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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第四章 王都ジェヌルキ
70/212

070.闘技場の皆様(後編)



 国軍関係者たちは、最初は興味本位でこれを見るつもりであった。

 だが、一部の貴族はイェルケルの剣を見るなり、最前列へと進み出た挙句、身を乗り出すようにしてこれを見据え出す。

 そうしている者は皆が皆、剣に覚えのある者ばかり。

 国軍関係者は自身の目で剣の良し悪しを判別できなくとも、それができる人物を知り合いに持っている。

 その知り合いは皆が皆、張り付きでイェルケルを見ているのだから、彼らにもすぐにイェルケルの異常さは伝わった。

 騎士たちの間でも特に腕の立つ者達を比較対象に、誰々より強い、誰々より凄い、といった言い方でイェルケルを称える。

 だが、ではカレリア最強の騎士ダレンスより強いかとの問いに答えられる者はいない。

 ダレンスもイェルケルも強すぎるせいで、彼らには比べることができないのだ。

 とはいえそうした極めて高い位置にイェルケルが居るということは貴族たちにも伝わった。

 驚くべきことだ、どう対応すべきか。

 そんな話が国軍幹部同士の間でなされるが、貴族たちはというと暢気なもので、挑戦者の不甲斐無さをなじって笑ったりしていた。

 こういった感じ方は貴族のみならず。

 十一時頃にお忍びで来た国王もまた、全く同じやり方でやられ続けているように見える挑戦者たちを見て笑っていた。

 彼は宮廷庁の職員たちを引き連れ、王専用の個室に陣取っている。


「何じゃあれは、我が国の剣士の質も落ちたものよのう。して、アレは本当に強いのか?」


 この国王の問いに、軍務に詳しい者が答える。


「はっ。私が見ますに、近衛をすら凌駕すると思われます」

「何?」


 近衛とは近衛騎士のことで、宮廷の護衛を任されている騎士だ。

 特に技量の高い者で固められたエリート騎士である。


「近衛に匹敵、いや近衛を超えると? そこまでかアレは」

「はい」

「それではお主と比べたら?」

「私があの場に立ったところで、他の者達同様、あの上段よりの一撃をかわすことはできないでしょう」

「なんと、お主ですら、アレと同じことになると申すか」

「はい。私が知る限りであの一撃を外せそうなのは、やはりダレンス様ぐらいでしょうか」


 国王はその高貴な責務に似合わぬすっとんきょうな顔をしていた。


「信じられぬのう。アレは本当にワシの息子なのか? 我が息子の中で剣をまともに使える者なぞ数えるほどだったと思うが」


 そんな恐ろしい質問に答えられるはずもなく。

 問われた者は曖昧な表情で一礼するのみ。

 国王も返事は期待していなかったのか、こんな話をしている間に三人を張り倒しているイェルケルをじっと見つめる。


「うーむ。で、あれは誰の息子だったかのう」


 お前だよ、なんて突っ込む馬鹿はこの場にはおらず。

 質問の意図を正確に把握して宮廷庁の後宮補佐官が、すぐに答える。


「エルビィ様でございます」

「んー、エルビィ、エルビィのう……」


 名前でわからなかったと、この国王の返しでわかった補佐官は続ける。


「オービット戦役戦勝祭の折、この席より闘技場の客席にいたエルビィ様を、陛下がお見初めしたのでございます」

「おおっ、そういえばここでそんなこともあったのう。ふむふむ、面白い縁よのう。そういえばアンセルミは来ぬのか? 弟の晴れ舞台であろうに」

「宰相閣下はお忙しい方ですから」

「まったく、アレも生真面目な男だからのう。少しは遊び心も持てれば良いのじゃが」


 なんてことを言いながらも、アンセルミが遊びに出ることもなく熱心に仕事をしているのが嬉しいようだ。

