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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第一章 サルナーレの戦い
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005.ラノメ山越え(後編)




 イェルケルはぼんやりとした頭のまま、首を小さく動かし周囲を見渡す。

 寝心地は最悪。背中が痛いのは寝転がっているのが地面の上だからだろう。土の臭いと草の香りがびっくりする程強く、良くもこんな場所で眠れたものだと自分に感心してしまう。

 すぐ近くでばたばたと人の動く音がする。

 忙しないな、と苦笑する。どうせ同期の誰かが寝坊したのだろう、と寝ぼけ頭のイェルケルは騎士学校の宿舎に居るつもりで、そちらに首を向ける。


「…………わーお」


 同期は女に化けていた。それが誰なのかわからないが、とても魅力的な女性に見える。いや、むしろ女が同期に化けていたという方が相応しいか。だとしたら、ヘルゲの正体がコレだという洒落にならない事態もありうる。

 女は物凄い焦った様子で服を着ようとしている。

 良かった、と安堵するイェルケル。彼女の機敏な所作はヘルゲのそれには見えない。イェルケルが見た時既に彼女は下着をつけていた、或いは最初から下着だけは着ていたので、上着とズボンを穿くだけである。見ていて感心するような手際の良さでこれを身に付け、彼女はこちらを振り返る。

 イェルケルと目が合った。

 彼女は、スティナだ。イェルケルにつけられた部下で、騎士見習い。

 そこまで思い出したところで、イェルケルの顔から血の気が引いていく。


「うおっ!」


 そんな悲鳴と共に大慌てで身を起こしつつ顔を背けるイェルケル。後ろ頭に向かって、声が届いた。


「……いや、全部見といて、今更何してるんですか……」


 地面に座ったままで背中を見せながら、イェルケルは必死に言い訳する。


「ち、違うっ! てっきり同期が居ると思ってそちらを見たら、まさか女性が居るなんて思わなくて! す、すぐに顔をそらさなかったのは……えっと、あれだ! そう! ………なんていうか……」


 言い訳、即座に思いつかない模様。

 後ろ頭に嘆息する音が。


「はぁ、まあ油断してた私も悪いですけどね……でも、こっちも濡れたままの服着てるの気持ち悪かったんですよっ」


 意識がはっきりしてくると、色々と状況を思い出してくる。イェルケルは斜面を滑り落ち崖から空を飛んだのだ。なのに何故生きているのか、それが不思議でならない。率直に疑問を口にしてみる。


「なあ、スティナ。私はどうして生きているんだ?」


 もうその必要も無いだろうにそっぽを向いたままのイェルケルに、スティナは同じく地面に腰を降ろしながら現状を説明してやる。


「川に落ちたからですよ。すぐに私が引き上げましたから溺れることも無かったですしね」


 少し考えた後で訊ねるイェルケル。


「……それはつまり、君も崖から落ちたってことだよな」


 そう言った後で、このままだと話しにくいのでおそるおそる後ろを振り向く。スティナは右側に両足をそろえるように折り畳みながら座っていた。


「下、川ですし。殿下も深い場所狙って蹴りましたから、大丈夫だろうとは思ってましたよ」


 色々と自らの常識に照らし合わせ言いたいことのあるイェルケルであったが、実際無事であるので文句を言いづらい。

 それに、と山に入ってからのスティナを思い出す。崖登りや岩登りでは、本来の実力を発揮せずイェルケルに合わせてその道しるべとなり、冷静さを著しく欠いていた尾根を歩いている時も何かと気にかけてくれ、挙句崖から転落したら一緒に落ちるなんて真似までしてくれたのだ。

