059.イェルケルとスティナなりのデートっぽいもの
闘技場において第十五騎士団の入団試験を大々的に行なうという話は、ヘルゲ側とイェルケル側で概ね合意が得られた。
これは両者の間に入った、宰相の声がかかった文官による所が大きいだろう。
文官の能力が際立って優れているという話ではなく、宰相が口を利いたとなればヘルゲも無理押しがしづらく、イェルケルも断りづらいということだ。
ただこれは、どちらかと言えばイェルケルに有利な話である。
元々不正などするつもりもなかったイェルケルであるし、敵側が仕掛けてくるのを彼らが代わりに見張ってくれているようなものだ。
イェルケルは、共に話し合いの場に来ていたスティナに対し、上機嫌に言った。
「屋敷の前の衛兵といいこれといい、宰相閣下には頭が上がらないな」
あまり味方が多くない中でのことでもあり、スティナも宰相に対してはかなり好意的である。
「ですね。ただ、あちら側も条件自体にはそれほど文句を付けるつもりは無かったみたいですし、やはり堂々と殿下を潰せる自信があるということでしょう」
「……正直に言ってしまうと、私の知る中で私が勝てないのって、君とアイリとレアぐらいなんだが。ダレンス教官引っ張り出したとしても、多分、負けない、と思うぞ」
「となると、数で押し潰すでしょうね。連戦になりますし、疲れ果ててしまえば達人も何もありません」
「では、こちらは私だけではなく他の団員が出ても良いという条件はどうだ? それでは疲れ果てるなんてことも無いだろうに」
「考えられるのは、当日私たちに抜けられない用事を押し付ける、とか」
「どうやって?」
「それが思いつかないんですよねぇ。ま、対策はあるといえばありますよ」
「ほう、どんな手だ?」
意地悪そうににんまりと笑うスティナ。
「これから闘技場の日まで、殿下が徹底的に鍛えるんです。一人でぜーんぶ相手できる体力があれば、連中の目論見なんて吹っ飛びますわよ」
「うーむ、実はそれ私も考えてたんだ。って、そうだ聞いてくれよスティナ、遂に私、山まで走れるようになったんだ」
「へぇ、やったじゃないですか。レアも、ですよね」
「ああ、愚痴も文句も言うけど、あの子なんやかやとギリギリまで踏ん張るんだよな。あーくそ、明日は私が勝つっ」
「ふふっ、頑張ってくださいね」
脳筋発想なスティナの進言を真顔で受け入れるイェルケル。
イェルケルの育成は順調に進んでいるようである。
うんうん、と満足気なスティナは、イェルケルと連れ立って歩いていることで、周囲の視線を集めていることに気付いた。
今のスティナは街を歩く時いつもしているようなフードはしていない。
なのでその稀有な美貌が晒され男共が二度見三度見をしているのだ。
だが当のスティナはというと、そこにイェルケルが居るから、といった追加要素の方に目を向けてしまう。
そして、かねてよりの懸念を一つ解消すべく動き出すことにした。
「ねえ殿下。今日これから少し買い物に付き合ってもらえませんか?」
「ん? 構わないけど、何か私たちでないと買えないものとかあったか?」
「服」
「あ、ああ……そうか。そうだな、服、は女性にはとても重要なものだ。うん、鎧じゃなくて服だよな」
「はい、もし良ければ小物も見繕いたいなって」
「おお、そうだ、そうだな。武器ではなく小物、装飾品の類だよな、うん」
「……殿下、さっきからちょっと思わせぶりな言葉が多すぎやしませんかねぇ」
「ま、まあそれはともかく! うん! 女の子っぽくていいじゃないか!」
「ホント、殿下は私のことどーいう目で見てるのか」
「そりゃ、普段が普段だしなぁ……」
「そこは、もちろん可愛い女の子だと思ってるよ、とか言って機嫌を取るところでしょうに」
「そんなあからさまな真似したところで、スティナに通用するとは思えん。大体、今ここで服云々言い出したのも何か魂胆あってのことだろう?」
イェルケルの反応はスティナには大いに不満であったようだ。
拗ねた顔で抗議を始める。
「えー、もうちょっと甘酸っぱい感じの反応してくださいよー。自分の女の子度に自信が無くなるじゃないですかー」
「スティナが自己評価を誤るものか。自分の美貌に関しても過不足なく認識してるだろ」
「ああ、なんて嬉しくない信頼。私だってこう、女の子らしい馬鹿っぽい持ち上げ方とかされたい時もあるんですよ」
「その後で、馬鹿じゃないの、って顔で見られるの嫌だから私はやらん。他当たってくれ。後魂胆の話をさっさとしてほしいんだが」
「殿下の若年寄ー、枯れ木ー。でまあ魂胆なんですが、これから起こるだろう様々な事件を解決した場合、その後の殿下の周辺は実にわずらわしいことになると思うんです」
「……ああ、うん、様々な事件、起こるんだこれから。決まってることなんだな、それ……」
「それでですね。そういった煩わしさを予め制しておくのに、私のこの見た目が大いに有効という話なのですよ。嫌でしょ、興味も無い女に言い寄られるの?」
「あー、なるほど。もし、王都で敵を片付けられたなら、逆に擦り寄ってくる連中が出てくるという話か。そこで、スティナみたいな美人と仲が良いとわかれば、見た目だけで釣ろうとする馬鹿も減るということだな」
「はい。ただまあこれ、興味のある女も一緒くたに近寄らせなくなるので、そこは覚悟しといてくださいね」
「今更だろ。今の私には誰かを守ってやるほど余裕は無い。今はただ、敵を滅ぼすので手一杯だ」
