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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第二章 アジルバ市街戦
26/212

026.アジルバ市街戦、開始


 アジルバの街の中央通りを兵士たちが整然と並び進む。

 皆きらきらと陽光を照り返す金属の鎧を着ており、この日のためにぴかぴかに磨いた槍を手にしている。

 中央通りは、馬車三台が並んで通れるほどの広さがあり、普段はその上で左右に露店が並ぶ余裕があるのだが、今は城壁の入り口からその半ばまでびっしりと兵士たちで埋まっている。

 雑然と歩いているのではない。全員が一定の間隔を空け、足並みを揃えて行進する。この日のために訓練を重ねてきたのだろうことはその整った様から容易に想像できる。

 街の人間たちは皆これを見て驚いたものだ。普段は横柄で偉そうにふんぞり返っている兵士たちが、びしっと背筋を伸ばし秩序だった行動をとっているのだから。

 恐怖と嫌悪の対象でしかなかった兵士たちは、今日だけは、凛々しく雄々しき、民を守る精兵に見えよう。

 そうするよう命じられてはいたのだが、中央通りに集まった民衆たちはいつしか自分から声を上げていた。

 美しいものは、美しいのだ。そしてこれを受ける兵士たちもまた、どこか照れくさそうにしながらも、この声に応えるべく指揮官グレンマウザーに徹底的にしごかれた行進を一心不乱に行う。

 列の中央部にいる逞しき体躯の男、グレンマウザーは、内心のみで安堵の息をもらす。


『どうにか間に合ってくれたか。戦う予定の無い兵ではあるが、戦う姿勢の無い兵ではそもそも脅しにすらならん。これでどうにか侯爵様に面目は立ったな』


 グレンマウザーの常識では考えられぬほどに軍規が乱れた兵たちであった。そこらの傭兵団の方がマシに思えるほど戦意の無い兵士、そして侯爵の好みで集めたらしい素行不良兵。

 これらを全て力ずくで捻じ伏せ従わせ、どうにか訓練を行えるところまでもっていったのだ。できるのなら街中での蛮行も律してやりたかったがとてもそんな余裕はなく、また侯爵も出兵までの間ならと見過ごす考えであったのでグレンマウザーはそこには目を瞑った。

 ちら、と横を見るととても戦場に向かうとは思えぬ豪奢な馬車が見える。これに侯爵が乗っているのだ。思わず溜息が漏れる。

 せめても跡取り息子は騎乗し戦う意思を見せてくれているので、まだマシと思うことにした。騎士学校を卒業してるでもなく剣もまだ未熟ではあるのだが、下手な騎士よりよほど目端が利くし勇気も備えている。侯爵がやたら自慢してくるのもわかるというものだ。

 彼、オホト・バルトサールは今列の先頭にいる。これだけの規模の行軍を、魅せるように進ませねばならない。となればその先頭は後ろを見ずに隊列の速度を維持しなければならず、案外難しい役どころなのだ。

 彼はいきなりその役目の一人となったのだが、周囲の助けもあろうが上手くやれているようだ。侯爵の言うように、先が楽しみな若武者だ。

 そろそろ先頭が役所前に辿り着く頃だろう。前方を馬上より眺めると、かなり前の方からだが隊列が静止し始めているのが見えた。

 隣の馬車からバルトサール侯爵が降りてくる。すぐ側に用意してあった馬に乗った侯爵は、ゆっくりと列の前方に向かって進んでいく。

 グレンマウザーは僅かに緊張を見せる。この式典にて、侯爵は宰相閣下への抗議文を読み上げ、宰相閣下に対し軍を挙げると宣言するのだ。このことは兵士たちには伝えられていない。

 当然、兵たちは動揺するだろう。だが、充分な訓練で鍛え上げた兵士たちであり、また侯爵があくまで抗議の挙兵であり他の領主も共に立ち上がる旨を告げれば、兵士たちの動揺は収まるだろう、と考えていた。

 それが他所の領地ならば危ういのだろうが、ここ、侯爵領ならばいける、とグレンマウザーは考えていた。

 元々領主公認で違法の奴隷取引を行っている街だ。国よりも領主の意思を優先する土地柄であるのだろう。侯爵領の兵が立ち上がるのを確認した後ならば、他領の兵たちも続きやすかろうて。