 居住まいをただした後、小さく頭を下げるイェルケル。


「本当に助かった、ありがとう。スティナには山に入ってからずっと世話ばかりかけているな、すまない」


 スティナは、俯き加減にじっとイェルケルではなくその前の地面を見つめる。


「……責めないんですか、私のこと」

「責める? 何故だ?」

「もっとマシな道を選んでいれば、もっと危険の少ない助け方があったはず、もっと言えばこんな山の中通ることをしなければ……とか」


 イェルケルはスティナの表情を覗き込んでみる。


「……もしかして、気にしているのか?」

「少し、ですが」


 ちろっと、上目遣いにイェルケルを見上げるスティナと目が合った。

 小さく噴き出すイェルケル。


「そこで少し、って返せるぐらいなら、そこまで深刻に考えてるわけじゃない、って受け取っていいんだよな?」

「……私が悪いとはあまり思ってない、ってのが本音ではあります。でも……」

「言いたいことはわかるよ。ただね、私も今の自分が置かれた状況は把握できてるつもりだ。まともにやったら、私が国に帰るには死体になるぐらいしか手は無い。だから君たちの無茶な案にも乗ろうって思えたんだ。それに……そう、わかってるさ。崖から落ちたのは、完全に私の不覚だ。怯え竦んで崖から落ちるなんて、自分でも情けなくて涙が出てくる」


 勢い良く顔を上げるスティナ。


「いえっ、昔、あの山に初めて登った時のことを、忘れていた私も悪かったんです。もう慣れましたが、私も最初は怖くて怖くて仕方がありませんでした」


 その言葉に驚くイェルケル。


「君がか? それは私を慰めようという話ではなく?」

「人をなんだと思ってるんですか。私だって人並みに怖かったり逃げたくなったりすることだってあります」


 まるで想像できないといった顔で、ほへーと息を漏らすイェルケル。


「では、私も鍛えればいずれアレが怖くなくなる日が来るのかな」

「それはもう。できれば側に意地を張る相手が居てくれると、その日がより近くなりますわ」


 なるほど、と肩をすくめるイェルケル。


「アイリのことか、彼女もまた怯えることがあるのかな。……ははっ、怒るなよ? 君が怯えたという話よりよほど彼女が怯えたという方が想像はしやすいかもな」


 イェルケルの軽口に、スティナは口を尖らせる。


「ほんっとにもうっ、殿下は私をどー見てるんですか。それに、あの子は最初から山の頂にも、急斜面の崖にも、一切怯えることなんてありませんでしたわよ。熊と初めて遭遇した時だって笑ってたんですから、あの子」

「…………彼女はいったいどーいう人生を歩んできたというのだ?」

「さあ。いえ、聞きましたよ当人から? でも、彼女が送ってきた人生と同じ道を歩んだとしても、私はアレになれる気欠片もしませんわ。どんな危地にあってもあの子、自分が死ぬとか全く想像だにしてないみたいなんです。だから何者をも恐れないし、そのくせ怒られることを妙に怖がったりするしで、もう私にもどうしていいのやら」


 怪訝そうな顔でスティナに顔を寄せ、小声になるイェルケル。


「そんなことできる奴、本当に居るのか?」


 同じくイェルケルに顔を寄せ小声で答えるスティナ。


「いや、信じられないのも無理ありません。私だってあの子以外そんなの見たこと無いですもの」


 世の中には凄い奴が居るもんだ、と感心するやら呆れるやらなイェルケルは、はたとそこで、スティナのびっくりするぐらいに整った顔がすぐ側にあることに気付き、大慌てでその場から飛びのく。

 いきなりな動きにスティナは小首を傾げる。イェルケルは後ろにずり下がったところで、言い訳がましく言った。


「い、いやな。スティナ、君はなんだか妙に話し易くてな。つい、その、年来の友人であるかのように振舞ってしまう。申し訳無い」


 手をぱたぱたと振るスティナ。


「あははっ、それは私もですよ殿下。というか殿下、私かなり失礼な発言してると思うんですけど、文句一つ言ってこないどころか、まるで気にしてないように見えるんですけど」

「あー、やっぱりそれ自分でもわかってたか。私としては、それぐらい言ってくれる方が気が楽なんだよなぁ。それってつまり、私もそこまで言って良いってことじゃないか」


 スティナは愉快そうに大きく笑う。淑女に相応しいとは思えないが、その朗らかな笑みはイェルケルが思わず目を丸くするほどに美しかった。


「そういう所ですって、殿下ってば本当に王族らしからぬ方ですよねぇ。貴族っぽさすらありませんもの。こんなに気楽に殿方とお話しできるのって、もしかしたら家族以外では初めてかもしれませんわ」


