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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第二章 アジルバ市街戦
28/212

028.アジルバ市街戦、アイリの場合


 侯爵軍最後尾の指揮官アズルカはアイリがあっさりと討ち取った。だが、その後でも兵士たちの攻撃がやむことはない。

 アイリからすれば当たり前、ということらしいが、兵士たちはそれぞれが所属する小隊毎にまとまり、小隊が幾つかまとまってできる中隊で連携する。これにを指示する中隊長は襲撃者からそれとわからぬ位置から指揮を執っている。

 この辺は常の戦と変わらない。この場における最高指揮官が倒れたというのにこうできたのは、やはり相手が一人しかいないということもあろう。

 この頃には行列中央部にいたグレンマウザーからの伝令、といっても第十五騎士団とやらを警戒せよとの話だけだが、も来ていたので、とにかくコレと戦えばいいのだと兵士たちは考えた。

 襲撃者アイリ・フォルシウスの明らかに異常な戦闘力も影響している。彼女が強すぎて、冷静に事態の把握につとめる余裕が与えられなかったのだ。故に兵士たちは彼らにとって最もわかりやすい対応で対処せんとしている。

 そのせいでか、最初に飛び道具に思い至ったのは彼ら侯爵軍ではなく、アイリの方であった。

 既に二十以上の兵士を屠ってきたアイリは、折り重なるように倒れる敵兵士の姿を見て、ぴんと来るものがあった。


『む、良いことを思いついたぞ。せっかく持ち主のおらぬ武器がそこら中に転がっているのだ。せいぜい利用させてもらうとしようか』


 アイリは敵兵士たちから離れるように走り出す。横列を幾つも重ね縦深陣にてアイリの突進を防いでいた侯爵軍は、アイリが体力の尽きる前に逃げたのだと考え、追撃にかかる。ここまでの被害を出しておきながら相手を無傷で帰すなぞありえんと。

 アイリは兵士の死体の脇、落ちた槍を爪先で器用に蹴り上げる。大きく振りかぶる腕、これが伸びきった先に蹴り上げた槍があった。


「さあて、何人行けるか」


 アイリは手にした槍を握り、半歩前へ進みながら肩を前に、突き出すようにして捻りきった腰を伸ばす。腕は、前方へと投げ出すといった感覚が一番近い。

 伸ばした後ろ足が一際強く大地を蹴り出すと同時に、とんでもなく加速した腕から槍を離してやる。

 豪、である。ごう、ゴウ、そんな唸る音が聞こえたかと思うと、追撃を行っていた中で一番足の速い男が、全力疾走する馬に背後から縄で引っ張られたような勢いで真後ろへと吹っ飛んだ。

 すぐ後ろの者をふっとんだ男の体で弾き飛ばし、更に次の男の胸を貫くと二人目の男を貫通したところで、槍先は人の身長を超えた高さを飛んでしまう。

 人を二人突き刺したまま、槍は空中へと浮かび上がり、そして脱力して落下。下にいる兵士が一人これに潰された。


「むむっ、ちと失敗したか。次こそっ」


 すぐに別の死体の傍にある槍を同じく足先で蹴り上げ、手に取りぶん投げる。今度は低目を狙うように。

 今度の槍は三人を貫いた。だが、さすがにそれ以上は無理のようだ。とはいえ吹っ飛ばされるのは三人どころではないのだ、十分な戦果であると言えよう。

 次なる槍を、といったところで、恐れる気もなく突っ込んできていた追撃の兵士がアイリへと辿り着く。

 アイリは慌てず騒がず手にした槍を棍のように振り回し、槍の柄尻でまず右に打つ。棍先の速度が速すぎて受けすらできなかった兵士は、頭部を真横から強打され昏倒する。次に左に払うと棍が兵士の胴を捉える。兵士の鎧の腹部が人体では決して着れぬ形に変形してしまった。

 これにて猶予を作り出したアイリは三度槍を放つ。

 基本的に体を動かすことはなんでも得意なアイリだ。槍を投げる要領もかなり掴んできた。

 こちらに突っ込んでくる兵士を上手く三人巻き込みつつ、その後ろで小隊の再編成を行っている集団に叩き込む。アイリは足元も見ぬまま兵士の遺体を踏まぬよう三歩飛んで、転がっている槍をやはり足で拾う。