 後は元帥閣下率いる国軍が出てくるかどうか。そこまで辿り着けば勝利は間違いない、と侯爵は断言していた。よほど自信があるのだろうと、グレンマウザーは彼の言葉を信用していた。

 ようやくグレンマウザーの所も行進が止まる。しばらくは退屈な待ち時間だが、ここでだらけるような真似はするな、とさんざ怒鳴ってきたのは自分である。

 グレンマウザーは馬上にてぴくりとも動かぬまま式典が終わるのを待つ。

 これといって問題は起こらない。街の中に腕の立つ胡乱な輩が入り込んでいて、食堂や奴隷市場で暴れて回ったという話があったが、それ以上の問題にはならなかった。

 心苦しいことではあるが、恐らくは配下の兵士の仕業であろう。それも今日までだ、と心の中で街人に詫びるグレンマウザー。

 役所前でのセレモニーが終わると、行列は再び進み始める。

 グレンマウザーがソレを見つけたのは、ちょうど役所の前まで辿り着いた時であった。






「あー、コイツらぜーんぶ、豚の兵士なのよね。もうそう考えるだけで気持ちよくて天にも昇りそっ。これぜんぶ、ぜーんぶ、殺していいのよね」


 スティナは役所の近くに待機していた。

 式典が終わると隊列はT字路を右折していく。これが半ば近くまで来たところで、より正確に言うのなら、総指揮官であるグレンマウザー元将軍が来るまで、待っていたのだ。

 スティナは足取り軽く歩み寄りながら大声で叫んだ。


「はーい! こんにちはグレンマウザー将軍!」


 群集を掻き分け、スティナは手を振りながらまっすぐグレンマウザーのもとへと。


「一つ! 聞きたいことがあるのよ! ねえ、将軍! 仮にも将軍にまで昇り詰めた戦士が! よりにもよって豚の下僕に成り下がった気分はどうかしら!」


 いきなり声をかけ行列に近寄るなぞ、無礼にも程がある。

 それだけでも周囲の兵士たちは気分を悪くしていたのだが、その後に続いたグレンマウザーを揶揄する台詞に、彼らは激昂した。


「貴様! その口を……」


 そして、スティナがかぶっていたフードを捨てた途端、彼らの威勢はしぼんでいってしまう。

 その輝くような麗しき容貌に、兵士たちは思わず見惚れてしまったのだ。

 ただでさえこの街では女性が表を出歩くようなことはなく、綺麗どころは皆金持ちでなければ目にすることもできぬような場所に集められてしまっている。

 そこにこれまで見たこともないような美人が降って湧いたのだ。耐えてきた厳しい訓練も、この一瞬だけは、彼らの頭から忘れ去られていた。


「構え!」


 そうグレンマウザーが叫ぶと、弾かれたように兵士たちは動き出す。

 兵士たちはものを考えてそうしたわけではない。体が勝手に動いてくれる、そのレベルまでグレンマウザーは彼らを鍛え上げていたのだ。

 スティナは兵たちが布陣しても足を止めぬまま大声を張り上げる。


「第十五騎士団はこれより貴軍に攻撃を開始します! せいぜい! 無様に足掻いてみせなさい!」


 スティナが腰に下げているのは剣一本のみ。対するは槍を構える侯爵軍兵士。間合いは圧倒的に槍が長く、その槍を以ってしてもまだまだ間合いは遠い。

 グレンマウザーの目が驚愕に見開かれる。スティナの姿が、馬上から見下ろす形であったにもかかわらず、グレンマウザーの視界から消えてしまったのだ。

 いや、すぐに視線を動かす。居る。見逃した時間はほんの僅かであるが、この距離で、人一人の動きを見失うなどという経験は、グレンマウザーの戦歴にも無かったものだ。

 グレンマウザーすら一瞬見失ったものだ、兵士たちなどひとたまりもない。

 最前列の兵士が高々と血飛沫を上げて倒れる。上がった飛沫は二階建て建物の屋根にまで届くほど。行進が止まったため、不審そうにしていた列の後ろの方で、なんだあれはと声が上がっていた。