 彼女のそんな笑みを浮かべさせたのが自分であると思えるのが嬉しくて、イェルケルもまた大きく声を出して笑う。


「よく言われるよっ。君と一緒で変なのは自覚あるんだからあんまり言ってくれるな。これで結構気にしてるんだぞ」


 いたずらっぽく上目遣いにイェルケルを見上げるスティナ。


「そっちは本音っぽいですね。でもまー、自身の性質なんてそーそー変えられるものじゃないんですし、諦めましょう、一緒にっ」

「っだー、変な誘惑をするなっ。まったく……ちなみにスティナ。君のその奔放な口ぶりは、相手を選んでのことであるよな?」

「……一応は」

「おいっ。もしかして失言多い口か、君は」

「……その……つい。ほら、口をついて出ちゃう言葉ってあるじゃないですか。馬鹿を相手にした時なんて特に」

「馬鹿を相手にする時こそ失言には気をつけなきゃならんだろうが。……うん、まあ賢い相手にもやっぱり気をつけるべきではあるけどな」


 ぶー、と口を尖らせるスティナ。


「どーせ、私は殿下みたいに人間できていませんよーだっ」

「拗ねるなっ。くっそ、可愛いなそれ。もしかして計算づくか?」


 スティナはしれっと答える。


「それもあります、お父様はこれでいつも言いなりでした。でもなんか殿下ってそーいうの通じなさそうな感じがします。もしかして見た目のさわやかさとは裏腹に夜は暴れん坊だったりします?」

「馬鹿言うな。私はこれでも王子なわけでな、山ほど居る姉や妹の中に仲良くしているのもいるんだ。アイツら、本当もう、美人なんだが、兄弟の私が引くぐらいヒドイからな、色々と」


 うわー、とスティナは内容を聞く前から引いている。


「王族の爛れた生活とか、心底近寄りたくないですねぇ」

「私だってそーだ。騎士学校に入ったのはそういう理由もある。姉も妹も私のこと、執事か召使かと勘違いしてるからな」


 あはは、と軽やかに笑う声がイェルケルへとかえってくる。


「殿下、人が良さそうですから」

「アイツらのタチが悪すぎるだけで私は普通だっ。騎士になって軍に入ると言った時のアイツらの顔と来たらもう……あれは百年の恋も一発で醒めるな。スティナも気をつけろよ、元が美人だと醜悪な表情した時のヒドさがより際立つんだぞ」


 最早堪えきれぬと、スティナはお腹を押さえながら笑い転げる。


「あっ、あっはははははは、覚えておきます。でも、ホント、殿下って面白いですわ。お父様が連れてきた婚約者候補が殿下みたいな楽しい方でしたら、私もあっさりと落ちてたでしょうに」

「そりゃ光栄だ。だがな、私はやめとけ。長生きはできん」

「うーわ、それ自分で言っちゃうんだ」

「……そりゃ元帥閣下にハメられたとわかればなぁ。許されるのなら、このままどこかに逃げ出したいよ」

「殿下がご希望ということでしたら、共に死線を潜った誼ですし、山中で死んだってことにしても構いませんわよ?」

「冗談だよ。逃げた後のアテも無いし、そもそも私は国を捨てる気なぞない。たとえどのようなことがあろうと、私は王族である誇りを捨てる気は無いからな」


 ふふっ、と優しく微笑むスティナ。


「かっこいいですよ、殿下」

「茶化すなよ。アイリはどうした? まだ崖の上なのだろう?」

「ああ、あの子なら走って山を降りてくるでしょうから、そろそろ合流できると思いますけど……」


 走って? と問い返そうとしたイェルケルは、後方から接近してくる音に気付く。大地を蹴り草木を踏み潰す軽快な音は、あっという間に側まで近寄ってくる。

 獣を警戒し腰を上げるイェルケルと、ひらひらと手を振っているスティナ。


「おおっ! 二人共無事でしたか!」


 藪を突っ切って飛び出してきたのは、アイリであった。

 足を踏ん張り制動をかけるも、勢いが良すぎて止まりきれず、大地に足の筋を引きながら滑る。だからと体勢が崩れることは一切無い。

 何事も無かったかのようにアイリとスティナはにこやかに会話をしている。だが、イェルケルはそうはいかない。

 アイリが走ってきた方を覗き見てみる。ぶちぬいた藪の奥にも、明らかに不自然な形で草木がよれて道が続いている。嫌がる馬を強引に捻じ伏せ無理やり藪を突っ切ったらこうなるな、とか考えながらちらとアイリを見る。

