067.男爵の憂鬱
場所はスティナが王都に用意した隠れ家の一つ。
ここで、スティナ・アルムグレーンは単身、アンセルミ宰相が極秘裏に準備していた、いまだにどこにもその存在を知られていない諜報機関の組織員十人と接触を果たしていた。
彼らの長である、イスコ・サヴェラ男爵はレアに騎士学校との和解を勧めに来た人物だ。
『とびっきりの大ハズレ引いた気分よ』
アンセルミ宰相が全力で隠し続けてきた諜報機関の存在なんて、知りたくもなかった。
それでも一方的にスティナが知っているというのならまだやりようはあるが、スティナが知っているということを彼らも知っているのだ。
サヴェラ男爵は極めて重大な国家機密を、一騎士風情に洩らしたことなぞ悪いとも思っていないような自然体で、スティナに語りかける。
「赤い刃暗殺部隊の壊滅、か。あまりに見事過ぎて、君にはどう報いていいのかわからなくなりますね」
「向こうが勝手に全力でかかってきただけですわ。よほど私が邪魔だったみたいで」
「連中相手に、そこまで警戒させるというのが凄いですよ。さて、スティナ・アルムグレーン。君には是非、協力してもらいたいことがあります」
「拒否権は無さそうですわね」
「したいのですか?」
「話を聞く前から勝手に動きを決められているのは、あまり気分がよろしくありません」
「君ぐらい武力が飛びぬけていれば、そういうわがままもアリなのかもしれませんね。赤い刃を殲滅したい。君が持つ情報の提示を願います」
「構いません。が、言うほど知ってるわけでもありませんわよ」
そう前置きしてスティナは自分が集めた赤い刃に関する情報をサヴェラ男爵に教える。
感心したように頷いている男爵だが、スティナが見るに、スティナの情報程度ならばこの男は全て把握しているだろう。
一通りを聞き終えたサヴェラ男爵は重々しい口調で言った。
「……その程度の情報で、赤い刃に挑んだのですか君は?」
「だーかーら、私から行ったんじゃありません。向こうから来たんですわ」
「信じられません、私の感覚で言わせてもらえるなら、自殺行為以外の何者でもない」
ものっすごい細い目で問い返すスティナ。
「へー、じゃあそんな死ぬしかないような王都に、赤い刃に狙われるのがわかってる私たちを呼び戻したってわけですかそうですか」
「遠まわしに褒めているんですよ」
「そんなとって付けたように言われましても」
「……もう情報に漏れは無い?」
「はい。王都の他の連中は、そちらにお任せしてよろしいですわよね?」
「手を貸してくれるのですか?」
「嫌です」
「ははは、こちらも手柄が必要でして。そうしてもらえると助かります。実際に戦った者としての感触を聞きたい、暗殺部はまだ残っていそうですか?」
「かなり悲壮な決意が見えました。きっと、私が王都で暗殺業に従事したら、自分たちの存在意義が薄れるとでも思ったのでしょうよ」
「…………」
「自覚はありますよ。故に、諜報に携わる全ての者が、私の存在を疎ましく思うのも理解できます。だからと黙って殺されてやる謂れもありませんけど」
「行使の、予定は?」
「殿下の敵、私の敵、第十五騎士団の敵、全て対象ですわ。実際にやるかどうかは状況次第でしょうが」
「……やはり、君はとても危ういですね」
「あら、でも私、サヴェラ男爵とは懇意にしたいと思っていますのよ。私、色んなこと知ってる殿方って大好きですしっ」
「それは光栄です。今のイェルケル殿下の立場を、君は理解していますか?」
「宰相閣下がいらっしゃらなければもう孤立無援なんてもんじゃありませんわ。殿下越しですけど、感謝はしてますのよ。それに、あまり得意ではないですけど、味方を作ることの大切さも知ってるつもりですわ」
サヴェラ男爵は苦笑してみせた。
「君が案外普通で良かった。今後も、御昵懇に願いたいですね」
「是非、お願いします。いやホント、殿下も私たちも、敵多すぎて泣きそうなので、ここらで頼れる味方が欲しいと思ってたんです」
「そうですね。そうやって君らに敵を片っ端から殺させていたら、カレリアがいつの間にか空っぽになってそうだ。どうか、元帥とは上手くやってくださいよ」
「その手足を千切り取るよーな上手くやるで良ければ」
「うんやっぱり君ら動かないでください」
はーい、と子供がするような返事をして、スティナは席を立った。
