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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第四章 王都ジェヌルキ
66/212

066.ラプソディ・イン・アリーナ


 ヘルゲ・リエッキネンの朝は早い。

 ドーグラス元帥の孫として恥ずかしくないよう、日々の鍛錬を早朝に行なっているからだ。

 朝食前に一走り。

 ずっと昔は屋敷の敷地内を走るだけであったのだが、最近では外を回るぐらい距離を走るようになっている。

 朝早くにこうして外を走るのは、案外気持ちの良いもので。

 鼻歌交じりに走っていたヘルゲは、ふと珍しいものを見つけた。

 人が並んでいる。

 こんな朝っぱらからなんの騒ぎだ、と行列の先へと向かってみる。

 見覚えのある場所だ。

 最近打ち合わせなどで良く行く、闘技場の事務所だ。

 確か今日は、イェルケルの騎士団、第十五騎士団入団試験の受付の日だったと思い出す。

 まさか、と思い行列の先頭へ。

 事務所入り口の前から、ずらりと人が並んでいる。

 誰も彼も、男臭い連中ばかり。

 ヘルゲは先頭の男に問うた。


「おい、これは、いったいなんの行列だ?」

「あ? そりゃおめえ、イェルケル殿下の第十五騎士団入団試験に決まってんだろ。へへっ、俺さ、人気あるから絶対すげぇ並ぶと思ってたんだ。見ろよ、一番だぜ一番。こうしてよ、一番に来てやる気見せてやりゃ殿下だって俺に目をかけてくれるってもんよ」


 行列を順に後方に向かって眺めるヘルゲ。


「……これ、全部、か?」

「おう! すっげぇよな! さすが今王都で一番話題の第十五騎士団だぜ! 知ってるか! この騎士団だけで三千人の反乱軍全滅させたんだってよ!」


 たった四人で敵全滅なんてできるか、と心の中で突っ込みつつヘルゲは行列の数を数える。

 およそ五十人。

 受付開始までまだ三時間もあるのに、五十人。

 ヘルゲは真っ青な顔で駆け出した。


『アホかあああああああああ!! なんなんだよこの人気! やっばいだろこれ! 受付二人しか用意してないぞこれじゃ絶対回らねええええええ!!』


 大慌てで屋敷に戻ったヘルゲは、人をやってまず宰相が回してくれた人員を呼び、また自身が雇った傭兵三十人を呼びつける。

 宰相がまわしてくれた方は状況を説明するとすぐに事態の危険さに気付いてくれたようで、大急ぎで受付の準備に動き始めてくれた。

 ただ、集まった三十人の傭兵たちは、戦うのが仕事だと協力を渋ったのだが、臨時手当出すから手伝えと言ってようやく十人の助力を得られた。

 闘技場事務所に全員で向かい、行列を尻目に受付の準備を始める。

 傭兵たちは強面ばかりなので、受付には全くもって向かないが、行列を整理するにはうって付けだろう。

 受付も一箇所だけではなく三箇所で受け付けられるようにして、行列を素早く消化できるようにする。

 だが、そんな準備を整えている間に行列は見る間に膨れ上がっていく。

 受付開始一時間前。

 この段階でもう行列は百人を超えた。

 宰相がまわしてくれた文官が引きつった顔でヘルゲに訊ねてきた。


「これ、全部受けるつもりですか?」

「受けんわけにはいかんだろう」

「ですがこの調子ですと、三百人超えるかもしれませんよ。闘技場は一日しか借りてないんですから、そんな数とてもじゃないですけど捌ききれません」

「ぐっ……だが、誰でも受けると謳ってしまっているのだ。今更引っ込みなぞつかんだろう」


 ヘルゲはできるだけ多数の参加者でイェルケルたちを押し潰すつもりであったので、数が増えるのは望むところでもあったのだが、さすがにここまでの数だとそもそも闘技場で戦いきれない。

 いっそイェルケルの騎士も出させて、一度に二人、三人と相手させるか、などと考える。


『クッソ、さすがにそれはイェルケルが受けんか。どうする、やはり早い者勝ちで……』


 ヘルゲと共に来ていた傭兵の一人がヘルゲに声をかけてきた。


「いっそ俺らで予選やったらどうです? 闘技場の日までまだありますし、どうせクソみたいに弱い奴も混ざってるんでしょ? そーいうの居るだけ無駄だし俺らで弾いちまいましょうよ」


