029.アジルバ市街戦、スティナの場合
スティナ・アルムグレーン目掛けて、兵士たちが殺到する。
彼女の持つ美貌や肉感的なスタイルを考えると、これがなんとも下卑たものに見えてくるが、兵士達の表情にそのような余裕は一切無い。
殺さねば殺される。少しでも早くこの女を殺さなければ自分が、仲間たちが、死んでしまうのだ。兵士たちは誰もが文字通り必死の形相でスティナに向かう。
槍で遠間からなんて腰の入らぬ真似は通用しない。彼らは己が肉体を的にかけ、一歩でも半歩でもスティナに近寄り抑え付けてやろうと挑みかかる。
数十人の屈強な男たちが一斉に向かってくる。これに対しスティナはというと足を使って相手をする。
それも並みの足ではない。人波に遮られた後方の者には、そもそもスティナがどこにいるかがわからない、障害物が多すぎて目で捉えることができない、そんな速さである。彼らは標的の場所がわからないので前の者が向かう方向に進むしかない。
そして一番よく見える前列の兵士たちだが、こちらは見えていても足に差がありすぎて追いつけない。ならばと取り囲もうとしても、包囲しきる前に一角を容易く斬り倒されてしまう。
兵士たちは仕方なく、更に大きくスティナを包囲する。スティナが一呼吸で踏み込めない距離を取って取り囲むのだが、これをやった結果、通りの中心にぽっかりと円状に穴があいたようになってしまう。
実際は飛び掛っていく兵士たちがこの円の中にいるので穴とまでは言えないものだが、取り囲むだけを行おうとしている者たちは、スティナを中心にした円状に配置されている。
この円の外には徐々に徐々に兵士たちが集まってきている。八方から断続的に襲い掛かる兵士たちは、当人たちには指揮官よりそれと知らされてはいないが、包囲が終わるまでの足止め役である。
この指揮を行っている者は、グレンマウザー元将軍がこの軍で最も信頼する部隊指揮官であった。
冷静沈着、その上に冷酷が付くのだがこれは兵士たちにはそれと気づかれていない。頭の回転が速く突発的な事態への対応力が極めて高い。まだ指揮官としては若年であるので経験を積ませているところだが、グレンマウザーが将来、自らの参謀に取り立てたいと思うほどの者であった。
彼はスティナの能力を見るやまっとうな手段での撃破は不可能と判断、肉壁の質量により押し潰す作戦を採ったのだ。
この世のものとはとても思えぬ武勇を前にし恐れ怯む兵士たちに、堂々とした態度で強く指示を下し続ける。グレンマウザー元将軍の戦死に思考が止まってしまっている兵士たちは、その頼もしさに思考が停止したままに指示に従う。
その思考停止を見切ったうえで、死を前提とした足止めを命令しつつ、包囲を完成させ、包囲の外にじわりじわりと兵士を集める。
充分な数が揃ったなら、後は円を閉じるように一斉に襲い掛からせるのだ。分厚い人壁が八方、十六方より前列を押し付けるように突っ込んでくれば、どのような者であろうと潰れるより他あるまい。
何度か見た、人の背丈をすら超える跳躍も、壁の分厚さで飛び越えられぬようにする。たった一人を相手にこんな作戦こそが相応しいと考え、実際に実行してしまうのだ。狂人と呼ばれてもおかしくない所業であったが、彼にとっては当たり前に考え付いた作戦の一つである。
対するスティナは、包囲が完成しつつあるのには気づいていた。だが、その厚さを見誤っていた。なので突っ込んできてもすぐに対応できるだろうと楽観視していたのだ。
そのうえで包囲を放置していたのは、包囲が完成した時点でスティナを追い詰めたと勘違いしたバルトサール侯爵が顔を出してくると考えていたからだ。まさかたった一人であるスティナを、こうまで恐れているとは思ってもみなかった。この辺り、戦争はまだ二度目という経験不足が影響しているのだろう。もちろんスティナが考えた筋書き通りに行く可能性も高かったのだが、そうでない可能性に全く思い至れないところが、彼女に不足している部分なのである。
