表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/212

042.攻守それぞれの意識の違い



 食事をたっぷりと取り、休息を充分にしたイェルケル、スティナ、アイリ、レアの四人は、中隊長のアントンを含めた五人で集まり、机の上に周辺地図を広げながら作戦会議を行っていた。

 ビボルグ砦は、当たり前だがカレリア領内から離れており、ちょうど二つの砦とロシノの街の三箇所に囲まれる形になっている。

 二つの砦はビボルグ砦ほど大きなものではないが、それでも百人以上の兵が詰めており、二つの砦を合わせれば三百近い兵になろう。現在ビボルグ砦に居るのは各所に連絡に向かった兵を除いた四十人ほどしかおらず、この砦たちだけが相手でも守りきるのは厳しい。

 それに何よりロシノの街である。ここはアルハンゲリスク・カレリア間の国境に異変があった場合、砦にて敵を防いでいる間に周辺領から兵を集める、そんな中継地点であるのだ。

 カレリアからの侵攻があった場合、最大でロシノの街には五千の兵を揃えられることになっている。

 ロシノの街自体にも常時千弱の兵士が駐在しており、またここの太守にはカレリアとの外交全般を任せるという大きな権限が与えられている。

 極めて一般的な意見をレアが述べる。


「砦を守るのは無理。なら、ヴァラーム城に戻って、防戦するしかない」


 アイリは少し思案げだ。


「どうであろう? この砦を取り返しには来るであろうが、ヴァラーム城まで来るか? 言ってはなんだが、此度の戦はまだ、小競り合いの域を出てはおらんだろう」


 これには中隊長であるアントンが答える。


「あっしにも断言はできやせんが、ロシノの太守はやられたらやり返す類の人間って聞いてやす。ヴァラーム城落としにかかるかどうかはともかく、城下街焼き払うぐらいは狙ってくるかもしれませんね」


 不満気にアイリは言い返す。


「そもそも、先に手を出したのは向こうではないか」

「お偉い貴族様だのってのはそういうもんなんじゃないんですかね? それにどう考えたって、領内で盗賊働きしたってのと、砦ぶん捕ったってのじゃまっすぐな秤に乗りやしませんぜ」

「ふん、たかが砦を取った程度で何を大仰な」

「……たかがなんて言えるのはアイリ様たちだけでしょーに」


 イェルケルは自分の中で考えをまとめながら口を開く。


「なあ聞いてくれ、今の私たちの条件だ。まず、ビボルグ砦は別に守らなくてもいい、助けるものは助けたし、向こうにくれてやっても問題は無い。それに私たち第十五騎士団は篭城戦だのというのには向かないと私は思う」


 うんうん、と頷く一同。


「だがカレリア領内に攻め込まれるのは駄目だ。討って出てもいい、と許可は出たがヴァラーム城を守る兵を残すことを考えると、アルハンゲリスクが千を越える兵を出してきた場合、城はともかく領民は守れなくなる」


 第十五騎士団の常軌を逸した武勇を以ってしても、千を超える兵が領内を荒らして回りだしたら、これを止めるには圧倒的に人数が足りなすぎる。ヴァラーム城で篭城なんてなった日には、城下街すら守れなくなろう。

 うーむと難しい顔をしているのはレアとアントンの二人だけで、スティナはイェルケルから目を逸らし、アイリは何故か、にまーっと笑い出した。

 これを見て、イェルケルはというと苦い顔を見せる。


「……おい、そこの二人。何を考えたのか言ってみろ」


 アイリが嬉々として答える。


「ヴァラーム城千の兵は基本動かせませぬ。ニクラスの情報によりアルハンゲリスクの諜報網は全て潰しましたが、やはり下手に動いて隙をつかれでもしたら大変なことになります故。そして我ら第十五騎士団は攻めに向いております。ならば……」


 そこで言葉を切ってスティナに目を向けると、スティナはあまり言いたくなさそうな顔であったが、黙っていても意味はないので言葉に出してやる。


「攻めるしかありませんわ。今ならまだ敵は集まりきってないでしょうし、そもそもこちらが攻めてくるなんて考えてもいないでしょう」


 あ、といった顔でレアが気付いた。そして、苦々しい顔だったイェルケルもまた、あまり似合わない獰猛な笑みを。


「喜ぶことじゃないとは思うけどな。戦になれば戦場になった土地は荒れざるをえない。なら、戦はなるべく敵の領地で行なうのが良い。アントン、この砦はヴァラーム城より百の兵を連れてきて守れ。我ら第十五騎士団は直ちに出撃し、ロシノの街を攻撃する」


 呆気に取られた顔のアントンに、口を尖らせるレア。


「……戦の仕方、前と全然変わってない。王子のうそつきっ」







 ロシノの街に急報がもたらされたのは昨晩のことだ。

 難攻不落として知られた堅城、ビボルグ砦がカレリアにより落とされたという知らせに、最初は誰もが耳を疑った。

 太守グスタフ・ヘルナルは落ち着いた様子で、まずは情報の確認に努めよと指示する。

 グスタフは、はっきり言ってこの知らせを信じてはいなかった。

 ビボルグ砦はただでさえ攻め難い山城のうえ、他の砦と比べて1.5倍の高さの城壁を備えている。カレリアが侵攻してきた場合、この砦をまず落とさねば後ろから狙われかねない、そんな要衝に建てられた強固な砦なのだ。