 一人、二人、三人、四人、瞬く間に兵が倒れていく。グレンマウザーは緊急事態だと判断した。たった一人が殴り込んできた、ただそれだけであるはずなのに、グレンマウザーはこれを軍として応対すべき事態であると考えたのだ。

 その判断の早さは、数多の戦場を渡り歩くことで培ったものであろう。


「第七中隊前列に並べ! 第八! 第九小隊駆け足! 直ちに集合せよ! 伝令! 第十五騎士団なる敵による襲撃ありと侯爵様、ならびに最後尾のアズルカ副隊長へ伝え警戒を呼びかけよ!」


 ああ、だが、第八中隊、第九中隊はおろか、一番側にいたはずの第七中隊ですら、展開は間に合わなかったのだ。

 スティナは数を斬ることには拘らず、走る速度を落とさぬことに注力した。ほぼ隙間などないような兵と兵との間を、回るようにすり抜けていく。

 あちらこちらから突き出されてくる槍も、まるでものともしない。蝶を手で払った時のようにひらりひらりとかわされてしまい、しかしスティナの速度は全く衰えない。

 そしてスティナの剣の間合い内へと踏み入った、或いは踏み入られた者は、皆が皆、上空高くへと血飛沫を吹き上げる。スティナはこれまで殺した全ての者を逆袈裟にて下から斬り上げており、スティナが走った後には血柱が次々並び立つ。

 グレンマウザーは一瞬迷った。ここは指揮官として引くのが正解だ。だが、兵たちの見本である教官としては、彼らに勇気を示してやらねばならない。

 迷いの答えは出なかった。出る前に、スティナが更なる加速を見せ、一撃でグレンマウザーの乗る馬の首を斬り飛ばしたのだ。巨大な馬首が回転しながら宙を舞う。落下するグレンマウザー。


「ねえ将軍。貴方はどうして豚の手先になんてなったのかしら?」

「将軍を守れー!」


 命を捨てて飛び掛ってきた兵士を、三人同時に斬り倒す。彼らの犠牲でどうにか立ち上がったグレンマウザーは、ふと気がつく。左右両方の手首より先がない。


「あの豚の下につくってことがどういうことか、わかっていらっしゃらない?」

「今だ! 皆一斉に飛び掛り盾になるぞ!」


 スティナとグレンマウザーの間に強引に割り込もうとした兵士たち二人は、勢い余ってそのまま反対側に突き抜けてしまう。それは、駆け寄った時首を飛ばされてしまったせいだ。グレンマウザーは、今度は両腕の肘より先が失われていることに気付いた。


「あの醜悪な豚が、兵を、軍を手にしたら何をしでかすのか、わからないというの?」

「うおおおお! 将軍の腕がああああ! チクショウ! お前らこのままで済ますんじゃねえぞ!」


 一斉に五人が飛びかかってくるも、スティナには触れることすらできない。スティナとグレンマウザーとの間合いは変わらず、スティナがグレンマウザーを斬るのを止めようと踏み込んだ全ての兵は一人の例外も無く全て斬られた。グレンマウザーの、両肩までが斬って落とされた。


「あの豚の敵を倒す剣になるというのなら、あの豚を守る盾になるというのなら、私はその全てを殺して回るわ。将も兵も区別無く、いえ、将は特に念入りに、殺してあげる」


 グレンマウザーは結局最後の最後まで、何も言い返すことができなかった。

 別に言い返したいと思っていたわけではない。グレンマウザーがこの時考えていたのはそういうことではなく、只々この女に驚いていただけだ。グレンマウザーですらまるで手に負えぬ至高の剣技といい、単身で軍相手に乗り込んでくる胆力といい、為す術なく殺されるしかない状況に持っていかれた事といい。だからグレンマウザーが最期に考えたのは、怒りに微笑む美しいこの女性のことだけであった。


『凄いな、この女』






 隊列の最後尾は目立つ目立たないで言えば目立たない場所だ。沿道の民衆たちも兵の行進に飽きてしまっていて、声援もおざなりになっている。

 それでも整然とした隊列を維持できる者が、最後尾周辺には集められているのだ。ここが乱れていては全体の見栄えに関わる。

 兵士としても優秀な者が多く、街中では狼藉をあまり行わぬ者がここに来る。貧乏くじを引きやすい者、という言い方もある。

 この後方集団をまとめるはアズルカというこの集団全体の副長である。別働隊を組織するならそちらの指揮官を任されるような立場であり、グレンマウザーほどではないが充分に経験も実績もある。