なので、敵指揮官の一斉攻撃命令が下った瞬間、さしものスティナも背筋が凍ったものだ。
突撃と同時に敵の企みが知れたのは、突進してくる全周囲の兵士たち、その足音の厚みのせいである。幾らなんでも多すぎる。
『うそっ!? ここまでするってのコイツら!』
上に跳ぶ、と咄嗟に考えたが、スティナに気付かれずここまで包囲の厚みを増やせる男が、上を見逃しているはずがない。スティナは既に何度か人の頭上を飛び越えるなんて真似を見せてしまっている。
慌てて八方を視認するも、どこにも逃げ場は無い。お互いの肩がぶつかりあう程ぎっちりとつまった兵士の壁が、スティナの全周囲を取り囲み走り寄せてくるのだ。
大きく円状に包囲していた者たちが、一斉に円を閉じるように詰め掛ければ、当然その密度は濃くなっていくし、そもそも最初の前列の数と最終的にスティナの前にたどり着いた時の前列の数は後者が圧倒的に少ない。兵士たちは前に後ろにズレることで更に密集度を上げたまま数多の意思を持った兵士壁となってスティナに襲いかかる。
『ぎゃー! まずいまずいまずいまずいっ! あーもう! いっそ押し返す!? 無理っ! さすがにこれ全部は無理! アイリじゃないんだから試す気すら起きないわよ! どーするどーするどーするどーする……』
兵士たちは全員が、ただスティナのみを睨み付けている。
この目全てを誤魔化し逃げるなんて不可能だ。そもそも逃げる空間すら存在しない。
『どーする! ……って、あった』
考えてる時間は無い。スティナはこちらから壁の一箇所に向かって走り出す。すぐに接触。
兵士たちは鎧を着込んでいるため、下半身に比べ上半身が膨らんでいる。つまり、空間は上より下が空いているということ。
掴みかかろうとする先頭の兵士の股下を潜って抜けた後、スティナは全身を強く硬化させる。来た。
『むぎー! おー! もー! いー! アンタら! うら若き乙女足蹴にするってどーいう了見よ!』
低く滑り込んだ姿勢そのままのスティナを、殺到した兵士たちはそれと気付かぬままに踏みつけながら進むのだ。
この時、スティナが倒れでもしていたら、兵士たちに踏まれっぱなしなのであるからして、そこから立ち上がるのはスティナの膂力を以ってしても難しかろうし、兵士が幾人もスティナの上に乗っかってる状況では、視界の通らぬ所に刃を突き立てられればそれで終わりである。
なのでスティナは、股を広く前後に開いた姿勢で、上半身を倒れこませ地面に貼り付けてはいるものの、倒れているのではなく、低く構えているという形は決して崩さなかった。鎧を着込んだ大人が何人もその身を踏みつけにしているというのに、スティナの体はたとえ足先であろうとも問題が生じることは無かった。
そして耐える。兵士たちの暴走が止まるのを。当たり前のことだが、殺到した兵士たちが動く空間が無くなれば、彼らも身動きは取れなくなるだろう。
兵士たちの足が止まり、頭上からは彼らの怒声が聞こえてくる。
頃合や良し、とスティナは動き出した。
指揮官よりの叫びに、兵士たちは一斉に自分の足元を見下ろす。
誰かが声を上げると思っていたのだが、どの兵士たちからも女の体を踏んでいるという報告は上がらなかった。仲間の兵士を踏んでしまったと焦って助け起こすぐらいだ。
逃げられるわけはない。もし跳躍したのならばと誤射上等で弓隊が構えていたのだから上も見逃すはずはなく。
指揮官が再度下を確認するよう叫ぶも、やはり女の姿は見られない。
異常に最初に気付いたのは、側の建物二階からこれを見ていた街人である。
