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049.ロシノの悪夢(モブ視点)



 ヴァラーム城に戻ったマティアス将軍は、ひどく恐縮した様子でイェルケルの前に顔を出してきた。

 二人の副官がどちらも死んだと聞いてすっ飛んできたのだが、イェルケルから今回の事件の顛末を聞くと、彼等副官をどうこうというのは一先ず置いておき、ヴァラーム城防衛隊の長として動き出す。

 まず、維持が困難ということからビボルグ砦を放棄し、アルハンゲリスクからの逆撃に備える。

 ちなみにこの時、マティアス将軍はイェルケルに対しては信じられないなんて一言も口にしなかったのだが、後でこっそりとアントンよりの報告を受け事実確認をしていた。

 そしてアントンの報告を何度聞いても、ビボルグ砦に自ら出向いて実際に陥落していてこちらの部隊が入っているのを見ても、報告の全てを信じようとはしなかった。


「いや、だってどう考えてもありえんじゃろ」

「ですよねー」


 アントンも無理に信じてもらおうとはしなかった。

 結局、マティアス将軍がロシノの街に潜入させていた潜入工作員に事の次第を説明させ、そこでようやく信じたのだ。

 そこから王都のアンセルミ宰相に状況説明と今後の方針案を提出し、これに了承をもらってから動き出したので、アルハンゲリスクに使者を出したのは、ロシノ市街戦、通称『ロシノの悪夢』より半月が経ってからのことであった。

 ちなみにイェルケルたち第十五騎士団は、マティアスと入れ違いに王都に戻るよう命令が出ていたので、最低限の引継ぎをマティアス将軍とするとすぐに、この地を離れてしまっていた。

 マティアス将軍は使者を出すまでにかなりの時間がかかっていながら、アルハンゲリスク側からこちらへの連絡が一切入ってこないことにかなりの不安を抱いていた。

 或いは一戦交える覚悟を決め、或いは使者を皆殺しにされる腹をくくり、十人の使者をアルハンゲリスクへと送り出す。


 使者たちは途中ビボルグ砦を通りすがりその様子を見てみたが、カレリア軍が放棄してからそれなりに経つというのに、中に人の気配は無かった。

 いよいよこれは異常事態だ、と使者達は表情を引き締めロシノの街へ。

 使者が来る旨をロシノの街に伝える役目を負った兵士を先行させた後、彼が戻ってくることもなく、一行はロシノの街に辿り着いた。

 彼らが自身の身分を明かすと、正門側に控えていた衛兵たちが飛び出してきて、丁重に一行を太守の館まで案内する。

 正門を抜け主道をまっすぐ進むと、そこに変なものが見えた。

 まずは剣だ。

 道のど真ん中に五本の剣が刺さっており、これがそのままになっている。

 次に何か重量物でも落としたような大きなへこみが道にできている。

 へこみの中心からは放射状に道にヒビが入っており、その衝撃の強さが知れよう。

 これらは道のど真ん中であるというのに、周囲を木でできた簡易な柵で囲まれており、道行く人たちはこの側には決して近づこうとはしなかった。

 これがなんなのかを聞いてみたいと使者は思ったのだが、彼らを案内する衛兵たちの緊張しきった様子に、声をかけるのは憚られた。

 太守の館に着くと、驚くほどに豪勢な歓待を受けた。

 接してくる者全て、そう、太守代理の者ですら使者に対して大いにへりくだっており、誰もがとても緊張しているのが見て取れた。

 ちなみに、最初に先触れとして出した兵士は、まるで貴族を遇するかのような豪勢な部屋で過ごすよう言われ、あまりの待遇の良さに呆然としていた。

 そして始まった交渉は、おおむねマティアス将軍が望んだ結果の通りに収まってくれた。

 アルハンゲリスクによる領域侵犯への抗議と、領民救出のために行なったビボルグ砦襲撃の正当性を認めること。

 その後起こった不幸な行き違いに関しては、それまでと同じ境界線を維持することで決着とすること、である。

 太守や将軍含め結構な数ぶっ殺したけど、ビボルグ砦返すし領地の境界線は動かさないままだから、それでお互い様にしろ、という内容の話を、途中の紆余曲折を経てアルハンゲリスク側は認めたのだ。

