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073.第十五騎士団、参陣す



 南部貴族連合。

 これが反乱を起こした軍の正式名称だ。

 カレリア南部を中心に諸侯の戦力が結集したのだ。

 またカレリア西部国境を治める子爵も同時に蜂起、宰相アンセルミに向けて、アジルバのバルトサール侯爵反乱の件の徹底調査を要求してくる。

 バルトサール侯爵反乱の際、共に蜂起を考えていた貴族たちはこれに同調、各領地で子爵への支持を公言する。

 こうして、カレリア全領土の三分の一が反乱側に与するという大規模な騒乱へと発展していった。

 アンセルミ宰相は各地の動きに対し、常の宰相らしからぬ反応の鈍さを見せる。

 反乱の起きる気配を察知し事前に反乱軍に備え、蜂起直後に叩き潰す、そういった圧倒的な手際の良さをこれまで見せてきただけに、今回のこの反乱には見込みがあるのでは、といった楽観的な見方が反乱軍の中に出ている。

 そんな話を聞かされた宰相アンセルミは、執務室でとても嫌そうな顔を見せた。


「私は森羅万象を司る神様か何かか? 反乱の起きる気配を察知し事前に備える、って王都にいるのにそんな真似できる奴が人間であるものか」

「まさか、偶然ですとは言い難いですしなぁ」

「もっとはっきり言えばいい。全部イェルケルのせいだって」

「それを宰相閣下の差し金だと皆思っているのですよ」

「そんな訳無いだろうに……ん? んん? 待て。待てよ、ヴァリオ。もしかして、連中蜂起を急いだのってもしかして……」


 ヴァリオと呼ばれた補佐官は、窓の外を眺めるようにして言った。


「まあ、闘技場にかまけているというのなら、その期間は確実に王都に居るということですしなぁ」

「アジルバの時みたいに、いつの間にかイェルケルが懐の中ってことが無いようにと? 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な……」

「どこまで本当なんだか、判断が付きませんね。とは言え、こちらの準備は整っておりますし状況はそれほど悪くはありません」

「イジョラは?」


 カレリアの西に位置するイジョラ魔法王国とはもう十年以上同盟関係にある。

 他ならぬ宰相アンセルミ自身がイジョラの王族と婚姻関係にあるため、案外気安く頼りにできるのだ。


「伯爵を通してこちらに支援の申し出をしてきております」

「西を抑えるのに伯爵単身では難しいか。どう思う? いっそ頼ってしまうのも手だと思うが」

「随分と貸しが増えてしまっていますから。そうですね、ここらで多少なりと返させておくのもよろしいでしょう」

「連中ホント、商売下手だからなぁ。色々手抜いてるってのに、こっちが儲かりすぎる」

「研究者肌はお国柄ですかな。では、イジョラへの支援要請は行うということで。伯爵と共に西側の抑えに回っていただきましょう」

「国軍は?」

「元帥以下、全員やる気ムンムンです。今回は前と違って、明確に国対貴族という形になってますから」

「味方の貴族に気を使わんでいいってか? どちらかといえば、自分たちが新たな貴族になりたいってところじゃないのか?」

「武官に統治を任せるはずがないのですが。その辺りがまだよくわかってない者もいるようで」

「……元帥が一番わかってなさそーだがな。まああの方、統治だの利益だのってモノに全く興味無いから、それはそれで問題は無いんだが」

「元帥の下甘い汁を吸おうという連中はそうでもありません。今回もお目付け役を誰か国軍に入れないとですね」

「ああ、それな。私やるぞ」

「…………」


 無言のヴァリオ。

 アンセルミは少し間を空けてから言った。


「半分は冗談だ、笑えよ」

「……閣下が戦場に出ることの価値、効果は確かに、そうするだけのものがあると思います。ですがそれでも尚、私は賛成しかねます」

「多分、これが私が戦場に出る最後の機会だ。ここまできっちりと勝てる算段が立てられている戦なんて、身内が相手だからこそだぞ。そして、今回を最後に二度とカレリアで内戦など起こさせん」