 そうした国王の心の機微をこの場にいる側近たちはよくわかっているので、やはり強くは答えず曖昧に頷くのみである。

 王はじっとイェルケルの戦いを見ていると、堪えきれずに噴き出してしまった。


「ぶはっはっはっは、本当に強いとわかっていても、アレはおかしいのう。見てみい、全く同じ速さですぱんすぱんすぱんと倒れては出て倒れては出てと、実に滑稽じゃて」


 剣術を見るとかではなく、見世物を見るように笑いながら王は脇に置かれた酒に手を伸ばす。

 本来、国王とは宰相をすら超えるだろう激務である。

 だが今の王はその権限全てを宰相に譲ってあるため、昼間から酒を飲むことも、思いつきで娯楽に顔を出すことも自由自在なのである。

 そんな自分の立場を、王は十二分に堪能しているようであった。




 アンセルミ宰相は、弟イェルケルの第十五騎士団がやらかしてくれた事の後始末で大わらわであった。

 そんな最中に突然、国王が闘技場にイェルケルを見に行くとか言い出したとして、どうやって対応しろというのか。

 こめかみを押さえ、机に肘を突きながら俯くアンセルミ。


「なあ、ヴァリオ。時々思うんだがな……」

「陛下のことですか?」

「私があの方を放置しているのは、国に対する裏切りなのではないかと」

「閣下は実に、正しき感性を有していると言えましょう」

「じゃあやるか?」

「ダメです」

「あの方の維持費、はっきり言ってばかにならんぞ。そのうえ外に出る度妾を増やそうとするのだから、手に負えん」

「奥にてその辺りは管理させておりますから、陛下の希望を無視さえしていればそれで問題は無いかと」

「力ずくで押し切りにかかったら?」

「事に及ぶ前に酔い潰して帰らせる算段は、いつでも用意させております」

「これまでのことをそのまま不問に、というのに不満を持つというのは、わがままなのだろうな私の」

「そう思ってる相手に、心から信頼されている気分はどうです?」

「……おまえなんかだいっきらいだー」

「まあ、自らの母が受けた被害のことでもありますし、不快さがあるのは仕方が無いとも思いますよ。ただ同時に、相手は父でもあるのですから、これに頼られて悪い気もしないのでしょう?」

「そういった私側の事情は、この際考慮すべきではない。あくまで、カレリアという国としての話だ」

「なら、単純に時期尚早ですな。我慢してください」


 アンセルミは、納得のいかぬことを飲み込む時の癖である、上目遣いに天井を見ながら大きな大きな嘆息を見せる。


「なあ、私が求めることは、そんなにも難しいことなのか? 法治こそ至上とするのならば、当たり前のことを望んでいるだけだと思うのだが」

「愚痴ですか」

「そーだよっ。当人の意思を無視して女性をかどわかすなぞ、絶対にやってはならないことだろう。皆、例えば自分の姉妹や娘がそのような目に遭ったら絶対に許さぬだろうに、どうして、自分が他人にやるのは平気なのだ?」

「……前にも言いましたが。閣下ほどの権力を持つ者が、そこを疑問に思うというのがそもそも珍しいことなのですよ。ああ、なるほど、それでイェルケル殿下が気になるというのはわかりますね。あの方も、王子という身分にありながらソレを本当に嫌っていらっしゃるようですから」

「母がその被害に遭った結果自分がこの世に生を受けたなぞ、どうやって自らの内に納めたものか。なあ、本当に、父を殺したところで私の気は晴れぬというのか?」

「無理ですね。そもそも人を殺して凱歌を上げるような性質ではないでしょう、閣下は。結果得られるものは、宮廷庁の予算削減と、『父殺し』というどこに出しても恥かしい悪名だけです。また、閣下がソレを理由に王を弑したとしても、国内で女性をかどわかす人間が減ることは無いでしょう」

「あれだな。世界はきっと、私のことがキライなんだ」

「努力次第でいつかは目標を達成できる閣下が言っても、まるで説得力ありませんな。さあ、この世の理不尽が気に食わないというのでしたら、さっさと仕事をこなして話を進めてください」


