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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第四章 王都ジェヌルキ
71/212

071.騎士スティナ・アルムグレーンのあり方



 それは山の奥地にあった。

 悪意に満ちたとしか形容しようのない急斜面に囲まれ、人はおろか獣ですら行き来することのできぬ秘境。

 唯一空を飛ぶ鳥のみが、彼方と此方を出入りできよう。

 そんな人外魔境を、一人の麗しき淑女が踏破する。

 上を見上げても雲に隠され頂上が見えないような絶壁を、命綱も付けず気安くひょいひょい登っていくなんて真似のできる彼女は、スティナ・アルムグレーンである。

 その圧倒的なまでの体力で、天を衝くような岩壁も、前後左右もわからなくなるほどうっそうとした密林も、高地故の空気の薄さすら突破して、その先に潜む隠れ里へと辿り着いた。

 スティナはここまで来て雑な真似はしない。

 慎重に周囲の地形を調べ上げ、どこからどこまでが生存可能域であるかの確認と、隠れ里の逃亡ルートの特定を行なう。

 この土地ならば、おそらく連絡は鳥を使ってのものだろう。

 どこかにスティナの知らぬ人の出入りできる道もあるのだろうが、これは結局見つけ出すことはできなかった。

 食料は自給できる環境であることを確認しているので、おそらくその出入り口とやらも、容易く出たり入ったりできぬ危険なものであろう。


「前来た時も思ったけど。良くもまあこんな場所、見つけたものよねぇ」


 赤い刃隠れ里のために、天が全てを整えてくれたかのような好立地である。

 ここまで特殊な立地だと、この地の由来やらを知りたくもなってくるが、優先順位は低かろう。

 スティナはこの地の住人の総数を調べ終えると、では、と動き出した。




 単身で動き回る者から順に。

 刃は使わず素手でやり、血の臭いをさせない。


『結構、キツイ、かも』


 今スティナが殺して回っているのは、全てここが戦場だなどと思ってもいない里人でしかない。

 注意を払ってもいなければ、殺意が満ちているでもない。

 どこまでも素朴な平民そのものだ。

 これらを、その油断をついて一人、また一人と殺していくのはさしものスティナにもクルものがあるようで。

 せめてもの救いは、敵が来た、そう認識できた瞬間の里人は、即座に手強き戦士へと変貌してくれることか。

 もちろんスティナ・アルムグレーンが仕掛けているのだ、そうなった時には既に彼らは手遅れであるのだが。

 老若男女、この里の者は全て、それなりに鍛えこんでいるようだ。


『といっても、老いたのか、若すぎるのかばかりみたいね。ホント、胃に来るわこういうの』


 それでもスティナの手は鈍らない。

 里人の半数を殺したところで、彼らはようやく不穏な気配に気付いたようだ。

 それでも確証を得られたのは残り人数が十人を切ってからで、姿の見えぬ殺人者の正体を遂にその目にしたのは、最後の一人になってからであった。


「お、お前っ! お前がみんなを殺したのか!」


 六歳か七歳か、そんなところだ。

 見るからに元気の良い男の子は、燃えるような瞳でスティナを睨む。

 大人たちも子供たちも、その全てを殺したと思しき下手人を前に、怒りに震えながらそう叫べるのだから、戦士としての勇気と気概は充分であろう。

 握り締める短剣は、少年の身体が小さすぎるせいであまり短剣には見えず、スティナを見据えたまま腰溜めに構える姿は、妙にサマになって見える。

 スティナは、言い聞かせるように優しく言った。


「そうよ」

「くそう! やっぱりか! 絶対に許さないぞ!」


 そう叫んで突っ込んできた。

 ひらりとかわすと、勢いあまって少年は転倒してしまう。

 悔しさに歯噛みする少年であったが、かわした方のスティナもまた、驚愕の表情で手にしている自らの剣を見下ろしていた。


『……マズ、った。ああ、今のでヤれないのは、本当にマズイ』


 少年が短剣を握り締め再び突進してくる。

 今度は足が出た。

 足先だけの動きで少年の突進をいなしつつ、地面に押し付け押さえ込む。

 そうする理由なんてどこにも無いのに。


『バカっ! 何してんのよ! ついさっきまでできてたでしょ! 早くやらないとダメだって!』


 自らに向かって内心にて叫ぶスティナ。

 それでも、剣は動いてくれない。

 スティナの足元で力の限り抗う少年。

 だがスティナを押しのけるほどの力は望むべくもない。

 遂に、跳ね除けるのは不可能だとわかった少年は、それでも強気を全く失わぬまま叫んだ。


「くうっ! 殺せ! 殺せよ!」


 少し間を空けて、スティナは答えた。


「……いいわよ」


 背中から一突き。

 心臓を剣先が貫くと、僅かに震えた後、少年の動きも、命も、止まった。

 殺すに足る理由はある。

 女老人子供だろうと、彼らは死罪が確定しているのだ。

