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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第四章 王都ジェヌルキ
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061.アイリと人質(前編)



 それをアイリが不覚だと思ったのは、男たちが鍛冶場に入ってくるまで全くその気配に気付けなかったからだ。


『油断、だな。我ながら情けない限りだ。街中昼日中の狼藉も、環境によっては充分ありうるということだな』


 実際よく考えられていると思える。

 元々騒音のヒドイ鍛冶場なら、多数の人間が騒ぎ立てても鉄でも叩いて大きな音を立ててやれば、外に声は聞こえまい。

 また仕事中の鍛冶場はそうそう人が出入りする場所ではない。

 鍛冶場の職人を拘束するなり殺すなりしてしまえば、後は丸一日だって好きにできてしまうだろう。

 見る限り、集まっている連中は頭があまり良さそうではないが、これを段取りした者はこうした悪さを上手く誤魔化すことに慣れた者なのだろう。

 ただ、そこまでだ。

 敵の総数は二十ほど。

 戦力としては話になるまい。

 なんのつもりがあってこうするのか、聞くだけ聞いてみるかとアイリは問いかける。


「おい、そこの狼藉者共。偉そうに出てきたのはいいが、この後どうするつもりだ? まさか貴様らのような雑兵にすらなれぬ半端者で、私をどうこうしようというつもりか?」


 彼らは顔を見合わせた後、大いに笑い出した。

 腹を抱えたまま一人の男が前に出る。


「まあそうとんがってくれるなよ。アンタがすげぇことしでかしたってのは聞いてる、俺ら全員がな。だから、だ。俺らはよう、アンタと話し合いに来たってわけだ。わかる? お・は・な・し・だ。物事はよう、雑にこなしちゃ良くねえ、だろう?」

「貴様の声はまるで羽虫の音のようだな。実に耳障りだから無駄にしゃべるな。用件だけを言え」


 アイリのデカイ態度に、集まった狼藉者たちはやはり笑い出す。

 よほど自分たちの優位に自信があるようだ。

 羽虫声の男もまた、アイリの侮辱にも笑って答えた。


「そいつは失礼。んじゃあ本題だ。なあ、アンタ、これに見覚え無いか?」


 そう言って男が取り出したのは、イェルケルがいつも腰に差している、王家の出であることを示す短剣であった。


「わかるな? 顔色一つ変えないのは見事だが、まあ、つまり、そーいうことだ。今、アンタの所の王子様はどこにいるんだ? 闘技場で打ち合わせの予定だったよな? 本当にそこに居るのか? なあ、この短剣を見たアンタがどう思うか、是非俺たちに聞かせちゃくれねえかなぁ」


 男はその短剣自体には大した価値を認めていないのか、アイリに向かって気安く放り投げてやる。

 受け取ったアイリはじっとこれを見つめるが、間違いなく、これはイェルケルが身に付けていたものであろう。


「さ、て。俺たちはな、アンタを騎士として終わらせてくれって言われてるんだ。だがな、だがよ、俺たちも鬼じゃあねえ。しかもアンタは今後一生お目にかかれねえかもしれねえほど綺麗な貴族様と来た。なあ、物は相談って奴なんだが、聞くかい?」

「…………言ってみろ」

「アンタが下手に逆らってくれなけりゃ、俺たちはアンタを殺したりはしねえ。もちろん、王子様も無事に済む。ああ、こっちもアンタの力は知ってるって言ったよな? だからアンタは拘束させてもらうぜ。何、言うほど苦しくはねえだろうよ、逆に良い気分だってもっぱらの噂だ」


 男の言葉に、狼藉者たちは再び笑い出す。


「ここは一つ、囚われの王子様のために、騎士は騎士らしくその身を捧げてみちゃあどうだい? なに、アンタ相当鍛えてるらしいじゃねえか、なら俺たち全員相手にしたって余裕だろ、余裕」


