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043.ロシノの悪夢、開幕



 ヴァラーム城防衛隊中隊長アントンは、その街を呆然とした表情で眺めていた。


「なんで俺、こんな所来てるん?」


 アルハンゲリスク大公国、東の交易拠点にして、東部国境を支える重要都市、ロシノ。

 その街並みを、遠目にとはいえこうして眺めることになろうとは。

 しかも、現在絶賛交戦中であるというのに。

 城壁こそ無いものの、ここにはアルハンゲリスクの精兵千が集まっているとか。

 もしかしたらビボルグ砦から逃げ出した兵もここに合流しているかもしれない。となればもっと増える。

 そんな場所を、たった四人で攻めると豪語している上官に付き合わされ、アントンはこんな敵領土奥地にまで入り込んでいるのだ。

 彼と共にここまで来るハメになった不幸な部下二十人もまた、アントンと同じような絶望的な顔をしている。

 彼らは皆、兵士の格好をしていない。

 商人であるかのように装い、攻め込むというよりは潜入している、という方がより適切であろう。

 彼らは今、街を一望できる高台の上にいた。ここならば街で起こったこともよくわかるだろうという判断からだ。

 部下の兵士が疑わしげに問う。


「ねえ、中隊長。本当に、あの人ら突っ込むんですかね」

「知るか。だがなぁ、俺らあの人たちがビボルグの砦に突っ込んだ挙句、片っ端から叩っ斬って砦ぶん捕っちまうの見ちまってるしなぁ」

「二百っすよ、あの砦で死んでたの。四人で二百って。しかも残る三百はビビって逃げちまったってんだから……たった四人でビボルグの城壁乗り越えて、中の二百人斬って残る三百ビビって逃げたとか、ねえ、これ、誰かに言って信じると思います?」

「だーから俺に言うんじゃねえっての! あーさすがにこっからじゃ人の動きはほとんど見えねえか。もし本当にあの人らがあそこに突っ込むってんなら、こっから見てわかるもんかね」

「あのクソ広そうな大通りが、人差し指の幅ぐらいっきゃありやせんし。ノミの時と同じぐらい、っすかね」

「はぁ。おいっ、馬の準備はどうだ? 下手なのに見つかったら面倒なことになっちまうんだから、慎重にやれよ」

「ああ、そっちは林の中に隠してあるんで大丈夫っすよ。ここ街道からもだいぶ離れてますし、よっぽどの物好きでもなきゃ通らねえでしょ」


 アントンたちはここまで幾つかのチームに分かれた上で馬を飛ばしてきていた。

 その馬は林の中に隠してあり、全部で二十四頭いる馬さえ見つからなければ誰かに見咎められても誤魔化す手はある。

 じーっと街の様子をアントンが眺めている間に、部下たちは何やらごそごそと相談をしている。

 それが、まとまったらしくおずおずと兵士の一人が声をかけてくる。


「中隊長。その、ですね。ウチの実家の村に伝わる話で、羅刹女って話がありやして……」

「お前、その話、あの人らの前でする度胸あるか?」

「すんません勘弁して下さい。あー、でもよく考えりゃ、あの副官殿居なくて良かったっちゃ良かったかもですね。あの人絶対三人の誰かにちょっかい出してましたよ」

「うわ、想像したら本気でヤバかったなそれ。下手に口説いて王子の逆鱗にでも触れてた日には……」

「そもそもあの三人、幾ら副官殿でも口説くの無理だったんじゃ。高嶺の花どころじゃないでしょ」

「……まああんな若い美人が、って考えるとなぁ。魔物か何かかって疑いたくなるのもわかる……」


 そこまで言って、アントンははたと気付いて言葉を止める。部下たちがにやにやと笑っている。


「中隊長ー、そんな魔物だなんて、あの方たちの前で言えるんすかー」

「うっせーぞ馬鹿共。ここぞと嬉しそうにつっこんでくるんじゃねえ」


 アントンは兵士たちに訊ねる。


「なあお前ら。サルナーレの戦いと、ついこの間のアジルバ市街戦の話、聞いてるか?」

「あー、やっぱ中隊長もそれ、気になってたんすね。まさか、ですよねコレ」

「この話の一番ヤバイ所はだな。サルナーレで三千に三人で突っ込んだって話も、アジルバ市街戦で千人に四人で戦ったって話も、どっちも出所が王都の論功行賞だってことだ。他の誰が信じなくても、国はそうだと認めたって話なんだよ」


