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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第四章 王都ジェヌルキ
52/212

052.戦わない日々


 レア・マルヤーナは、イェルケルの屋敷で夕食をご馳走になった後、寝床に戻るなりすぐに寝る。

 レアにとっての王都での住まいとはそのためだけのものだ。

 もちろん家なんて豪勢なものではない。

 貴族用の宿の一室を借りて住んでいる。

 貴族用とは言うが、まっとうな貴族ならばそのあまりの狭さに顔をしかめるような部屋だ。

 山篭りなんて馬鹿げたことをして、野宿も上等、立派な野生児に成り果ててしまったレアにとっては、虫の姿がほとんど見られないだけで天国みたいな環境であるが。

 アジルバの時の褒賞金をレアももらっていたので、屋敷と使用人を揃えてもお釣りが来るような金銭状況であったが、面倒なのでこんな暮らしをしている。

 朝食も味はそこそこ。

 頼めばかなりの大盛りで出してくれるという利点が、この宿を使い続ける理由の半分といったところか。

 宿の主はレアが、マルヤーナの家の者だなんてことは知らないし、第十五騎士団所属なんて話もしてはいない。

 それでも泊めてくれる場所、というのが残り半分だ。

 だが、そんな誰も気にも留めないような宿のレアの部屋に、なんと客人が来たのだ。

 それもレアが宿に戻っている時間を見計らったかのように。


「初めまして、レア・マルヤーナ。私は、イスコ・サヴェラと申します」


 レアは曲りなりにも貴族だ。ある程度なら下の名前で推測ができる。


「サヴェラ、男爵家の?」

「はい、頭首を務めております。以後お見知りおきを」


 名乗られたレアは、驚いた後、困り果てた。

 男爵を迎えるような部屋がこの宿にあるのかどうか、レアは知らなかった。

 だが宿の主人は心得ているようで、レアに声をかけ、当たり前のように一室に案内してくれた。

 こうした客に恥をかかせぬ配慮は貴族の宿では当たり前にやってくれることだが、レアにとってすら予想外のことにこうも綺麗に対応してもらえると、当たり前ではなく有難いこととして受け取れてしまう。

 レアはぼそりと主にだけ聞こえるように言った。


「ありがと」


 主は何も返さず。やはり、当たり前のことですよ、という顔をしていた。

 部屋に通された二人だが、はっきりと言ってしまえば、レアは貴族的な礼儀というものは苦手である。

 というより苦手云々以前に、あまりそうする意思が無い。

 よりはっきりと言うのならば、騎士学校での出来事やそれ以前からのこともあり、レアは貴族らしい貴族というものが嫌いであった。

 筋骨隆々とした大男並に嫌いである。

 幸い、そう、実に幸いなことに、今のレアは貴族というくくりからは少し外れた場所に居る。

 実家とはほぼ接触が無いうえに、騎士という一代限りの身分を持っており、貴族同士の社交からは一線を置いても許される立場であった。

 なので男爵様とやらへの口調もぞんざいなものとなる。

 その割に男爵を迎える部屋が無いと慌てるのだから、レアもまだ貴族というくくりから外れきれていないのだろう。


「何か、用?」

「……ええ、もちろん」


 サヴェラ男爵は少し驚いたようだ。だが、気を取り直して話を始める。


「どうやら私の役職まではご存知無いようですから、ここはわかりやすくいきます。私は現在、宰相閣下のご内意によりここに来ております」


 いきなりの言葉にレアの目が大きく見開かれる。

 レアのようななりたて騎士、それも不名誉極まりない経歴まで持っている相手に、宰相が用があるというのがまるでわからない。

 レアに驚きと敬意の欠片が見えたところで、サヴェラ男爵は少し安心して話を続ける。


「貴女の名誉を回復する用意があります。既に騎士位を持っている貴女が再び騎士学校に通うことはできませんが、不名誉退学したという経歴は貴女の名誉回復と共に消えて無くなるでしょう」