スティナが去った後、サヴェラ男爵は部下たちに溢した。
「檻も無しで猛獣の躾をしている気分だよ」
「ご苦労様です」
スティナはサヴェラ男爵に嘘をついていた。
後一つだけ、スティナは赤い刃に関してとても重大なことを知っているのだ。
だがこれは幾ら調べても、スティナがこの情報を入手したなんて話はどこからも出てこないだろう。
スティナが赤い刃の情報を入手したのは、もうずっと以前の話なのだから。
昔、スティナが貴族位を剥奪された後、山に篭って修業しようと決意したスティナは、国内の幾つかの山を調べて回った。
人の手が入らない秘境のような場所で鍛えよう、そんな馬鹿みたいなことを考えながら、国内でも特に険しい、危険であると言われる山を登った。
そんな中で、スティナは巧妙に隠された隠れ里を発見していた。
まっとうな人間ならば絶対に辿り着けないだろう場所。
恐らくここの住民のみが知るルートを使って山を上り下りしているのだろう。
それ以外のルートだと、山の獣に襲われたり、崖や谷に阻まれたりしてその隠れ里には決して辿り着けないようになっているのだ。
スティナはその時既に身につけていた身を隠す術を用いて里に忍び入り、いったいこの里がどんな場所なのかを探っていた。
そこでスティナは、この里が赤い刃の隠れ里であること、赤い刃の暗殺者はここで心と身体を鍛え王都に送り込まれているということを知ったのだ。
赤い刃とやらがまっとうならざる組織であることはスティナにもわかったが、だからと敵にすらなっていない相手を滅ぼそうという気にもなれず、スティナはこれを放置することにした。
だが、今、赤い刃はスティナの敵となった。
ならばこれ以上、この隠れ里の存在を許しておく理由は無い。
サヴェラ男爵から赤い刃に関する情報提供を受けたが、隠れ里に関してのものは一切無かった。
多分、この里の存在は赤い刃にとって切り札となりうるものなのだろう。
そしてどうしようもなくなった時の最後の逃げ場所にもなる。
里の外の赤い刃が全てが失われたとしても、隠れ里さえ残っていれば赤い刃は再興できるのだ。
そんな場所を、作っておいたのだろう。
だからきっと、今王都に残っている連中は、口が裂けても隠れ里の存在は口外しないであろう。
そして逆に、隠れ里の存在があるからこそ、破滅を前に自暴自棄にもならず、どうにもしようがなくなったのなら、粛々と滅びを受け入れるだろう。
暗殺部隊が全て壊滅したのなら、その知らせを最後に、もう王都の赤い刃から隠れ里への接触はあるまい。
声を潜め身を伏して、嵐が過ぎ去るのを待つのだろう。
『それを、狩る』
隠れ里は最後の砦だ。
もしスティナが一人でこれを攻めたのなら、彼らは死に物狂いで里を発見したスティナの存在を消し去ろうとするだろう。
逃げたところで、もうどこにも逃げ場など無いのだから。
正に絶好の好機。
全てを殺し尽くさねば、もう何十年もこうした組織を維持してきた赤い刃は、どこかにその狂刃を残し、密かにこちらを狙うだろう。
そんな面倒は御免である。
諦める敵なら、残してもいいだろう。
だが決して諦めないだろう敵は、その全てを滅ぼし尽くすしかない。
スティナの表情は晴れない。
行く先に何があるのか、よくわかっている顔であった。
レアは蒼虎激流争覇騎士団の残党狩りを一日でそれなりに目処を付けると、一応気を使わなければならない相手に連絡を取る。
手紙のやりとりでもいいと思っていたのだが、先方はどうやらすぐに会ってもらえるようだ。
彼、サヴェラ男爵としかるべき部屋を借りて会合。
そこで開口一番レアは男爵に訊ねた。
「蒼虎激流争覇騎士団と一緒に、私にケンカ売ってきた騎士学校の奴ら、殺していい?」
サヴェラ男爵は額を押さえて答えた。
「ダメです」
「えー」
「えーじゃありません。そもそも、蒼虎激流争覇騎士団を今貴女が襲っていると聞きましたが本当ですか?」
「んー、もうほとんど殺した。騎士団以外は面倒だし見逃すって言ったら、あの地区の連中が協力してくれたから、すぐ終わった」
サヴェラ男爵が蒼虎激流争覇騎士団とレアとの激突を知ったのは昨晩のことである。
同時にアイリがクジャン傭兵団を襲撃した話も伝わっている。
更にスティナが赤い刃の暗殺部隊を返り討ちにしたとの話も来ており、現在サヴェラ男爵が所属する宰相直属諜報部は総員休暇返上で確認作業を行なっている最中だ。
