表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第一章 サルナーレの戦い
3/212

003.王子、女騎士達と語らう




 厩舎を襲って馬を奪ったイェルケルたち三人は、馬に乗って街道をひた走る。

 イェルケルはここでも、苦悩した表情のままであった。


「……押し込み強盗の次は馬泥棒か……」


 スティナはもう付き合うのも面倒になったか放置だったが、アイリは律儀に相手をしてやっている。


「殿下、緊急時ですぞ。それに、泥棒というのはこっそり盗むものであって、我らのように堂々と奪っていく泥棒がありますか」

「そういうものかぁ?」


 逃亡を警戒していた兵士たちは、当然厩舎にも人を回しており十人の警備が居たのだが、あっという間に三人に斬り伏せられた。

 スティナは機嫌良く言う。


「殿下の剣、お見事でしたよ。正直に申しまして、騎士学校でどれだけ優れていようと大したことはないと高をくくっていたのですが、どうしてどうして大したモノでした」


 イェルケルは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「お前たち二人の剣を見せられた後でそう言われてもな。お前たちほどの剛の者、私はこれまで見たことが無いぞ」


 イェルケルの言葉にアイリはわかりやすいぐらいわかりやすい顔で喜ぶ。


「そっ! そのようなことはありますまい! ほ、ほらっ、騎士学校には国一番と噂のダレンス様がいらっしゃるではありませんか!」


 少し複雑そうなイェルケル。


「……これはあまり口外しないでほしいが、恐らくお前たちの方が強い」


 何か察する所があったのか、スティナは容赦無くつっこみにかかる。


「もしかして、手合わせなされたので?」

「やった。負けた。次は負けん」


 その時のイェルケルの表情は、虚勢を張っているのでもなく負けたことを悔しがっているようでもなく、むしろ次勝ててしまうことを残念に思っているように見えるものであった。

 その心持ちを、スティナは好ましいものと思えた。


「強者との手合わせがお望みならば、いつでもお声かけくださいませ。絶対に越え得ぬ壁として立ちはだかってお見せしますわ」


 不遜極まりない言葉であるが、イェルケルもまたスティナのそんな心配りを、好ましいものと思えたのだ。


「そうだな、見事脱出成ったなら是非頼む。あの最初に兵士を切った剣をもう一度見たい」


 アイリはもっとダレンスの話を聞きたそうにしていたが、自分の方が強いと言われてそれを何度も問い返すのもどうかと思いもじもじしている。

 面倒なのでスティナは無視を決め込み、イェルケルはさらっと次の話題を振ってしまう。


「先ほど民家で話していた脱出ルートなんだが、あれはどういう意味だ?」


 不明瞭な言い方であるが、スティナにはすぐに通じた。


「一応あれで陽動のつもりです。まさか言った通りルディエット山を越えていくつもりはありませんよ」


 彼ら一家がどれほど怯えていようとも、三人が出ていった後、兵士たちにその時の話をしないわけがない。

 アイリも真面目な話になったので、もじるのをやめて真顔に戻る。


「連中では絶対に後を追ってこられぬルートがあるのです殿下。とはいえ、そこまでの途上に人を配されても面倒ですからな」


 イェルケルも脱出ルートは幾つか考えていたのだが、どれも幾度かの強引な突破を前提にしなければならないルートばかりだ。


「もったいぶるな。私はまるで思いつかなかったんだが、どんなルートだ?」


 スティナは、人の悪そうなタチの悪そうな、それでいてスティナにはぴたりはまると形容できる、口の端を大きくひり上げた笑みを見せる。


「ラノメの山を越えていきますわ」


 ラノメ山は、辺境区と本領とを分かつ山であり、国中を見渡してもここほど険しい山は他には無い。

 自然が豊かなため、足を踏み入れる者は後を絶たないが、そのほとんどは生きて戻ることはない。山に慣れた者は、慣れた者であればあるほど、その途上で危険さに気付いて戻ってくる。