高い視点から見下ろす形であったので、みっしりと詰まった兵士の集団の一部で、変な動きがあることに気付けたのだ。
ただ、彼等は兵士ではないので、これを報告する義務はない。もしくは褒美目当てで声をかけようとする者も出てきたかもしれないが、その前に、指揮官は二階からこちらを見ている街人の視線と表情で、何かが起こったことを察していた。
指揮官は急ぎ馬を建物側まで進めると、馬の背に立ち建物の壁にしがみつきながらこれをよじ登る。部下が彼の奇行に注意を呼びかけようとしたところで、彼はそれを見つけた。
兵士たちが、一斉にばたばたと倒れていく様を。
「そこだ! そこに敵はいるぞ! 捕まえて押し潰せ!」
指揮官が叫んだ直後、彼の額に銀光が突き刺さり、彼は張り付いていた壁から落下した。
兵士たちが押し合いへし合いしていたせいで、スティナが彼らを死体に変えてもすぐには倒れなかったのだが、それがある程度たまってきたところで一斉に倒れてしまったという話で。
そこだと指差された場所周辺の兵士たちは、驚き恐れ周囲を見渡すも女の姿は見えず。
指差した場所から離れた所にいる兵士達は、よほど背の高い者でもなくばその場所が良くわからない。全周囲を仲間の兵士達が覆っているのだから当たり前である。しかも密集しすぎていて身動きすら取れない。
そんな中、一箇所から悲鳴が上がった。
「ここにいるぞ! た、助けっ!」
「うおっ! いた! 捕まえっ!」
「潰せ! てめっ! 逃げんな!」
「逃げたくたって逃げらんねーよこれじゃ!」
「ひぎゃー! ひぎゃー! いぎゃー!」
「もうだめだがまんできないおまえのけつおれがもら」
この状況を作り上げた指揮官は唯一無二のもので。残った指揮を執る立場の何者であろうとも、彼の後を継ぐことはできず。
超密集陣形の中でも兵士たちは己が職分を全うせんとするが、その密集が災いし、スティナを視認できる者はこれだけの兵士がいるというのにほんの数名のみで、それも身動き取れぬまま容易くスティナに殺されていく。スティナはというと狭い空間をするりとすり抜け盾にして、器用に確実に敵を仕留めていく。
後を継いだ指揮官は、この陣形を崩すことができない。今下手にこの数に後退の指示を出したなら、恐怖のあまり逃げ出す兵士が出てきてしまう。
敵味方問わず矢を射掛けるのも同じ理由でできない。となれば、消耗覚悟で押し切るしかないだろう。
「敵はすぐそこだ! 包囲の内にある敵なぞ恐れるものではないわ! 全員で押し潰してやれ!」
指揮官の叫び声に雄雄しく応える兵士たち。指揮官は自分の言葉を信じてなぞいなかったが、兵士たちがそうやって勇ましく応えてくれるのなら自分をすら騙せそうで実に心強い。
押せ、潰せ、といった声と共に密集した兵士たちが蠢く。後は彼らに任せるしかない。
じっとそちらをにらみ付ける指揮官に、一人の兵士が声をかける。
「あ、あの……」
「なんだ!」
戦闘の最中であることも手伝って、指揮官の返事が強烈な殺気を伴うものとなる。兵士は驚き怯え、半歩後ずさってしまう。
指揮官は報告だろうと彼の言葉を待つが、彼は怒られたと思ったか口をつぐんで怯えた目で指揮官を見るのみ。
「さっさと報告せんか!」
実に理不尽な怒声であるが、指揮官側からすればこの程度の声で怯えてどうするといった話であるし、一々気を使って優しい言葉を使ってやるなぞ冗談ではないといった話でもあろう。兵士と指揮官はやはりわかりあえぬものらしい。
兵士の報告によれば、総指揮官が状況の報告を待っているとのことだ。
『総指揮官? グレンマウザー様はたった今殺されたところだろうが!』
と、怒鳴ろうとして思い留まった。もう一人いる最高責任者の事に思い至ったからだ。
「バルトサール侯爵か?」