 イェルケルが考える全力疾走を二倍したぐらいの速さで走ってきたアイリは、頬が上気し肩が揺れていて、まあその程度だ。

 少し怖くなってイェルケルはアイリに訊ねる。


「アイリ、その、なんだ、君はどこから走ってきたんだ?」

「私ですか? それは、まあ、山の上からですが」


 イェルケルは既に薄暗くなり始めている空を見上げる。そのぐらい上を見て初めて、先程歩いた尾根が見えてくるのだ。

 返す返すも、とんでもない所から落ちたものだと身が震える。

 更に、そこから走ってきたと言われても俄かには信じられそうにない。本当にそうだとしたら、それこそ身が震えるなんてものでは済まないだろう。


「な、なあアイリ。もしかして、君たち二人だけなら一日でこの山越えてしまえるのか?」

「はあ、まあ朝出れば夜には抜けられると思いますが……ああっ! そういうことですか!」


 何かを突然納得したかのようにアイリは勢い込んで答える。


「私でもスティナでも、本気で走ればラノメの山ならば半日かかりませんぞ! もしここを越えての伝令をお考えであれば是非我々にお任せください!」

「……本気で走れば? そもそも山越えで走ったりしたら身が持たんだろうに」

「それは鍛え方が足りないだけです」


 しれっと言い放つアイリ。さすがに失礼な発言だとスティナが慌てるも、アイリはというとまるでそんなつもりは無いらしく、平然としている。

 そしてイェルケルはというと。


「凄い、な。そうか、鍛え方だけの問題なのか……」


 何故かとても感心したような顔で、むしろ喜んでいるようにすら見えるではないか。


「世の中には、不可能だなんて言葉で諦めてしまっている可能性のなんと多いことか。そうか、人は鍛えればどこまでも強くなれるものなのだな……いや、感服したよアイリ。これからの鍛錬の励みになるというものだ」

「ははは、それはよろしゅうございました殿下」

「……そうだよ、私はずっと甘えていたんだ。周囲の連中を馬鹿にしながら、そんな馬鹿にした連中より鍛えているから自分は優れているなぞと……目指す場所があるのなら、他者との比較ではなく己とこそ戦うべきだったのだ」


 妙に納得顔のイェルケルに、褒められて得意気なアイリ。

 スティナは、うわー殿下も基本筋肉思考の人なのかー、と微妙に引きつつさっさと野営の準備に取り掛かるのであった。






 野営の準備と言っても、布やら材木やらの装備があるでもなし、平らな場所を見つけてそこで横になって寝てしまうだけのことだ。

 野の獣を警戒しなければならない土地でもあるのだが、アイリもスティナもそこらへんを全く警戒していない。

 イェルケルがその理由を尋ねてみたところ、二人は揃って言った。


「「来たら目が覚めますから」」


 イェルケルにはそう断言できる自信がどこから出てくるものなのかまるでわからなかったが、二人共、むしろ来てくれと言わんばかりの顔である。


「やはりラノメの山に来たのなら、殿下にも熊を味わっていただきたいものだな」

「そうねぇ、でもアレもう、私たちの前には出てこないんじゃないかしら?」

「いやいや、我らが山を降りてからかなり経つ。そろそろ我らのことを知らぬ間抜け熊も出てくるであろう」

「いいわねぇ、熊、おいしいのよねぇ」


 いや、食べたらおいしいのかもしれないが、その前段階をすっ飛ばしてるのはどうよ、とイェルケルは思ったが、多分二人はどーにでもしてしまうのだろうとも思えたので黙っていた。

