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047.ロシノの悪夢、殺戮編




 彼らアルハンゲリスク兵の混乱は、それはひどいものであった。

 乱戦を継続させるべく、斬り込み隊以外の兵士も突っ込んでくる。

 とはいえ陣形も組まぬ乱戦はスティナ、イェルケル、レアの三人にとって望む所である。

 個人の戦闘力に頼る戦い方なぞ、むしろご褒美であろう。

 ロシノ最強の剣士とやらがかかっていったところで、他雑兵とまるで戦闘時間が変わらぬのだから、乱戦において強い戦士をぶつける意味なんて無い。

 その乱戦で、最も美しく、最も激しく、最も強かったのはスティナ・アルムグレーンであろう。

 アイリの剣は時折、重、に偏る。腰を落とした強き剣撃を何より好むアイリらしいが、スティナにはそうした拘りはあまり無い。

 空中での姿勢制御が得意なスティナであるから、気を抜くとつい跳び技を多用してしまうのだが、戦場では自ら意識してこれを避けるようにしている。

 むしろイェルケルの方が跳び技は多いぐらいだ。

 特に多数と相対する時は、剣術の基本に忠実であるよう動く。

 その動きは円だ。

 八方を敵に囲まれている以上、順次周囲を見渡しながら戦わなければならない。

 なのでこれはスティナに限らず四人共が自然と回転しながら戦うことになるのだが、この時描く円がスティナのものは飛びぬけて綺麗な円なのである。

 スティナは急所には拘らない。

 より速く戦闘不能にできるのなら、手首を斬り落とすといった方法も選ぶ。

 この時、できるだけもう一方の手も使えないようにするが。

 優先すべきは自身の体勢が崩れないことで、それが故に、外から見る分には最も安定しているように見える。

 スティナに対しては、敵兵士は斬りかかることすら許されない。

 たとえ背中に向かって斬りかかっても、兵士の刃が振り下ろされる前にスティナの剣が兵士を捉える。

 その速さは筋力、敏捷性、といった肉体的なものももちろんだが、厳しい訓練により至った剣の術理によるものでもある。

 長柄のみが辛うじて仕掛けることを許されるも、ただでさえバランスの悪い長柄の先を、ハンマーでぶっ叩いたみたいな衝撃が真横より襲えば容易く横に弾かれる。

 そのまま体ごと持っていかれ体勢を立て直す暇もなく斬り殺されるのがほとんどである。

 槍のような重量のある武器相手にそうできる腕力相手では、槍の長所を活かすこともできぬのだ。

 主道の中央に陣取って、最も多くの敵を受け持ちつつ、最も多くの敵を屠り続けるスティナであったが、そんな彼女に駆け寄る影が。

 小さい、速い、胸大きい。

 レアである。


「代わる」

「よろしくっ」


 スティナが居た一番の激戦区に、今度はレアが陣取った。

 スティナはというとそのまま後方へと抜け、敵兵を斬りながらぐるりと大回りしている。

 レアの戦いの特徴は、地味、であった。

 無駄な動きを極力無くそうと工夫した結果こうなったのだ。

 背の低さから来るリーチの短さを考え、ほとんどの敵に最初の一撃を許しているが、これをかわしざまの攻撃で確実に仕留める。

 だから重要なのは、どこにどう攻撃させるかだ。

 三人の兵士が、正面、右、左から同時に来る。

 後ろが居ないのはレアがそう仕向けたからだ。

 左の長剣を斜めに構え中段に、右の短めの剣はだらりと垂らすのみ。

 するとまず最初に左の兵士が上段に振り下ろしてきた。

 これは受けさせ動きを止めるのが目的だ。