 だが、そんな男であっても、その状況は彼の理解を遥かに超えたものであった。


「弱い! 弱すぎるぞ貴様ら! 少しはその豪勢な武装に恥じぬ働きを見せぬか!」


 最初、偉そうに口上を述べながら姿を現したのは、万人がそうであると認めるであろう小娘であった。

 アズルカも少女の言う、第十五騎士団による攻撃開始との言葉がよもや宣戦布告の類であるとは思いもよらず。それが真実であるとわかったのは、その少女のあまりに可憐な様をみて軍規を忘れにじりよった馬鹿共が皆殺しにされてからだ。

 隊列後方に位置するこの場所には、心がけのしっかりした者以外は置かなかったはずなのだが、少女の容貌があまりに優れていたせいか、兵士たちは彼女を我が物にしようとアズルカの制止も聞かず襲い掛かっていき、次々と斬り伏せられた。

 不心得者が全て斬られると、アイリ・フォルシウスと名乗った少女は不思議そうに小首を傾げた。その様の可憐なこと。戦士であるアズルカの鼓動すら速まったようであった。


「む? 何故にかかってこぬのだ? この私を相手に先を取られて尚、戦えるとでも言うのか?」


 その声で我に返ったアズルカは直ちに陣形を整えるよう配下に命じる。アズルカの一声で周囲の兵たちが一斉に動き出すのだ、いまだ何が起こったかわからぬ観衆たちはその一糸乱れぬ動きに驚きと感嘆の息を漏らす。

 だが、そのようなまっとうな布陣、アイリに通用するはずもない。


「そうだ! それで良い! 驚いた顔で死ぬ馬鹿なぞを相手にするのは気分が悪い!」


 アズルカが前進を命じるまでもない。アイリの方から突っ込んでいく。並べた槍先に向かって、いったいどうするつもりかと緊張する兵たち。アイリは槍の先端を弾くように剣を振るった。

 十本。槍が十本まとめて真横に弾かれた。まっすぐ前を向いていたはずの槍は横薙ぎの衝撃に耐え切れず、まっすぐ真横を向くまで飛ばされてしまう。直接アイリの剣を受けた槍なぞ持ち手が堪えきれず手を離し飛ばされてしまうほどだ。

 そして剣を返すと、今度は反対側の槍が八本弾かれる。こちらも真横にまで槍先が向き直り、アイリの前には無防備に晒された兵士たちが。

 慌てて弾かれた槍を戻そうとするも、アイリの踏み込みに間に合うはずもない。次々と兵たちは斬り伏せられていく。

 その斬りっぷりを見てアズルカは仰天する。


『なっ! なんだあれは! 受けに回した鎧も槍も! まるで布きれのように斬り裂かれているではないか! あれはもしや世に伝え聞く、決して折れず鉄をも斬り裂く魔法の剣とやら……』


 直後、盛大な音と共にアイリの剣が折れ飛んだ。が、アイリの動きはこれを予測していたかの如く止まらない。

 倒れた者の剣を抜き取り、何事も無かったかのように再び暴れ始める。そして奪った剣でも、それまでと同じように鎧も槍も千切り斬ってしまうのだ。


『……つまりあれは、あの者の膂力が並外れているということか? あのように小さい娘が……』


 ふと、アズルカは思い出した。先のサルナーレの戦いにおいて、二人の女騎士を含む三人の騎士たちが三千を相手にこれを撃破したという話だ。

 そんな馬鹿なと一笑に付したアズルカであったが、つい先日も剛勇ガルファクシが街中で小柄な者に討たれた。証言を聞くと、その者の声はまるで少女のように高い声であったという。

