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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第一章 サルナーレの戦い
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007.新たな策謀





「あの状況からイェルケルと女の騎士見習いが二人共生還しただと!?」


 宰相アンセルミは最初に驚き、すぐに見るからに機嫌が良くなる。


「ははっ、これは良い話を聞いた。昨今稀に見る素晴らしい話じゃないか」


 彼がどんな勘違いをしているのか、補佐官ヴァリオは正確に把握していた。


「宰相閣下。あまり先入観を持たれるのはよろしくないかと」

「ん? 六人の騎士が命を賭して王子と女性を守り抜いたという話ではないのか?」


 ヴァリオは無言でイェルケルから上がってきた状況報告書を提出する。

 そこには、六人の騎士の活躍など欠片も書かれておらず、数多の障害を全て生き残った三人のみで突破してきたと書かれている。

 子供が見ても無理だとわかる話まで書かれてあり、上機嫌だったアンセルミの表情が強張っていく。


「……私はイェルケルと直接話をしたことはないが、コイツは、いったいどういう奴なんだ?」

「ですから、先入観は捨ててください。関わった全ての人物がクズである可能性もあるのですから」

「可能性、なのか? お前がまだ調べてないとは考え難いが」

「六人の騎士、二人の女騎士見習い、イェルケル殿下、全て評判は最悪です。六人の騎士は、元帥ないし彼の側近が選んだだけあって、居るだけで害悪な者たちばかりですね」

「……感心すべき部分は無い、と?」


 無視して続けるヴァリオ。


「二人の騎士見習いは、先の内戦で家を取り潰された者たちです。人品は不明ですが、とりあえず敵は多いようですな。どこの報告書にも好意的な評価は一つもありません」

「それで良く見習いになれたな」

「そして最後のイェルケル殿下ですが、騎士学校での評判は最低ですな。こちらもただの一人も擁護する者はおりません。ただ……」

「ん?」

「ダレンス様が、擁護はしておりませんが評価はしております。恐らく数年のうちにカレリア最強の剣士となるであろう、と。彼による人物評価の欄には何も書かれておりませんでした」

「ふむ……直接会ってみるしかないか。時間の調整はできそうか?」

「無理です」

「おいっ!」

「殿下の処遇に関して元帥が強硬に主張してきております。生きて帰ってきたことが余程腹に据えかねたようで」

「いや、逆恨みも良いところだろそれ」

「それはあまり重要なことではありません」





 イェルケルは元帥府の会議室へと呼び出される。

 呼び出したのは大鷲騎士団副団長で、他にも数人ずつ武官と文官が揃っていた。

 武官は幾人か顔を見たことがある者が居たが、文官は全くイェルケルにはわからない。

 だが、いずれも地位の高い者であることは見ればわかる。

 まず真っ先に副団長が口を開く。この場は彼の仕切りのようだ。


「イェルケル殿下、先日の視察の件はまことにご苦労様でした。ボトヴィッドめ、カレリアに弓引くなどとこれまで王国から受けた恩顧をなんと心得るか」


 白々しいのを承知でイェルケルもこたえる。


「はい。六人の騎士たちには残念なことをしました」


 副団長はイェルケルの返事に口の端を上げる。


「ええ、ええ、ごもっともです。しかし殿下、殿下はなりたてとはいえ騎士であり、部下を持った以上責任が生じるものなのです。残念でしたでは済まされませぬぞ」


 イェルケルは無言。


「まあそこは我々大鷲騎士団の方で遺族への手当てもしておきましたが。ただ、ですな。仮にも殿下をお守りして亡くなったということですから、生じる手当てもかなりの額になりましてな。もし殿下がお亡くなりになっていたのなら、何故殿下をお守りできなかったと責められる立場であったでしょうから、そうしたことにはならなかったのですが」


 やはりイェルケルは無言。いわゆる嫌味や嫌がらせや理不尽な主張は流すのが基本である。


「本来せねばならぬ殿下の代わりに、我々大鷲騎士団が様々な処理を行い、出費を強いられたこと、覚えておいてくださいませ」


 深く頭を下げるイェルケル。


「ご配慮、感謝いたします」

「いえいえいえいえ、で、その代わりという話ではもちろんありませんが、殿下には新たな名誉ある任務のお話がございます」


 懲罰ではなかったか、とイェルケルが少しほっとしたのは、自分が罰を下されることよりも、理不尽に罰を下すことができないこの国の体制に安堵したものだ。


「失われた六人の騎士、彼等の思いに報いるためにも、サルナーレ辺境領への侵攻が決定しました。つきましては殿下にも従軍していただきたく」


 なんだそんなことかと思ってしまったイェルケルの不覚である。


「更に、此度の失われた六人の騎士に対し、最も責任のある立場の殿下が率先して戦いに赴くべきだと元帥府内から意見が出ましてな、殿下には一軍を率いていただこうと思っております」