 僅かにタイミングを遅らせた右の兵士がこちらも上段より袈裟に斬り下ろす動きを見せる。

 前方の敵はぎりぎりまで動きを見せないつもりのようだ。

 レアは勢い良く左の長剣を振るうと、振り下ろしてきた兵士の剣を真横に弾く。

 敵の体はこちらに踏み込んできている。

 なので右に一歩出ながら左の剣を弾いた反動に任せて真横に薙ぎ、兵士の首を斬る。

 また右の敵にも同時に対処している。

 右の剣を頭上に上げ、敵の袈裟斬りを流し落としながら、剣を返して首筋に叩き込む。

 前方の敵、動きを定める。

 左右の兵士が邪魔なので、突きを正面から。

 これも完全に読んでいたレアは既に自由になった左の長剣を真下から振り上げる。

 読んでいた突きは当然かわしながらである。

 ほぼ同時に三人を倒したレアであるが、今の動きは最初に構えを見せた時からレアの想定していた通りのものである。

 構え一つで敵の動きを誘い、仕留めるのだ。

 ただ、この戦い方は当人曰く。


『神経使う。しんどい』


 だそうである。

 だが、敵を誘うにはスティナよりレアの方がより向いている。

 何せレアの場合は一撃でも仕掛けることができているのだ。

 もしかしたらこれなら、と勢い込んだ兵士たちがレアへと殺到する。

 一人突出してきた兵士は、レアの体の小ささから力押しを考える。

 レアはこれをいなすこともできるが、いなすために体を崩すことを嫌がり、正面より受け止めてやる。

 大の大人が走り込んで剣を叩き込んでくるのだ。

 レアの小柄な体など一蹴できると考えるのが当たり前だ。

 だがレアはというと、片手で上げた左の長剣のみでこれを止めてみせる。

 一瞬。

 それだけ止まれば十分だ。

 そのまま剣を返すと兵士の体ごと剣は流され、崩れた兵士の胴を右の剣が切り裂く。

 多数の敵と向かい合おうというのだ、速さだけで勝てるはずもない。その膂力も、襲い来る兵士共など足元にも及ばぬ強力なものである。

 兵士たちは、後少し、後少しと吸い込まれるようにレアに挑みかかっていき、無残に骸を積み重ねるのだ。

 レアは正面から迫る敵を無視し、まず右の敵を踏み込んでの突きで仕留め、後ろに回りこんだ兵の槍を払うと、正面の敵に完全に背を向けてしまう形で後方の槍兵に向かって踏み出す。

 槍兵は胴を貫かれ死んだが、背後から迫った兵が剣を振り上げる。

 それを、レアは更に無視して言った。


「後お願い」

「ああ、任された」


 レアの後ろより迫る敵を、その更に後ろから襲い掛かったイェルケルが仕留める。

 レアはそのままスティナがそうしたように後方に向かって弧を描くように走っていった。

 今度の中央担当はイェルケルだ。

 挑発のつもりで握った長剣を一度手の中でくるりと回してみせる。

 重さも長さもある剣をこうするのはかなりの慣れが必要だ。

 イェルケルは、見栄えはするがまるで実用性の無いこんな手遊びみたいなことを幾つかできるようになっていた。

 誘いのための挑発だったのだが、敵兵士はこれを真に受けてしまったようで、手遊びでくるくる回す剣に触れるのもマズイ、と考えた模様。

 剣の兵は下がり槍の兵が出てくる。


『いや、さすがにあれで斬るとか無理だろ。どんだけ警戒されてんだ私たちは』


 イェルケルは先ほどぐるりと遠回りし、敵が陣を作ろうとしていたのを潰してきていた。

 乱戦を維持している限り負けは無い、敵さんがそう思ってくれているのならその方がありがたいので、やっぱりきちんと陣形組んで、なんて動きをし始めた奴を見つけては、中央担当以外がそこを潰して回っていたのだ。