「は、はい。グレンマウザー様は、その、もういらっしゃらないとのことですし、私もどなたにこのお話をすればと……」
兵士に見える所で大きく舌打ちする指揮官。侯爵の言葉を無視することはできず、かといって指揮官もここを離れられない。
仕方なく兵士を鼓舞して回っている中隊指揮官の一人を報告に送り出す。侯爵はグレンマウザーが直接報告に来ることを望んでいるのだろうが、とてもではないがそれができる状況ではない、と知らしめることもできよう。
彼を兵士と共に走らせると、驚いたことに最前列近くにいたはずのバルトサール侯爵はかなり近くまで戻ってきていた。
特に屈強な精兵を揃えた二十人の近衛を引き連れて、馬にまたがったままで侯爵は報告を聞いている。指揮官は、馬の上に段々に重ねた馬糞が乗っている、と物凄く失礼なことを考えていた。
侯爵から戦場へと目を戻そうとした指揮官は、そこに信じられぬものを見た。
押せ、潰せ、と密集した兵士たちが騒いでいるあそこに、敵の女はいるはずなのだ。なのに、何故、あの女が侯爵のすぐ側にいるのだと。
女は片手に槍を二本持っている。手の平の大きさを考えれば、女性にそうできるほど槍の柄は細くないはずなのだが、彼女は特に問題も無くそうしている。
侯爵の乗る馬の上に飛び乗った女は、後ろから侯爵の襟を掴んで持ち上げる。生き物である馬の上に平然と立ったうえでそんな真似をするのが、どれほど難しいことか。それが見ている者に全く伝わらないほどスムーズに女はそうしていた。
持ち上げられた侯爵を、女は無造作に空中へと放り投げる。すぐに、槍をそれぞれ一本ずつ右手と左手に持つ。馬の上でこれを振りかぶって、投げる。
その瞬間はさすがに馬も強い反動を感じたのか、嘶きと身動ぎで抗議するも、やはり馬上の女が体勢を崩すことは無かった。
投げ付けられた二本の槍は、女は両手利きであったのか全く同じ速度で並んで飛ぶ。
これが落下してくる侯爵の両肩を捉えるもまるで威力を衰えさせず、侯爵を引きずるようにして飛び、建物の壁に突き刺さる。
壁である。木でも土くれでもない壁に、二本の槍は深々と突き刺さったのだ。侯爵ごと。
侯爵の体はちょうど足がつかないぐらいの高さで、壁に張り付けにされていた。見ると、馬から飛び降りた女は周囲にいる個人戦闘力では侯爵軍千人の内でも上位に入るはずの近衛たちを、そこらの雑兵と同じく容易く斬り殺しながら張り付け侯爵のもとへと向かう。
一番守らなくてはならない侯爵が攫われたとなれば、指揮官は立場上もっと焦らなければならないはずだったのだが、どうしてかそういった焦燥感のようなものは全く無かった。
指揮官にはわかっていたのだろう。もう、絶対に、侯爵は助からないだろうと。
壁に張り付けとなったバルトサール侯爵。これを前にスティナはにやにや笑いを隠しもしない。
両肩を槍で射抜かれた侯爵は苦痛に顔をしかめているが、刺さった槍で空中に吊り下げられている状態なので、身動きは取れない。下手に動くとより痛いという事情もある。
「き、貴様ら! 何をしておる! は、早くワシを助けんか!」
そう叫ぶ侯爵の前に立つスティナ。勇敢な兵士たちは我先にと飛びかかってくるが、その全てをスティナは斬り伏せる。
スティナの絶望的な強さを、侯爵に見せつけるかのように。
一人、斬る。
「ねえ侯爵サマ。どう、死にたい?」
二人、斬る。
「私ね、特に希望がないんなら、とびっきりの、考えてるのよ」
三人、四人斬る。
「その気持ち悪いの、ヒトサマに刺してやりたかったんでしょ? いーわよ、照れなくても、わかってるわかってる」
五人、斬る。
「ソレ、私がヤってあげる。貴方に、私が、刺してあげるっ」
六人、七人、八人、斬るが兵士たちは止まらない。
「もう、せっかくの時間なのに。めんどうな子たちね」