 こんな言葉を見た目少女に言い放つのだから、その絵面のヤバさは並大抵ならぬ。

 むしろそこに興奮しているのが半数居る段階で、コレらの人品がいかなるものかが知れよう。

 アイリは、彼らに問うた。


「貴様らの要求はわかった。だが、一つ、ああ、いや、一つどころではないがまあ大目に見て一つとしておこう。お前達の要求に欠けているものがある」

「あん?」

「私がお前の要求に従ったとして、貴様らが殿下を無事に帰すという保証はどこにあるのだ?」


 アイリは続ける。


「初対面で、かつクズの見本みたいな言動をしてくれた貴様らの言葉を信用しろというのは無理があろう。さあ、あるのならば私に提示してみせよ。貴様らの言葉が信用に足るものであるという証を」


 男の表情が変わる。


「おいコラ。お前、何俺らに要求とかしてくれちゃってんだ? あ!? 王子様がどうなってもいいってのか!?」

「まあそもそもだ。短剣を盗んだとして、それが殿下を拘束したという証にはならんだろう。そこに目をつぶってやったとしてもだ、私が貴様らの望み通りにした後、殿下がご無事に解放されるという保証なぞ、私にはどうやって証明したものかわからん。だが、これを持ちかけたお前たちにはあるのだろう、その手段が。そこをはっきりさせられねば、私に要求を通すのは無理だと思うのだが」

「くっだらねえことごちゃごちゃ言ってんじゃねえ! テメェが言うこと聞かなきゃ王子が死ぬんだよ! そこん所理解してんのかボケ!」

「おい、もしかして貴様、言葉が通じぬのか? なら、交渉も何も無いのだが……」

「ああ、そうかい。どうやら俺らは完全にナメられてるらしいな。おい、王子の腕、切り落とすよう言ってこい。そいつ見せてもまだ寝言がほざけるか見物だぜ」

「だーかーら。たとえ切り落とした腕を持ってきたとて、それが殿下の腕であるとどう証明するつもりだと。いっそ殿下の首でも持ってくるか? それならば信用に値するが、その時は私が貴様らに従う謂れも無くなるな」


 アイリからは言わない。

 だが男には伝わっているだろう。

 アイリを信用させたくば、イェルケルを見える場所に連れてこいと言っているのだ。

 男は言いつのる。


「小利口な理屈並べてくれてるがな、おめえは本当にそれでいいのか? 王子が無事かどうか、お前は確証とやらを持ってねえんだろ?」

「証明すべきは貴様らの方であると、さっきから言っておろう」

「てめえの一存で、王子の危機を決めつけちまっていいのか? 責任、取れんのか? 主を見殺しにした騎士なんざ、宰相様も絶対許しちゃくれねえぞ?」


 思わず、アイリは噴き出してしまう。


「くくくっ、いや、お前たちのような下郎も、宰相閣下は恐ろしいのだな。まあいい、最後に笑わせてもらった分は、加減をしてやるとしようか」


 男は失策を悟る。

 この女は、脅しには一切応じるつもりは無いようだ。

 本当に王子を拉致できていたとしても、きっとコイツは同じ対応をするだろう。

 だが、疑いも、そして疑い故に動きが鈍ることも、ありえるはず。

 男は怒鳴った。


「よしわかった! おい! お前行って王子の腕切り落としてこい! 話はそっからだ!」


 これに対しアイリは、やはりわかっておらなんだか、と言ってから動いた。

 扉へと駆けた男は、つんのめってしまい扉に顔面を強打する。

 そのまま扉にもたれかかるように倒れた男は、立ち上がろうとして果たせず、足に走った信じられぬ激痛に身をよじらせる。

 残る男たちは呆然とそれを見ていた。

 扉に向かった男の背後に、いつの間に移動したのかアイリが現れ、その両足を一閃で切り落としたのだ。

 男は自分の足が失われたことに気付かぬまま、扉を使って立ち上がろうともがいている。


「この部屋程度の広さならば、全て我が間合いの内よ。お前たち、もしかしてその気になれば逃げられるなんて愚かなことを考えていなかったか? お前たちは既に、私の許可無しでは生存すら許されぬ。それを踏まえたうえで、幾つか聞きたいことがあるのだが、構わんよな?」


