037.盗賊(兵士)の誤算
三人の女騎士たちはできるだけゆっくりとしたペースで国境に向かい、地図を基に襲撃に適していると思われる場所をうろつき回る。
三人共山篭り経験者であり、野宿には全くと言っていいほど抵抗はないが、村を使えば宿代わりにできるので、敢えて野宿する理由も無いとそちらで一泊する。
場所は国境沿いの村。宿泊をこの村にするというのはアイリが提案したものだ。
その理由をスティナが問えばアイリは、確率は上げておいた方がいい、と告げるのみ。
そして次の日の朝、アイリが狙った通り、この村へと賊が襲ってきたのだ。
まだ日は昇ったばかりで、いわゆる朝駆けというものだ。村人が慌てて動き出す前に、三人の女騎士はさっさと身支度を整え終え宿代わりにした村長の家を出る。
預けていた馬を受け取りに厩に行くと、村の男とちょうど鉢合わせる。
スティナは一瞬怪訝そうな顔をした後、ああ、と手を叩く。
「そういうことね。やるじゃないアイリ」
「であろう? というわけでだ貴様。そこを動くな」
会話の意味がわからないレアは首をかしげる。その間に逃げようとする男にアイリが飛び掛りさっさと取り押さえてしまう。そこまで来てようやく、レアが状況を理解した。
「そっか。盗賊に通じてる人がいる村で寝れば、襲ってきてくれるかもって話だ」
「正解。とはいえアイリも確実にこの村にそういうのが居るとは思ってなかっただろうけど」
用意していた縄で縛り付けながらアイリは答える。
「目ぼしいのは三箇所といったところだ。なら三日かければどれかは当たると思っていたがな」
「夜のうちにコイツに、馬いじられてたらどうするの?」
「それを見咎められれば警戒される。なら、動くのは襲撃直前であろうよ」
男を厩に転がし、三人は馬に乗って村の中を進む。村中大騒ぎである。大騒ぎであるのだが、どこかわざとらしいような、真剣味が足りないような気がしてならない。
三人が騎乗したまま村の入り口に向かうと、そこには五十騎の騎馬が待ち構えていた。
「おい、なんだよ呼ぶまでもなく出てきたじゃねえか。感心感心、人間諦めってのが大事だぜ」
そう言ってスティナたちを指差し笑う盗賊たち。身なりは薄汚れた盗賊そのものだが、見る者が見ればわかる上等な革鎧を身につけているし、腰に下げた剣も、脇に携えた槍もきちんと手入れされているものだ。
装備を見る限りでは、盗賊というには少し上品にすぎる、という気もしないでもない。だが、馬上にある男たちの顔を見ればやはり、盗賊であってると納得できるだろう。
盗賊たちは皆、スティナ、アイリ、レアの、こんな国境沿いの田舎にはまるで似つかわしくない美貌に、欲望の色を露にぎらぎらした目を向けてくる。こんな目をする正規兵なぞがどこにいるというのか。
盗賊の一人が口を開くと、皆がここぞと乗っかってきた。
「やっべ、俺、今日ほど盗賊やってて良かったって思った日はねえよ」
「マジでな! 何これ! 娼館一の美人だってここまでじゃねえよ! え? いいの? マジでこれいいの?」
「すっげ、ロリ巨乳って俺、伝承の中にしかいないって思ってたんだ……」
「なあなあ、みんなでお頭に頼もうぜ。これ、売るとかねーよ。ありえねえよ。最低でも飽きるまでは、なあ」
「まるで飽きる気しねー。ありえねー。つか、すっごいわ。ロリ騎士ってーの? あのさ、槍を持ってるんだかむしろ槍に持たれてるんだかって構えが、もうね、俺の心を射抜いて已まないわ」
大好評である。
レアの目が危険なものになっていくが、これをアイリが嗜めてやる。
「そう怒るものではない。短い余生だ、せいぜい夢想に楽しむぐらいは許してやろうではないか、なあ」
「気持ち悪く、ないの?」
「一々真に受けてやるのも面倒でな。どうせすぐ死ぬ輩だぞ、遺言ぐらいは好きに言わせてやろうではないか」
「むむっ、言われてみればそうかも。そう考えるとあまり、気持ち悪くなくなってきた、っぽい」
