055.剣以外で敵を減らすには
レアのもとにイスコ・サヴェラ男爵から連絡があったのは、ちょうどアイリが盗賊の下調べを見つけた日であった。
翌日、サヴェラ男爵と共に騎士学校に赴き、まずは教官たちと話し合いの場を設けるとのことである。
そしてそちらはさして問題も無く。
レアを生徒たちと一緒になって糾弾していた教官は、まず最初に皆の前でレアに謝罪し許しを得てから話は始まったので、表面上はお互い齟齬も無く話は進んでいく。
教官たちもアジルバ、ビボルグ砦、ロシノと三つの戦の話を聞いていたので、レアとの和解は望む所であり、こうして教官たちの前に姿を現したレアは、敬語は使わないものの教官たちに敵意を持っているようにも見えなかった。
本来の立場ならば男爵にすら敬語を使わぬレアを嗜めなければならない教官たちであったが、教官達こそが謝罪しなければならない方であるのと、レアが既に一線で戦っている騎士であるということで、意見はしにくいようだ。
唯一、レアでは足元にも及ばない武勲を持つダレンス教官は、終始無言を貫いていた。
レアは話し合いの最中、ちらりと隣に座るサヴェラ男爵の横顔を見る。
随分と整った顔をしている。
これで弁舌さわやか、場を和まし盛り上げるのが上手く、話し合いに参加する全ての者に配慮できるほど隅々まで注意が行き届いている。
大したもんだ、と他人事のように感心しているレアに、不意に話題を振られる。
「どうですかな?」
聞いていなかった、とは言いづらいので、レアは曖昧に頷いて返すと、サヴェラ男爵は嬉しそうに皆に言った。
「それは良かった。では後日、レア・マルヤーナ嬢による講演を行うということで」
「え?」
「題は、アジルバとビボルグとロシノ、いずれかにしておいた方がよろしいでしょうか? 二時間も話してもらえればいいので、貴女のご希望に沿う形で行いましょう」
これに教官の一人が気分良さげに言ってくる。
後で知ったが、この男がレアが生徒たちの前で講演することを提案したらしい。
敵だったら即、殺してやったのに、とレアは思ったそうな。
「そこは時間が長くなってでも、全ての話をしてほしいところですな。何、実戦の話は生徒皆興味があるでしょうから。特に肩肘を張らず、起こったこと、印象に残ったことを思いつくまま並べてくれるだけでも充分ですぞ」
元生徒であるレアが相手でもきちんと敬語で接する彼は、立場の違いというものをわかっている良い教官なのであろう。
ヤバイ、と思ったレアは慌てて口を挟む。
「い、いや、私の話は、戦が怖いとか敵が強かっただとか、そういうのだから、あまり学校としても、好ましいとは思えない」
こちらは教官に対して敬語無し。
学校に通っていた時は最低限の礼儀ぐらいは弁えていたものだが、山に篭ったせいでその手のものを全て川にでも流してしまったらしい。
教官が気にせず言葉を重ねる。
「いやいや、それこそ我らが欲しているものですぞ。若い者はとかく戦を軽視しがちです。容易く手柄を立てられると勘違いしてる彼らに、戦が如何に厳しいものかを教えてやってほしいものですな」
これには別の教官が口を挟む。
「生徒を脅して武官希望者を文官希望に引っ張り込もうという魂胆ですかな」
内容は文句に近いが、お互い信頼関係があるようで、言葉に棘は一切無い。
「おっとこれは失礼、見抜かれてしまいましたか」
教官たちは穏やかに笑い合う。
サヴェラ男爵もこの話に乗り合わせてくる。
「宰相閣下も、文官は幾ら居ても良いとおっしゃられておられましたから、こちらからも是非ともお願いしたいものです。とはいえ、そうした我らの思惑はさておき、レア嬢に講演いただき、生徒たちの尊敬を勝ち取ることができれば話は進めやすくなりましょう。いや、お見事な考えでございます」
宰相貴下のエリート官僚に褒められたことで、教官たちはとても気を良くしたようだ。
おかげでレアはもう断れそうにない空気である。
結局、三つの戦全てを語るということで話はまとまってしまった。
騎士学校よりの帰路、馬車の中でレアは恨みがましくサヴェラ男爵に言った。
「講演は、仕方が無い。けどっ、私からあやまるの、もうしないっ」
拗ねた様子のレアに、サヴェラ男爵は笑いを堪えながら答える。
「はい、了解いたしました。講演はヤケになったりせずしっかりと考えてやれよ。冗談とかではなく良い案なのだからな」
「わかってる。……だからこそ、腹が立つっ」
遂に堪えきれず笑い出してしまうサヴェラ男爵に、レアは馬車を降りるまで仏頂面を崩すことは無かった。
スティナはその店をそこそこ気に入っていた。
貧乏くさい食堂ではあるが、そうした所で扱われる安価な食材を使った料理はスティナも得意なので、この手の店への評価は厳しい。
そんなスティナの舌に適う店がここなのだ。