 アイリの移動速度は常人のそれを遥かに上回る。相手も鍛えた兵士であるが、アイリが三歩も踏み出せば彼我の距離は槍の間合い以上にまで広がってしまうのだ。

 低く重心を落とした構えで待ち、槍の間合いに入るなり一歩踏み出し槍を突き出す。槍先が最遠到達点にいる時間はほんの僅かですぐに槍は引き寄せられる。標的の兵士は、鎧ごと心臓を貫かれその場に膝から崩れ落ちた。

 止まらず次は右斜め前に槍を突き出す。こちらも兵士が槍を突き出す前にアイリの槍が兵士の心臓を突く。すぐ隣を走る兵士も槍をアイリに突き出しにかかるが、アイリが槍を引いてその兵士に槍を突き出す方が早く、彼もまた心臓を貫かれ死んだ。

 が、槍働きもここまで。アイリの回りを兵士たちが取り囲みつつ接近してきている。ここら辺が多数と戦う難しさだ。アイリほどの技術の持ち主でも集団で一気に迫られたら防ぎようがない。

 そして前の戦いでもそうだったが、あまりにアイリが強すぎると敵兵士たちは、槍や剣でいきなり殺そうとはせずとにかく組み付いて動きを止めようとしてくるのだ。

 これを見れば、兵士という職業につく者たちが如何に勇敢かがわかろうものだ。

 触れただけでそれこそ素手ですら人間を千切り取り、野の獣をすら凌駕する速度で動き回るバケモノに、兵士たちは素手で組み付きにかかろうというのだ。

 我が身を捨てるなんてものではない。我らが身を捨てる、といった腹づもりで小隊皆が突貫せねば目論見は達しえぬだろうし、そも、アイリが相手ではそれをすら容易く蹂躙してくる。

 血臭、臓物臭漂う、遺体転がる無残な場所で、理不尽極まりない暴力に身を晒す兵士たちは、命令には死んでも従わなければならないのだから、命令されたことはきっと死なずに実行可能なのだ、と自らに言い聞かせ蛮勇にその身を委ねる。

 正気ではない。理屈を考えたら、アイリの戦闘力を理解した全ての兵士は自らのありったけを賭け、逃げるを選択するしかなくなるのだ。理屈を考える、考えられる者はそもそもアイリの前に立つ兵士たりえない。

 それを幸いと言うべきか。

 戦争になったら兵士が死ぬのは当たり前で、後は誰が死んで誰が生き残るかが問題になるだけだ。運が悪ければ皆死ぬが、大抵は最悪の戦場でも幾人かは生き残れるもので。戦場で戦う兵士たちは、自分がその生き残りの一人になれると盲信することで戦地に出る勇気を得る。

 そんな夢想に縋り勇気を振り絞っている兵士たちが、これを殺さねば自分が死ぬ場面をぶつければ、それが如何に無謀でも無茶でも不可能事であっても、殺すための術に挑むものであろう。またすぐ傍らには一緒の時間を過ごした戦友がいるのだ。自分のためと、友のためと、そこまで揃えば人が勇気を振り絞るのに不足は無い。

 そしてアイリ・フォルシウスは、そんな兵士たちを微塵の躊躇もなく全て殺して回る。

 手にした槍の真ん中を持つとこれを棍のように振り回す。槍の柄尻だろうと、槍先だろうと、時折振り上げる足であろうと、どれが当たっても兵士は死ぬ。

 アイリの周囲には次々と積み上げられていく兵士の死体、死体、死体の群が。アイリが足を止めないのは、兵士の死体が邪魔になるせいもある。

 今や兵士たちは皆槍など持ってはいない。抜き放った剣か、もしくは掴みかかるための素手か。予備の短剣を手にしている者もいる。

 もちろん兵士たちは全て人間であるからして、無為に死に飛び込んでいくことはない。前にやって上手くいかなかったことは除外し、少しでもアイリの虚を付けるよう知恵と工夫をこらして挑み続けている。いつかはその小細工が通じると信じて。