はいはい、と手を叩くスティナ。
「それじゃさっさと片付けましょ。ほら、そこのアルハンゲリスクの使いっぱたち。きちんと全部殺してあげるからさっさと来なさい」
まるで怯えを見せない女たちに、盗賊たちの先頭に居る男は後ろを振り返って仲間たちに言った。
「おい、もしかしてこの女たち、俺たちに勝てるつもりなんじゃねえの?」
僅かな間の後、彼らは大笑いで男の言葉に応えた。
これ以上声を聞くのも面倒と思ったスティナが前に出ようとするのを、アイリが声をかけて止める。
「まあ待てスティナ。この手の輩は私が出るのが一番手っ取り早い。レア、スティナと二人で逃げ道を塞いでおけ」
言うとアイリは、槍を器用に振り回しながら、かっぽかっぽと馬を進める。
盗賊たちが少しだけ、驚いた顔を見せる。アイリは馬に急発進を命じた。
先頭の盗賊の首が飛んだ。
突き出したアイリの槍先が、盗賊の首ど真ん中を貫き、骨を砕いて千切り飛ばしたのだ。
「何を呆けておるか! さっさと迎撃せい!」
アイリの怒鳴り声にも次の盗賊は身動きを見せず、こちらも一撃で突き殺されてしまう。
ここでようやく動き出す盗賊たちであったが、アイリの攻撃を止めることなどできはすまい。
盗賊の伸ばした槍はアイリが突き出す槍に容易く弾かれ、アイリの槍はそのまま盗賊の胴を鎧ごと貫く。
これで動きが止まった、と襲い掛かる盗賊たち。だがアイリは、馬上の不安定な姿勢のまま、体をぶるりと震わせると槍先に男を刺したままで槍を振り回す。
これにより馬は大きく片側に揺れ沈むが、アイリが槍を振り回し逆側に重心を持っていったため、すぐに馬の体勢も元の形へと。槍先の男をタイミング良く放り出すことで、馬はすぐにでも動き出せるようになる。
ただの一蹴りだ。これだけで馬の体一個分前へと飛び進み、迫る盗賊騎馬を易々とかわしてのける。
ついでに一番近くに居たかわされた男の顔面に槍の石突を叩き込み、顔を骨ごと砕いてしまう。
「どうした? ロクに反撃もできぬ村人を殺すぐらいしかできぬのか貴様らは?」
盗賊はこの言葉に激昂するではなく、良いことを思いついたと大声を張り上げる。
「そ、そうだ! お前は騎士だろう! 俺たちに逆らうのならそこの村人皆殺しにしてやるぞ! お前が大した腕だというのは認めてやるが! その人数で村人全ては守れまい!」
心底から呆れた様子でアイリは答える。
「なんだ、もう戦う意思も潰えたというのか。ま、貴様らはどの道死ぬしか無いからな。せいぜい頑張って道連れでも増やして死ぬがいい」
「おっ、おいっ! 騎士が領民を守らないのか!」
「いやいや、何を言うか。お前たちが自分で言ったのだろうに。こちらの人数では全ては防げぬと。私にはせめても貴様らを無残に殺してやることで、死ぬ村人の霊を慰めるぐらいしかできぬな」
いつの間にか盗賊たちを取り囲むような位置に移動していたスティナが口を挟んでくる。
「足だけ斬る奴何人か残しましょ。それ村の人にあげれば少しは気が晴れるんじゃない?」
街道を塞ぐように馬を移動させていたレアは、スティナの意見に異を唱える。
「足じゃ、出血ですぐ死ぬ。馬から落として、目とかオススメ」
それはいいわね、とスティナが頷く。そして、合図したでもないのに女騎士三騎は同時に、盗賊の格好をしたアルハンゲリスク兵に襲い掛かった。
それはまさに、虐殺と呼ぶに相応しいものであった。
女騎士たちが突き出してくる槍先を、盗賊たちはどうやっても外すことができないのだ。つまり、狙われたら終わりだ。それがわかってくると盗賊は我先にと逃げ出そうとする。
だが、盗賊たちにはどうやったって真似できないような練達の馬術により、追いすがられ、行く手を塞がれ、盗賊たちは次々とその数を減らしていく。
ちなみにレアは、言い出したのは自分だからと、内の一人を馬から突き落として槍先でかすめるようにしてきちんと両目を潰しておいた。悲鳴を上げながらそこらをばたばたと転がり回る彼を、助けようという者は誰もいなかった。