 ただ、使者には即答できない要求もあった。

 曰く、主道に刺さった呪いの剣を抜いてくれ、魔王の爪痕を消す許可をくれ、というものである。

 最初はなんの話か全くわからなかったのだが、どうやら道中見たアレのことらしい。

 使者はそんな真似をしていたなんて話は一切聞いていなかったので、持ち帰って返答する、という形になった。

 アルハンゲリスク太守代理は外交交渉の最中だというのに、見るからにがっかりした顔をしていた。

 また、アルハンゲリスク側は第十五騎士団が今どこにいるのかを異常なまでに気にしていた。

 騎士団の現在地は、通常は隠しようもない為聞かれれば答えてやってもいいのだが、第十五騎士団は団員四名という極めて特殊な騎士団であるし、マティアス将軍からはこの騎士団に関しては(どうせ言っても誰も信じないので)できるだけ情報流出を避けろ、と言われていたので所在は不明と答えてやった。

 彼らは隠しようも無いほどに怯えた顔をしていた。

 必要な停戦交渉が全て終わり、戦争状態の終了をお互いが書面にて確認し終えると、後は今後のカレリア、アルハンゲリスク間の条約をどうするかといった話になる。

 もちろん戦争直後であるから、すぐに条約締結といった所まではいかないまでも、先々のために簡単な予定のすり合わせをしておこうという話だ。

 アルハンゲリスク側は条約の締結にとても前向きで、すぐにでもヴァラーム城に使者を出すと言ってきていたが、社交辞令の類だろうとさらっと流した。

 やはり彼らはとても落胆した顔を見せてきた。

 細かな交渉も一通りが終わると、雑談めいた会食の席になるが、この時彼らはとにかく第十五騎士団のことを知りたがった。

 どんな話題を振っても、あっという間に第十五騎士団の話題に持っていってしまう。

 彼らが如何に暴れていったのかをこの上なく大仰に語り、カレリアではどうなのかといった感じで話を振ってくる。

 交渉や、こうした会話を重ねていく内に、使者たちは皆確信した。


『第十五騎士団が、ビボルグ砦落とした挙句ロシノの太守と将軍殺して、街の兵片っ端から殺して回ったって話、あれ本当にあった出来事なんだ』


 そして心底から恐怖する彼らに同情したため、使者殿は言わなくてもいい余計な言葉を付け加えた。


「現在アルハンゲリスクとの外交はマティアス将軍に任されております。将軍不在による緊急時でもなくば、こちらとの友好的な交流に前向きな将軍の意向が、覆ることは無いでしょう」


 アルハンゲリスクの太守代理は、ほっとしたような、それでいて信用できぬと疑っているような、難しい顔をしていた。






 その兵士は、ビボルグ砦に着任してから一週間ほどであったが、直接の上司となった小隊長にはそれなりに気に入られていると自負していた。

 昔から目端は利く方であったのでうまくやれる自信はあったがそれでも、最前線であり噂に名高き若きエース、ロニー・エステルバリが率いる部隊ということで、ともすれば彼程度では通用しないのではなんて不安もあったのだ。

 城壁上の見張りなんていう退屈な仕事をさせられた時は、やはり自分はあまり役に立っていないのではなんてことも考えたが、見張りをしながら周囲の地形を確認しつつ、色々と考えをめぐらせたところ、そういうことでもないとわかった。