褒賞金のおかげで懐はとても潤っているスティナだが、懐のよしあしで生活を変えたりはしない程度には、元々の財産も持ち合わせていた。
定食を食べ終えると街に出る。
食事中でも外さなかったフードは、やはり外に出てもかぶったままだ。
スティナは自身の持つ美貌とスタイルの良さが、隠密行動と絶望的に相性が悪いことをよく知っている。
一目で簡単に顔を覚えられるのは、ただそれだけでマイナスなのだ。
せめても女性にしては背が高い方なので、たっぷりとした服を着ることができる季節ならば、男のフリをすることも一応可能である。
夏場は地獄なのでさすがにやらないが。
スティナの足はまっすぐ隠れ家へと向かっていた。
途中、幾つかの露店に立ち寄り食材を買い込む。
どれも商品を手に取り、言い値そのままを支払う。
片手が埋まる程度に買い物をした後は、そのまま隠れ家である屋敷へと。
屋敷に入ると、厨房に買った商品を並べた後、食材の中から一枚の紙を取り出す。
「ふん……これで確定、かな」
厨房を出て書斎へ。
ここで書き物を始める。内容はこれまでの調査報告だ。
赤い刃を調べたかったのだが、それ以外の情報の集まりが良すぎてそちらにまだ手を出せないでいた。
その中で一番の情報が、ヘルゲ・リエッキネンの動きだ。
この男、王都の闘技場を丸一日借り切ったのだ。
ここは闘技場として以外にも、大きな催事を行なったりする場所である。
だが元帥絡みで何か大きなことがあるという話も無い。
そもそも闘技場を闘技場として使わないのは、国事以外では滅多に無いことだ。
ヘルゲは国中の腕利きを集めているということもあり、その動向を注視していたのだが、この動きは予想外でありかつ、どういうつもりかが読みにくい。
だが、先ほど手にした紙切れで、凡そわかった。正気は疑うが。
「闘技場で殿下を戦わせるって、どういう頭してればこんなこと思いつくのかしら」
第十五騎士団のもとに騎士希望者が殺到しているのは、王都でそれなりに情報というものに気を配っている者なら皆知っていることだ。
イェルケルの屋敷に多数の武装した者が訪れることで、周辺の迷惑になっていることも。
これを改善すべく、いっそ闘技場にて一度に処理すべし、という話を軍から上げたらしい。
イェルケルが自身と立ち会ったうえで採用を決めると条件を出しているのなら、この新たな騎士団団長の気概を皆で盛り立ててやろうではないか、だそうで。
本来なら、馬鹿な、の一言で済む話なのだがここでイェルケルの最近の武名が効いてくる。
誰もが第十五騎士団の、イェルケルの力をその目で見たがっているのだ。
アンセルミ宰相も乗り気であるという噂まであり、恐らくこの話は通ってしまうだろうと。
「面白いこと考えるじゃない、あのヘタレも」
ヘタレ呼ばわりされたヘルゲは、集めた猛者をここで使うつもりなのだろう。
公衆の面前でイェルケルを叩きのめすことで、これまでの非常識な武勲を否定してやろうといったところか。
ただこれはヘルゲ側にとっても損のある話だ。
闘技場でとなれば一対一以外は通せまい。
腕利き集団で取り囲んでといった形が取れなくなった以上、スティナとしては歓迎してもいい流れだとは思う。
ただ、ヘルゲもイェルケルの腕は知っているはず。
そのうえで仕掛けてきたというのなら、よほど集まった面々に自信があるのか。
もしくは多数の挑戦者に挑ませることで疲労を待つつもりか。
その辺りはこの話を受ける条件として、第十五騎士団の人間なら王子以外でも戦えるとすればいいだろう。
「ま、一対一なら何十人相手だろうと殿下が負けるとは思わないけど」
ちょっとだけ、スティナも集まった腕利きとやらに興味があったが、ここは王子に武名を上げてもらうのが最善だろう。
一応の方針を自分の中で確立した後は、音も無く屋敷中の仕掛けを調べて回る。
異常は無し。
仕掛けと言っても、あって不自然でない物をこの屋敷への進入経路として適切な各所に用意してあるだけだ。
これらに触れるなどすればスティナにはわかるようにしてあるのだが、これらにはまだ、誰も触れた様子は無い。
「さて、ここに辿り着くのはいつになるかしらね」
スティナが王都に戻ってからは、この隠れ家のみを使っている。
これとは別にアイリにも報せてある隠れ家もあるが、こちらはアイリのみならずイェルケルやレアも使って良いバレても構わないものだ。
そちらには、気の利いた隠密ならばもう辿り着いているだろう。
だがこちらはどうか。
このスティナしか使っていない屋敷にいつ辿り着くかで、スティナは赤い刃の諜報能力を測っていた。
スティナの人間離れした運動能力を用いた隠密活動は、他の追従を許さない絶対的な優位を作り出すことができるのだが、だからといつまでも敵を誤魔化しきれるはずもない。
その前に、潰すべきは潰すための準備を、スティナは整えようとしていた。