 彼の申し出を聞いた文官は、皆ぱあっと明るい顔を見せる。

 確かにそうしてしまえれば話は早い。

 だが、イェルケルのために、せっかくヘルゲが集めた傭兵たちを使うというのが、ヘルゲの気に食わない。

 いっそ全部イェルケルに丸投げしてやろうかとも思ったのだが、軍にはヘルゲが仕切っていると伝わってしまっている。

 ここで下手を打ったりしたら、ヘルゲの評価が下がることに繋がりかねない。

 それに受付をヘルゲ側がやるというのは、イェルケル側との交渉で勝ち取った権利なのだ。

 今更やっぱお前がやれとはとても言いづらい。

 より多くの参加者を招くためにそうしたのだが、見事に裏目ったわけである。


「えいくそ、已むを得ん。明日、街の外の丘に集合させて、俺たちで予選やるぞ。参加希望者全員にそう伝えておけ。だが、二百だ。俺の持ち分とは別に、何がなんでも二百はイェルケルの所で相手してもらう。アンタらの方からもイェルケルにそう言ってやってくれよ」


 文官は二百という数の多さに少し眉を潜めたが、確かに本来の形ならば全てをイェルケルの所で処理しなければならない案件だ。

 これをヘルゲの所で多少なりと受け持ってくれるというのだから、イェルケル側に妥協を勧めるぐらいはすべきだろう、と文官は判断し、了承した。

 そして受付開始。

 一番のピークは昼過ぎ頃で、三人の受け付けでも回らなくなり、何故か交代要員としてヘルゲまで受付をやるハメに。

 そして夕暮れ時、行列全てを処理し終え、ようやく一段落。

 ヘルゲは傭兵数人を使いに簡単な食べ物と飲み物を買いに行かせる。

 自分たちの分だけでなく文官たちの分もだ。こういった気配りは騎士学校を出てから学んだものだ。

 受け付けている間は、そら恐ろしくて聞く気になれなかったのだが、そろそろ現実逃避も無理が出てくる。

 おそるおそるといった風で、ヘルゲは文官に最終的に集まった人数を問う。

 文官は、申し訳なさそうに答えた。


「四百、七十二人です」


 五百近い数が、イェルケルの騎士団に集まろうとしていた。

 これだと、兵力だけなら王都周辺の騎士団でも有数のものとなろう。

 今のイェルケルには二度の戦の褒賞金があるはずだから、その気になれば四百七十二人全てを入団させることもできよう。

 だが、褒賞金はいずれ尽きるものであるから、全員を入れた場合、イェルケルは武勲と褒賞を求めて奔走しなければならなくなる。

 この辺は、例えばヘルゲであれば構わず数を揃えてしまうという選択もありなのだが、何せイェルケルは定期収入が無い。

 大規模騎士団の所持は色々と無理があろう。


「というか、アイツ本当に入団させる気あるのか?」


 打ち合わせをしている時の感触としては、誰一人入団させる気は無いように見える。

 贅沢な、と思う反面、本来のイェルケルの経済力から言えば、騎士団を持つこと自体が無謀なのだから、今の少数精鋭もやむないこととも思える。

 四百七十人ともなれば、明日一日では予選は終わるまい。更に明後日も行なってなんとか二百人に絞る。

 闘技場の日までそれほど時間は無い。

 後は事後承諾になるがイェルケルにこのことを了承させるのみだ。


『嫌だなんて言わせんがな』




「絶対に嫌だね。なんで事前相談も無しにお前が好き勝手にやったことを、俺が受け入れてやらなきゃなんないんだよ」

「うるせえ、だったらお前がやれば良かっただろうが」

「はっ、嬉しそうに準備は俺がやるーとか言ってたのは誰だったかねえ。それで忙しくなったからってなんで俺がお前に合わせてやらなきゃなんないんだよ」


 完全にへそを曲げているイェルケルに、ヘルゲはちらと文官に目配せすると、文官は頷いて口を出してきてくれた。


「その、イェルケル殿下。本来でしたら全員を受け入れてやらねばならないところを、ヘルゲ様が予選まで行なって数を減らしてくださる形になったのです。そこをどうぞご考慮くださいませ」

