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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第二章 アジルバ市街戦
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031.スティナと民達



 アジルバ市街戦の翌日。イェルケルたち第十五騎士団の面々は、朝から堂々と姿を現し街の大通りを歩く。

 死体の片付けは全然終わっていないので、そこら中に兵士たちの遺体が転がっている。街の人間の姿は見えず、イェルケル、スティナ、アイリ、レアの四人は誰に邪魔されることもなく道を行く。

 大通りを抜け、四人が向かったのは役所である。ここに辿り着くと、この建物では人が活動しているようで、結構な人数が出入りし、あちらこちらと駆け回っている。

 彼らに対しイェルケルは特にどうこうしたりはしなかったが、正門を抜け建物の前にいた役人の一人に声をかける。


「この役所で一番責任ある立場の者が居る部屋というのはどこになるんだ?」


 役人は怪訝そうな顔でイェルケルを見る。イェルケルの容貌は見るからに貴族然としたものであり、その立ち居振る舞いから粗略な対応はできぬと役人は居住まいを正す。


「は、はい。建物に入ってすぐの階段を昇り、向かって左側が役所長室になります。その、失礼ですがお名前をお伺いしても……」

「第十五王子、イェルケルだ。後ろの三人は皆我が第十五騎士団の団員だ」

「お、王子様であらせられますか……その、ご存知かと思いますが、昨日の襲撃騒ぎで今はどこも立て込んでまして。役所長ともすぐには……」

「ああ、構わない。場所さえわかればそれでいい。役所長はそこに居るんだよな?」

「はい。もしよろしければ私が取り次ぎを……」

「いやそれには及ばない。君は自身の職務を果たしてくれ」

「は、はい。では失礼いたします」


 彼はその場を離れながら、あれ、第十五騎士団って、あれ、とか言っていた。

 イェルケルはさっさと役所の中に入ると、実に堂々とした態度で階段を昇り、役所長室と呼ばれる部屋を探す。部屋の前にプレートがあったのですぐにわかった。

 この部屋に、ノックも無しに扉を開いて入る。役所長室はちょっとした会議室並の広さがあり、実際に多数の役人がこの部屋に詰めて会議と同時に仕事を進めるといった器用なことをしていた。

 皆忙しさのせいでそれほどの注意をイェルケルたちに向けなかったが、幾人かが明らかに文官と違うイェルケルたちの登場に驚いた顔をしている。

 イェルケルは彼らを無視し、最高責任者の席であろう。一番高そうな机を前に、席に座っている男の横に立つ。


「なんだ?」

「どけ」


 イェルケルが命じると、横に居たアイリがすぐさま動き、席に座っていた初老の男を椅子より引きずり出す。

 男は僅かな抵抗を見せたが、アイリの腕力に逆らえるはずもなく、近くにあった空いている椅子に座らせられる。

 イェルケルは役所長の椅子に座ると、これ見よがしに片足を振り上げ、目の前の机の上に投げ出した。

 あまりに無礼なその態度に怒りの声が役人たちより上がるが、イェルケルはそれらを手を上げて制し、静かに宣言する。


「第十五騎士団団長イェルケルだ。この中に、昨日の戦いを見た者はいるか? いるのなら、ここに居並ぶ我ら四人の顔、もう一度よく見てみろ」


 室内にいる全員が、昨日の戦いをさまざまな所でではあるが見ていた。それは当然、この暴れに暴れ回った四人の誰かを見ていたということでもある。

 役人たちは驚愕と恐怖に硬直する。

 それを確認したイェルケルは、これで場は整ったと話をはじめる。


「私は無駄な時間を割かれるのが嫌いだ。余計なことはせず、考えず、私の指示に従え。異論のある者は?」


 席を追い出された初老の男、ではなく部屋の中央付近に座っていた中年の男が立ち上がる。


「イェルケル、殿下、でよろしいでしょうか」

「ああ」


 第十五騎士団、そしてイェルケルの名からこの男はイェルケルが王子であると調べてあったのだろう。

 いきなりの訪問にもこの対応ができる男を、イェルケルは優秀な男であると判断した。


「では殿下。失礼ながら、我々はバルトサール侯爵様よりこのアジルバの街の統治を任されております。侯爵様はその権限を国王陛下より賜っており、我々への命令権は侯爵様にこそあります。その辺りはどうお考えで?」

「今は緊急事態である。侯爵とその一党は謀反と奴隷法違反の罪により我が騎士団の権限で処断したが、それで街の行政が滞るのは我らが本意ではない。故に、諸君らには宰相閣下より御沙汰があるまでこの街を管理運営していてほしいのだ」


 侯爵の権限なぞもう無い、とイェルケルは言っているのだ。そのうえでさっさと自分の意向を伝えてしまう。

 中年男が何を言い返すより先に、他の要求も伝える。


「街中の兵士の遺体の片付けと、奴隷商人たちの逮捕、違法奴隷の返却、この領地では侯爵により許されていたらしいが、もうそれは通らん。直ちに処理せよ」

「し、しかし今は街中での戦の直後でとてもそのような……」

「やれ、と私は言ったんだが、お前たちは従わないのか? というか奴隷法云々抜きでも奴隷商人のもとには今すぐにでも衛兵を送ってやれ、でないと連中、ここぞとばかりに民たちに叩き殺されかねんぞ。今この街に、我が物顔でのし歩いていた武力は失われているのだろう?」