 驚きに目を丸くするイェルケル。


「わ、私が一軍を、ですか。しかし、私には率いる兵なぞおりませんし、その、お恥ずかしい話ですが、兵を集めることもできませぬ」

「おや? それはおかしい。殿下は立派なご領地をお持ちではありませんか」

「若い男手を幾らかき集めたところで二十人にもなりませぬし、軍役を課すのならば必ず発生する給金の用意もありません」


 嘆息し隣の武官と顔を見合わせる副団長。二人は揃ってイェルケルを横目に見ながらせせら笑っている。


「それで領主の義務を果たしていると言えるのですかな。いえ、失礼。ならば仕方がありません。兵の方は我々が手配いたしましょう。三十人の騎士を蹴散らし、ラノメ山を突破するほどの武勇を誇る殿下です。恐れるものなぞ何も無いでしょう」


 有無を言わさぬ口調で副団長は締める。


「よろしいですかな?」


 イェルケルは、騎士学校で悪意を向けられることに慣れていて良かった、と心底から思った。このまま副団長の望む形で頷くのは、絶対にやってはならないことだ。

 たとえ相手の意に反する事がはっきりとわかっていても、言わねばならない場面はある。それがどんな場面なのかを、騎士学校での何度もの失敗で学んでいた。


「辺境領に派遣される軍の内情をお聞かせ願いたい。私はどなたの指揮下に入るのですか?」


 決め台詞まで持っていったのに言い返されたことで、副団長の表情が悪化する。


「は? ああ、軍ですね。殿下が知ったところで意味は無いと思いますが。ええと、殿下は元帥府直轄軍の一部ということになりますので、詳しくはそちらに聞いてください」

「では兵はどれほどに? 元帥府の兵を指揮する形になるのでしょうか」

「馬鹿な!」


 勢い良く机を叩く副団長。


「栄光あるカレリア正規軍を、なりたて騎士が指揮しようなぞ不遜にも程がありますぞ殿下!」


 怒声にも、内心はともかく表面上は動じぬイェルケル。


「元帥府、つまり王軍の一部でありながら、大鷲騎士団から手配していただく兵を指揮するのですか?」

「一々細かなことを! そんなに従軍がお嫌か!? 軍を指揮する自信が無いというのであれば! そのような臆病者に兵を預けるなどできませぬぞ!」


 頭を下げるイェルケル。


「そうですか。私に臆したつもりはありませんでしたが、そう受け取られたのであれば仕方がありません。申し訳ありませんでした。では私は個人で従軍する形でよろしいでしょうか」


 イェルケルの言葉のどこに反応したものか、急に焦り出す副団長。


「い、いや、殿下が臆病風に吹かれたわけではないのならいいのです。元帥からのご厚意を無駄にすることもできませぬし、指揮の方、よろしくお願いしますぞ」

「そうおっしゃってくださるのならばありがたい。で、兵はどういった……」

「傭兵です! 数多の戦場を渡り歩いた猛者たちですぞ!」

「数は?」

「五百です! それ以上はさすがに殿下には荷が重過ぎますからな!」

「ありがとうございます。謹んでお受けさせていただきましょう」


 その言葉と共に、激怒していた副団長の表情がにやけ笑いの嫌らしいものへと変化する。


「そうですか! お受けいただけますか! ははっ! ならば早速ですが預かっていた任務をお伝えします! 殿下は傭兵軍を率い先発隊として辺境領に赴き! 王軍の武威を示してきていただきます!」


 不明瞭な言葉が多すぎて、イェルケルもすぐに問い返すことができない。


「確かに伝えましたぞ! では、今日はこれまでで! 傭兵部隊の引渡しは十日後にも行えますので、それが済み次第すぐにでも出立してください!」


 副団長は席を立ち、他の武官文官にも退室を促す。しかしイェルケルは、それで話を終わらせられてはたまったものではない。


「お待ちください。まだ敵軍の情報や後発隊との連携、糧食の補給のことも聞いておりませんし、そもそも武威を示せとは……」


 鬱陶しそうに一度だけ振り返ってやる副団長。


「我らも暇ではないのです。それらの件は追って連絡しますので」


 逃げるように部屋を出る副団長。武官たちはイェルケルを嘲笑しながら、文官たちは冷たい視線をイェルケルと副団長双方に向けながら、退室していく。

 彼らの悪意に満ちた態度から、イェルケルは察する。こいつらは、まだイェルケルを殺すつもりなのだろうと。




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