057.騎士学校での講演
騎士学校の生徒たちは、学校では四年間学ぶことになる。
新しい生徒は二年毎に入学してくるので、学校には二つの学年が存在する。
イェルケルとレアは、二年一学年分離れているので二年ほど在学期間が重なるはずだったのだが、レアが一年経たず学校から追い出されてしまったので接点を持つことは無かった。
そもそもイェルケルは噂やらを聞かせてくれる友人に乏しかったのもある。
入学の年齢は生徒によって様々であるが、そもそも貴族の学校であるからして、実家の位の高さや長男か否かが重要であり、年の上下はさほど気にはされていない。
レアは、騎士学校のレアと同学年の生徒全てが集まる講堂で、これまで経験した三つの戦の講演を行なうことになっていた。
一段高くなったステージの上に、いつもは置いてない木の台がある。
レアの低すぎる身長では前にある演台が邪魔で、生徒たちからはほとんど顔しか見えなくなってしまうからだ。
ステージを歩くレアは、その台を見て物凄い勢いで帰りたくなった。
台が無いと話もできない低身長が恥かしくて。
だがもう戻るわけにもいかないので、恥かしさの極致みたいな状態が生徒たちにバレないよう意識して厳しい顔を作りつつ、台の上に乗る。
眼下にずらりと並ぶ生徒たち。
『マズい。とてもマズイ。何コレ。怖い。すっごく怖い。なんでみんなこっち見てるの? もうアレ、全部殺していい? そっちのが楽。気が楽で落ち着く。ここで話しろとか、無い。ありえないっ』
レアが演台の前に立つと、司会者である教官の一人がつらつらとレアの紹介とばかりにその戦績を並べ立て始める。
『教官っ、そーいうの得意みたいだから、私と代わって。ていうかもう全部教官話して、お願い』
だが無情にも教官はレアへと話を振ってきた。
「では、皆の同期にして先輩、騎士レア・マルヤーナです」
もうやるしかない。
そうなるとレアも腹が据わる。
良く考えれば失敗したところで死ぬわけでなし、アジルバの戦をもう一回やれと言われるよりずっとマシであろうと自分に言い聞かせ、レアは準備していた紙を開いた。
一番初めのアジルバの戦いが、レアの印象には強く残っているのでこの話は長くなった。
ただ、一番笑いが取れたのは戦いが始まる直前の話だ。
スティナが包囲殲滅戦をしようなどと言い出して、レア以外誰も止めなかった挙句、本当にやっちゃったと聞いて皆が驚く。
このオチとして、結局包囲も何もなくて、逃げる人間はもうどうやっても止めようがなく、無駄に戦力分散しただけだったと言ったら、何が彼らの笑いのツボに入ったのか講堂中が爆笑である。教官まで笑ってた。
そして実際の戦いの説明に入ったのだが、レアの話を聞く生徒たちが懐疑的な目で見てくるので、レアはならばと教官に協力を請う。
剣術の教官三人に頼み、ステージの上で幾つかの動きを披露してやると生徒たちもレアの話を想像しやすくなったのか、納得顔の者も出るようになった。
これは良い、とレアはその後も話の中で珍しい動きをした時は、実際にこうやって彼らの前でやってみせることにした。
こうした実演で一番好評だったのは、屈強な体躯の教官の肩を蹴って高く飛びあがる動きと、講堂の壁を蹴って高い天井まで登った動きであった。
おまけだ、と天井から飛び降りてやると、着地の後拍手までもらってしまった。
レアのこうした人間離れした動きに、質問を堪えきれなくなった教官が問うた。
「君、学校に居た頃はこんなことできなかったよな?」
「山に篭って、鍛えた」
「山?」
「そ、ルディエット山」
「ルディエット山!? あそこは狼が群れ為して出る山じゃなかったか!? 土地の者ですら近寄らんと聞いているぞ!」
「うん、だから良かった。でも本気で死ぬから、他の人は、絶対やっちゃ駄目」
ひそひそと生徒たちの間で話し合いがもたれている。
狼に勝てるかどうか、なんてことを言い合っているのだろう。
多分、彼らでは山の狼には、たとえ一体でも絶対に勝てないだろう。
ちなみに、レアの耳にも聞こえてきたひそひそ声「山篭りとか女の発想じゃねえだろ」は華麗にスルーである。
アイリもスティナもやっていたのでアリなはずだ、と自らに言い聞かせるレアであった。
こうした色々はあったが、生の戦場からの声は生徒たちには大いに刺激になったようである。
敵を斬る時は、内臓や骨の位置まで考えて斬らないとどうなるかを具体例を挙げて説明したりすると、顔色が悪くなる者も出てきたのでそこそこに留めたり。
オホトを斬った時の話には全く触れなかったり、反乱を起こそうとしていた貴族が他にも居た云々の話も避けておく。
予め考えておいた、レアなりの配慮という奴である。
ビボルグ砦、ロシノの街の話は、皆アルハンゲリスクの兵はカレリアの兵と比べてどれほどのものかを知りたがったのだが、レアはというとアジルバの時とそれほど変わらなかったと言ったのみだ。
「どの戦でもそうだった。兵の強さは、指揮官次第。同じ兵と戦ってるはずなのに、優れた指揮官が居る時と、失われた時とではもう全然手強さが違った。みんな、これから騎士になって指揮官やるんだったら、如何に兵を、強くするか、奮い立たせるか、効率的に立ち回らせるか、色々と勉強しておいた方がいいと思う。騎士学校を途中で抜けた私には、戦で出会った優秀な指揮官たちみたいな真似、できるとは思えないから」
そう言って講演をまとめると、生徒たちから大きな拍手が送られた。