 なので中央担当のするべきことはただ一つ。

 乱戦にて一人でも多くの敵を屠ること。

 歩法にて惑わし、先の先にて一閃を通す。

 首が飛ぶ。

 弧を描いて敵剣を弾き、そのまま次の敵の腹部を切り裂いた。

 両手持ちに切り替え。

 槍先を弾くも剣は柄に吸い付けたまま、駆け寄って手と顔を縦に切り裂く。

 この時の踏み出しの、倍の速さを急に出し、敵兵が対応しきれぬうちに首前を斬る。

 振り下ろす、脇から出てきた兵が潰れる。

 振り上げる、近接しての体当たりを真っ向から弾き返す。

 左に向いて袈裟に斬った剣をくるりと手の内で回す。後ろに勢い良くもたれかかるようにして、振り下ろしてきた剣ではなく腕を肩で受けつつ、脇の下から剣を刺す。

 長身のイェルケルは小細工無しだ。

 体躯でも、少なくとも背丈ではそうは負けぬので、無理なく斬り伏せる、いやさ斬り潰すことが可能だ。

 敵の体が邪魔な時は、頭上より強く振り下ろしてやれば、敵の体は斬れながら真下に潰れてくれるので、視界も動く空間も確保しやすい。

 要所でそうできるのなら、敵の包囲にもそれほど不安は無い。


 現在、スティナが敵の弓隊のど真ん中に飛び込んだところだ。

 イェルケルは何度か似たような連中を見てきたからわかる。

 あの弓隊は、味方ごとこちらを撃つつもりであったと。

 そういう切羽詰った血走った目をしていた弓隊であるが、彼らはスティナが突入すると、大人に叱られ逃げ惑う子供たちのように、後先も考えずその場から逃げようとしていた。

 剣や槍を持った兵士の後ろに隠れようとする者はまだマシで、戦うことを放棄し沿道の民衆の所に突っ込む者までいる。

 いつものスティナならここで皮肉の一つも洩らすところなのだろうが、今は一人でも多く殺さなければならない時だ。

 ちょっと乙女からかけ離れた顔になってるスティナは、数を殺すことに専念している。

 イェルケルが見るに、スティナは少しペースを上げているようだ。

 焦っている? いや違うだろう。

 今が好機と感じたのだ。

 イェルケルも同感だ。

 敵の動きが単調なのだ。

 こちらを倒すために工夫をこらす、そのための準備をする、といった気配が全く無い。

 ただ漫然とこちらの動きを止めようとしていて、その後どうやって仕留めるかが用意されていない。

 いや一応それっぽいものはあるが、スティナやレアがそのため作られた陣を潰して回っているのだから、これにも対処する手を考えなければならないのに、何度失敗しても同じ陣を作ろうとし続ける。

 指揮をする者の判断能力が落ちているのだろう。

 そしてそうした先の見えない戦況であることは、兵士たちにも伝わっていくものだ。

 戦闘開始直後と比べて、明らかに兵士の質は劣化してきている。

 兵士自体の能力はさして変わっていないだろうから、指揮官の大切さというものがよくわかる。

 見ると、レアも遅ればせながら敵の変化に気付いたのか、その殲滅速度が上がっていた。

 今は槍隊に突っ込んでいる。

 槍襖を抜けて超近接距離で、ロクに剣を振る場所も無いのに器用に剣の軌道を操り敵を殺していく。

 ああいうのはスティナも得意だったな、となんとなく自分でも真似してみる。

 敵の数が増えてきたところで、一気に近寄り互いの鎧が触れ合う距離で剣を振り回す。

 いや滑らせるという方が適切だ。当てて、引いて斬るのだ。

 細かい所を狙いやすくもあり、近すぎて敵の手足が見えないのが不安でもあり。

 結論としてそう何度も繰り返していいやり方ではないな、とイェルケルは判断する。

 スティナやレアにはまた別の判断があるとも思うが。

 イェルケルは、自身の思考がごちゃごちゃしだしたのに気付く。

 これは疲れが出始めている証拠だ。


『こういう時、ヒドイ失敗しやすいんだよな』


 イェルケルも戦に慣れてきた。

 危険に予め備えることができるようになったのは、その最たるものであろう。


 敵兵は後方にて陣形を作ることもできず、足止めの乱戦で延々いつまでも消耗し続けるしかできない。

 策を思いつく隊長もおらず、暴虐の嵐に向かって蛮勇を振るえる勇気の塊のような兵士も尽きかけていた。

 危なげなく次々と敵を倒していくイェルケルは、頭上高くよりその声を聞いた。


「殿下ーーーーーーー!! 敵将を倒しましたぞーーーーーー!!」


 少し間を置いてから、イェルケルの側に空から落下してくる影が。

 ついでとばかりに一人の兵を斬りながら、アイリが主道沿いの建物より飛び降りてきたのだ。

 二階建ての屋根から、主道の真ん中にいるイェルケルの所まで飛んだのだが、アイリはこれといって痛いだのといった顔を見せなかった。

 アイリは満面の笑みである。


「いやぁ、大変でしたぞ。すぐそこに居た将と、そちらの奥に居た将の二人を同時に仕留められたのですが、当たり前に敵中ど真ん中に落ちてしまいまして。いやはや、ここが街中で助かりました。建物の屋根の上に跳べばすぐには追いつかれませぬからな」

「そうか、ご苦労。……ん?」


 ふと、イェルケルはアイリではなく周囲の兵を見る。

 彼らは皆、イェルケルのみならず、スティナやレアに対しても攻撃を止めていた。


「なんだ?」


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