したとなれば手柄にはなりますよ! ですがねえ! もしそれで元帥閣下の考える戦略が崩れでもしたらどうするんですか! ただ目の前の敵を殺せばそれで終わりなんて戦じゃないんですよ! 今回の戦は確かにこちらの方が兵力が上で! しかもドーグラス元帥自らが出てくるというのですから充分以上の勝ち目はあります! しかしですよ! いかな元帥といえど部下が思い通り動かなかったら戦えるわけないじゃないですか! 皆で元帥を信じその戦略達成に全力を尽くすからこそ! 元帥のお考えを実行に移すことができるのです! そして元帥もまた我々がそうすると信じてくださったうえで作戦を立てておられるのです! 殿下が行なったことはそうした元帥の信頼に背くことになるのですよ! それがわかってらっしゃるのか!」


 もうこれでもかと怒鳴られ続け、イェルケルたちが解放されたのはたっぷり一時間が経ってからである。

 当分は大人しくしてろ、との命令に、イェルケルは小さくなってはい、と了承する。

 四人と一人が隊長の陣幕を出て、少し歩いた場所で、それを見つけた。

 一人の男がうずくまって震えている。

 どうやら腹がどうにかなっているようだ。

 その姿を見たイェルケルの顔が羞恥に歪む。

 男はぼそぼそと小さな声で言葉を発した。


「お、お前、何怒られてんだよ……やっべ、めちゃくちゃ腹痛ぇ。馬鹿じゃねえの、斥候が敵攻撃するとか、お前騎士学校で授業やり直してこい……くっ、くくくくくっ」


 彼、うずくまったまま笑い転げているのは、ヘルゲ・リエッキネン。

 イェルケルがこの世で最も冷静さを失い易い相手であった。


「おっ! お前っ! な、なんでここに……」

「そりゃ、俺も陣地作成手伝おうと思ってな……そしたら、誰かが怒鳴られてるってえからどこの馬鹿かと思えば……ぶぶっ、ぶっ、ぶはーっはっはっはっはっは! お前闘技場であんだけ暴れて俺は強いぞって粋がってやがったってのに! そのめっちゃくちゃ怒られて萎んじまってるザマと来たらもうっ! ぶは、ぶはは、ぶはははははははは!」