 ビボルグ砦は山中にある砦で、その周囲の木々は定期的に切り倒して見晴らしを良くしてはある。

 だが元々森の中に建てた砦であるのだ。

 木々に視界を遮蔽されてしまうのはどうしようもないこの砦の弱点となってしまっていた。

 そうした弱点を補強すべく、見張りの立ち位置や順番は考えられているのだ。

 これは敵が来ることを前提にした実戦的な備えだ。

 そう確信できた時、ここが難攻不落と呼ばれる所以がわかった気がした。

 ここ何年も砦に攻めてきたなんて話は聞いたことが無い。

 なのに砦の兵士たちはただの一日も油断なぞせず、弛むことなく警戒を続けているのだ。

 そう部下にしつけられる上官たちとは、いったいどういう人物なのか。

 彼は良い砦に配属されたと満足する。

 兵士として成り上がろうという彼に、最も足りないものは経験である。

 そう考えていた彼にとって、優れた上司の下での任務はたとえ厳しかろうと望む所であった。

 そんな希望に満ちた日々は、あっけなく崩れ落ちた。

 この隙を縫うなんてありえない、と考えていた見張りの隙をついて、敵兵士が城壁を登ってきたのだ。

 最初の二人が、ほぼ同時に見張りを一人ずつ斬った。それを見て彼は悟った。


『あ、これ駄目だ。俺たちじゃ止めらんないわ』


 彼は剣にもそれなりに自信があったが、ただの一振りを見ただけでわかった。絶対に勝てない敵だと。

 数も足りない。これでは、戦いにもならないだろう。

 そう思った瞬間、彼は駆け出していた。長い長い階段を駆け下り、その下にうまい事居た中隊長に声をかける。


「敵襲です! 城壁を乗り越え敵が侵入を果たしました! 直ちに援軍を!」


 彼は階段を駆け下りる間に考えていた。現在、城壁の上には三人のみ。

 ちらと城壁外を見たが他には居ないようだ。

 だが素直に三人だと言ったら、きっと中隊長は敵を侮るだろう。

 幾ら彼が敵は強いと言っても、あの信じられぬ技量を伝えきることはできない。

 だから敵の数は不明のままに報告する。

 彼の目論見どおり、中隊長は自分が動員できる最大数を即座に動かしてくれた。

 更に現場を見た者として、砦の長、ロニー・エステルバリへの報告も行うべく彼は走り出す。

 ロニーやその参謀たちにだけは正確なところを伝えなければならない。

 敵の異常な強さも、不可解な城壁上への侵入も、他に援軍が全く見られないことも。

 ふと、兵士は城壁上が気になって上を見上げる。

 すると、なんと侵入してきた敵の一人が、じっとこちらを見つめているではないか。

 今こうして動いてる彼こそが、城壁上に侵入してきた敵にとって最も嫌な動きをしている者だろう。

 それは、当の兵士にもわかっていた。

 そんな彼を、数多の兵士たちが階段を駆け上っている中、見つけ出し目をつけているのだ。

 あまりの恐ろしさに全身が総毛立つ。

 兵士はそんな敵の視線から逃れるように城内へと走っていった。

 ロニーは居なかったので、代わりに副官であるミカル・ニリアンに起こった出来事を全て伝えた。

 馬鹿なことを言うなと怒られるだろうし、その上で説得しなければ、と思っていたのだが、ミカルは何度か問い質しはしたものの兵士の言葉を信じてくれた。

 ミカルが次々指示を出すのを聞き、彼は自分が最善の行動をしたと確信する。

 敵襲を受けたビボルグ砦が、出来得る限り最高の対処を行なうことに成功したと。

 後は敵を倒すだけ。

 そう考えた兵士であったが、彼が考えていた以上に、敵は常識を外れていた。

 ミカルの策はその全てを打ち破られ、兵士の大群は見る間に討ち減らされていく。

 彼は、命令違反にならない範囲で自らの生存を優先した。

 そして全てが終わったと判断し逃走しようとした時、最初に彼を見ていた敵が、またこちらを見ていることに気付いた。

 彼女がその時見せた美しき微笑を、彼は当分忘れられそうになかった。

 悪夢的な意味で。


 部隊壊走時、原隊への復帰が難しいというのであれば、近くの他部隊に向かうというのは軍法でも適法と定められている。

 なのでビボルグ砦を逃げ出した彼は、ロシノの街へと向かうことにした。

 途中、何人か同じようにロシノを目指す兵士と合流し、彼らと共に歩いた。

 皆、魂を抜かれたかのような顔をしていた。

 街に着くと、皆は兵舎に向かい復帰を申し出ると言っていたが、彼はそこで彼らと別れた。

 ここまで歩いている間にずっと考えていた。

 すぐに自分の目で見てあの異常な敵を確認できるならともかく、いきなりあったことを報告したとして、果たして信用してもらえるものかと。