「それで二百ですか?」


 文官はちらっとヘルゲを見ながら答える。


「その、元々全部を相手せねばならなかったはずです。それを、闘技場の時間を考えてとのことでして……」

「んーむ。そちらがそうおっしゃるのでしたら、私としても困らせるつもりは無いのですが……実際、当日集まったのは何人だったんです?」

「四百七十二人です」

「…………え?」

「四百七十二人、です」


 さすがにこの数はイェルケルにも予想外であった模様。

 たっぷり一分間、間を置いた後でイェルケルは答えた。


「色々と、お手数おかけしました。さぞやご苦労なされたことでしょう。次もし同じような事がありましたら是非私にも声をおかけください。私にできる限りでお手伝いさせていただきます」

「そうおっしゃっていただけますと」


 はぁ、とため息を吐いた後ヘルゲに向き直るイェルケル。


「随分と集まったもんだな。ヘルゲ、お前何やったんだ?」

「当たり前の宣伝をしただけだ。お前を直接ぶちのめしたい奴が多すぎて困ったもんだよ」

「……どうせ人入れるつもり無いんだけどさ。なんだってこんなことになってんだか。おいヘルゲ、一日で二百人って、本当に捌けるのか?」

「お前なら一人五分もかからんだろ。速攻でカタつけろ」

「一人五分って、名乗り上げて出てくるだけで五分かかんだろーが」

「そこは省略する。お前ら四人の紹介を最初にして、挑戦者たちは解説係が出番になったら大声で名前を読み上げ、出てきたらすぐ剣を合わせて試合開始。そんな流れだ」

「忙しないなあ。こっちは随時入れ替えアリだったよな」

「もうそこには文句つけねえから、入れ替えの時は素早くしろよ」

「それで上手くいくか? 闘技場に出るなり勝手に自分で名乗った挙句、延々自分語りする奴とか絶対出てくるぞ」

「……そういう奴が出ないよう、ウチから人出して監視させる。こっちの指示に従えないんなら即座に退場で、次の選手に回す」

「なるほど、お前の集めた実力者とやらなら、従わない奴は力ずくもできるわけか」

「他に問題は?」

「やっぱりどう考えても二百人は無理じゃないか?」

「しつっけえな。だったら四百七十二人全部、てめーの屋敷前で面倒見りゃ良かったか? 闘技場借りてやったのは俺なんだからてめーは黙って言うこと聞いてろや」

「おー、その話蒸し返すか。だったらいいぞ、俺だって頼んだわけじゃないんだし……」


 熱くなってきた二人の間に文官が割って入る。


「と、ともかく、ヘルゲ様には明日、明後日と予選の方をどうぞよろしくお願いいたします。当日の会場整理や案内には、闘技場専属の係員を十人ほど用意しましたので、彼らと我々でなんとかやっていきましょう」


 今日は一緒に来ているアイリが、驚いた顔でイェルケルを見ている。


「……いや、なんとも、殿下らしからぬ、態度ですなぁ」


 ヘルゲの取り巻きが、アイリの側に寄って話しかけてきた。


「あの二人はもうずっとあんな調子だ。話にならんから、細かい所はさっさとこちらで詰めてしまうぞ」

「あ、ああ。わかった。いや、だが真面目な話、二百人を一日で相手するのは無理ではないか? せめて百人に抑えてもらえれば……」

「ただでさえ、全員がイェルケル殿下とやれると思ってきたところを門前払いしようというのだ。これ以上奴らを刺激してみろ、そちらの屋敷に連中押しかけかねんぞ」

「うーむ、いっそそうしてくれれば皆殺す言い訳もつこうものだが」

「第十五騎士団では、殺さんでもいい者を殺すのが流行りか?」

「いいや、こういう殺伐とした冗談が流行りだ」

「……全く笑えん。自重しろ」


 大層下らない話から入った二人であるが、いざ問題解決に動き出すと実に素早い。

 イェルケルとヘルゲがいがみ合っている間に、さっさと二百人を一日で終わらせる段取りを済ませてしまう。


「どうせ殿下は一撃で決めてしまうのだから、最初に剣を合わせるのはいらん。誰か合図をする者が居て、始めの合図を出させればいい」

「動きの単調な見世物になりそうだが、致し方なしか。闘技場内に並ばせ、終わったら係員が終了者を引きずりだし、同時に次の者を所定の位置へ案内する。そこまで細かく指示してやれば、幾ら奴らが馬鹿でもどう動くかはわかるだろう」

