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032.戦を終えて


 イェルケルの屋敷にて皆で晩餐を楽しむのは、第十五騎士団の定期行事のようなものになっている。毎日そうするのではないが、週に一度は必ず皆で集まってここで食事を取る。

 以前まではイェルケル、スティナ、アイリの三人だけだったのだが、そこに最近はもう一人、レア・マルヤーナが加わるようになっていた。

 レアはまだ正式な団員ではないのだが、それは書類処理上の問題であって、アジルバ市街戦を共に乗り越えたレアは、イェルケルたちにとってはもう仲間と認められているのであった。

 イェルケルの屋敷で出される食事は王族のそれとはとても思えぬ質素なものであるが、料理人の努力と工夫により安い材料でもきちんとおいしく食べられるようになっており、皆晩餐の食事を楽しみにしている。

 その席で、王子イェルケルはおもむろに口を開いた。


「なあ、実は前から思っていたんだが、いいかな」


 三人は食事の手を止めイェルケルに視線を向ける。イェルケルは真顔で皆に言った。


「今度からは戦争のやり方もうちょっと考えないか? 幾らなんでもさ、何百何千って軍隊に私達だけで突っ込んでいくのって、やっぱ何かおかしいだろ。あんなこと続けてたら命が幾つあっても足りやしない」


 滅茶苦茶今更なことを真剣な顔で言い出すイェルケルに、レアはきょとんとした顔のまま。

 眉根に皺を寄せ非難めいた顔をしているのはアイリだ。だがスティナはというと、すぐに同意を示してきた。


「そうですわ殿下。正直、あんなキツイ戦何度もやりたくありません。実際戦場でも何度も死ぬかと思いましたし、無駄に危険な真似をする必要は無いでしょう」


 アイリは納得できないようだ。


「だが、だな。我ら第十五騎士団の強みと言えばだ、少数で軍を相手取れることであると思うのだが」


 もぐもぐ、とセロリをほおばり始めたレアは言った。


「……あれがここの普通だと思ってたけど、違うの? 私、あんな戦してたら、絶対生き残れないだろうから、遺書書いて、実家に送っちゃったよ」


 イェルケルは苦い顔である。


「あんな無茶な戦、やりたくてやってるんじゃない。この間のだってサルナーレだって他に手は無かっただろうが」


 即座につっこむレアである。


「サルナーレは知らないけど、アジルバ市街戦は結局、わざわざ包囲したのに、ほとんど逃げられた。戦死二百強だって。再編成されてたら、反乱止められるかどうかはわからなかった」

「スミマセンデシタ」


 即座に謝るイェルケルと、そっぽを向いて知らんぷりのスティナにアイリである。

 言いたいことはこれで終わりなのか、レアは今度はトマトをごそっと皿に盛って食べ始める。

 室内に落ちる沈黙。これを破ったのはアイリである。


「ま、まあアジルバ市街戦の評価はまだ宰相閣下より下されておらぬし、今は良かろう。それよりも、我々の次の行動をどうすべきかだ」


 これ幸いとスティナが話に乗ってくる。この辺りの呼吸の合わせ方はコンビ歴の長さ故であろう。


「豚は殺したんだし、次は変態狐かしら。アイリもあれさっさと殺しちゃいたいでしょ」

「ケネト子爵か……アレの存在と性癖が不愉快なのは確かだが、それが理由で殺すか否かを決めたりはせん。とはいえサルナーレの恨みはちょっと忘れられそうにないしな、妥当な所か」

「今度はもう反乱とか無いでしょうし、手っ取り早く暗殺しちゃいましょ。あー、そういえばレアも騎士学校の連中に思い知らせたいとかある? 殿下の許可が出るんなら一緒に殺しに行ってあげるわよ」