 社会的弱者だろうと何だろうと、物は盗めるし人は殺せる。

 そしてカレリアにおいては、社会的弱者だからと罪を減じる法なぞない。

 長年に渡り闇に潜みカレリアを脅かしてきた犯罪組織の構成員だ、官憲がコイツを生かしておくことなぞありえないだろう。

 そんな言い訳を自分に並べ立ててみても、スティナの胸の内の苦いものは、無くなってはくれなかった。


 全ての死体を集めたスティナは、里の外れにこれをまとめ火を放つ。

 陰鬱な気分を誘うこの作業にも、スティナが顔色一つ変えないのは、死体自体には慣れがあるおかげだろう。

 ただ、それら全ての作業が終わった後、体力にはまだまだ余裕があったのにもかかわらず、スティナは一時間近い休憩を取った。

 ぼーっと空を見上げているだけの時間を、一時間続けた。

 里の人間がどうやって外と行き来しているのかは、休憩後の調査で程なくして判明する。

 洞窟のようなものが里長の屋敷と繋がっていて、ここを通るのだ。

 試しに入ってみると、やはりと言うべきか、各所に殺傷を目的とした罠が仕掛けられていた。

 これらの罠を外してしまわないよう注意しながらスティナは進み、出口に辿り着くとそこがどこなのかを調べる。

 山頂付近、逆に山を昇った場所に出た。

 つまりあの里に至るには、スティナのように崖を登り越えるか、山頂まで登った後で罠だらけの洞窟を抜ける必要があるということだ。

 随分と手間のかかる場所であるが、スティナが単身で来た理由はこれでほぼ達せられた。

 いざという時のために、絶対に見つからない国内に潜伏できる避難場所を確保しておきたかったのだ。

 この場所を知っている赤い刃の者は、何があろうと絶対に隠れ里の位置を吐いたりはしないだろう。

 そして隠れ里側もまた、連絡を受けたのなら外との接点を無くし内に篭ろうとしていたのだろう。

 ならば、赤い刃側からこの場所が洩れる可能性は極めて低い。

 となればもう、ここを知る者はスティナのみ、と考えて良かろう。

 王都を出る前にサヴェラ男爵より聞いた話では、王都の赤い刃は一欠けらも残さず消滅させるつもりであるようだし。

 完全な形で目的を完遂したスティナであるが、その心は全くもって晴れてくれない。


『まさか私に、こんな可愛げがあったなんてね』


 その必要があるのなら誰が相手であろうと躊躇無く殺せ、そんなことを考えて、なんなら時々口にも出してきた。

 一切の混じりけ無く、スティナ自身がそう思っていたからであるし、自分は当たり前にそうできると信じていた。

 なのに、コレである。


『……人って存在が、そもそも、そういうシロモノなのかもしれない、のかな。それはきっと、悪いことじゃなく良いことなんだろうけど……』


 行きと帰りでスティナの足取り、その速度に変化があったわけではなく、行きにかかった時間と同じ時間で王都に帰りついたスティナであるが、帰り道でスティナが感じた疲労感は、それはもう、まるで一千人に斬り込んだ後のようなものであった。




 スティナが王都に戻るのは、どうやらギリギリで間に合ったようだ。

 妙に街が閑散としているのは、かなりの人数が闘技場付近に集まってしまったせいで。

 スティナも気にはなっていたので、足早に闘技場へと向かう。

 もう夕暮れも近い。

 終了も間際だろうとスティナが考えていた通り、闘技場からは最後の大盛り上がりの声が聞こえてくる。


「遂に! 遂に成し遂げました! イェルケル王子! 前人未到の二百人抜き! 朝の七時から今の今まで戦い続け! 二百人の挑戦者全てを撃破し尚! 闘技場に雄々しく立つその勇姿に! 二百人を相手にたった一日で! たった一人で! 勝利してしまうその偉業に! 我らは声を張り上げずにはいられません!」


 放送も随分と興奮した様子だ。

 イェルケルが頑張った、そう聞いて嬉しくないわけがない。

 スティナはいつものように顔を隠しながら、上機嫌に闘技場への道を行く。

 途中耳にする話題は全て、イェルケルと第十五騎士団のことばかりだ。

 イェルケルの優れた武勇は当然だが、合間に見せた模擬戦でのアイリとレアの人間離れした速度での攻防も皆の酒の肴となっている。

 誰からともなく街中に伝わった、アイリ・フォルシウスが単身でクジャン傭兵団を壊滅させたという話、レア・マルヤーナが一人で蒼虎激流争覇騎士団を全滅させたという話も、あの武勇ならばと皆が納得し、第十五騎士団の強さ、恐ろしさを語り合う。

 無敵の三人、最強の三人。

 結局入団希望者の中から、入団を許された者は出なかったが、あの三人さえいれば、第十五騎士団にこれ以上の戦力は必要ないだろうと誰もが納得してしまう。

 サルナーレ、アジルバ、ビボルグ、ロシノ、四つの戦いも彼らの口に上り、あの戦いの噂は真実であったと興奮気味に語り合っている。

 自分の名前が上がらないのはちょっとだけ寂しいが、スティナは第十五騎士団がこうして勇名を馳せていることに、なんともいえぬ気恥ずかしさと、くすぐったいような嬉しさがあった。

