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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第四章 王都ジェヌルキ
51/212

051.王都ジェヌルキにて



 息の根が止まるほど走る。

 そんな比喩表現が、これ絶対比喩じゃないだろう、といった勢いで当てはまってしまうような走り方をしたイェルケルとレアの二人は、人気の無い山中の細道で二人並んでぶっ倒れていた。


「おう、じ……ほん、とうに、これ……アイ、リ、はしってる、の?」

「お、おう……ス、ティナ、も……山頂まで、止まらず……はしる、らしい……」

「ぜったい、あのふたり、にんげんじゃ、ない」

「わたしも、こころから、そう思うよ……」


 そんな会話を必死の形相で交わした後、二人は再び道に突っ伏してしまいぴくりとも動かない。

 林の中で、間延びした鳥の鳴き声だけ聞こえてくる。

 しばらくそうしていてどうにか体力が戻ると、二人はどちらからともなく起き上がる。


「山頂まで、後どれぐらい、ある?」

「辿り着けたこと無いからわからん。明日こそは、と思いたいな」

「むり」

「うん、わかってる」


 情けない顔でそう言いながら、足を曲げて伸ばして、また走るための準備をする。

 よし行くか、とのイェルケルに、嫌、と応えたレアと二人で、山の半ばから麓へと走って戻る。

 両者共、騎士学校時代は誰かと共に訓練するといったことは無かった。

 ついてこられる者が居なかったからなのだが、今はアイリとスティナの勧めで二人で一緒に訓練をするようにしている。

 すぐ側に自分と同格の者がいると、自然と負けられないと意地を張ってしまうもので。これが鍛錬には実に効果的なのだ。

 案の定、帰り道でも二人は競い合ってしまい、山を降り切った休憩場所に戻る頃にはもう、ただ呼吸するだけで苦しむようなザマになってしまっていた。

 そこで再びぶっ倒れた後、二人は呼吸を整えながらイェルケルの屋敷へと戻る。

 一々鍛錬のために遠出しているのは、もし訓練でへばってるところに敵が来たら困るからだ。

 方々で恨みを買っている自覚はあるので、こうした用心も当たり前に行なっている。


 カレリア王都ジェヌルキに、イェルケルたちが戻ってきて今日で三日目だ。

 戻った初日はそのまま城に報告に向かい、翌日から早速イェルケルは鍛錬を開始していた。

 レアはその日アイリから直接鍛錬に関する指導を受け、王都到着三日目の今日、イェルケルの鍛錬と合流したのだ。

 スティナは王都に戻るなり情報収集と称してどこかに出かけたっきりだ。

 アイリは城に行っているらしい。

 何故か城門を潜ることは許されても、城内に入る許可が出ないと文句を言っていた。

 イェルケルとレアは並んで屋敷に戻ると、もう夕暮れ時だというのに、珍しくイェルケルの屋敷に客人が来ていた。

 貴族の使う馬車が二台。

 珍しいこともあるもんだ、とイェルケルはレアと共に屋敷の門を潜ると、屋敷の扉の前でイェルケルの使用人と貴族らしき者たちが何やら問答をしているのが見えた。


「貴様! このような場所で我らをいつまで待たせるつもりだ!」

「はぁ、そうおっしゃられましても、殿下が戻られる時間は聞いておりませんので。先ほど申し上げました通り、ご来訪はお伝えしておきますのでまた後日……」

「今日でなくてはならんのだ! 仮にも王族に仕える使用人がこの程度のことできなくてどうする! 王子の威光に泥を塗る気か!」

「はぁ……」


 応対している彼は、相手が何者だろうとのらりくらりとした自らの調子を崩さない男だ。

 こういう時は本当にありがたい。


「そこの御仁方。いったい我が屋敷に何用か?」


 イェルケルが使用人に詰め寄っている貴族たちに声をかける。


「おお、もしやイェルケル殿下で?」

「そうだ。で、貴君たちはなんのつもりで私の大事な使用人に文句をつけているのだ?」


 イェルケルの不愉快そうな嫌味にも、彼らはまるで動じる様子はない。

 中でも一番偉そうな男が声を張り上げた。