「どうして、宰相閣下が……」


 サヴェラ男爵は、このロクに敬語も使えない失礼な小娘でも、アンセルミ宰相にはきちんと閣下と付けていることに、何とも言えない面白さを感じていた。


「不名誉の内容を調べれば、貴女がアジルバ、ビボルグ、ロシノで示した武勇を見て、不自然であると思わぬ者はおらぬでしょう」

「なら普通は、三つの戦の方を疑う」

「イェルケル殿下の報告を宰相閣下は信頼しております。いつでもできるだけ客観的であらんとする報告には感心しておいでですよ」


 イェルケルを褒めると、レアはとても上機嫌になった。

 実にわかりやすい娘である。


「それは、良かった。でもやっぱり変。それをやっちゃったら、今度は誰かが責任を取らなきゃならなく……あ、もしかしてオホトに?」

「彼が亡くなってやりやすくなった部分はありますが、彼一人に責任を負わせるのも難しいでしょう。ですから、申し訳ありませんが、誰かが責任を負う、ということはありません」


 ここが肝だ。

 サヴェラ男爵は少し緊張したが、レアはあっけらかんとしたものだ。


「うん、それなら理解できる。……もしかして、もう殺っちゃったオホトはともかく、学校の連中とは仲直りしろってこと?」

「嫌、ですか?」

「……向こうが嫌がる。特に、教官は認めたがらない、と思う」

「死ぬよりはマシでしょうよ」


 いきなりの言葉に、レアはじっとサヴェラ男爵を見るも、彼は涼しい顔をしたままだ。


「別に、殺したりしない」

「なら、仲直りしてください。軋轢はいつまでも抱えるものではないでしょう」

「……宰相閣下が、段取りしてくれるというの?」

「ご内意を受けた私が動きます」

「何故? 私には、わざわざそうしてくれる理由が、全く思いつかない」

「いつまでも第十五騎士団が、騎士学校と対立されていては困ります。首謀者は斬ったのでしょう。それで貴女の面目は保たれたのでは?」

「あまり、斬っても気分は良くならなかった。何も変わらなかったし、せいぜい敵が減った程度。恨みに思ったあの深さには全然届かない。きっと、学校の連中全部斬っても、同じだと思う。だから私は、アイツらは斬らない。私と王子の敵に、ならないというのなら」

「揉めたままではいずれ敵になりますよ。そうなる前に、斬らずに済む方法を選ぶべきでしょう」


 こくんとレアは頷いた。


「貴方は正しいと思う。わかった、向こうを説得できるというのなら、私からも謝罪する」


 サヴェラ男爵は内心で笑みを堪えていた。

 私と王子、この順番で言う意味を考えれば、この娘が如何に貴族らしからぬかわかろうものだ。

 そして、明らかな冤罪を被ったというのに、しかも宰相閣下が後ろについてくれるというのに、自分からも謝罪すると言ってきたのだ。

 彼女は本気で、騎士学校と仲直りをするつもりになったのだろう。

 悪い娘ではない。そう思えてくると、この敬語も使えぬ無礼な口調も、味があると感じられるようになるから不思議だ。 


「では、和解の準備が整い次第、一席を設けましょう。で、だ。私の仕事はここまでなのだが、ここからは仕事ならぬ仕事というか、宰相閣下が君たちに興味を示しておられてね。少し、話を聞かせてはもらえないか? 報告書からだけじゃわからない、君たちの口から直接聞いた四つの戦に興味があるんだよ、宰相閣下も、もちろん私もね」