「いっそ、地面に印を書いてしまえば良いな。戦闘開始位置、順番待ちの位置、裁定を下す審判の位置と。観客にもわかりやすかろう」

「流れるように次々人を送り出す形だな……こんなことを言うのもなんだが、休む暇もない相当厳しい戦闘になるぞ? 大丈夫なのか?」

「ああ、この程度なら問題無かろう。一人ずつ順にかかってくるなぞ、逆に眠たくなるわ」

「……そちらがそれで良いのなら、私から言うことは無いが。せめても、まとめて相手しろとは言わんから安心しろ」

「もし殿下が疲れて引っ込むことになったら私が出る。その時は面倒なので五人でも十人でもまとめて来ていいぞ」

「…………そう、か」


 ヘルゲの取り巻きは、呆れたのか考えるのが面倒になったのか、これ以上この件に触れることは無かった。

 こうしてアイリたちが話を進め、イェルケルとヘルゲが嫌味を言い合う中、闘技場事務所に使者が訪れた。

 それを報せに来た係員は、相当に泡を食った様子であった。


「た! 大変です! 表に鳶色の馬車が来ております!」


 イェルケルとヘルゲの口論がぴたりと止まる。

 鳶色は王の色。

 これを目立つ場所に使えるのは王とその周囲の者だけだ。

 一般的に鳶色の馬車と言えば、もちろん王が使う馬車もそうだが、王の使いが用いる馬車という意味がある。

 そんなシロモノが、闘技場事務所なんぞに来る理由に心当たりなんてない。

 イェルケルは咄嗟にヘルゲに向かって怒鳴った。


「お前何をした! よりにもよって陛下を巻き込んでいったい何をするつもりだ!」


 すぐにヘルゲも怒鳴り返してくる。


「ばっ! お前言うに事欠いてなんてこと抜かしやがる! 陛下は後宮奥にいらっしゃるのだぞ! 俺にどうこうできるわけなかろうが!」


 大いにうろたえる二人を他所に、アイリとヘルゲの取り巻きはすぐに御使者出迎えの用意を始める。

 慌しく出迎えの準備が整い、この場ではヘルゲが仕切りということで一番前にはヘルゲが出て、次に並んでイェルケルが続く。

 現れた使者は宮廷庁の後宮補佐官で、この役職の者が外を訪れる意味は、陛下のご内意を含んでいると受け取るのが普通だ。

 さすがに大貴族、ヘルゲは堂々とした態度で使者を迎え入れると、使者もその態度には感心すらしているようだ。

 そして使者は告げる。それはつまるところ。

 さる高貴な方がこの度の闘技場でのイェルケル王子の戦いを観覧したいと言っているので、最も高貴な席を確保しておくようにとの話だ。

 闘技場で一番高貴な席に座れるのは、この世にたった一人しかいない。

 さる高貴な方なんて言っているが、それが国王陛下であることは疑いようも無かろう。

 名前を出さないのはお忍びであるということだ。

 つまり、ヘルゲが企画し、イェルケルが戦うこの闘技場での催しを、国王陛下が見に来るのだ。

 謹んでお受けし、使者が帰っていった後、ヘルゲは真っ青な顔でイェルケルに向かって言った。


「と、とんでもないことになった……」


 イェルケルもまた顔色はよろしくない。


「ど、どうするんだこれ。いや、どうなってるんだ、これ?」


 いち早く立ち直ったのはアイリである。

 ヘルゲの取り巻きに事実確認を。


「どうやら、そちらも初耳のようだな」

「そちらもな。闘技場専属の連中に、陛下のお迎えの仕方と対応方法を確認してこよう」

「……すまん、ウチはそもそも人がおらん。かなりの人員が必要になってくるだろうが、金は出せても人は出せんのだ」

「陛下も絡む催しの主催だ。下手な人員を入れるわけにもいくまい。護衛や闘技場での陛下の過ごし方は宮廷庁に丸投げして、こちらは本当に最低限しかしない形にせんとな」

「よし、ならば闘技場に勤める全ての者には私から臨時で給金を出そう。それで、当日休みの者も全てかき集めるぞ」

「それは助かる。……ヘルゲ様、いつまでも呆けてないでそろそろ動いてください」