昨晩遅くにスティナと話し合いの場を持ち、そしてレアからの申し出があったと聞き無理に時間を空けたのだ。
諜報部は赤い刃の人員や活動をかなりの所まで把握できていたが、彼らの活動全てを察知していたわけではない。
なので赤い刃の対第十五騎士団の作戦においては後手に回ることとなってしまった。
そのうえ第十五騎士団がこの三種の襲撃全てを蹴散らした挙句、襲撃元を襲い返しているという状況にまで対応しきれていなかった。
「……そう、ですか。他に殺す予定は?」
「だから、騎士学校の三人」
「絶対にダメです。そちらは私の方で実家と学校に対応をお願いしておきます」
「具体的には?」
「騎士学校退学。公職斡旋の禁止。実家で飼い殺せという話ですね」
「……んー、仕方ない。男爵が言うのなら、納得する」
男爵が思っていたより随分と簡単に引き下がってくれた。
ありがたいのだが、少し気味が悪いので男爵は訊ねた。
「条件は本当にこれでよろしいので?」
「んー、条件というより、男爵がしない方が良いというんなら、多分しない方がいいことだと思うから。そういうのを聞きたいから、男爵と話がしたかった」
「そう、ですか。そうやって頼っていただけるのは嬉しい限りですね」
「ウチは味方が少ない。けど、その分味方になるのは、頼れる人が多い」
こうまでストレートに信頼を向けられるとさしもの男爵もいささか面映い。
とはいえ、釘は必要だろう。
「これから先はそうでもなくなるでしょうけど」
「それもわかる。闘技場で王子が暴れれば、色々面倒なのも近寄ってくる。その前に、貴方のような人と知り合えて良かった。ウチの頼れるのは、時々とんでもないポカするし」
「どちらの方ですか?」
「スティナ。アジルバで包囲殲滅しようと言い出したこと、私は絶対に忘れない」
余程アジルバが大変だったのだろう。
レアの表情はそれはそれは苦々しいものであった。
諜報部をすら出し抜く女傑の愉快な話に、思わず噴き出しそうになる男爵。
「案外と可愛い所のある方なのですね」
「うん。スティナは私も見たことが無いぐらい可愛い。なのに中身はアレ。色々とヒドイと思う」
「レア嬢も社交界にお出でになれば、注目を集めずにはいられぬ麗しきお顔であると思いますが」
「私はバランスがとても悪い。いっそアイリぐらい普通なら……ああ、アイリもすっごく可愛い。なんなんだろうあの二人。剣が強くなると見た目も良くなるんだ、きっと」
レア・マルヤーナの唱える新学説やら顔の美醜などは男爵にとってはどうでもいい話。
今回の蒼虎激流争覇騎士団の件はこれで決着、とレアからの言質を取った後、残るアイリとスティナが関わっているトラブルにレアも混ざる気なのかを訊ねる。
レアはそれほど興味もないような様子だ。
「あの二人が、手を貸せって言ってこないなら、ほっとく。それより王子が大変そう。ねえ、王が闘技場に来るって話、どういうことなのかわかる?」
「さて、元より遊興には熱心な方でしたから……」
語尾を濁すのは家臣としての節度という奴か。
政治の実権は完全に宰相アンセルミに握られているが、王の権威が失われたわけではない。
その王がお忍びとはいえ観覧に来るのだから、何かしらの政治的意図があってのことかと疑うのも無理はない。
男爵は自分が知っていてもおかしくない範囲で、無難な返答をしてやった。
「闘技場には何度か来られたこともありますし、その時対応した者の話を聞くのがよろしいでしょう。それ以外の政治云々は、考えたところでどうこうできるでもないでしょうから、今はあまり考えない方がよろしいかと」
「んー、わかった。もういっこ。男爵は赤い刃のこととか、調べたりしてる?」
レアの表情を窺う限りは、そこに探るような色は見えない。
スティナは宰相直轄諜報部の話を、どうやらレアにはしていないようだ。
「商人の幾人かが赤い刃そのものである、ということぐらいは」
少し考え込んだ様子のレア。
しかし、自分の中で解決したのか、それ以上赤い刃の件は口にはしなかった。
聞くべきことが聞けたレアは満足したように部屋を出る。
その後ろ姿を見送った男爵は、ふと、馬鹿げた発想が脳裏を過ぎった。
そんなことあるはずがないと頭を振ってその考えを追い出そうとするも、男爵は聡明であるからこそ、この考えの正しさを察してしまう。