 この部屋への入り口はもう一つある。

 そちらの側に居た男がじりじりと下がり、扉に手をかける。

 が、今度もまた皆がアイリの姿を見失い、扉を開いた男の腹から上が綺麗に斬れ飛んだことで、ようやくそこにアイリが居るとわかった。


「まだわからぬか?」


 誰も答えない。


「返事が無いな、わからぬのなら続ける他あるまい」


 すぐ側に居た男の腕が飛ぶ。

 これを為したアイリの剣を、室内全ての者が視認することができなかった。

 その男の右腕、左腕、そして右足が飛んだところで、アイリと問答をしていた男が叫ぶ。


「待て! わかったやめろ!」

「命令?」


 男の左足も飛ぶ。


「わかった! やめてくれ頼む!」

「敬語……は、まあいい。わかったのなら聞こうか。いったいこれは誰の差し金だ?」


 イェルケル王子の事は聞かない。

 完全に脅しはブラフだと見抜かれたようだ。


「ウチの頭はここらの元締めをやってる。だが、今回の件には関わってねえ」

「では誰が? 殿下の短剣を盗むのは結構な手間であろうに」

「……俺たちが、自分で考え実行した、っつったら信じてくれるか?」

「自分でも信じていないようなことを口にするでない。ほれ、さっさと黒幕が誰なのか言わぬか」


 不意に、アイリは男の腰に差してある剣を抜き、後方に見もせぬまま投げ放つ。

 忍び足で扉の側に歩み寄っていた男の胴に剣は突き刺さり、背後の壁にこれをぬいつける。

 男は串刺しになったまま、もがき、呻き、喘ぐも、誰も男を助けようとはしなかった。


「つくづく、お前たちは愚かなのだな。もう面倒であるし、一人二人残っていればそれで良いか」

「待ってくれ! 最初に話を持ちかけたのは俺からだが、ヘルゲ様配下の傭兵が短剣を盗み出す段取りを付けてくれると言ったんで実現したんだ。これがヘルゲ様の了承を得ての話かどうかは知らねえ」

「良くもまあ、上手いこと小さく話が収まるよう考えるものだな」

「ほ、本当だ! ヘルゲ様がお前ら潰しちまう前に、俺らもおいしい目見ようってそういう話だったんだよ!」

「アレがどうやって我らを潰すと?」

「そ、そりゃあ、なあ、闘技場、受けちまったんだろアンタら? んじゃあ、もうどうしようもねえじゃねえか」

「何か罠でも仕掛けたか?」

「罠なんていらねえだろ。何せヘルゲ様ぁ、国中から名の知れた戦士を集めてるんだ。ひでぇ大恥かかされてお仕舞だろうさ」

「恥で人は死なんだろう。闘技場で殺すつもりか?」

「そ、そこまでは俺には……」

「まあそれは良い。とりあえず話はわかったから、お前は今は生かしておいてやろう。この後付き合ってもらわねばならんからな」

「この、後?」

「お前の頭とやらの所に挨拶に行かねばならんしな。他の者は、もういいぞ」


 アイリの言葉に、安堵と弛緩した空気が流れる。


「せめてもの慈悲だ。苦しまぬよう死ぬがいい」


 アイリの剣が屋内を縦横無尽に駆け回る。

 生き残りを約束された男は、ただ呆然とそれを見ているしかなかった。

 彼らは皆悲鳴を上げ逃げ惑う。

 そして口々に助命を請うが、アイリは一顧だにせず全て斬り殺した。


「自分が許すことはせず、他人には許せとは、なんともまあ勝手極まる話よな。お前もそうは思わぬか?」


 あまりの惨劇に男は言葉も無い。

 死体を見たこともこさえたこともある男だったが、ここまでの数の死体が一度に並ぶ様は経験が無い。

 ほら、さっさと行くぞ、とアイリが先を促すと、男は途切れ途切れに言った。


「あ、アンタ。コイツらがどんな奴らか、知ってるってのか? これまで許すこともしなかったって、アンタ見てきたってのか?」

「許したことも、或いはあったかもな。だが悪事に手を染めこれを当然と受け入れている段階で、明らかに許しておらん時もあったのだろう? そも、力ずくで手篭めにしようとしていた相手から、情けなぞ受けられると思う方がどうかしておるわ」