 レアはそれほど話が得意ではない。そのうえ話す内容が内容だ。

 他人に話して、はいそうですかと信じてもらえるような話ではない自覚はあるのだ。


「……あまり、聞いてて気分の良い、話じゃない。それでも、良ければ」

「もちろん」

「我慢できなかったら、嘘だ、って言っていい。私も、嘘っぽいと思ってる、ぐらいだから」

「そこまでは言わないが、細かく状況の説明を求めるぐらいは、いいかな?」

「うん、じゃあ……」


 ものすっごい聞き上手のサヴェラ男爵のおかげか、レアは自分が思っていたよりずっとスムーズに色んな話をすることができた。

 イェルケルやスティナやアイリの凄い所を他人に自慢するというのは、レアが思っていたよりずっと楽しいことであった。






 アイリは城の資料室に向かっていた。

 騎士の身分を得たらすぐにでもここに来たかったのだが、色々と都合が悪く、今になってしまった。

 しかも、最初は城内への入城は断られていたので、仕方なく城壁内にある第二資料室を使っていた。

 入城を断られた理由を聞くと、警備上の問題、だそうで。

 色々と納得がいかなかったアイリは担当者を問い詰めたところ、この指示がかなり上から出たものであると聞き驚いた。


『警備上、というと……まあ、確かに、私が本気で忍びに動いたら、宰相閣下でも殺せてしまうだろうしなぁ』


 実際は、アイリが力ずくで大暴れしだしたら宰相閣下も殺されてしまうかもしれないから、であるのだが。

 ともあれ、アイリが文句を言ったということが上に伝わったらしく、翌日登城した折には多少の制限はあれど第一資料室ならば問題は無いと許可が出た。

 アイリはここに入るのは初めてだ。

 期待しながらその部屋に入る。部屋、というよりは広間と呼ぶ方が良いだろう。

 整然と並んだ棚は蔵書館を思い出させるが、あちらよりはずっと色気が無い。

 高価な書物なら当たり前の背表紙なんてものが一切なく、ひたすら書類を綴じただけのものがずらりと並んでいる様は、興味を持てぬ者からすれば紙の壁にしてしか見えないものであろう。

 室内に入るとこれまた意外なことに、結構な数の人間がここで作業をしていた。

 ひとまず彼等を観察してみると、ここに収める資料をまとめている者もいれば、まとめた資料を更にわかりやすく整理している者もいる。

 もちろん資料を利用して仕事をしている者もいた。

 そんな彼らのための作業スペースも大きく取ってあり、はっきりと言えば、アイリが自分の領地に欲しかった資料室の理想像がここにあった。


『おお、おおっ、さすが、さすがは文治の神とまで呼ばれたアンセルミ宰相閣下よ。実に見事な資料室ですぞ』


 この資料室が如何に整理されているのか、興味は尽きないアイリであったが、まず先にやるべきことがある。

 それだけは、公開されていると聞き知っていた二つ。徴税と人口。

 アイリが徴税の資料を見つけ開くと、そこには彼女が望んだ通りのものが記されていた。

 もっと細かい所まで見たかったアイリだが、今はまず先にやることがあると我慢しつつ、次の資料を開く。

 こちらは人口に関するものだ。


『うーむ、毎年、か。毎年各都市や村毎に人口の調査を行っている、と。出生と死亡は……役所に届けて一年毎に更新。ふむ、普通か。ん? おお、流民の項目もあるか。わざわざ分けて……いや、これは、登録してある流民とそれ以外にも分けて……それ以外? そんなものどうやって数えておるのだ? スラムの人口なぞどうやって数えれば……』


 こちらもなかなかに興味深いものであるようで。

 そうして集めた膨大な資料を基に、目的別にまとめた幾つかの書類があった。

 アイリはこれを手に取ると、ほふう、と息を漏らす。

 都市毎の納税額とその移り変わり、税の種類によってどの税がどれだけの割合を占めているのか、そういったことがわざわざ何冊も資料を読まずとも、一冊でわかるようにまとめられている。

 こうした極めて貴重な資料を、カレリア貴族ならば誰でも閲覧できるようにしてあるのだ。

 アイリにはそうするアンセルミの深慮遠謀は計り知れないが、それを為すアンセルミがとても偉大な存在であることはわかる。

 王家の豊かさはこうした理由あってのことか、と納得したアイリ。

 いたく感心しながらアイリは次なる目的の資料を探す。

 領地毎の人口、そして税収額を比較し、王家の現在の力を具体的数値に表す。

 これに加え貴族たちの領地の推定税収と人口を算出。こちらはかなり大雑把な数値になったが、これをもって王家の力と貴族の力を数字で比較する。

 かの内乱の折は、王家は多数の貴族を味方に付けて尚、激しい戦をせねばならなかった。

 だがあれから数年が経ち、今の王家はあの頃とは比べ物にならないほど大きくなっている。

 今の王家ならば、貴族全てを敵に回しても戦えるのでは、そう思えてならない。

 アイリの出した数値より、王家はもっと正確なものを持っているだろう。

 いずれ、貴族との対決の日は来よう。

 それがいつになるかを資料から拾おうと思ってここに来たのだが、案外と、その日は近いのかもしれない。

 そうアイリには思えてならなかった。



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