 アンセルミは、これは口にせぬままイェルケルを思う。


『お前が少し、羨ましいよイェルケル。気に食わぬ、納得できぬと、自らの刃のみでこれに抗うなんて、私は、考えたことすら無かったからな』


 たとえそんな妄想をしたとしても、実際に実行に移す馬鹿はイェルケルぐらいであろう。

 もちろんイェルケルにも苦労はあろう。

 もしかしたらイェルケル自身には、そんなことをしてるつもりは無いのかもしれない。

 だが、彼らの心はどこまでも、自由であるのではと思えるのだ。

 恨み骨髄の相手に心から信頼されてしまうぐらい、機嫌を取りまくるような真似をしないでも生きていける的意味で。




 昼前頃、観客たちの歓声が一際大きくなった。

 それは遂にイェルケルが百人抜きを達成したからだ。

 挑戦者たちを紹介する闘技場中に響き渡る声も、それまでは進行速度を何より気にかけていたのだが、この時ばかりはイェルケルの偉業を称えるメッセージを。

 闘技場中がその偉業に沸き立つ中、既に挑戦者は百三人目である。

 だがここで、遂に戦いに変化が生じた。

 その瞬間、歓声が驚愕の声へと変わっていく。

 そう、遂に、イェルケルの一撃を受け止める者が出たのだ。

 頭上よりの一撃を、木剣を両手で握って斜めにかざし、必死の形相で支える挑戦者。

 イェルケルの顔は、驚きではなく嬉々としたものであった。


「やるな」


 とても返事などできない彼を、強く押し出して一度距離を取らせてやる。

 間合いを空けたイェルケルは、彼のその見事な技に対し、褒美とばかりに別の構え、両手持ちの中段を見せてやる。

 挑戦者。そのイェルケルの構えを見ただけで顔中に死相が浮かぶも、逃げるわけにもいかず震えながらイェルケルを凝視する。

 直後、踏み込んだイェルケル。

 そこで何かをしたのはわかるが、心得の無い観客たちはイェルケルの腕より先が消失したとしか見えなかった。

 神速の三連撃。

 ただの一つも見切ることはできず、全てをもらった挑戦者はその場に昏倒した。

 彼を見下ろすイェルケルは少し焦った様子に見える。


「イカン、やりすぎた。おい、早く彼を医務室に」


 大急ぎで駆け寄る係員たち。

 彼らだけに聞こえるように、イェルケルは呟く。


「この男が起きたなら、私からの伝言を頼む。怯えなければ君なら一つは防げたぞ、頑張れって」


 なんやかやと、イェルケルも優れた剣士や剣の才能を見るのは大好きなのである。

 百人を相手にしたイェルケル。

 その顔には疲れの色は見えず、汗こそ流しているが身体のキレはまるで衰えていない。

 朝七時から開始して既に五時間近く経っているというのにだ。

 ようやく出会えた優れた剣士に、イェルケルは機嫌良く手にした剣をくるりと回す。


「さあ次だ! 心配しないでもまだまだ私が相手してやるからな! 思い切ってかかってこい!」


 と、大見得を切ったイェルケルであったが、彼は進行予定をすっかり忘れていたからこんな台詞をのたもうたのだ。

 呆れた顔のアイリとレアがイェルケルのもとに進む。

 二人共、輝いてみえるほどの容貌の持ち主だ。

 闘技場が二人の登場だけで沸き上がる。

 そんな大騒ぎに、レアが内心びくびくしながら、アイリはというと内心も見た目も全く気にした様子もなく、イェルケルのもとへ歩み寄る。

 なんのつもりかは放送が教えてくれた。

 イェルケルの食事休憩と、第十五騎士団所属、アイリ・フォルシウスとレア・マルヤーナによる模擬戦の公開である。

 予定になかったこれは、イェルケルが食事休憩を取る間の時間稼ぎにと、当日になってからアイリが提案してきたのだ。

 ヘルゲは最後まで強硬に反対していたのだが、クジャン傭兵団や蒼虎激流争覇騎士団を滅ぼした話が街中に広まっているため、ヘルゲ以外の全員が、きっと観衆たちもこの二人を見たかろう、と諸手を挙げて賛成し、結局押し切られてしまった。

 この放送を聴いたイェルケルは、バツが悪そうな顔でアイリとレアを振り返る。


「わ、忘れてた、すまん」

「殿下、食事だけではなく水もきちんと取らねばなりませぬぞ」

「ああ、わかってる。後を頼むよ…………レア? 大丈夫か?」

「た、たぶん。人、多すぎ。怖い」

「動き始めてしまえば気にならなくなる。だから立ち上がりだけは気をつけろよ。アイリも」

「私は特に問題はありませぬぞ」

「最初からやりすぎるなって意味だっ。魅せ技考えてきたんだろ、頑張れ」


 お任せを、と言うアイリと頷くレアを残してイェルケルは控え室へ。

 アイリとレアは闘技場の真ん中で、距離を取って立つ。

 レアは眉根を寄せる。アイリが、予定していたよりずっと遠くに位置している。

 そして、アイリがした奇妙な構えを見て、レアは顔色を変えた。


「ちょっ! アイリ! それやるなんて、聞いてない!?」

「ふん、敵になるでもない群衆なぞに怯えおって。私が目を覚ましてくれるわ」

「わかった! 怖がるのやめる! だからそれは止めて!」


 無情に響く、放送の声。


「では! 第十五騎士団所属騎士、アイリ・フォルシウス! レア・マルヤーナ両名による! 模擬戦を開始します! はじめ!」


 後ろを振り返るほどに腰を捻り、低く沈み込んでいたアイリ。

 その身体が、土を蹴って爆ぜた。


『っぎゃあああああ!!』


 レアはここが闘技場であるなんてことはすっぱり忘れ、見栄えも何も考えず真横に飛ぶ。

 顔はもちろん、凄まじい速度ですっ飛んでくるアイリの方を向いたままだ。

 空中で振るわれた剣が、脛に当たりそうだったので慌ててこれを引っ込め避ける。

 大地を転がり、立ち上がり、強く強く抗議する。


「殺す気!?」


 アイリはレアを通り過ぎた後方に着地している。


「刃は落としてある。この程度で死にはすまいて」

「アイリの馬鹿力なら! 充分死ねるっ!」


 再び、深く沈みこんだ構えを取り、ただの一足で間合いを詰めながら剣を叩き込みにかかる。

 だがレアもまた第十五騎士団の騎士である。


「同じ手を連発とかっ!」


 なめるなとばかりに、アイリの軌道から僅かに身をそらしつつ逆に剣を置いておくようにして一撃を狙う。

 アイリは、空中で何をどうしたものか、身震いのような動き一つでレアの置いた剣より身体がそれ、そのまま通り過ぎていく。


「良し! そうでなくてはな! さあ本番行くぞ!」

「もう頭来た。そっちがその気なら、こっちも加減なんてしない、今日こそ、アイリを潰してやる」


 二人は単純な剣術ではなく、足でかく乱する高速移動を交えた戦闘を始めた。



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