『もしかして、今後彼女たちの起こす面倒事、処理するのって私に回されるようになるんじゃ……ないですかね』
はい、なります。
そんな天の声が聞こえてきた気がして、男爵は軽く眩暈を覚えた。
動くべき方向性が定まっていれば、愚痴も文句も山ほどあろうときちんと物事は進んでいってくれるもので。
お互いしたくもない協力をしながら、イェルケルとヘルゲは闘技場開催の準備を整えていく。
「おいイェルケル! お前の所で選に洩れた奴らで、使えそうなのは俺の方で引っ張るが文句ねえよな!?」
「あるに決まってるだろクソヘルゲ! 連中ウチに来たんだぞ! なんだってお前の所にくれてやんなきゃなんないんだよ!」
「うっせえ! もう声かけちまってんだから文句言うな! てめえのお零れなんぞ御免なんだが、ウチの連中がどうしてもってうるせえんだよ!」
「お前の事情なんざ知るか! それと当日の平民客の誘導はお前の所でやれよ! 闘技場組は当日そんな余裕取れそうにない!」
「俺が雇った傭兵をなんだってお前の指示で動かさなきゃなんねえんだよ! 自分で金出して人集めやがれ!」
やかましいし険悪ではあるが、一応これで協力はしているのである。
ヘルゲの方の参加者予選はつつがなく終わり、ヘルゲ枠の三十に加えて、二百人の参加者が決定した。
中には既にイェルケルの屋敷に押しかけて叩きのめされた者まで混じっているのだが、そこまでの確認はしようがない。
当日の段取りを丁寧に説明し、係員の指示に従わない者は容赦なく叩き出すと脅してある。
この際私語が目に余った馬鹿を、全参加者の目の前で半殺しにして叩き出してあるので、きっと言うことを聞いてくれるだろう。
面白いもので、ヘルゲが当日の動きを皆に伝えた時の反応は、皆それほど反抗的なものではなかったのだ。
言うなれば、集まった者たちではものの数分もイェルケルの前に立ってはいられない、と言っているようなものなのだが、皆それに納得しているのだ。
武名を馳せたイェルケルならば当然そのぐらい強いはず、そう受け取られているにもかかわらず、彼等は誰もが挑戦に自信を漲らせる。
他の者は皆まともに相手にならず叩きのめされるが、自分だけはイェルケルに勝てる、そう思っているらしい。
さしものヘルゲも、こんな馬鹿共二百人も相手にするのか、とイェルケルを哀れに思ったほどだ。
そのヘルゲの傭兵たちは、当初は拒否していた者たちも全て、もう完全に係のおじさんと化している。
参加者である荒くれ者共の誘導は彼ら以外できそうにない、という事情もある。
ヘルゲの指示で、当日の誘導方法について実際に練習までしているのだ。
当然文句もあるだろうが、何せ王の観覧という話が出てしまっているので、彼らも文句を言えなくなってしまったようだ。
ここ数日は実に賑やかな闘技場事務所であったが、王城にて設けた闘技場観覧予約受付をしていた文官の一人が、血相変えて事務所に来たことでまた、賑やかさがより増すことになる。
「た、大変です! 貴族席の予約! 全部埋まっちゃいました!」
闘技場には貴族専用の席がある。
これは二百席分も用意してあり、平民とは入り口からして違う豪華な空間になっている。
その貴族席が予約で全て埋まるという事態は、出兵式や王位継承祭の国事でしかお目にかかれないものだ。
イェルケルが確認するように問う。
「いや、埋まっちゃったって……二百席全部? 今日の段階でそれってマズくないか? 絶対、ギリギリまで予約してないで文句言ってくる奴出てくるぞ」
勢い良くヘルゲが割って入る。
「馬鹿イェルケル! それどころじゃねえよ! 当日いきなり来て貴族席入れろって大暴れする奴が必ず居る! 貴族席は絶対余裕持たせなきゃマズイんだって! 断れる相手ばかりじゃねえんだから!」
その通りです、と泣きそうな顔の文官。
彼は悪くないのだ。
基本的に、貴族が見たいと言えばこれを断るなんてことできるはずがない。
席を用意できない方が悪いとなるのが当たり前なのだ。
イェルケルが闘技場専属の係員に問う。
「貴族席、一時的でもいいからこれから増やせないか? 今二百なら後倍は欲しい。金なら幾らでも出すからなんとかしてほしいんだが」
「以前、国事の時そういったお話が出たのですが、滅多に無いことなので、と予算が下りずできなかった案が。私、今から行って工夫たちに納期の確認してきます」