三騎の騎馬は、狭い空間を右に左に駆け回りながら、盗賊たちの行く先を上手く誘導することで逃げられないように操っていた。
遂に、盗賊の中から悲鳴を上げる者が出てきた。
「待て! 待ってくれ! わかった! 降伏する! だから……」
「あー、別に降伏とかいらんぞ。生かしておく奴はこちらが適当に決めるから、他は諦めてさっさと死なぬか」
「や、やめてくれ! 我らはアルハンゲリスクの兵だ! 身代金を払う用意もあるから……」
「いらないわよ、別にそんな端金。ほらほら、早く死ぬ死ぬっ」
「わ、我らに手を出せば国の問題になる! せ、戦争になるのだぞ! 今の内乱に揉めるカレリアでは……」
「何を今更。それに、そーいうのは王子が考えるから、私は知らない」
女騎士たちは誰一人、話を聞いてやらなかったが。
凄まじき剛勇により盗賊たちはかなりの数が討ち取られてしまうも、五十騎もいれば何とか逃げ出すことに成功する者も出てくる。
十騎ほどがスティナたちをすり抜け逃亡に成功した。殺せる者を一通り殺した三人の女騎士たちは、彼方を逃げ走る十騎を見やる。
「馬鹿め。あの程度の馬術で私から逃げられると思うてか」
「こらこらアイリ。半分ぐらいは殺してもいいけど、残りは逃がすのよ。後を追って他に根城が無いか確認したいから」
「んー、だとしたら、アルハンゲリスク領内に入っちゃうけど、ま、いっか」
手にした槍の穂先やら柄尻やらから血というか肉というかを滴らせた美少女三人。またがる馬の足元には、最早物言わぬ躯と成り果てた無残な人型が四十近く転がる。
勢いあまって馬までヤっちゃってたりもするので、かなり広範に渡って遺体は転がっている。そして、村からこれを見て怯え震える村人たち。
唯一、声を出しているのは目を奪われた兵士だ。めがー、めがー、と喚きながら、助けてくれと声を枯らして叫び続ける。
追撃にうつる前に、スティナは村人の方へと馬を走らせ、彼らに一言。
「既にこの村の裏切りの証拠は上がってるわ。それでも尚、死罪にされるのが嫌だというのなら、せめてカレリア国民の義務は果たしなさい。いいわね」
カレリアにおいて、国民が為すべき義務は明文化されているが、教育の行き届かぬ村人がそんなもの知っているはずもない。だが、今この場で何をすべきで、何をしてはならないのかぐらいは彼らにだってわかる。
村人が全身を使って頷いてみせると、スティナは満足したようにその場を離れる。これで、厩にとっ捕まえておいたアレを逃がすことも無いだろう。
ついでにヴァラーム城に人をやって起こったことの報告をするように命じると、スティナたちは逃げた騎馬たちの追撃にうつった。
盗賊を装ったアルハンゲリスク兵たちは、国境を越えた林の中で、報告を待っていた彼らの親分であるニクラス・ヤーデルードと合流する。
すぐさま彼らは起こった出来事を報告するが、これを聞いたニクラスの眉尻がひり上がる。
「ああ!? てめえら五十だぞ五十! そんだけ揃ってて女三人にやられただあ!? てめえ俺に寝言たぁ良い度胸じゃねえか! 望み通りぶっ殺してやるよ!」
激昂したニクラスを配下が止めている間に、スティナたち三騎は彼らの包囲を完了した。
スティナはわざとらしく馬の音を立てながら近寄っていく。当然気付かれるが、気付かれたのはスティナ一人である。
「はいはーい、こんにちは。あらら、こんな所に出張ってきてていいのかしら。そこのチンピラの親分みたいなの、一応貴族扱いなんでしょ?」
ニクラスは、スティナの持つ血塗られた槍と、それ以上に馬上に座る佇まいを見て、その危険性を察知した。伊達にヤクザ紛いから騎士にまで成り上がってはいないのだ。
「コイツは驚いた。女でこんなにヤベェ気配の奴ぁ初めて見たぜ。お前、城じゃ猫かぶってたな」