「私は、一度も戦場に出ない王というのも、大いにアリだと思うのですがね」

「国軍なんてシロモノが、この先どう転がるかなんて誰にもわからないんだ。なら、できる時にできる限りのことをしておくべきだろ」


 国王直下の軍、国軍は、アンセルミの構想を元にドーグラス元帥が作り上げたものだ。

 爆発的に膨れ上がっていく国庫を反映した、それはそれは大規模な軍隊であるのだが、カレリアにおいてこの規模の軍を運営し続けた経験は無い。

 色々と手探りの部分もあり、王家への帰属意識を植え付ける目的であるアンセルミの従軍も、これが初めての試みである。


「悪いがこれは決定事項だ、覆さんぞ。軍の編成は元帥の所に任せておけばいいが、さて、騎士団をどうするかだ」

「自主的に参加を表明する所以外、全部潰してやりたいですなぁ」

「そうもいかんだろ。指揮権を国軍に預けるのは絶対条件だが」

「第十五騎士団も?」

「…………それなぁ。いっそ諜報部に預けてしまうのはどうだ?」

「これだけ大々的に高い戦力を披露しておいて、表に出さないというのは通りませんよ」

「じゃあ国軍預けか? アイツら絶対受けないぞ」

「例外なくそうする、と明言することで納得してもらうしかないかと。事前に個別に話して説得するのと、国軍側に配慮を求めるのは最低条件です。第十五騎士団だけ指揮権独立させるというのは絶対にありえません」

「わかってる。元帥には私が話そう。あの方が納得してくれれば、国軍の連中も第十五騎士団に馬鹿なちょっかいは出さんだろう。多少なりとワリを食うのは仕方が無いと、イェルケルにも飲み込ませないとだな」

「そちらはサヴェラ男爵にお願いするとしましょう」


 部屋の中、執務の最中だった残る四人の補佐官の内の一人が、びくっと震えた。


「……今、私の名を?」


 サヴェラ男爵は恐る恐るといった様子でアンセルミとヴァリオに目を向ける。

 アンセルミはにこにこと彼に微笑みかける。


「第十五騎士団は国軍の指揮下に入ってもらう。それを、連中に説明してきてほしいんだ」

「……条件は?」

「元帥には私から言っておくが、国軍側からワリの良くない任務を回されたりすることもあろう。だが、後で論功行賞とは別に私が手当てをするので、極力我慢するよう伝えてもらえるか?」

「…………こちらから、融通する条件は、無いのですか?」

「はっはっはっはっは」

「閣下……」

「真面目な話をするとだ。元帥との確執はともかく、国軍と連携の取れない騎士団なぞ運用できるはずないだろう。私が元帥を抑えている間に、どうにか国軍との間に繋がりを作ってもらわんとな」