「確か、に。おっしゃる懸念はありえます。今、指示を出してもよろしいでしょうか?」

「頼む」


 絶対者として行動し脅しつけようとしておきながら、頼むなんて言葉が出てしまうのがお人よしを隠せぬイェルケルという人間であろう。

 中年男が部屋に居た部下に指示を出すと、彼は部屋から駆け出していった。そして、すれ違いで報告に来た男が焦った顔で言った。


「凄い数の群集に奴隷市場が襲撃されています! ただちに援軍を! 奴隷商人たち曰く、後三時間ももたないそうです!」


 中年男は深く嘆息する。そんな彼にイェルケルは、慰めるような声で言ってやった。


「あー、その、だな。このままだとこの役所も危ない。だから、侯爵を殺した私たちが既にここを制圧し支配下に置いていること、改めて奴隷法を施行することを一刻も早く皆に公表した方が良いのではないか」

「そ、そうしていただけますと助かります。……その、もしよろしければ……」

「悪いが暴動鎮圧には行かんぞ。前領主の悪政の尻拭いはお前たちの仕事だろうに。ああ、後今回の事件の報告を、急ぎ君たちからも宰相閣下に送ってくれないか。私たちからのものだけでは客観性に欠ける部分もあろう。その時に必要なものを請求しておけば、領主がいきなり失われた窮状を宰相閣下も考慮してくれるかもしれん」


 イェルケルにスティナが耳打ちする。内容は暴動を見に行きたいとのこと。


「止める気か?」

「まさか、むしろ暴動を応援したいぐらいです。それはさておき、本当に見てみたいだけなんですよ。殿下たちはこれ予想してたみたいですけど、私にはどうしても信じられないんです」

「そうか。まあ今のところ私たちはそれほど仕事があるでもないし、構わないぞ。ただ、あまり無理はするなよ、あの戦の後なんだからな」

「もちろん、殿下やレアほどじゃないですけど、私も実は全身痛くて仕方が無いんですから」


 そう言ってスティナは一人役所を出て奴隷市場へと向かう。

 近づけば近づくほど、騒ぎの規模が知れた。下手をすれば昨日の戦いより騒がしいかもしれない。

 ようやく暴動が目で見える所に着いた。スティナは建物の上に飛び乗って状況を睥睨する。暴徒たちは奴隷商の建物を包囲しつつ、正面入り口へ投石などで障害を排除にかかっている。

 用心棒はそれなりのものが揃っているのだろうが多勢に無勢だ。後、どっかの馬鹿二人がごっそりと用心棒をぶっ殺した後でもある。

 スティナはこの目で見ても、まだ信じられなかった。

 アジルバの街の人たちは、女を奴隷に奪われる現状に満足していたのではなかったのか。あんなにも領主のやり方を認め、受け入れていたというのに、死んだとなるやもう次の日にこれだけの規模の騒乱を引き起こしている。

 その整合性を頭の中で取ろうと試みる。つまり、とそれなりに考えがまとまった。多分、民たちはみんな、自分が幸せになりたいのだろうと。それで全ての矛盾が解決する。

 どうせ領主には逆らえないなら、受け入れればいい。そう自らに信じ込ませて、そのうえで楽しく日々を過ごすことを一生懸命考える。領主の兵士達の行進を楽しみ、領主の施策を楽しみ、日々の安酒を楽しむ。自分の心に蓋をし自らをすら騙そうなんて、熾烈な修業を行なってきたスティナですらそこまで追い詰められたことは無いし、更にそのうえで幸福に過ごそうとして工夫をこらすような心の在り様がどんなものなのかなど、最早想像すら覚束ない。

 恨みは決して忘れられるものではない。だから今こうして彼らは爆発しているのだ。だがそれはそれとして、爆発すれば自分が大きな被害を被るとなれば生きるために我慢をする。我慢だけでは体も心ももたないので、積み重なっていく苦悩を受け流せるような心持ちで生きていくのだ。苦しい日々を、理不尽な人生を、それでもと楽しく生きるために。

 スティナは、そんな彼らが愛おしくてたまらなくなった。どこまでもタフに、しぶとく、強かに、生きていこうという生命力にスティナは惹かれるのだ。

 そう、スティナが認めているのは、奴隷商相手に大暴れしている今の民ではなく、領主の悪政に虐げられ身内の不運や理不尽にも作り笑いで凌ぎ、大切なものを投げ捨ててでも生き残ろうとする、卑怯で臆病でどこまでもしぶとい民たちであるのだ。

 そして、今彼らが復讐の時を迎え、明らかに法を逸している残忍な凶行を奴隷商人たちに味わわせているのを見ても、良くもまあここまで我慢したわね、おめでとー、だけで済ませてしまうのである。

 一応、たくさんの奴隷に対し、自分の財産だとばかりに奪おうとする者が出るかとも思いその手の不埒者は退治してやろうとしていたのだが、暴徒たちは皆、そもそも奴隷を奴隷として見ていないようで、元街の住民であるとわかった奴隷はそれぞれが声をかけあって身内を探してあげたりしている。

 また領内の他の村や町からも攫われてきている娘がいるのだが、彼女たちを皆で手分けして家に帰してやろうと動き出している者たちもいた。

 暴動の酷薄な激情と、奴隷に対する暖かな友愛の対比が、見ていて面白くてスティナは屋上で一人くすくすと笑い出してしまう。


「ああ、やっぱり。私は貴族なんてものよりずっと、こっちの方が良いわ」



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