 めちゃめちゃ怒られたことで、ものっすごい居た堪れなさと気恥ずかしさに苛まれていたイェルケルが、最も会いたくない人物にぶつかってしまったのだ。

 それはそれはもう、顔中真っ赤に染め上げムキになって喚きだしてしまう。

 もちろん今のヘルゲはそんなイェルケルを見て、まともに向き合おうともせず、指差して笑っているのみ。

 それが更にイェルケルの怒りを誘うのだ。

 アイリが止めに入ったことでイェルケル怒りの実力行使は避けられたが、怒られて恥ずかしいのも加わって大層見苦しいものを晒してしまったイェルケル。

 後で怒られたことも含めて立ち上がれないほどに落ち込むのだが、それはまた後の話で。

 抱腹絶倒するヘルゲを後に、第十五騎士団は撤退を余儀なくされたのであった。







 その報せが入ってくるまでは、ヘルゲ・リエッキネンにとって自室での作業は空しさしか感じられぬ空虚なものであった。

 取り巻きが持ってきた手紙の山を見ると、ヘルゲは露骨に機嫌を損ねた顔をする。

 これらは全て、闘技場運営で一躍脚光を浴びたヘルゲと、共に商売をしようという申し出の手紙であった。


「……まだ前の手紙、返事書き終わってねーんだけどー」

「はあ、ですが軍務を理由に面会全てを断っている分が、全てこちらに回っているようでして……」

「一人で二枚も三枚も書いてくる馬鹿は、頼むからそっちで弾いてくれよ」

「ただの馬鹿なら弾きますが、偉い馬鹿は無理ですよ。全く、思わぬ副産物でしたね……」

「最初はなぁ、大もうけで俺様大勝利だと思ったんだがなぁ。まさかこんなに問い合わせが殺到するとは思わなかった。俺は商人じゃなくて騎士だっつーの」


 取り巻きはくすりと笑う。


「ですが、おかげで私は父上に褒められましたよ。良くヘルゲ様をお助けしたなと」

「私もそうだがな。父上は騎士を辞めて商売に本腰入れるなら手を貸すと言っていたぞ。冗談だと誤魔化していたが、あの目はかなり本気だったぞあれ」

「みんな、儲け話って大好きなんですよ」

「だなぁ。よし、続きでも書く……」


 そこでヘルゲの私室にもう一人の取り巻きが入ってきた。


「朗報だ。南部の貴族たちが蜂起したぞ」

「何!?」


 彼はにやりと笑いかける。


「これでそんな馬鹿な仕事から逃げられるだろう?」

「おう! 最高の報せだ! よし! 残りの手紙は戦を理由に全て代筆で出させろ! 俺たちは即座に出兵の準備にかかるぞ!」

「先行するつもりか?」

「ああ、今の俺なら斥候の所からきっちり仕事できる。むしろそういう地味な仕事からこなしてかねえとな。お前らにも付き合ってもらうぞ」


 取り巻き二人は互いの顔を見合わせ、大きく頷き合う。

 騎士になりたての頃のヘルゲは斥候なんて仕事を心底馬鹿にしていたものだが、今はそれがどれだけ重要かを理解し、自ら率先してこれを行おうとしている。

 そんなヘルゲの成長が二人は嬉しかったので、同時に、軽快に、返事する。


「「はいっ」」







 ヘルゲが引き連れてきた兵は五百ほどで、合流地点設営部隊に加わると、兵士たちはすぐに陣地作成に手を貸す。

 この辺は取り巻き二人が手慣れた様子で指示を出してくれるので、ヘルゲは特に何をする必要も無い。

 なので、以前世話になったここの隊長に挨拶に向かうことにした。

 騎士になりたての頃。

 若気の至りで調子に乗りまくっていたヘルゲは、斥候の仕事を馬鹿にしてまともに覚えようとはしなかった。

 隊長をあてがってくれたのは、こうした大事な軍の仕事をヘルゲに覚えさせようという元帥の配慮であったというのに。

 ところがここで、その隊長は元帥の期待を超えた働きを見せる。

 カレリアの最有力若手貴族、ヘルゲ・リエッキネンを、隊長は真正面から怒鳴りつけたのだ。

 そのいい加減な仕事を怒り、心得違いの考えを正し、生意気な態度の改善を命じる。

 当然、ヘルゲは猛烈に反発した。

 だがヘルゲも騎士学校を出ているし、軍務に関してなら事の良し悪しの判断ぐらいはつくようになっていた。

 そのせいで逆にヘルゲは隊長の言葉に全く反論ができなかったのだ。

 何せ隊長は怒りに任せて怒鳴ってはいるものの、言っていることは全て正論そのもの。

 ヘルゲが真に偉大な軍人を目指しているというのなら、隊長の言う通りにしなければならないということが、ヘルゲにもわかってしまうのだ。

 納得いかぬ、と口先で言い返すも隊長はその全てを論破してのける。

 隊長なぞ平民出身でこれといった教育を受けているわけではない。

 騎士学校を出たヘルゲと比べれば、その教養には天と地の差があろう。

 だが、こと軍務に関しては、ヘルゲは隊長の足元にも及ばず。

 考え付いた全ての言葉を言い負かされたヘルゲは、どうしてそうなったのかが理解できず、起こった出来事を以前から世話になっている将軍の一人に相談した。

 将軍は隊長のように激したりはせず、しかし、丁寧にヘルゲの非を説明してやった。

 それもヘルゲが受け入れやすいように気を使いながら。

 ヘルゲよりずっと目上の人間にそこまでされれば、いかなヘルゲでも自らの過ちに気付き、そして認めることができた。

 それでもすぐに隊長に謝りに行くことはできなかったのだが、あるときふと、ヘルゲという高位の貴族相手にあそこまで堂々と物を言ってくれる人間が、どれだけ貴重なものかということに気付いたのだ。