「私は、前回の件で学んだ。スティナの申し出は、一度しっかり吟味してから、判断すべきだって」

「ちょっとー! そ、そりゃちょっとは逃げられたけど、包囲したからこそあれだけ殺せたんじゃないっ、そこは認めてよっ」

「スティナとアイリなら、充分生き残れる作戦だったかもしれないけど、私と殿下には、正直かなり無理があった」

「ああ、うん、私も実は危ない場面あったわね……わかってるわよ。だから私も戦のやり方変えるのには賛成だって言ったじゃない」

「……本当に、そう思ってる?」

「信用無い!? アイリと殿下ならともかく私が信用されてないってどういうこと!?」


 スティナの悲鳴に、アイリとイェルケルが強く抗議してぎゃーぎゃーと賑やかに騒ぎ出す。

 マナーも何もあったものではないが、第十五騎士団の晩餐会はおおむねいつもこんな感じであった。






 国中を騒がす大事件が起こったとなれば、カレリア王国最高権力者であるアンセルミ宰相の執務室は相応の喧騒に包まれる。

 執務室には五人の補佐官がつめており、無言で机に突っ伏したままの宰相アンセルミをほっといて五人による活発な議論が交わされている。

 議題は、アジルバの街で起きた反乱騒ぎとその後の顛末に対し、どう処置するかである。

 領主であるバルトサール侯爵とその嫡男は戦死、アジルバの街に集められていた千人の兵士たちは離散しており、これまでの苛政への反動で街人による暴動が発生している。

 こういった問題を一つ一つ丁寧に処理できるよう、人やら物資やらを確保し、アジルバの街へ派遣する。そんな段取りを一通り組み終わったところで、補佐官の内四人は残る一人、アンセルミ宰相の懐刀であるヴァリオをじっと見る。彼が頷くと四人は執務室を辞して部屋には宰相とヴァリオのみが残った。


「閣下。そろそろ、現実逃避はおやめください」

「……なあ、ヴァリオ。私の弟は、馬鹿なのか天才なのか、どっちだ?」

「剣の天才で馬鹿なのでしょう。とは言え……くっくっくっくっ……」


 既にこの度起こったアジルバ市街戦の顛末に関し、第十五騎士団団長イェルケルより報告は上がっている。

 奴隷取引を行っているとの情報を得た第十五騎士団は調査のためアジルバの街に乗り込み、そこで偶然反乱の計画を察知するも既に反乱が起こる前日になっており、しかも連鎖的に他領も兵を挙げる計画であると知り、止むを得ず第十五騎士団のみでこれを殲滅にかかった。という話である。

 この事件の第一報を受け取った時アンセルミは、イェルケルが反乱の気配を嗅ぎ取り独自に動いてこれを制した、と思いその見事な行動力と情報収集能力、そしてすぐに次の任務に自発的に取り組む勤勉さに感心したものだったが、当人からの報告によれば反乱をかぎつけたのは偶然で、当人たちは別件でバルトサールを調べていたという。

 バルトサール侯爵との因縁、つまり傭兵団に手を回してイェルケルの騎士を解雇させようとしたこと、侯爵がイェルケルの騎士の一人を手に入れんと動いていたことはアンセルミの耳にも入っている。なので当たり前にアンセルミは、イェルケルによるバルトサール侯爵への調査とやらも敵対貴族への攻撃行為であると受け取った。


「つまりはただの私怨ではないか……」

「暗殺でもする気だったのでしょうかね。奴隷法違反を口実に逮捕に乗り込んだら抵抗されたとかなんだとか言って」

「いや、相手は侯爵なのだから、そんな簡単な話で済むはずなかろうに」

「一族郎党皆殺しにでもしてやれば、ほとんどの貴族は口を噤むのではありませんか? 今となっては、サルナーレとアジルバと、二度もやらかせば第十五騎士団の異常性を信じる者も増えましょう」

「あー、今回は軍人以外の証言も山ほどあるしなぁ。なんなんだホントあいつら。おかしいだろ。なんで平然と四人で千人に突っ込めるんだ。そこは普通に勝てないから別の手考えようって思え、挙句当たり前に侯爵と嫡男と将軍と全部綺麗に討ち取るな、ていうかいつの間にか団員一人増えてるではないか」


 やはりまた、堪えきれぬとヴァリオが笑い出す。


「いや、包囲殲滅って、いったいどういう頭しているのでしょうか、ぶくっくくくく、ただでさえ少ない人数更に分けるとか、勝つのは当然でそのうえでより多く殺す作戦を採るとか……殿下って本当に騎士学校首席卒業してるんですよね? こんな作戦学校の教官に提示してたらゼロどころかマイナス点もらうでしょうに」