「そ、それでも、殺すことは、無いんじゃ……」

「生かしておく理由こそ無かろう。コイツらがこの先、生きながらえたとてどうせ他人に迷惑をかけるだけであろう。ならば今のうちに殺しておいた方が世間の被害は少ないというものだ。法的にも充分殺すに足るものであるし、ならば迷うことなぞあるまいて」

「そ、それはつまり、俺も後で殺すという、ことか?」


 驚いた顔のアイリ。


「当たり前だろう。せめても協力さえすれば苦しまず殺してやろうと言っておるのだ。さあ、キリキリ働くが良い」


 一片の曇りもない顔でそう言われると、男にももう反論の言葉は無い。

 鍛冶場内での大暴れを見てしまった男はもう、アイリから逃れる術なぞないとわかってしまったのだ。

 男を先に鍛冶場から出してやる。

 そのまま走って逃げるなんてこともありえるのだろうが、アイリの尋常ならざる身体能力を見て尚、そうできると考えられるほど男も愚かではなかった。

 男が鍛冶場から出て歩いていると、最初にアイリを迎えに来た職人が男の側に近寄る。

 真っ青な顔をした男を見て、職人は心配そうに問いかける。


「どうした?」

「ははっ、どうしたもこうしたも」


 次の瞬間、職人はアイリに組み伏せられてしまう。

 男は嘆息しつつぼやく。


「やっぱりおめーでも無理か。いや、こんなんかわせって方がおかしいんだけどよ」


 職人を組み伏せたアイリは、その姿勢のままで言う。


「お前は、少し他と毛色が違うな。お前の根はここではあるまい。どこだ?」


 職人は必死にアイリに抗うも、どうやっても動きがとれず。

 取り押さえ方が正確なことに加え、アイリの膂力があるのだからまず無理であろう。

 職人はすがるような目を男に向ける。


「おいおい、俺にどうしろってんだよ。逃がせとか無理に決まってんだろ」

「この男は逃がせなぞとできぬことを言っておらん。お前に殺してくれと頼んでおるのだぞ。その程度汲んでやらぬか」

「何!? いやお前それ覚悟決まりすぎだろ」

「貴様とは違って、ただのチンピラではないようだな。ふむ、赤い刃辺りがお前たちを煽った、というのはどうだ?」


 男は取り押さえられた職人を見下ろしながら、アイリの言葉に何かぴんと来たらしい。


「そういや、鍛冶場の連中追い出せるのは今日しかないって言ってたの、コイツだったよな……」

「ほう、それは良い情報だ。おい、もしかして時間の指定もあったか?」

「ん? ああ、そうだな、昼過ぎがちょうどいいとも言ってたぜ。いや、でも待てよ。コイツ鍛冶場勤めしときながら、博打で俺らに借金して首が回らなくなるような馬鹿だぜ?」

「ふむ、それでほぼ確定だな。赤い刃かどうかはわからぬが、何者かが、こやつを使い意図してこの時この場所で私を襲うよう狙っていたと」


 この場合、アイリが真っ先に考えなければならないのは、イェルケルの安全確保だ。

 だが、敵の目的がイェルケルかと問われれば、アイリは素直には頷けない。

 現段階でイェルケルは敵の手には落ちていないし、落とす計画も無いという。

 ただ短剣を盗み出しただけだ。

 短剣を先に盗み、イェルケルの警戒を招いてから襲う。

 それはあまりにも不自然だろう。

 アイリにはどうにも判断が付かない。

 もしかしたらこの男の上ならば何か知っているかも、程度の期待で行く先を決める。


「おい、とりあえずお前たちのねぐらに行くぞ。ソレはお前が引きずっていけ」



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