「猫? 見抜けない貴方が間抜けだっただけでしょう。ま、お互いの実力差がわかったっていうんなら話は早いわ。一応、貴方だけは生かしておいてあげるから、他は全部死になさい」
「間抜けはてめえだ。馬上だからって、必ずしも有利ってわけじゃあねえんだぜ」
「ん? 馬上? ああ、そうね、貴方程度なら馬の有り無し如きが問題になるんだったわね。それじゃ……」
言うが早いか馬から飛び降りるスティナ。そのまま手綱を取って、近くの木にこれを結び付ける。
「ほら、これで……」
結び付ける作業の最中に、ニクラスはスティナ目掛けて突っ込んでいる。振り返ったスティナの眼前に、抜いた剣を振り上げるニクラスの姿が。
「ん、悪くないわ、それ」
これといった苦も無く、半歩横に飛んでかわすスティナ。ニクラスは渾身の振り下ろしであったため、途中で剣の軌道を変えることもできず。
だが、ニクラスに続いて配下の者たちもスティナに飛びかかっていく。そうしないのは、先ほど逃げてきた兵士だけだ。
右側の兵士は抜きざまに胴をまっ二つに斬り、返す一撃を縦に振るって左の敵を肩口から二つに裂く。
更に並んで迫る兵士二人に、飛び込みながら横薙ぎ一閃。一撃で二人の首を斬り飛ばす。
ここまでの動き全てを、ニクラスが後ろを振り返り、振り切った剣を構えなおすまでに行なっていたのだ。
ニクラスが気付いた時にはもう、残っているのはニクラスと恐ろしさに震え一歩も動けなかった兵士だけになっていた。
「な、馬鹿、な……お前、いったい何を……」
「本来なら、こっちも指揮官取られてるから。貴方殺すぐらいでちょうどいいのかもしれないけど、アルハンゲリスク側の貴族も確保した方がいいとも思うのよね。色々やらかしてきたことも聞きたいし、多分そーいうの担当してきたの貴方でしょ?」
「は、ははっ、コイツは、どうやら俺様もここまでってことかい」
「あら? もしかして自殺? できると思ってるの? この、私を前にして」
ニクラスは手にしている剣をスティナに向けて投げ付けつつ、懐の短剣を抜き、自分の喉に突き立てるようと動く。だが、それら全ての挙動はスティナの剣の一振りのみで全て払い落とされてしまう。
投げた剣も、手にした短剣も、ニクラスの抵抗する意思すらも、あまりに速すぎるスティナの剣が、全て奪い去ってしまったのだ。
馬鹿みたいに口をぽかんと開いたまま、ニクラスは漏らす。
「……すげぇ、なんだ今の剣。駄目だ。全然理解できねえ。意味がわからねえよ、どうしてその振り方で、そんなに速くて、そんなにひょこひょこ動くんだよ。しかも滅茶苦茶重いじゃねえか……なんだよこれ、もしかしてお前、剣のカミサマか何かか」
「神様名乗るにはまだまだ修業不足よ。貴方はヘボだけど、見る目はそれなりにあるみたいね。ついでに話の早い子だと嬉しいんだけど」
「わかった。ああ、わかってる。もう、いい、全部終わりだ。ちくしょう、そのべっぴんな面はあれか、油断させて誘い込んで殺すための餌だってか? お前なら相手の油断なんて必要ねえだろうが」
「人を魔物か何かみたいに言わないでちょうだい。ただ天が二物も三物も与えてくれただけよ」
「はっ、まったくもって、世の中ってな理不尽だねぇ。……言える立場じゃねえが、聞かれたことは全部話すし、協力できることはなんでもする。だからほんのちっとでも、手心加えちゃもらえねえか」
「正直ねえ。でも無理よ。せいぜい私たちの役に立って死になさい。抵抗しなければ痛い思いだけはしないで済むから、それだけで満足することね」
容赦ねえの、と溢すニクラスを、縄で縛り上げて馬に担ぎ上げる。スティナの合図で待ち構えていたアイリとレアが出てくると、縛り上げられたニクラスは大きく嘆息したものだ。
ちなみにびびりまくってた兵士君は、危うく存在を忘れそうになっていたスティナが、帰りしなに慌ててそこらの木の枝を投げ刺して、きちんと後始末をしておいたのだった。