十一人目を斬りながら、彼の持つ短剣を抜き取り後方に投げる。スティナが足を後ろに伸ばしながらそうすると、短剣は見事スティナの踵の上に乗った。その状態で踵を上へと振り上げる。皮が千切れ肉が抉れる音がし、すぐ後ろにいた侯爵の股間に下から短剣が突き刺さった。
人のものとはとても思えぬ絶叫。あまりの叫びに兵士たちは思わず硬直してしまい、その隙にスティナに一気に斬られた。スティナの間合いに居ない者もまた、この時動きが止まってしまっている。
スティナに斬られた者の内の一人。その兵士からまたスティナは短剣を抜き取り、後ろも見ぬまま後ろ回し蹴り。その踵にはまた短剣が乗っており、まるで曲芸のように短剣を侯爵の足に突き刺す。
再び悲鳴が。あまりの酷さに、兵士たちは非難の目を向けるが、スティナは平然としたものだ。
「何よこのぐらい、いつもやってることじゃない」
スティナの言葉の意味を察した兵士たちの幾人かはバツが悪そうにし、幾人かは憤怒をあらわにする。
そんな者たちをあざ笑うようにスティナは後方に向けて剣を振る。そちらを見たわけでもないのに、正確に侯爵の両足を根元から切り落とす。
しかし、そこまでやっても激怒している兵士ですら踏み込んでこない。
一度勢いが止まってしまうと、スティナの振りまわす絶対の死が恐ろしく、兵士たちですら容易く踏み出せなくなってしまっていた。
指揮官にもそれがわかっている。今、攻めろと言っても誰も従わないだろうと。下手なことを言ってしまえば、怯え逃げ出す者すら出かねない。
待ち構えても攻める気配のない兵士たちに、スティナは肩をすくめながら侯爵へと振り返る。わざと隙を見せているのだ。
それでも一歩が踏み出せない。これまでに撒き散らした死の気配があまりに濃すぎるせいで。
だが、スティナが一言漏らしたことで、指揮官はその好機を得た。
「あら、もしかして侯爵、もう死んだ?」
出血量を考えるに死亡していてもおかしくはない。指揮官はそうとわかった瞬間、動くのはここしかないと叫ぶ。
「おのれ! よくも侯爵様を! お前ら! 侯爵様の仇だ! 奴を射殺してしまえ!」
はっと気付いたように弓隊が動き出す。降り注ぐ十数本の矢にもスティナは恐れず怖じず、自分に当たりそうな矢だけを選んで切り落とす。
同時に指揮官が指示を下す。
「今だ! 矢で怯んでいるうちに皆で討ち取れ! 侯爵様の仇を取らねばオホト様に合わせる顔が無いぞ!」
矢で怯んだなんて指揮官も信じてはいない。あれだけ速く動けるのだから矢で狙いを定めるのは無理だろうな、と思っていたのだが、普通に切り払われるのはちょっと予想外ではあったが、多分仕留めるのは無理という結果だけは一緒だった。
そもそも、矢が当たったらあれ死ぬのか、と。そこからして疑わしく思えてくる。
指揮官のそんな苦悩はさておき、兵士たちは元気いっぱい、動けなくなったままの最前列を押しのけておんどりゃーとスティナへ向かっていく。
もし、兵士たちがスティナのこれまでの虐殺全てを目にしていたのならきっとこうはできないだろう。だが、幾らスティナが暴れても、そのありえない戦闘力は大半の兵士には見えない場所で行われたことである。
だから行けと言われれば彼らは勝てるつもりで挑んでいき、為す術なく殺されるのだ。
指揮官は馬上故、どうにかスティナを視認することができる。彼女は、侯爵を殺した後少し表情を曇らせているようだ。それを戦い続けていた故の疲労であると自らに言い聞かせ、指揮官は兵士たちに攻撃命令を下し続ける。
もちろんスティナはまだまだ疲れてなんていない。彼女の表情が曇っているのは、何年も恨み続けてきた怨敵をようやく殺せたというのに、あまり気分が晴れがましいものではなかったことを、つまらないと思っていたせいなのだから。