 兵士たちはアントンの言葉に沈黙する。


「誰も信じてないんだぜこんな話。だってのによ、一番そういうあやふやなことしちゃマズイ国がだ、真っ先にこれを認めてんだ。なあ、いったいあの人たちはどういうツテでそんな無茶苦茶通したってんだ? 俺には想像もつかねえよ。だがな、一つだけ、たった一つだけありえねえ仮定を認めてやれば、全ての話はすっきり辻褄が通る。そう、あの人たち第十五騎士団が、実際にあの手柄を立てちまってるってありえねえ仮定をだ」


 そうすればビボルグ砦を落としたことも、今こうしてロシノの街に攻め込もうということも、全ての話は通ってしまう。

 アントンはじっとロシノの街を見下ろす。


「まあ、見てりゃわかるさ。わざわざ出陣式の日に合わせて襲撃しようなんて考える人たちが、本当に、たった四人で軍隊を相手できるようなバケモノなのかはさ」






 ロシノの街に城壁が無いのは、ここが交易拠点であり、常に人口が増え続け街が拡張していっているからだ。

 街は、国境近くともあって当初は城壁作成の案もあったのだが、街のどこで区切るかで大いに揉めてしまい、結局城壁作成の案は流れてしまった。

 最終的に妥協点として提示された範囲を守る、とした場合、作る城壁は常のそれの倍を超える長さを必要としており、そんな大きすぎる範囲を守ろうと思ったら駐在兵士の数が足りず、もちろん城壁作成のため用意した予算も大幅に超過してしまうのだ。

 ここに、ロシノの街に城壁作成案が上がった時期に流行った機動防御の概念が重なり、初撃は前線の砦で守りつつ、ロシノの街から進発する部隊で領土内へと侵入してくる敵を倒すといった防衛策を用いることとなった。