 すぐにヘルゲは隊長の下に向かい、自分の非礼を詫びつつ、その教えを請うた。

 彼はとても面倒そうにしていたが、それでもヘルゲの面倒を見てくれて、ようやくヘルゲは斥候の仕事を覚えることができた。

 そんな恩人が国軍に先行して活動していると聞いて、ヘルゲはこれの力になりつつ、また色んなことを教えてもらおうとしていたのだ。


 ヘルゲが隊長の部隊の近くまで行くと、何やら人の怒鳴り声が聞こえてきた。

 また隊長がやっているな、と自分を思い出し苦笑いを浮かべるヘルゲ。

 だが、ヘルゲが姿を現すと斥候部隊の隊員が焦った様子で彼に駆け寄ってきた。


「へ、ヘルゲ様! どうしてここに!」

「ああ、俺も軍に先行する許可を取ったので、隊長のお手伝いをしようと思ってな」

「ああ、ああ、良かった。お願いします、ヘルゲ様。どうか隊長を助けてください」


 彼の悲壮な表情に、ヘルゲも真顔になる。


「隊長に何かあったのか?」


 恩人の危機とあらば、ヘルゲは自らの持つ権力を行使するになんの迷いも無い。

 実は、と彼は告げる。隊長が今怒り怒鳴りつけているのが、とんでもない相手だというのだ。


「幾らなんでもあの方を怒鳴るなんてやりすぎです。隊長、いつ斬られてもおかしくありません」

「わかった、すぐ行こう。ついてこい」


 彼を引きつれ早足に隊長の陣幕に向かいながら、状況を聞く。


「騎士団の方が斥候で勝手をして敵を攻撃したことで隊長が激怒しまして、今陣幕の中で怒鳴りつけているんです。相手は温厚な方に見えましたが、何分王族の方ですから……」


 王族と聞いてヘルゲの表情が苦み走る。

 王子王女にはロクな奴が居ない、というのはカレリア貴族の共通認識だ。

 急いで向かわなければ、と進むヘルゲに、焦った顔の兵士が続けた。


「今噂の第十五騎士団です。なんでも闘技場で二百人抜きを達成されたとかで、幾ら隊長でも、流石に二百人抜き相手では勝てないでしょうし……」


 ぴたりとヘルゲの足が止まった。


「だい、十五、騎士団の、王族? それって、イェルケルのことか?」

「はい、後三人の女騎士が従っております」

「え? 何うそ? イェルケル今、隊長に怒られてんの? 本気で? 本当に?」

「は、はい。ですから急いで……」

「い、イェルケルが、斥候中に敵を攻撃して隊長に怒られてるて……や、やべえ、無理! 耐えらんねえ! ぶはーーーーーーっはっはっはっはっはっはっは! マジかアイツ! ばっかじゃねえの! ざまああああああ! うっわ、ザマミロすぎてすっげー気持ちいー!」

「へ、ヘルゲ様?」


 笑いが止まらなくなったのか、その場で膝をついてしまうヘルゲ。

 それでも笑い続けている。

 兵士はどうしたものか、とうろたえていたが、どうにか持ち直したヘルゲが言う。


「ああ、アイツなら心配ない。悪いのはアイツなんだろ? だったらそれで隊長を斬るなんて真似はしねえ」

「お、お知り合いなのですか?」

「ああ、騎士学校時代の同期でな。何度も何度も何度も何度もやりあったから、アイツがどーいう奴なのかは大体わかってる。八つ当たりも無茶な理不尽も平気でするクソ野郎だが、隊長みたいな人を斬ったりはしない。大丈夫だ」

「あの、それ、あまり安心できないよーな」

「ん? まあ、大丈夫だから後は任せとけ。さーて、どんなこと言われてるか聞いてやらねえと……やっべ、絶対笑う。よりにもよって隊長に怒られてるとか、実際それ聞いたら腹抱えて笑い転げる自信あるわ」