 アンセルミの言葉でぴんと来るのは、サヴェラ男爵も彼との付き合いが長いおかげであろう。


「ならば将軍を一人二人、紹介するとしましょうか。良き相談相手になれるような方を」

「ああ、そういうことだ。ま、たった四人のことでもあるし、それほど大仰なことにはならんだろうさ」

「それでは武勲も挙げられませんよ」

「今回は諦めてもらうしかあるまい。さんざ抜け駆けしたんだからそこは我慢しろと言っておけ」


 サヴェラ男爵はぼやく。


「若い指揮官の方に自重を勧めるのって骨なんですよ」


 これにはヴァリオが返してやる。


「それなら大丈夫でしょう。イェルケル殿下は年の割に随分と落ち着いた物の見方ができる方です。これまで挙げた武勲からは考えられないほど、こちらに遠慮してきますよ」

「……ふむ。わかりました、やってみます」







 もちろん、イェルケルに宰相を困らせるつもりは一切無い。

 なのでサヴェラ男爵の説得にも快く応じたのだ。

 サヴェラ男爵、そしてアンセルミ宰相の二人を信頼していたので、いきなり最悪の事態になんてならないだろうとも考えていた。

 実際、出陣前の調整や準備は以前の出兵とは比べ物にならないほど順調であった。

 元より四人しかいないので、準備も何も無いのだが。

 またこの間に、サヴェラ男爵から共に出兵する将軍を二人紹介してもらっている。

 どちらも年配のベテラン将軍で、元帥との確執やらを全て知ったうえで、イェルケルの相談役になることを了承してくれた。

 スティナもアイリも、きちんと事前情報も与えられる今回の戦準備に満足気である。


「ああ、宰相閣下もサヴェラ男爵も、ホント素敵な方よね。私、味方にして心強い方って大好きよ」

「うむうむ、これがまともな軍のありようというものであろう。大変結構だ」


 あって当たり前のことに感動する二人が、今一理解できないのはレアだ。


「いや、時々ちこちこっとずつ、嫌味とか言われてるけど、あれはいいの?」

「取るに足らんっ。糧食は現地で調達しろとか言われないだけ、ずっとマシであろう」

「……そんなこと言われたんだ。ウチの軍、大丈夫なの?」

「不甲斐無いなら望む所じゃない。無いかもしれない私たちの出番、できてくれるかもよ?」

「ソレを望んじゃう辺り、どっちもどっちだと思う」


 またイェルケルからサヴェラ男爵に、自分たちが武勲を立てることが無いというのであれば、出兵はあまり目立たない方がいいと申し出て、王都からの出陣の行進には加わらないことに。

 王都の人気者となったイェルケルたちであるが、当のイェルケルからすればそんな状態で人前を歩くのが恥かしくて仕方が無いのだ。

 レアは一も二もなく賛意を示し、スティナは肩をすくめ、アイリはどちらでも、といった顔であった。

 準備が終わり次第、国軍合流地点に先行して付近を警戒して回る役を引き受ける。

 とても地味な役目であるが、配下のスティナもアイリもこれを大切な仕事だと喜び、レアは特に感慨もないのか、ふーん、で済ませていた。


 そういう訳で一足先に一時合流地点に着いたイェルケル達第十五騎士団。

 現地には斥候的役割を得意とする部隊が既に展開し、合流のための陣地作成を進めていた。

 イェルケルは早速ここの隊長に挨拶に向かう。

 イェルケルが三人の騎士を引き連れ隊長のもとを訪れると、まず、その報告に向かった兵士の様子がひどかった。


「た! たいちょー! たいちょー! やっばい! マジやっばいって! すっげー人が来たーーーーーーーー!!」


 これを報告と呼ぶのにとても抵抗があるイェルケルである。

 少しして、とても緊張した様子の兵士に案内されて隊長のもとに。

 隊長もまた緊張した様子が見てとれたが、周りの兵士のようにうろたえてはいなかった。

 見た目はそれほど兵士らしくはない、細身でひょろりとした印象のある男だ。

 だが、レアは隊長の顔を見て安心する。

 その顔つきが、先に戦った甘ったれたチンピラのようなものではなく、きちんと兵士していてくれたのだ。

 お互い自己紹介を済ませた後、イェルケルはここに斥候の一員たるべく来たことと、自分たちには斥候の経験が無いので、指示をもらえないかと率直に希望を伝えた。

 隊長の眉根がねじれてしまったのは、イェルケルの言葉の真意がわからなかったせいだ。

 もちろん隊長は、イェルケルたちが今王都で最も有名な、最強とも称される少数精鋭騎士団であることを知っている。

 なので機嫌を損ねないよう細心の注意を払い、相手の表情を窺いながら話す。


「……殿下率いる騎士団に、斥候を回せ、というお話でよろしいでしょうか?」

「ん? いやいやいやいや、君たちにも大切な任務があろう、そんな大それたことは言わない。あー、その、迷惑、だっただろうか? なら私たちは私たちなりになんとかやってみるから……」

「いえいえいえいえ、そのようなことはありません。えっと、殿下はもしかして、本気で斥候の仕事を知りたいと?」

「ああ。その、恥かしい話なんだが、我々はまだ、大規模な戦というものの経験が無いんだ。だから、今回の従軍はそういったものを知る好機だと思ってね、一から学ばせてもらおうと思っているんだ」


 この人は冗談を言っているのだろうか、と隊長はまたもや眉根を寄せる。

 サルナーレ、アジルバ、ビボルグ、ロシノ、と立て続けに起きた直近の戦全てに参戦し武勲を立てている、国内屈指の武闘派集団、というのが闘技場を経て得た第十五騎士団への一般市民の認識だ。

 思わず失礼なことを口走ってしまう。


「何を言ってるんですか。斥候も知らない人が、これまでどうやって戦してきたというんです」

「三人か四人で突っ込むだけだったからなぁ、軍を動かしているという感覚は全くなかったよ。だからさ、軍を動かすのなら必要な下調べとかを知りたいんだ。もちろん我々も教わるだけじゃなくてきちんと働くぞ。こう見えて我ら全員、体力には自信があるんだ。是非こき使ってやってくれないか」