 闘技場の中はまだ騒いでいるようなので、自分も一つ見てやるか、とスティナは闘技場の壁際へと。

 収容人数一万人の大闘技場である。壁部の高さも相当のものがある。

 もちろんスティナにかかれば、はしごを登るより簡単に乗り越えられてしまうのだが。

 壁を登りきると、中の闘技場がよく見える。

 広い土の空間ど真ん中に、イェルケルが立って皆に手を振っている。

 全身汗だくで、それでも顔は笑っていた。

 歓声を上げる大観衆に手を振って答えている。少し、照れ臭そうでもある。

 その半歩後ろに控える二人の女騎士、アイリとレアにも称賛の声は降り注ぐ。

 クジャン傭兵団も蒼虎激流争覇騎士団も王都で、その武力をかさに来て偉そうに闊歩していた者たちで、これを退治した勇者となれば勢い人気も出ようものだ。

 鍛えに鍛えぬいたその武を用い、悪漢たちを撃破し数多の民の称賛を受ける。

 そんな、子供の夢のような風景が、そこにあった。

 第十五騎士団が、そんな夢の中心にあるのだ。

 スティナの目には三人がとてもまぶしく思える。

 翻って自身はどうかと考えると、誰にも気付かれぬこんな場所で、こそこそと盗み見るように潜んでいる。

 第十五騎士団の一員として直前にやったことは、子供も老人も、ただの一人も残さず全てを虐殺する悪漢そのものの所業。

 いたたまれないのと、今すぐ逃げ出したいのとで、スティナはその場を離れる。

 登った時同様、誰の目にも留まらず下まで降り、その場で、壁に背をもたれさせたまま座り込む。

 しばらく微動だにせぬままそうしていたスティナは、のろのろとその場に立ち上がる。

 これといった切っ掛けがあったでもなく、座りっぱなしだったのが唐突に立ち上がった、そんな感じだ。

 そのまま闘技場の係員入り口に向かい、そちらから関係者控え室へ。

 途中何度か誰何の声があったが、身分を示すとすぐに通してもらえた。

 控え室の扉を開くと、そこに、闘技場で輝いていた英雄たちがいた。


「「「スティナ!」」」


 三人分の声が重なる。


「どうやら、そっちは上手くいったみたいね。お疲れ様」


 イェルケル、アイリ、レアの三人は興奮した様子のまま、スティナに起こったことを報告しようとするも、それをスティナに制される。


「ほらほら、そういう身内の話は後。まだ後始末残ってるんでしょ?」


 第十五騎士団最後にして最大の障害、スティナ・アルムグレーンの登場にヘルゲが苦々しい顔になりながら言う。


「片付けだ、始末してどーする。残った仕事は大したものはないから、お前らはイェルケル連れてさっさと帰れ。ああ、間違っても、正門の方から出るなよ。きちんと隠れ潜んで誰にも見つからないように屋敷まで戻るんだぞ」


 これにはイェルケルが文句を言う。


「子供か! そのぐらいわかってるっての! ……まあ、お前がそう言うんなら後は任せる。スティナも夕食は大丈夫なんだろう?」

「ええ、もちろん。そちらの話はその時聞かせてもらいますわ」

「良し、じゃあ俺たちは引き上げるか。スティナからの報告は無いのか?」


 スティナは眉一つ動かさず答える。


「特には。ま、こちらは本当に後始末だけでしたし、話の主体は私じゃありませんでしたからね」

「終わった、と思っていいのか?」

「ええ、残りも時間の問題ですわ」


 わかった、と返した後、イェルケルはヘルゲに向き直る。


「ということだ。赤い刃、終わったってよ。今日の礼だから信用してくれていいぞ」


 目を丸くするヘルゲを他所に、第十五騎士団の四人は退室する。

 後ろからヘルゲの、偉そうに、との言葉が聞こえたがイェルケルは普通に聞き流した。

 その後、イェルケルの屋敷で四人揃っての夕食会。

 興奮気味のイェルケル、アイリ、レアの三人に、スティナは静かに聞き役に回る。

 イェルケルの頑張りを褒め、アイリのやりすぎを叱り、レアの判断を評価する。そこに先ほどの落ち込んでいたスティナの姿は無い。

 既に精神は安定を取り戻していて、自分が不要な存在だの、自分だけが割に合わないことをしてるだのといった、負の考えは理路整然と自らの内にて論破されている。

 人間だから、落ち込む時もあれば迷う時も、悩む時もある。

 だが、少なくともスティナ・アルムグレーンは、それで足を止めたりもしないし、道を誤ったりもしない。

 強力無比な自我と、強固な意志が、彼女を無類のタフガイならぬタフレディにしているのだ。

 あの、アイリが、誰よりも、ともすれば自分自身と比べてすらスティナをより信頼するのも、彼女のこういった意思の強さから来る安定感があってこそであろう。




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