「お久しぶりですイェルケル殿下! このガストルめを覚えておいででしょうな? そう! アリハード家のガストルでございます!」


 いきなり強烈に失礼な奴である。

 自分はイェルケルの顔を覚えていなかったというのに、イェルケルには彼の顔を覚えていろということらしい。

 もちろんイェルケルは、ガストルとやらの名にも顔にも覚えなどなかった。

 彼は恩着せがましく色々言い始める。

 その鬱陶しく長ったらしい話をまとめるとつまるところ、自分はイェルケルより優れているから騎士団団長待遇で迎え入れろというものであった。

 一応、失礼にならないよう彼の主張を全て聞いたうえで、イェルケルは前から決めていた騎士団入団希望者への対応を行う。


「わかった。では入団テストとして、こちらの騎士レアと剣を交えてもらおうか」


 刃のついた武器では危ないので、用意しておいた木の剣をレアと入団希望者の某氏へ渡す。彼は気分を害したような顔をしていた。


「これが? 騎士? このような小娘が? ……はぁ。やはりこの騎士団は私が立て直さねばならぬようですな殿下。子供の遊びではないのですぞ」


 彼の言葉に慌てたイェルケルが言った。


「レア! 加減! 手加減忘れるなよ!」

「アイリやスティナじゃ、あるまいに。私は加減ぐらいする」

「怪我させても駄目だからな。手足も折るなよ」

「……じゃあせめて、首ぐらいは」

「死ぬわ! お前やっぱ怒ってるだろ! いいか! 絶対に大怪我なんてさせるんじゃないぞ!」


 ぶー、と口を尖らせるレアと、イェルケルの焦りの意味がわからぬ入団希望の某氏を他所に、さっさと開始の合図を出す。

 レアは、彼の下手糞な剣技に付き合って剣速を落としたまま、一太刀、木剣を振り下ろす。

 その強烈な一撃に、受けた木剣は彼の肩口にめりこんでしまう。


「なっ! ちょっとまっ!」

「うるさい」


 べしーんと加減して打ち据えると、彼は地面に倒れ痛みに蹲ってしまった。

 レアはそのまま目を残った貴族へと向ける。


「コレより弱いなら、諦めた方がいい」


 レアの剣は、素人目にはただの力任せの剣に見えたかもしれないが、実際はそのような単純なものではない。

 それが見切れるぐらいならば多少は見所があるか、といった試しの部分もあったのだが、残念なことに誰一人レアの技を見抜いた者は居なかったようだ。

 彼らは口々に、倒された男の未熟さを罵り、レアのような小娘ならば簡単に勝てるだろうと豪語する。

 失望と憤怒からだろう、レアの表情が剣呑なものへと変わっていくのを見たイェルケルは、入団希望者たちの身の安全のために、剣の相手は自分がすることにした。

 当然、合格者などただの一人も出なかった。


 翌日、朝っぱらからイェルケルの屋敷には騎士団入団希望者が来るようになった。

 朝一番にアイリとレアが屋敷に挨拶に来ていたのだが、イェルケルはだからとこの二人に入団試験を任せる気にはなれない。

 二人共、イェルケル程悪口雑言への耐性が無いので、何か言われたらきっとやりすぎてしまうだろうから。

 他にも女に負けたということで意地になったり、余計な恨みを買ったりする可能性も考えた。

 つまり、心底面倒だし、本来団長のやる仕事ではないのだろうが、仕方なく彼らの入団試験はイェルケルがやってやるしかないわけだ。

 アイリとレアがイェルケルの屋敷に入っていくのを見た入団希望者たちは、皆色ボケた目でとてもやる気を起こした顔になっていた。

 イェルケルは思った。是非殺してやりたいと。

 まあ結局殺さず怪我すらさせずにボコって叩き出すのだが。

 十人以上いる全員を相手しても、ものの一時間もかからなかった。

 その後、イェルケルはレアと共に一日訓練に費やし、身も心も極限まで消耗しきる。

 アイリは城へ。スティナは夕食時だけふらりと戻ってきて、またどこかへ。

 こんな感じで、日々は過ぎていく。

 イェルケルは仕事のことを考えなかったわけじゃない。

 だが今はまだ、動くに動けない。

 イェルケルが最も信頼する二人、スティナとアイリがどちらとも、何かを調べているようであったのだから。



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