 それまで無言でほけーっと天井を見上げていたヘルゲは、いきなり復活してイェルケルに向かって怒鳴り散らす。


「イェルケルきさまーーーーーーー!! お前の父上だろうがなんとかしろよ!」


 ヘルゲの威勢に壁を見据えたままぴくりとも動かなくなっていたイェルケルも正気に戻る。


「ふっざけんな! 陛下となんて言葉を交わすどころかお言葉を賜ったことすら無いんだぞ! そんなんでどうしろってんだ!」

「はあ!? 何言ってんだ俺でもこれまでに三度頂いたぞ! それに俺は学校卒業して騎士になった時もお言葉頂いたんだぞ! お前首席なのにそれが無いなんてことがあるか!?」

「…………」

「そこで落ち込むな鬱陶しい! ヤバイ、本格的にヤバイ。陛下がいらっしゃるとなれば、この催し絶対に失敗できん。いや、ていうか陛下病気療養中ではなかったか? それが何だっていきなり外出てくるんだよ」

「ちくしょう、どうせ俺は十五人目だよ。そもそもこの話、宰相閣下は知っているのか?」

「知ってたら止めてくれただろ、幾らなんでも。おいイェルケル、こうなってしまっては致し方ない。今回は、今回だけはお前を潰す云々は抜きだ。こっちも全力で催しを成功させにかかるから、お前も手を抜くなんて馬鹿なことするなよな」

「陛下がいらっしゃるのに手抜きなんてできるかっ。てかなんだこれ? 俺陛下の前で剣振るのか? 冗談だろおい。イカン、滅茶苦茶緊張してきた。おい、ヘルゲ。悪いが俺帰って訓練してくるわ」

「今更それで変わるか馬鹿。あああああああ、なんで俺ぁ闘技場なんて手思いついちまったんだ。こんなことなら正直に闇討ちでもしてた方がまだマシだった。俺闘技場主催とか初めてなんだぞ、それでいきなり陛下観覧とかイジメかチクショウ」


 いつまでも愚痴ったり喚いたりしていても問題は解決してくれないので、二人はようやく真面目に動き出す。

 イェルケルは一度戻って宰相に事の真偽の確認と報告を行う。

 イェルケルが部屋を出る時、いきなりヘルゲがイェルケルに聞いてきた。


「なあ、お前もしかして陛下と謁見すらしたこと無いのか? 王子だろお前?」

「滅茶苦茶小さい頃会ったらしいんだが、全く記憶に無いな」

「マジウケル、ザマァ」

「張り倒されてえかてめええええええええ!!」


 ヘルゲに殴りかかったイェルケルをアイリが片手で軽々と止め、ぺいっとばかりに部屋の外に放り出した。

 しかる後、アイリはまじまじとヘルゲを見つめる。


「……なんだよ」

「いや、殿下がこうまで容易く冷静さを失うというのに驚いてな。貴様はいったい騎士学校で何をしでかしたのだ」


 ヘルゲはアイリから目をそらし、どこか遠くを見つめるような目をする。


「俺だけがやったみたいに言うな。こう言っちゃなんだがな、お前の所の王子も相当ヒデェもんだぞ。俺が知ってるだけで、アイツと関わったせいで自主退学した奴三人は居るからな」

「良く貴様は叩き出されなかったな」

「抜かせ。おい、そういやお前さっき言ってたな。お前が出ることになったら五人でも十人でも相手してやるって」

「ああ。後半時間が押したら、私が出て残りを処理してやろう」

「……わかった。どうしようもなく時間がズレ込んだらお前に任せる。すまないがよろしく頼む」


 アイリがヘルゲを挑発したのはつい先日のことだ。

 なのに今、こうしてヘルゲはアイリにきちんと頼み事ができている。

 それはきっと良いことなのだろうが、同時にアイリは、悲しいとも思えてしまうのだ。

 今回は状況から共に仕事をすることになったが、これが終わればまた敵に戻る。

 敵以外には、戻れないだろうから。


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[一言] はやくぶち殺して欲しいな
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