「お前、ほんっとにイェルケルたち好きなのな。それで、増えた一人の調査は済んでいるのか?」

「はい、こちらで」


 ヴァリオが差し出した書類を見ると、アンセルミは怪訝そうに眉根を寄せる。その略歴にはたった一行『騎士学校不名誉退学』と書かれているだけなのだ。

 報告に上がっているほどの武の持ち主とはとても思えぬ寂しさだ。スティナやアイリの報告書には彼女たちの武威に相応しい幾つかのエピソードが書かれていた。

 アンセルミの疑問はヴァリオの予想内であったようですぐに言葉で補足してくる。


「領地から出てすぐに入った騎士学校を途中で追い出されてますから、公的な活動は無いに決まってるではありませんか。イェルケル殿下とてそうでしたでしょうに」

「ふむ、それもそうか。しかし不名誉退学とは穏やかではないな」

「なんでも同期の者に、試験で手心を加えるよう女性である利点を活かした取引を持ちかけたそうです」

「それなら不名誉退学も已む無しか。いやちょっと待て。このレアとやらはイェルケルたちと共に戦えるぐらい強いのではなかったか?」

「はい。ですが証言は多数上がっていますし、教官の一部もこれを支持しております。取引相手は、それなりには剣を使えるようですが、騎士見習い程度だそうです」


 報告書にあるレアの体躯や性別を考えたアンセルミは状況を察したようで、深く深く嘆息する。


「女で、小さくて、で、強いか。なんだってこいつは騎士学校なんてものに入ろうと思ったのか」

「入学要綱に、女で小柄な者はいじめられて学校から放り出されます、とは書いていないせいかと。ああ、それとその取引を持ちかけられたという相手、オホト・バルトサールは侯爵の嫡男でアジルバ市街戦で戦死しておりますね」

「……侯爵家の嫡男への恨みを、騎士見習いにすらなれなかった者が見事晴らしたのか。騎士叙勲の申請上がってきていたよな」

「武勲は充分です。そこかしこから文句も来そうですが」

「さすがに断れんだろう。イェルケルの所だけで複数領主が絡む反乱一つ潰してみせたのだからな。しかしアイツ、本当に欲が無い男だな……他に褒美やらの希望は聞いていないのか?」

「全くありません。私が見るに、欲が無いというよりは、武勲に対する褒賞がどれほどのものか、基準が全くわかっていないのではと。しかも今回の件は第十五騎士団側にも非難されかねないところもあります。話してみた感じでは褒美を期待しているというよりは処罰されるかもと警戒している、といった風に見えました」

「だからとこれ幸いにコキ使うこともできんだろう。あの異常な戦力を敵に回すなぞ冗談ではないぞ」

「ではいかがいたします?」

「領地は出せん。となれば金だろうな。そのうえで役職につけてやろう。というか仕事やらせとかんと、アイツ等何しでかすかわかったものではない。これ以上私怨で動かれてたまるか」

「賢明な判断かと。軍のなんたるかを教えられるような、そうですね、ヴァラーム城辺りはどうでしょうか」

「おお、マティアス将軍の所か。確か、今居るのを昇進させたいから使える副官を寄越せと言っていたな。あの方ならばイェルケルの教育には最適であろう。ヴァラーム城にいれば嫌でも他国との関わり方を覚えることにもなろうし、あれだけ戦好きならば最前線に文句もあるまい」

「命令はすぐにでも出しましょう。下手に王都に置いたままでは、今度は元帥閣下とぶつかるかもしれませんから」

「元帥に? いやいや、幾らなんでもそこまでは……」

「騎士団設立するなり侯爵潰しにかかるような連中ですよ? 私は彼らの常識的な判断能力とやらを、欠片も信用する気にはなれませんね」


 がくりと首を落とすアンセルミ。


「私なぁ、イェルケルと話した時はさ、ようやくまっとうな弟ができてくれたって思ったもんなんだがなぁ。ヴァリオ、任務を命じる前に少しアイツと話す時間取れないものか? 私の勘だが、アイツはきっと話せる相手だと思うんだよなぁ」

「閣下の勘は、おおむね私の評価と変わらないようです。ですが、閣下が頼みとするにはまだまだ実力不足ですし、かといって人知れず優遇するには目立ち過ぎています。個人間の友誼や忠誠を深めるのは難しいでしょう。今のところは武勲に対し充分な恩賞を与えることで繋ぎ止めておくしかありません」

「……私の言いたいこと、わかってるんだろ?」

「血の繋がった信頼できる盟友なんて贅沢なもの、そう簡単に手に入れられるわけありません。閣下は時々、妙な所で夢見がちになられますよね」

「うっさい。家族に憧れて何が悪いっ」

「でしたら弟の前に奥方との関係を見直してください」

「……あれ、家族、か?」

「法的には」


 アンセルミはとても悲しそうな顔をした後、机の上の書類を手に取り眺め始める。


「仕事するか」

「それがよろしいかと」



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― 新着の感想 ―
[一言] 無茶やらかした後の常識のある人たちのコメントがホント面白い。 VR系作品の掲示板回味がある。
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