 できるわけねーだろ! といったつっこみはさすがに口にしない隊長である。

 隊長が見るに、この王子はどうやら口に出した言葉をそのまま鵜呑みにしろと言っているようだ。

 だが、もちろんそんなことはできない。

 そして王子の目的は、斥候を知ること、だ。

 なら、その目的を果たさせてやるのが一番良い。

 面倒事は御免なのである。


「でしたら、ウチから一人慣れた者をそちらに回します。斥候の手順や常識などはその者からお聞きください。それらを聞いたうえで、この場で如何に動くかの判断は王子にお任せします」

「あー、いい、のか? 人手が足りないとかは……」

「余裕はいつでも持っておりますから。もし、より詳しい者がということでしたら、私がそちらに出向きますが……」

「そっ、それは良くない。さっきも言ったが貴方に迷惑をかけるのは本意ではないんだ」


 アンタみたいなのが来ただけで充分迷惑なんだよ、とも隊長は口には出さない。

 大人なのである。


「……そうですか、では、ウチから人を出しますので、細かなことは全てその者に申し付けてください」


 人を一人あてがわれ、彼らの陣を出る。

 考えていた展開と違う流れに、イェルケルは後ろに続くスティナたちに、恐る恐る問いかける。


「もしかして、私たち、邪魔だったか?」


 スティナが即答。


「当たり前でしょうに」


 アイリは気にした風もない。


「斥候を一人回してもらえるのなら、我らとしては問題無いでしょう」


 レアはというと、既にイェルケルの方すら見ていない。

 共に来た熟練斥候に、これまでの道中で気になったことを幾つも質問している。

 イェルケルはレアの質問攻めを丁寧に遮って熟練斥候に訊ねる。


「どうやら我々は君たちの邪魔をしてしまったようだ、すまない。これから、どうにか働きで挽回したいと思うんだが、どういうことをすれば彼らは喜んでくれるだろうか」


 熟練斥候は珍しいものを見るような顔をしていた。


「……集合場所の陣地作成が隊長の任務ですから、その領域から離れた場所を警戒するというのはどうでしょう。間違っても敵に仕掛けるなんて真似をしてはいけませんが……そうですね、高台を何箇所か回って敵の斥候の動きを監視するというのは?」

「わかった、じゃあ地図を……」


 そう言ってイェルケルが地図を出し、残る三人も一緒にこれを見ながらどこに行くだの、どこを見るだのといった話を始める。

 熟練斥候はその間、黙って四人の話し合いを聞いていた。

 途中何度か、つい口を出してしまいそうになったが堪える。

 全部見当違いの話をしているのなら、馬鹿かと聞き流すこともできるのだが、四人は四人共がかなり勉強しているようで。

 逆にそのせいで、踏み込みが甘い所が見えるとつい、いやそこまでわかっててなんでそれ見落とすんだよ、と言ってしまいそうになるのだ。

 貴族のやることに下手な口出しは無用。

 熟練斥候はそんなつもりで、一応話を聞くだけは聞いていた。

 イェルケルたちなりに、周辺の土地に関する意見のまとめとどこを見張るべきかの結論が出たところで、イェルケルは熟練斥候に問うた。


「で、どんなもんだろう? 幾つか不安要素があって是非……」


 そう言って問題点かもしれないものとしてイェルケルが挙げた場所は、熟練斥候が甘いと断じた場所であった。

 ちらと残り三人の表情を窺う。

 三人とも、あまりに美人すぎて表情を窺うどころか正視するのすら抵抗があり、慌ててすぐに目をそらす。

 どうやら王子の反応を見るしかないようだ。

 熟練斥候は、イェルケルをそれなりに斥候を学んでいる相手だと考え、そんな相手にこの分野で舐められるのは我慢ならない、と思った。

 言えというのなら言ってやろうじゃないかと、熟練斥候は口調に気をつけながらだが、気になった注意点全てを指摘してやる。

 すると、王子はとても嬉しそうな、悔しそうな顔であった。


「そうか~、気付かなかった。川の増水か、そこは全く考えてなかった。くそー」


 残る三美人たちも似たような反応だ。

 そこからはもう混戦である。

 イェルケルも残る三人も、よってたかって熟練斥候を質問攻めに。

 とても斥候とは思えぬ賑やかさで、騎乗した一行は見晴らしの良い場所を求め山中へと分け入っていくのであった。



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