思わず苦笑が漏れるスティナ。
「たまにはレアを見習うのも良いですよ」
「あー、あれはちょっと驚いた。良く引き受けたよなあの話」
「あの子も、少しでも殿下の役に立ちたいと思ってのことでしょう。ま、実際あんまり恨みは残ってなさそうでもありましたけど」
「うーむ、私なんか今でも騎士学校の連中の顔、見るのも嫌だけどなぁ。凄いな、レアは。本当に偉いと思う」
「私から懸念言わせてください。あの講演の後のレア、喜びすぎです。絶対どこかで大きく嫌な想いすると思うんですよね。それなのにまあ、自分で落差広げちゃって」
「……そういう話が、どこかから出てるのか?」
「騎士学校の連中は私見てませんよ。ただねぇ、どう考えてもコレ、このまますんなり行くと思えないんですよ。いえ、騎士学校の大半の生徒はきっとレアの言ってる通り仲直りを受け入れてると思いますよ。けど、恨みに思ってる奴絶対居るはずなんですよ。それが貴族ってものじゃないですか」
イェルケルも思い当たるフシがあるのか思案顔だ。
「一番嫌な奴らは、自分の優位が確立するまで絶対にこちらの前には出てこない。となれば、レアがソレを認識するのはかなり不利な状況になってからだろう」
「と言って、先に殺しとくのも今回は難しいですよ。まさかこちらから宰相閣下の顔を潰すような真似はできません」
「どれがどう敵になってるのかもわからんのに殺すとかできるかっ。大体スティナは殺さないで味方を増やす方を推してたんじゃなかったのか」
「そうですね。殿下には上手いこと味方になる奴を見分けてもらって、残りは全部私たちで殺すと」
「……そう都合良くいくものか。あー、宰相閣下から回してもらった文官殿、惜しいことしたなぁ」
貴族間の調整やらに長けていたであろう彼は、イェルケルがアジルバの街で起こした戦の後始末に引っ張り出されている。
当分、というか今後はあの街の統治に専念することになるだろう。
そんな話をしている間に、目指していた服屋の前に。
ここは下級貴族や裕福な平民がよく立ち寄る店だ。
中に入り、内装や展示してある服を見て、イェルケルは驚き感心したような顔になる。
「へぇ、随分と綺麗な場所なんだな。服もたくさんあるし、なかなか楽しげな雰囲気の店じゃないか」
こうした店に入るのが初めてなイェルケルは、女性用の服だけの店ではあるが興味深げに見て回る。
色とりどりの衣服たちが所狭しと並べられてある様は、イェルケルにはとても珍しく、煌びやかなものと見えたのだ。
「おっ、これなんてアイリに似合いそうだ」
悪意無くイェルケルが選んだその服は、フリルやらをふんだんに用いた子供用のものである。
確かに口を開かないアイリならば、地顔である古今稀に見る可憐な容貌を活かす、こういった衣服は似合うであろう。
その辺の審美眼はあるのか、とちょっと感心するスティナである。
「アイリは絶対に嫌がりますわよ」
「あー、確かにそうかもなぁ。とはいえ、ドレス系だとこういうの以外は難しいと思うんだが……」
「当人はもっとすらっとしたのを好みますし、着てみれば元が良いですから変には見えないんですけど、より似合うのはこっちですわね」
「難しいのはレアだ。基本、アイリと同系で合うと思うんだが、うーむ、下手なの選ぶとあまり品がよろしくない印象になりそうでな」
「逆にアレを押し出す服というのも……レアの場合はもうあの子のためだけにオーダーするぐらいでないと合うのは作れないでしょうね」
「その辺スティナはもう、何着ても合いそうだな。赤を避けた方がいいぐらいで」
「どうして赤は駄目なんですか?」
「……そりゃあ、なあ」
「おい殿下。こっち見てもの言ってください。というか言え」
「印象って、大事だよな」
「アイリもレアもそこつっこまないのに私にだけそれを言う理由を述べよ」
「普段の行い。私たち四人の中で、一番怖いのってスティナだと思うんだよなあ、絶対」
スティナはイェルケルのほっぺたを片手で掴む。
「どーしてこう、女心を台無しにするようなこと言いますかね、この口は、この口はっ」
「わ、こらやめろ。わかった悪かったって。ここでの服代は私が出してやるから勘弁しろっ」
「よろしい。そういうのって、女の子相手にするのにはとても大事なことなんですよ殿下」
はいはい、と返事したイェルケルは、スティナに命じられて服選びまでさせられた。
イェルケルが選んだ服というものに意味があるとの言葉に、そんなものか、程度にしか感慨を持たないイェルケル。
スティナは大仰に嘆息してみせたものである。
この後アクセサリーを見にいき、そこでもイェルケルは頬をつねられつつ買い物をつつながなく終える。
帰り道では露天を覗いたり買い食いしたりしながら、やたら時間をかけて屋敷に戻る。
途中、ふとイェルケルが呟く。
「なあ、世間の恋人同士がしてる逢瀬って、こういうのなのかな?」
「そうですね。私も聞きかじりではありますが」
「だとしたら、別に恋人同士でなくてもこれ、結構楽しいと思うんだけどなぁ。今度はアイリとレアも連れてこよう。次は武具屋とか行くのもいいかもな」
「あ、それいいですわね。二人がごちゃごちゃ文句を言うのをねじ伏せて、めちゃくちゃ可愛い服着せてやりましょう」
「ねじ伏せるな説得しろ。でも、見てみたくはある。二人が……」
まだ年若い二人らしい、賑やかな帰路。
ただ会話を聞く限り、少なくとも表面上は、どちらも色だの恋だのの気配は全く感じさせないのであった。