「頼む。人手だけの話なら、人足一人当たりの予算増やしてでも数揃えてくれ、と言ってもらえるか。今進めてる仕事を途中で止めることに、金を出す用意があるとも」
「助かります、では」
眉根を寄せたままヘルゲ。
「間に合う、と思うか?」
「脅しかけて昼夜構わず工事させれば大抵はいける。お前の所の強面に工事巡回させろ。それでかなり早まるはずだ」
「よし、じゃあその件は後だ。おいイェルケル、お前気付いてるか?」
「ん?」
「貴族席だけでこのザマだぞ。国事以上に人が集まるってことになりゃ、平民の集まりはどうなっちまうと思う?」
ヘルゲの言葉に、不覚にも言われるまで気付けなかったイェルケルの顔が驚愕に歪む。
渋い顔のヘルゲ。
「絶対に闘技場には入りきらん。闘技場の外で馬鹿みたいな騒ぎになる。クッソ、王都にはどんだけ暇人が多いってんだよ」
「なんでだ。なんで俺がそんな大舞台に出ていかなきゃならないんだ……」
「お前は少しでいいから魅せる剣技の練習しとけ。後、お前知ってるか? 以前王位継承祭の時、王のお顔を一目見たいって闘技場に殺到した平民を、順に闘技場に入場させた後すぐに退場させて、人を流すように移動させて凌いだって話」
イェルケルの顔がぱっと輝き、文官に向けられる。
「それだ! できそうか!?」
「あ、はい。その話は聞いたことがあります。……ただ、当時実際にやった人曰く、もう二度とやりたくない、と言っていたそうで……」
「一度やった人がいるんなら話は早い。当時どうやったかのやり方と、マズかった点とを直接確認してもらえるか」
「は、はい。直ちに」
ヘルゲは自分の考えを確認しているのか、何度も頷いている。
「うん、うん、イェルケルが即座に木剣で叩きのめすってのを延々何時間も繰り返すだけだからな、剣の心得の無い奴はそんなのいつまでも見ててもつまらんだろうし。よし、イケるぞ! イェルケル、お前の方で金出して人集めろって話、あれ本気でやれよ。貴族の対応ができる人間も必要だし、平民の誘導係はもうウチだけじゃ絶対無理だ。俺があちこち出回れば人は見つけられるが、金まで俺が出したらもう第十五騎士団の催しじゃなくなっちまう」
「わかった。契約はきちんと書面にしてもらうが、金の方は任せろ。……まさか、お前にこんな台詞が言える日が来るとはな」
「こっちもだ。お前に金払わせるなんて日が来るとは思わなかったよ。褒賞金どんだけもらってんだよ」
「領地や地位もらえない分全部金にしてもらってるからなぁ。まだ最終的に幾らになるか、正確な金額上がってきてないんだよ」
「うわっ、宰相閣下もお気の毒様だな。よし、そういうことなら遠慮はしねえ。その分最高の人材揃えてやるから金ケチるんじゃねえぞ」
当日までの関係者出勤リストを作成していたアイリは、ヘルゲの取り巻きに訊ねる。
「随分と雪解けが進んでおるように見えるが」
「揉めてる余裕が無いだけだろう。解けてほしいのか?」
「……さてな、私にもわからん。どちらが殿下にとって良いことなのか」
ヘルゲの取り巻きは、アイリの言葉に対する返答を飲み込んだ。
『イェルケル殿下にとってならば、どちらに転んでも良かろう。だからこそ和解してほしいが……まあ、無理だろうな。ほんの一月も経たぬ間に、笑えるほど絶望的な戦力差になってくれたものだ』
彼が暗澹たる気分を味わっていると、皆が慌しく動き回る闘技場事務所の扉が開かれ、アイリと同じぐらい小柄な少女がひょこっと顔を出してきた。
「おうじー、手伝うよー」
第十五騎士団所属騎士、レア・マルヤーナだ。
クジャン傭兵団をたった一人で叩き潰したアイリ・フォルシウスと並ぶ、今の王都における話題の中心。
スラム街西区を完全に掌中に収めていた蒼虎激流争覇騎士団を、こちらもアイリ同様単身で壊滅させた一騎当千の兵。
この二人が所属する第十五騎士団の団長が、闘技場にて騎士団入団希望者と直接剣を交えるというのだから、人が集まるのも道理であろう。
宰相アンセルミもそれほど表立った動きこそしていないものの、第十五騎士団に対し配慮している様子が各所に伺える。
今のイェルケルと第十五騎士団は、かつてのどう踏み潰そうとどうとでもなる有象無象ではなくなっている。
この状況をひっくり返すのは並大抵のことではあるまい、とヘルゲ自身にもわかっているはず。
それでも、ヘルゲより取り巻きの彼へ、方針変更の話が出されることは無かった。