 この機動防御の概念においては、拠点であるビボルグ他の砦が簡単に落ちてもらっては作戦が崩壊してしまう。故にこそ過剰なほどに堅固な砦が作られたのだ。

 そんなビボルグ砦があっという間に落ちた。これはアルハンゲリスクの防衛策が根本から崩れたことに他ならない。

 太守グスタフの焦りはこれが原因でもあるが、そうは言ってもグスタフも二十年以上この国境を守り続けた男だ、そんな場合どう対処するかも頭の中に入れてある。

 ビボルグ砦から街まで騎馬ならば五日の時がかかる。少数の騎馬ならもっとずっと速いだろうが、騎馬軍となればさすがにそこまでの速さは見込めない。

 街は突如国境を侵したカレリアへの非難と、これを迎え撃つ護国の勇者たちの姿に沸き返り、街の主道を進む彼らを皆が沿道に並び、歓声を上げて見送る。

 城壁が無いこの街には、区画を分けるため簡易の柵が設けられており、この柵を抜けるための正門も存在する。

 兵士たちは堂々とここを抜け任地へと向かうのだ。

 この正門は、普段は人の出入りを監視するためのもので、すぐ近くに大きな番所が建てられており、兵士とは違う衛兵が多数この場所に詰めている。

 今日は多数の兵士達がこの門を通るため、一般の通行は制限されている。

 だからそこに、剣を下げた、男が一人、美少女が二人、美女が一人、ふらりと現れ通ろうとすれば当たり前にこれを制する。


「おい、今日はここは通行できん。他所に行け」


 彼らは皆簡素な革鎧を身にまとっており、ちょっとした戦支度のようにも見える。

 ただ、まさかこんな場所で騒ぎを起こす間抜けも居なかろうと、衛兵たちはこれといった警戒もなく追い払おうとした。

 四人の中で、一人イェルケルが前に出る。

 開戦の合図は、騎士団団長であるイェルケルの役目だろう。


「すまないな」

「は?」


 口にしたところで何になるでもない謝罪を述べる。

 気分の問題というものは、案外馬鹿にできないものなのである。

 口にするだけで、ほんの少しだけだが罪悪感が薄れてくれるのだから。

 毎回のことだが、実際に兵士を斬ってやらないと誰もイェルケルたちの襲撃を信じてくれない。

 だからこうしてできるだけ派手に一人を斬って、動き出してもらおうとする。

 イェルケルがしようとしているのは暗殺ではなく、戦なのだから。

 衛兵はイェルケルの一刀で斬り倒された。

 逆袈裟に振るった一撃により、仰向けに倒れる兵士の体からは噴き上げるような血飛沫が。

 驚き、困惑し、しかし動けるのが衛兵だ。


「貴様っ! 皆! フレディが斬られたぞ! 衛兵集合! 民は避難しろ!」


 悲鳴と共に、周囲に居た民たちが逃げ出す。

 イェルケルたちも彼らに興味は無い。

 あるのは、衛兵詰め所からぞろぞろと出てきた衛兵たちだ。

 彼らは口々にフレディ君の遺体を見て驚き、嘆き、怒り狂う。

 だが、イェルケルの脇より駆け出したスティナ、アイリ、レアの三人にその悉くを斬り伏せられる。

 衛兵たちは現在、出陣式の混乱を収めるため街の各所に配備されており、詰め所には十人と少ししかいなかったのも災いした。

 もっとも、倍の数が居たところで結果は同じであったろうが。

 白昼堂々の犯行に、遠くから取り巻き見ていた民は声も無い。

 全てを苦も無く斬り捨てた四人は、正門から胸を張ってロシノの街に入っていく。

 止められる者は誰もいない。

 一行が門を潜ると、すぐにまっすぐ主道が伸びているのが見えた。

 三台の馬車が横に並んで尚余裕があるほど広い大通りだ。

 この道上に普段は数多の行商人や街人が行き交うのだろうが、今は出陣式のためか人っ子一人いない。

 いや、沿道には人がつめかけているのだが、主道に出る失礼な者はいないのだ。

 そんな無人の道を、誰憚ることなく四人は進む。

 誰からともなく、四人は横一線に並ぶ。

 それでも広い道はまだまだ余裕があるようで、道の中にぽつんと四人のみが浮いているようにも見える。

 沿道の民たちは戸惑っているようだ。

 四人は明らかに禁止されている行為をしているのだが、あまりに堂々としすぎていて許可を得てそうしているのかと錯覚してしまったのだ。

 だが、目ざとい者は気付いている。

 抜き身の剣を抜き放った彼ら四人は四人共が、返り血を浴びているのを。

 沿道の民がざわつく中、当の四人はというと主道を歩きながら、暢気に話などをしていた。


「王子。なんかこれ、ちょっと恥かしい」

「あー、うん、実は私も、ちょっとだけだがやっちゃったかなーとか思ってる」

「何を今更おっしゃっておるのか。こういう時はどーんと構えていればよろしいのです」

「アンタはちょっとぐらい緊張とかしなさい。いつもどーんとしかしてないじゃないの」


 こんなことを言ってはいるが、イェルケルもレアも、緊張から体が硬くなるなんてことにはなっていない。

 たかが好奇の視線なぞ、数十の屈強な兵士により殺意の雨に比べれば何ほどのことがあろうか、である。

 くだらない、しかし、実に楽しげな会話を四人がしていると、道行く先に、兵士の群が見えてきた。

 彼らは一様にこちらを敵視してくれている。

 どうやら正門の衛兵がきちんと報告してくれたようだ。

 イェルケルは不敵に笑う。


「ありがたいね。お返しに、誰も彼も全部皆、叩き斬ってあげるとしようか」


 レアはぼやくように。


「毎回毎回、もう少し普通の戦っぽく、できないものなの?」


 スティナは肩を鳴らしながら。


「さっ、頑張るとしましょーかっ」


 アイリは手の内で剣をくるくると三度回転させる。


「クックック、実に楽しみだな。今度こそは、我が剣を止められるほどの達人を期待するぞ」


 敵の隊長らしき男の声が轟いた。


「狼藉者の首を取れ! 奴らを血祭りに上げ! 出陣前の戦神への贄とせん!」



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