 険しい斜面、行く手を阻む大樹林、山中深くには魔の泉があるとされ、他所では見られぬ凶暴で巨大な熊も多数生息すると言われている。

 どんなに山に慣れた者でも、ラノメの山に足を踏み入れることは無い。カレリア王国内で唯一、人の手の届かぬ、地図が作成できない土地なのである。

 イェルケルは一瞬何を言っているのかわからなくなり問い返そうと思ったが、何か考えがあるのかと思いなおし言葉の続きを待った。

 しばしの無言。続きなんて無かった。


「ちょ、ちょっと待て。ラノメ山を越えていくというのか? あそこはそもそも道なんて無いだろうに」


 すぐにアイリが種明かしをしてやる。


「はい。ですがあの山を私とスティナはよく知っているのです。道、とはとても言えませんがあの山で我々が迷うことはありえません」


 イェルケルはそれでも納得できない。


「あの山は周辺地域だけで毎年数人の死者と数十人の行方不明者を出してるんだぞ。立ち入り禁止区域周辺ですらその有様なのに、山を越えていこうなどと無茶にも程があろう」


 アイリは事も無げに言う。


「ご心配には及びません、殿下は我らが背負っていきます故。何せ二人居ますからな、交互に運べるなどと楽すぎて欠伸が出ますぞ」


 イェルケルは勢い込んで反論しようとして思いとどまり、ちらとスティナの方を見る。

 スティナは笑いを堪えながらフォローしてきた。


「アイリは本気ですわよ。そして、本当にそうできます。私たちはあの山で訓練していたのですから」


 どんな顔をしていいのかわからないイェルケルは、二人の発言を自分の中で納得できる形に納めようともがいてみる。


「……実は、言うほど危険な場所ではないのか?」


 ええ、それほどでも、と返すアイリと、真顔になるスティナ。


「熊を倒せないのなら決して近づいてはなりません。他にも山道や崖に……ああ、いえ、無理ですね。私たち抜きなら絶対駄目です近づいては。水を飲んだら死ぬ毒の泉や近寄るだけで死ぬ毒煙の窪地があって、山を越える一番楽なルートでも一回は崖登りしなければなりませんし、ええ、無理です」


 怪訝そうにアイリ。


「そうか? 我らでも三月で概ね慣れたであろう」

「その三月で何度死に掛けたと思ってんのよ。アンタなんて崖下に落ちて身動き取れなくなって餓死寸前だったでしょうに」

「はっはっは、そんなこともあったのう。あの時はスティナが山に居てくれて本当助かったぞ」

「笑い事じゃないでしょ……あの崖私も落ちたし、まともに登れるようになるのに一年以上かかったわよ」


 イェルケルは至極当然な疑問を口にする。


「崖から落ちたら普通死ぬのではないか?」


 アイリとスティナは同時に答えた。


「「鍛えてますから」」






 宰相であるアンセルミ王子の執務室はカレリア王国にとって最も重要な決定を下す場所であるが、とてもそうとは思えぬほど質素で簡易な造りになっている。

 また彼は衣服もそういった奢侈なものを好まず、できるだけ装飾を抑えたものを用意させる。

 それでも母譲りの秀麗な容姿はかすむことなく、最近は更に地位が形を作ったか、年の若さに似合わぬ威厳のようなものまで感じられるようになってきた。


「ふむ、これが今回の策の全容だな」


 王子の前には三人の補佐官が控えている。彼等が王子がこなす仕事の補佐を行うのだ。

 その中でも最も王子の信任厚いヴァリオという細身の青年が、要点をまとめて口頭で報告する。これを聞きながらアンセルミは書類を斜め読んだ。

 アンセルミが書類をめくる手を止める。


「ん? おいヴァリオ。確か私の弟で騎士学校を首席で卒業した者がいたな。アレの名前はなんというんだったか?」

「イェルケル殿下です」

「……ちょっと待て。何故そのイェルケルをサルナーレへの視察に使うんだ。他にどうでもいいのが山ほど居るだろうに」

「さあ、私に言われましても。この件は宰相閣下が元帥に全てお任せしたのでは?」

「いやまあそうなんだが。どうせならもっといらん奴にやらせてくれればいいものを……おい、もしかしてイェルケルは元帥の恨みでも買ったか?」


 不自然な裁定には大抵立場の強い者の恣意が絡んでいるものである。


「滅多なことを言うものではありません。が、元帥お気に入りのお孫さんがイェルケル殿下と騎士学校の同期であったかと。殿下が首席ならば、彼はそれ以下でしょうな」


 こめかみを押さえるアンセルミ。


「元帥はあの内戦以来衰える一方だな。元帥に回す仕事、絞れるか?」

「難しいでしょうね。自身が衰えたとて、元帥の権勢は一切揺らぎませんから」

「誰か元帥を諭せるような者は……居るわけないか」

「宰相閣下ぐらいですな、そんな真似ができるのは。おかげで軍事に関する様々なことが滞り始めております」


 がっくりと首を落とすアンセルミ。


「……なあヴァリオ。兄上から政権を奪って私が宰相になれば、執務はもっと楽になるって言わなかったっけか?」

「なったでしょうに。ウルマス殿下よりよほど元帥の方がマシですよ」

「お前、いずれ俺がクビにしてやるから、その時はどこぞで詐欺師でも始めろ。事務官やってるよりよほど似合ってるよ」


 アンセルミの嫌味を無視するヴァリオ。


「で、どうされます? 元帥に抗議して今から救助に人を回しますか?」

「できるわけないだろう。これから国内の掃除をしようという時に、あの方と揉め事なんて起こせるか。そもそも今からでは間に合わん」

「ではこちらが私怨に気付いてるということだけそれとなく伝え、釘を刺しておきましょう」

「それで大人しくなってくれればいいのだがな……」 




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