 彼はビボルグ砦でも、中隊長に対し報告を工夫したような男だ。

 報告を受け取る側がどう考えるかまで想像することができる。

 結論。絶対に無理だ。最悪、嘘の報告をしたと罰せられかねない。

 こうなってくると、兵士への復帰は絶望的にも思えてくる。

 彼はロシノの街に入るなり、軍装を解き町人の格好をして宿に泊まっていたのでそれほど怪しまれることは無かったが、金は有限であり彼は決断を迫られていた。

 そして悪夢の日を迎える。

 出陣式を見に行かないのはアルハンゲリスク人にあるまじき、といった空気が街中にあったので、仕方なく兵士は沿道へと出向く。

 そこで連中を見つけた。


『あ、これ一番ダメな流れだ』


 軍の対応を見た彼の想像した通り、ロシノ軍は四人の暴虐に、あっという間に戦意を奪われてしまった。

 彼らは悠々と町を立ち去り、残った者たちは後始末をやらされる。

 この段階で彼は、砦からは出陣式の日に逃げ帰ったばかりという顔をして軍への復帰を申し出た。

 ロシノの軍は今、除隊希望者で溢れかえっており、彼の復帰は細かいことを一切聞かれず即座に認められた。

 彼はここぞと仕事に邁進する。ビボルグ砦の出来事をも説明できる兵士は貴重であったので、よく色んな相手に話をさせられた。

 援軍に来た兵士たちを迎え入れても、ロシノの軍の士気が戻ることは無く、結局ロシノ軍は半数以上が除隊するという惨憺たる有様でもあったので、好んで戦いの内容を説明してくれる者も他に居なかったのだ。

 事情を聞いても全く信じようとしない援軍たちの怒鳴り声にも、彼は辛抱強く説明を重ねる。

 彼の説明は相手を考えたうえでなされるもので、相手が受け入れやすいよう都度話し方を変えるようにしていた。

 そういった配慮が評価され、彼の昇進が決まった。

 彼は状況を説明する役として、援軍が全て集まったロシノの街での軍議に参加することとなった。

 軍議は、それはそれはヒドイものであった。

 援軍を率いてきた将は皆が皆口を揃えてロシノの兵を悪し様に罵る。

 曰く、太守も守れぬ、将軍を見殺しにした、等々。

 悪夢を生き残って尚、街を守るためと軍に残った者たちに、そこまで言うかと思うほどの罵詈罵声を浴びせかけるのだ。

 だがそれも、兵士にとっては予想通りのことで。

 彼は上司に頼んで、援軍の中核を担う全ての者に、現場となった戦場を見せることにしてあった。

 一番わかりやすかったのは、道が陥没し放射状に亀裂が入った場所。

 ここから人が飛び、何処何処の場所に居た将軍と太守を一瞬で殺害してのけた、と具体的な距離を明示しながら説明したのだ。

 当然の如く全員がそんな馬鹿なことがあるかと声を荒らげたが、兵士一同に加え、民衆たちも皆口を揃えてこれを肯定すると、彼らは以後大口を控えるようになった。

 ロシノ軍の上司は、良くやってくれた、と彼を褒め称える。

 このままではカレリアへの反撃と称して攻め込みかねない勢いであったし、ロシノ軍も、もう好きにやらせて殺されてくればいい、なんて空気になっていたのだ。

 それを止めることができた彼を上司は高く評価し、更なる昇進を打診してきた。

 彼は、何度も死の可能性を突きつけられながらも、どうにか生き延びその見返りを得た、と喜んだ。

 彼が一枚の書類を見つけたのはこの時である。

 ロシノ軍に偽報をもたらしたとして、尋問を受けた兵士たちの処遇についての書類であった。

 彼らは、兵士と共に砦から戻ってきた者たちであった。


『…………終わった』


 兵士は頭が良い。

 ここで彼らを人知れず処刑できないのなら、後はもう逃げるしかないとすぐにわかるぐらいには。

 そして思い切りの良さも彼の利点だ。

 自分が居た痕跡全てを綺麗に消し去った後、尋問を受けた兵士たちを解放し正当な評価を受けられるよう指示した後で、彼はアルハンゲリスクから逃げ出した。

 行く先はカレリア。

 あんなバケモノを敵にする可能性がある場所なぞ、恐ろしくて近寄れたものではない。

 兵士は、あれだけ知恵を絞り工夫をこらして生き残り、皆のために貢献してきたというのに、結局は身一つで落ち延びることになった我が身を、それほど悲観してはいなかった。

 生き残れたのだから良かった、と前向きに捉えることができていたのだ。

 或いはこれこそが、この兵士の最も優れた才能なのであろう。



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