 そして自らの言葉通り、イェルケルの怒られる声、そして大いにヘコんだイェルケルの様子を見て地面をのた打ち回る勢いで笑うヘルゲであった。







 第十五騎士団用に宛がわれたテントにて、王子イェルケルは両膝を抱え込むようにして座り込んでいた。

 その頬を横からつつくのはスティナである。


「でんかー。ほらー、いつまでも落ち込んでちゃダメですよー」


 そんな声をかけてもイェルケルは首を上げようとはしない。

 スティナがその表情を窺うと、そこに陰に篭ったような気配は無かったので、一時撤退と引き下がる。

 テントの中では、イェルケルの他にレアも落ち込んだ顔をしていた。

 スティナがアイリを見ると、アイリは任せろと頷く。


「殿下、そこで座っていてもなんにもなりませんぞ。斥候に出られないのなら、この陣地内でできることをしましょう。殿下は力仕事はお嫌いですか?」


 ゆっくりと顔を上げるイェルケル。


「力仕事? ……おおっ、合流陣地作成の手伝いをするということか」

「はい。我々の立場を考えれば、作業をしている兵士たちからは嫌な顔の一つもされるかもしれませんが、役に立つのがわかれば認めてもらえるでしょうよ」

「そ、そうだな。それなら……っと、だがアイリたちは力仕事は……」

「ほほう、殿下は私より働けるおつもりで? それはいかな殿下とて聞き捨てならぬお言葉ですぞ」


 そう言って笑うアイリ。

 苦笑しながら立ち上がったイェルケルは、スティナとレアを順に見る。

 二人が頷いて返すのを確認すると、よし、と気合を入れてテントの外に向かった。





 隊長はその風景を見て、自分がいったいどんな顔をするべきかわからず、困り果ててしまった。

 まさか王都でも話題の騎士団が、それも王族が、兵士たちに混じって土木作業を行うとは思いもしなかった。

 隊長がそれに気付いたのはイェルケルたちが作業を始めて半日近く経ってからのことで。

 一緒に作業をしている兵士たちはもう満面の笑みである。

 イェルケルはともかく、残り三人はこのような所には絶対に連れてきてはいけないだろう美人たちだ。

 それが一緒になって仕事をしてくれるというのだから、兵士たちの士気も上がろうものだ。

 ただ、それだけなら隊長も困ったりはしなかった。

 イェルケルたち四人は皆、兵士五人がかりで運ぶような資材をたった一人で軽々と運んでしまっているのだ。

 遠目に見るとその異様さがよくわかる。

 隊長の胸辺りまでしかない小さい少女が、自分の体の数十倍はあろう大きさの木の杭を肩にかついで歩いているのだ。

 そしてこれを両手で掴んで抱え上げ、兵士が指定した場所にずどんと突き刺す。

 あの作業も兵士数人がかりで、縄で引っ張り持ち上げながらやるものなのだが、少女がたった一人で易々とやってのけている。

 そんな尋常ならざる風景を、兵士たちはもう平然とした顔で受け入れあまつさえ、次こっちよろしくー、とか言ってしまっている。

 兵士の一人が、隊長が作業の様子を見に来たことに気付き、監督役の兵士が隊長のもとへと。


「隊長、作業の方なんですけど、いやぁ、あの人たち凄いですなあ。ヘルゲ様の部隊の力を借りても明日一杯かかると思ったんですが、これ今日中に全部終わっちゃいますわ」

「あ、ああ」

「いやはや、世の中にはとんでもない人がいるもんです。最初にあの木杭を一人で持ち上げた時は、これが魔法かと思わず納得しかけましたから」

「……魔法、じゃないんだな。あれは、なんなんだ?」

「鍛えた、だそうで。人間ってな凄い生き物なんだと再確認させられましたよ。男だの女だのってのは、強い弱いには一切関係しないんだって今日一日で思い知らされましたね」

「男女というか、人間からも分けて考えるべきではないか?」

「はははははっ、確かにそうかもしれやせん。隊長も上手いこと言いますね」


 冗談として受け取ったらしい。

 隊長はかなり本気で口にした言葉だったのだが。

 監督役の兵士は笑いながら作業に戻っていった。

 こんなことをするイェルケルの意図がまるでわからない隊長は、アレと同期らしいヘルゲに話を聞くことにした。

 結構本気で困っているらしい隊長に、ヘルゲは真面目に答えてやる。


「イェルケルに変な企みなんて無いですよ。あれは単純に、失敗した分を取り戻そうとしてるだけです。手柄を立てて取り戻そうとせずああいう地味なことしてんのは、アイツなりに隊長に気を使ってんでしょうね」

「……随分と、殊勝な方ですね。とても王族の方とは思えません」

「基本的に腰の低い、ああいう奴なんですよ。隊長、まだ怒ってます?」

「いえ。毒気が抜かれたのも事実ですが、それ以前に、経過はどうあれ手柄は手柄ですし、村を守ったという点も評価されるべきでしょう」

「隊長、そのつもりがありながら本気で怒るもんなぁ……傭兵団殲滅はともかく、南部貴族連合の民を守ったと上にあげても、手柄扱いは無いと思いますが」

「なら、私が評価するとしましょうか」


 作業の全てが終わった後、イェルケルたちのもとに向かった隊長は、手伝いに感謝を述べると、哨戒に出てくれないかと持ちかけた。

 その時のイェルケルの喜びようたるや。

 任された哨戒地域に勇んで出向き、敵斥候を二人ほどとっ捕まえてしまうぐらい張り切っていたようだ。



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