 代わりに、前から気になっていたことを訊ねることにした。


「なあ、スティナ、アイリ。間違ってたら申し訳ないんだが、君たちの家、アルムグレーン家とフォルシウス家は確か……」


 あれ、と少し驚いた顔のスティナ。


「殿下、もしかして騎士団で聞いてらっしゃらなかったんですか? ウチもアイリの家も先の内戦で叛徒側につき取り潰された家ですわ」

「ああ、やっぱりそうか。じゃあ君たちが騎士を目指しているのは、家の再興のためなのか?」


 スティナとアイリは顔を見合わせる。スティナはなんと答えたものか少し悩んだ後で言った。


「それが全てではありませんけど」

「そうか……ならば今回の武勲を以てすれば、きっと望みも叶うだろう」

「それはどうでしょうか。私もアイリも敵多いですしね」


 やはり少し間を空けてイェルケルは訊ねる。


「失言?」

「違いますっ! 色々面倒なことがあるんですよっ!」


 ムキになるスティナに微笑ましい目を向けてから、イェルケルは改めてスティナを、アイリを眺める。

 二人共、美人を見慣れているイェルケルから見ても、稀有なほどの美しさを持つ女性だと思える。

 だからこそ、イェルケルは不思議でならない。


「なあ、これは君たちの騎士としての適性を疑っているとかそういうことではなく、単純な疑問と思って聞いてほしいんだが……」


 スティナは何を言いたいのか察したようで、表情を少し堅くし、アイリはきょとんとした顔だ。


「二人の事情はわかったのだが。こう言ってはなんだが、君たちならば騎士となるより、相応しい夫を迎える方が家の再興は早かったんじゃないのか? 君たち二人ならどちらも引く手数多であろうに」


 スティナは嘆息するが、小馬鹿にしたようなそれではなく、自嘲気味なためいきであった。


「あー、自分で言うのもなんですが、私、必要以上に女性的魅力があるようで。家が健在の時から色々とそういう申し出はありました。ですが、我が家が没落した時、私の身分が失われたと知るや、私を求める人たちの層が変わりました」

「層?」

「ええ。それまで我が息子、我が孫に、と言っていたいい年のクソオヤジ共が、息子たちを押しのけ私を自分の妾にしようとしだしたのです。皆ご立派な地位も名誉もお持ちのお貴族様ばかりでして、私を妻にと考えるような若手では競うことすらできない相手です」


 絶句するイェルケルに、スティナは吐き捨てるように言う。


「既に貴族ではなく平民であるのだから、妥当な扱いだろう、と。彼らは政治力をすら用いて私の貴族復帰の道を断ちに来ました。ついでに家に嫌がらせにも来ましたね。ああ、後盗賊紛いの連中を雇った方もいらっしゃいました」


 当時を思い出しているのか、スティナの表情が剣呑なものに変わっていく。


「一度は、打ち首覚悟でそのクズ共斬り殺してやろうかとも思いましたが、どうせ死ぬのならせめて自分が満足して死にたいと思いまして」

「ふむ」

「山に篭ることにしました」

「は?」

「いえ、私昔から剣術が好きでして。どうせ命懸けで殺しに行くのなら、剣をとことんまで極めてクズ共全員殺せるほどの腕を身に付けようと」

「…………」

「どの道貴族復帰を願い出るにしてもすぐというわけにもいきませんでしたし、ならその間に山に行こうと。どうせなら国一番の険しい山で死にかけるまで修業しようとココに入ったんですわ」


 貴族子女のすることではない、とは思ったが、結果コレが出来上がったというのであれば、それは正しい判断だったのだろうと自分に言い聞かせるイェルケル。


「後は復帰を認められた貴族が出るのを待って、私も山を降りたという話ですわ。私より条件が悪い貴族が復帰を許されたのなら、私の申請を無下に断ることもできないでしょうしね」


 イェルケルはとりあえず感想を述べてみた。


「なんか色々と大味だよな」

「失礼な。アイリに比べれば、私は少なくとも理屈上ではそうズレたことはしてないはずですわよ」

「アイリはスティナとは違う理由なのか?」


 アイリはスティナ程その話を嫌がってはいないようで、簡単に話してくれた。


「ええ、私はもっと単純です。貴族の位を剥奪されたのは、まあ仕方がありません。ですが、そもそも父上が戦に負けなければこんなことにもならなかったでしょう」

「そりゃ、確かにそうだが。しかし、一貴族がどうこうできる戦でもなかったと思うが」

「ならば一貴族でどうこうできるぐらい私が強くなれば、もうこんな形で爵位を失うことは無いでしょう。そう思ったので、私も山に篭ることにしたのです」


 くすくすと笑っているスティナに、もしかしてこれは比喩表現か何かかと考えをめぐらせているイェルケル。


「待ってくれアイリ。それは、君一人で軍を撃退する、と言っているのか?」

「いかにも!」

「…………ひゃ、百人ぐらいの軍で戦場を選べばなんとか……いやならん。弓使ったらそれで終わりだ。そもそも単身で軍に挑もうなどと、普通は思いつきすらせんと思うのだが……」