 ここに陣取るは、出自卑しきとは言え、諜報に関してはアルハンゲリスクでも有数であるとグスタフが信じるニクラス・ヤーデルード、万の軍を与えても過不足なく運用できるだろう良将ミカル・ニリアン、そして彼らを率いるまだまだ若輩の身でありながら既に才気の片鱗を見せ始めている、エステルバリ家のロニー・エステルバリだ。

 ロニーはまだ十代であるがニクラス、ミカルといった年上の猛者を見事使いこなしており、また彼らの忠言を聞き入れる度量もある。グスタフは彼らが構えるビボルグ砦に一切の心配をしていなかった。

 ロシノの太守に赴任して二十年が経つが、ビボルグ砦に関してはこれまでで最強の布陣であったと考えている。あのマティアス将軍に一泡ふかせられたのは、後にも先にも彼ら三人だけなのだ。

 故に、第二報、第三報と続いてビボルグ砦失墜を報せてくるや、グスタフは冷静な仮面をかなぐり捨てて激怒する。


「おのれカレリアめが! 自らの足元も定まらぬくせに我らに奇襲とは調子に乗りおって!」


 すぐに出陣の準備を整えさせるが、第三報まで来ているのに、敵の数がはっきりとしない。

 幾らなんでもこれは無いだろうとグスタフが問いただすと、彼が最も頼りとする将軍は、不愉快げに答えた。


「申し訳ありません。訓練が至らなかったせいか、不明瞭な報告をする者ばかりでしたので」

「数がわからなかったと?」

「……いえ、第三報告までの全てで、敵は四人のみだったと、こう抜かすのです。敵の諜略の可能性を考え、ただいまそやつらを尋問させております」


 少し考えてからグスタフは言った。


「そんな馬鹿な話を、諜略で我らに報せたとて信じはすまい。いったいどのような意図でそのような真似を?」

「それも含めて話させようとしているのですが、なかなかに強情で」


 ふと、思い出したようにグスタフは言った。


「カレリアの内乱の話だ。くだらん噂であると報告者も言っていたが、かのサルナーレの内乱の折、三千の兵をたった三人で破った者がおると」


 そんな与太話を今この場で口にする理由がわからず、将軍は沈黙を守る。グスタフもまた首を横に振る。


「すまんな、戯言だ、聞き流してくれ。あまりに状況が不鮮明だ。斥候は?」

「既に。ですが確認まで、最速でも三日はかかるかと」

「待ってはおれぬな。攻撃があって落城まで、ものの数日しかかかっておらぬのだろう? ならば敵兵はビボルグ砦五百の十倍、五千を超えると見ておかねばなるまい。ただちに援軍要請を四方に飛ばせ。また各砦は一時砦を放棄させ、ロシノに集結するよう伝えよ。都へは第一報として、敵数不確定なれどおよそ五千以上と伝えておけ」


 これで当面決めることは決めた。そのうえでグスタフは将軍に問う。


「この時期に軍を進める理由をどう考える?」

「大規模な内戦が控えている、というのはどうでしょうか? その前に一戦してこちらを黙らせておくというのは」

「藪蛇にならんか?」

「はい。あまり良い策だとは思えませぬ」

「使者も無し、となれば小競り合いかとも思うが……ビボルグ砦、本当に落ちたのか? いや、一気呵成にロシノの街までを叩き潰す心算ならば、こういう流れもありうる。砦は歩兵が千、いや二千で包囲したまま、騎兵がロシノを強襲ということもありうるか」


 ロシノの街に防壁は無い。

 なのでこの街はあくまで軍の集積地にしかなりえない。

 もし敵が攻めてくるというのなら、街の外に出て野戦にて迎え撃たなければならない。

 全て騎馬で固めた軍だと仮定して、砦よりここまで辿り着くのは五日ほどだ。歩兵込みの軍ならこの倍はかかろう。

 こめかみを指で押さえたグスタフが、自嘲気味に溢す。


「ビボルグ砦の堅牢さを過信しすぎたか。あの砦でやっているような優れた諜報であれば、不意を打たれることもまずないと思っていたのだが、現実はこのザマだ。己の未熟さに腹が立つわ」

「大軍の移動をビボルグ砦が察知しえなかったというのが、正直信じられませぬ。こちらにも全くそういった情報は上がってきておりませぬし、カレリアはよほど上手く、つまりよほど入念に準備していたということでしょうか」

「恐るべきことよ。これはマティアス将軍のやり方ではないな」

「はい。二つの内戦を瞬く間に鎮めた、恐らくは宰相直属の部隊がいるのでしょう。……とはいえ、五千以上の兵の移動を察知することすらできぬとは……」

「何か特別な手を打ってある、か。まあいい、今はその正体を探るより前に、迎撃態勢を取らねばならぬ。なあ将軍、兵たちが街を出る時は街中総出で送り出すとしようか。厳しい戦いになりそうであるし、出陣時にできるだけ士気を上げておこうではないか」

「おおっ、それはありがたい。兵たちも喜びましょう」


 合戦に用いる戦場に布陣し、恐らくは騎馬で来るだろうカレリア軍を向かう討つ準備を整えなければならない。

 そのためにまずは八百、ロシノの街を出立させ、援軍が来次第順次そちらに兵を回していく。

 総指揮官はもちろん将軍だ。様々な諸侯からの援軍が来ることになるが、それらを一つの指揮権の下にまとめ率いられる名声、威を持つ将こそが、ロシノの将たれる。

 グスタフが信頼するのも当たり前なのである。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 4人で砦が落とされましたって言われたら君何言ってるの?って言われるわなぁ・・・
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