疲れたし、気も使った。
生徒たちを前にしたら、ここを追い出された時のことを思い出すのでは、なんてことも考えていたのだが、壇上に上がってしまえばもうそんな意識は全部飛んでしまった。
如何にこの講演を上手くやるかだけを必死に考え、工夫し、手伝ってもらったりして、最後に拍手をもらえた時は、嬉しいというよりほっとした、そんな感じだった。
生徒たちも宰相閣下からの仲裁であるということがわかっていたのだろう。
皆講演を聞くことに前向きで、色々と思う所はあっても表に出さぬようしていたし、大半の者はそうできていた。
『みんなこの年からしっかりと、貴族できてるんだなぁ』
なので、ごく一部のあからさまに貴族できていない者たちのことは、見なかったことにしてやるレアであった。
講演が終わると、レアは学校の応接室に招かれ教官たちから質問攻めにされる。
特に軍事の教官たちは、カレリアで起こった直近の戦を知りたがっていたので、レアは今度は生徒向けでない話を披露することになった。
やはりこちらでもアルハンゲリスクの指揮官の話は特に好まれた。
彼らは教官をやってはいるが元々はカレリア軍人だ。
いざカレリアに重大事が起これば現役復帰し前線に戻るつもりもあるのだろう。
とはいえ最近の用兵の流行などはレアにもわからないし、敵の対応もかなり特殊なものであったから教官たちの参考になるかは難しいところだろう。
講演でもそうだったが、ビボルグ砦を四人で落とした話を詳しく聞いた教官たちは、全員が沈鬱な顔をしたものである。
「城攻めの歴史が変わるな……」
「これ鍛えれば他の者にもできるのか?」
「無理だ。跳躍失敗すれば落ちて死ぬぞ。そんなもの練習すらロクにできまい」
「在学中から人間離れした体力と力だと思っていたが……あれはまだ人間の域であったか」
「イェルケル殿下は跳べなかったと聞いて、ちょっとほっとしたのは内緒だ」
「わかる、わかるぞ。アルハンゲリスクもまあ、大概不運な連中よな。こんな攻め方想定できるわけがあるまい」
「対策は、跳び難いように登るにつれ外に向かって突き出すようにするぐらいか……ぐぬう、城壁の造りをこのためだけに改修するのは……そもそもそんな風に作ったら高い壁は不可能か」
「講堂の壁みたいな小さなとっかかりで飛べるというのなら、防ぐ手立てなんて無い。ひさしを作ったところで時間稼ぎにもならん。第十五騎士団を相手にする時は篭城は諦めるしかあるまい」
「壁の表面を削って平らにするというのはどうだ?」
「城壁などという膨大な面積の全てをまっ平らになんてできるわけなかろう。城壁なぞどこもなめらかになるよう表面を整えるものだろうに、それすら通用せんとは……」
落ち込んだ顔をしながらも相談をしている教官たちはどこか楽しそうだったので、レアは口を挟むのは止めることにした。
レアが学校を追い出される時、特に強くこれを進めた教官は先の会合でも真っ先に謝罪してきたのだが、この話の場には来なかった。
本来それは警戒すべき不安要素であったのだが、レアは感情的にわだかまりのあった騎士学校の生徒たちや教官たちから、こうして好意的に受け入れられたことで少し浮かれていたため見逃してしまった。
なので教官たちから解放された後、学校を出る前に生徒たちが揃って謝罪に来たり、彼らから改めて色んな戦場の話を請われると、戸惑いながらもやはり浮ついた状態で彼らに受け答える。
山に篭るほどに他者を拒絶してきたレアであった。
だが、こうして騎士学校の学友たちに囲まれ、彼等に剣の腕を称えられるのは、騎士学校に入ろうと考えてから入学するまでずっと、レアが夢見ていた風景なのだ。
それをどうして拒絶できようか。
どうして、心が浮かれるのを止められようか。
宰相側の思惑、これを受け入れた生徒たち教官たちの思惑、それぞれあまり綺麗なものではないとレアにもわかっている。
学校を叩き出された時の、生徒たちの、教官たちの蔑む目を覚えている。絶対に忘れられないものだ。
それでも、彼らに受け入れられたように思える今の時間を、レアはとても好ましいものだと感じられてしまうのだ。
オホト・バルトサールと仲の良かった生徒たちは、或いは賢明なことに、レアの講演が終わるなりさっさと宿舎へと戻ってしまった。
なのでレアが皆に囲まれてちやほやされてる様を見ないで済んだ。
彼らは宿舎の部屋で集まり口々にレアを罵る。
その矛先はレアのみならず、宰相に言われたからと手の平を返した連中全てにも向けられる。
彼らにとってオホトは頼れる兄貴分のような男であったのだ。
それを殺された挙句、家からは事を荒立てるなと釘を刺される。
レアを卑怯な手でハメたのは事実として認めているものの、レアはそうした罠で貶めねばならぬほど悪行(男の聖域である騎士の位に女が混ざる、貴族同士の付き合いを理解せぬ慮外者など)を重ねていたと考えている。
なので宰相や実家からの強制は、ただただ理不尽なものとしか思えないのだ。
どうするか、どうすべきかを彼らは話し合った結果、外部の力を頼ることに。
若いとは言え彼らもまた貴族だ。
権威と権力の使い方はそれなりにだが心得ている。
自分たちで自由にできる金を持ち寄り、知人を頼って条件に合う人物への繋ぎを作る。
すると、第十五騎士団にちょっかい出そうと息巻いている連中を見つけた。
急ぎ彼らと連絡を取り合い、レア・マルヤーナを誅すべく彼らは動き始めた。