「殿下、よくお考え下さい。私は貴族ですら無い一介の小娘なのですぞ。兵を持つこともできなければ兵を鍛えることもできない。ならば、自分を鍛える他無いでしょう。それに私が一人で軍を駆逐できるのならば、どんな弱卒を率いることになろうと必ず勝てます。正に必勝の案ですぞ」


 腹を抱えてげらげら笑い出してるスティナと、なんと声をかけたものか苦悩しているイェルケル。

 アイリが最後にまとめに入る。


「私がスティナと同じ時期に同じ山に入ったのは全くの偶然だったのですが、まあそれ以来の仲なのですよ。よもや私以外にラノメ山に篭ろうなどという無茶な者が居るとは思いませんでしたからなぁ」

「そうか、安心した。そこは無茶だとわかっているのだな」

「? 不思議なことをおっしゃいますな。無茶だからこそやる意味があるのでしょうに」

「……いや、普通は無茶な事は諦めるものなんだがな……」


 スティナが大笑いからようやく落ち着いてきたのか、少し震えながら言った。


「面白いでしょ、この子。この子と居たせいで私、なんかクソジジイ共と相打ちするのが馬鹿らしくなっちゃったんですよ」

「そうか……確かに。私も今この瞬間は、国がどうだの元帥との云々だのは忘れていたかもしれん。それよりもっと切実な、明日の難所のことが気になって気になってなぁ」


 イェルケルの冗談に、スティナもアイリも大きく笑う。

 それは錯覚かもしれないが、イェルケルはこの時、騎士学校でも作ることができなかった友に出会えたと感じたのだった。






 地面にそのまま横になると、やはり育ちの良い王族でもあるイェルケルは、咽るほどの土と草の香りに眉をしかめる。

 ちらっと隣を見てみると、スティナもアイリも野宿には全く抵抗が無いようで、平然としたものである。

 女の子の二人がそうできているのに、と思うとイェルケルは何やら恥ずかしくなってきて、自分もここで頑張って寝ようと気合を入れる。

 そして、寝るという行為と気合を入れるという行為は全く相反するものだったと、改めて気付くのである。

 仕方なくイェルケルは、寝付けるようになるまで、少しものを考えることにした。

 生まれて初めて与えられた騎士としての任務。

 それがまさかこんなことになろうとは。

 行った先で三十人の騎士に囲まれ殺されそうになり、従者含め二十人近く居た中で、生き残ったのはたった三人。

 その三人のみで辺境領を突破しなければならなくなり、命懸けでラノメ山越えに挑む。

 途中、崖を登ったり、崖から落ちたり、色々あって、今に至る、と。


『……良く、生きてるよな。考えれば考えるほど生きてるのが不思議だ』


 それもこれも、常識外れに頼もしい、二人の騎士見習いの少女たちのおかげだ。

 イェルケルは国一番と言われている剣の使い手と面識があり、剣を交えたこともあったが、その者と比べても二人の強さは常軌を逸している。

 掛け値なしに、この世で一番強いのではないか、などとイェルケルには思えてしまうほどだ。

 密かにイェルケルは、自分こそが国一番の剣士と呼ばれるようになるつもりであったのだが、この二人が居てはさすがに無理だ。

 ただ、それを悔しいとか思えないほどに、二人は圧倒的だった。むしろ、目指す道程が考えていたよりずっと高くにまで続いていると知れたことが嬉しかった。

 国に戻ったら二人には色々と剣や鍛錬の方法を教えてもらおう、と考えると、是が非でも国に帰ってやろうという気になってきた。

 そんな興奮するようなことばかり考えていたのだが、体は随分と疲労していたようで、イェルケルの意識は次第に薄れていき、家のベッドでそうするのと変わらない深い眠りに落ちていくのであった。





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― 新着の感想 ―
[気になる点] 行った先で三十人の騎士に囲まれ殺されそうになり、従者含め二十人近く居た中で、生き残ったのはたった三人。 やっぱり3人しか生き残ってなかったんですね。読み飛ばしたのかずっと気になって…
[一言] この王子何気に男塾のキャラ並みに脳筋だな
[一言] 「っ」より「ッ」の方が良いですよ
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