 アイリは豪放に笑う。


「貴様ら! 実に良き兵士ぞ! 侯爵なんぞの私軍にしておくのは惜しいわ! 生まれ変わったら今度こそまっとうにカレリアの兵となるが良い!」


 その時は、とアイリは褒め称えた兵士たちを薙ぎ倒しながら続ける。


「この私自ら貴様らを鍛えなおしてやろう! まだまだ鍛え方がぬるいわ!」


 言葉通り、生まれ変わって出直してこいとばかりにアイリの槍は一人、また一人と兵士たちを砕いていく。

 すると遂に槍が真ん中から折れ曲がってしまう。ならばもうこれはいらんと、アイリは曲がった槍を思い切り投げ付ける。


「おおっ」


 標的の直前で大きく槍は右に曲がっていき、俺かよ、って顔した兵士の脇腹に刺さりすぐに止まってしまった。


『むう、曲がるのは面白いと思ったのだが明らかに威力が弱いか。投槍もなかなかに奥が深い』


 次なる槍を拾おうと足を伸ばしたアイリ。


『んなあっ!?』


 右足を槍下に滑らせようとして、足が大地に着く直前に再度これを持ち上げる。重心を右足に乗せようとしていた所だったので上体が崩れかけるが、足腰の尋常ならざる強靭さにより堪える。

 アイリが今上げた右足の、すぐ下を短剣が振りぬかれていく。アイリが拾おうとした槍の持ち主、大地に倒れ伏していた彼がいきなり短剣でアイリの足に斬りつけてきたのだ。

 ぎりっぎりでなんとかかわしたアイリは、ひらりと足首を返しつつ伸びてきた腕を踏みつけて折り、続きこの手の持ち主の頭部を踏み割った。


『あ、あっぶなっ! しまった。完全に見落としていたわ。油断? この私が? ……そうか、ここまで上手くいっていたせいで気が緩んでおったかもしれん。なんたる不覚かっ』


 この一撃をもらったとしても死ぬことは無かろうが、もし足に怪我を負ってしまえばこの後戦い続けるのは相当に厳しくなっていた。

 槍を手にしようとして思いとどまり、アイリは倒れた兵士の剣を二本拾い握る。

 槍を投げたり振り回したりすれば、間合いも長いことからより速く敵兵を屠れる。だが、今は、千人にケンカを売っている最中であるのだ。

 余計なことなぞは一切せず、ただひたすらにひたむきに、最強の自分で挑み続けて尚敗北もありうる。そんな戦いの最中であったのだと。

 もちろんアイリは心の底では自分が負けて死ぬなぞ欠片も考えていないのだが、負けぬための備えを怠るつもりは無い。

 まだ体のどこにも疲労は感じない。だが、今のような不覚を取るということはきっと身体的な疲れか、もしくは精神的な疲労から集中力を欠き始めているか、があるのかもしれない。

 どちらも死と直結するものだ。その気配を感じ取ったアイリは、戦い方をより多く殺すではなく生き残るために殺す、へ切り替える。

 アイリの二刀は、まるで二本の剣にそれぞれ目がついているようで。

 右の剣と左の剣が全く別の動きをしてくる。アイリの目は正面に二つ並んでいるだけのはずなのに、二本の剣による広大な攻防範囲は明らかに視界の外をすらカバーしていた。

 それでもゼロにはできぬ死角を補うため、アイリは少しずつ回転しながら斬り進んでいく。戦場での動きは二度目であるからしてある程度の慣れがあるはずなのだが、アイリはその時以上の疲労を感じてしまう。


『まいったな、一人というのは存外キツイものだ』


 この世で唯一、コイツと戦ったら殺されるかもしれないと思える相棒のことを思い出す。手間の話ではない、安心感、つまり精神的なものなのだろう。

 自分が崩れてもアイツならどうにかしてくれるだろうという信頼。自分ですら崩れるほどの戦場で、アイリの助けとなるような何かをできるほどの者、という意味でもある。

 きっと、向こうも同じことを考えているだろう。そう思えるのはたまらなく愉快である。

 まだまだ敵の勢いは衰える気配もない。むしろアイリへと襲い掛かる数は徐々に増えている気すらした。

 アイリは戦いに集中する。先のような間抜けな油断で死ぬのはまっぴらごめんだ。

 ふと、視界の隅に主道沿いに建つ建物が見えた。

 この二階の窓からは、街の住民たちがじっとアイリの方を見ている。

 彼らの、何かを期待しているような表情が、少しだけアイリの印象に残った。



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