 また奴隷市場であった狼藉者二人が二十人を殺傷した事件も、片方はかなり小柄な者であったらしい。

 アズルカは首を振ってそうした余計な思考を振り切る。今はこの者を如何に屠るかのみを考えればいいのだ。


「小隊毎にそやつの前後左右を取り囲め! 背後より槍を突き出せばかわせる者なぞおらぬ!」


 指示に従ってアイリを取り囲もうと動く。アイリがそれを待っていてやる道理は無いのだが、正面に槍衾を作った連中を殺しきるまでの時間を使って、彼らを生贄に捧げることで、包囲の猶予を作り出したのだ。

 包囲されかけていることにアイリも気付いてはいた。だが、取り囲みに動いた人数を見てこれを制するのをやめる。


『そちらから来てくれるというのなら、むしろありがたいわ』


 一度圧倒的多数と戦っているアイリは、効率的に数を減らす術を身につけていた。敵を倒すための移動距離は短ければ短いほど良い。

 敵は全て槍。アイリは剣であるからして間合いの利は敵にあるのだが、アイリの出入りの速度についてこれぬのなら、逆に槍の長さは己を縛る重しにしかならぬ。

 槍を振り回す速度より、槍を突き出す速度と比べてすら、アイリの全身が駆ける速度がより勝るのだから兵士たちにはまるで為す術がない。

 次々倒れていく兵士たち。この時アズルカは馬上にて、彼の上司グレンマウザー同様に判断に迷っていた。

 何が起こっているのかアズルカにはわからなかった。自分は閲兵式を行っていて、街の者に兵たちの行進を披露していたはず。それが終われば街を出て領内を行軍して回る。間違っても戦闘なんてものは予定されていない。なのに、これはなんなのだと。

 この時のアズルカにはまだ反乱挙兵の話は来てはいなかった。閲兵式を行なった時役所の前で訓示を語っていたバルトサール侯爵が反乱の兵を挙げると宣言はしていたのだが、その話が聞こえたのは前列の者のみで、他は街を出て野営した時改めて説明される予定であったのだ。

 なので閲兵式の最中、突如聞いたこともない騎士団の名を名乗り突っ込んできた者が、何を思ってそうしたのか全く心当たりが無い。

 それが戦の最中だというのならわかる。だが今は平時であり、ここは街中であるのだ。アズルカはまるで麦の穂を刈るかのように兵を斬っていくアイリに向かって怒鳴った。


「貴様! いったいなんのつもりがあって侯爵様の軍に剣を向けるか!」


 すると剣戟の最中から怒鳴り返してくる声が。


「戦の最中に戦の理由を問う兵があるか! この愚か者が!」


 これが戦だなどとアズルカは断じて認める気はない。ふざけるなと怒鳴りつけたくなる話であったが、この返答でアズルカの腹も据わった。相手がなんであれ戦のつもりで挑んできていることだけはよくわかったからだ。

 アズルカは自身は大きく後退しつつ自らの前に陣を敷き槍襖を構えさせ、その背後に弓を構えた兵士を配する。

 槍襖を備えた兵士たちの陣には、二つの隙間が作られている。この形が整うなりアズルカは包囲している兵士たちに後退を命ずる。

 散々に討ち減らされていた兵士たちであったが、アイリの剛勇があまりに現実離れしているため、その動きの速さも重さも信じられず馬鹿みたいに突っ込むだけの愚直な人形と成り下がっていたのだ。

 そんな彼らもアズルカの命令で正気に戻る。すると、付近に撒き散らされている輩の無残な遺体に目が行き、彼らは勇気を旨とする兵士たちであったが、みな悲鳴を上げながらアズルカの方へと逃げ込んでくる。

 彼らには作った二本の隙間を通るよう指示し、アズルカは追いすがってきたアイリに向けて、矢を放たせた。

 悲鳴と怒声。これはどちらも退却してくるアイリを包囲していた兵士たちのもの。やめろ、味方だ、そう叫ぶ彼らを無視して、いやさ、無視しろとアズルカが強く命じて雨あられと矢を射掛け続ける。

 矢を一々切り払うのは面倒なので、アイリは逃げ遅れた兵士をとっ捕まえて彼を盾にする。アイリの目は副長アズルカのもとに集まっていく兵士たちを捉えていた。


『ふむ、頃合か。これ以上は集められぬであろうし……そろそろ指揮官を狩るとするか』


 指揮官が残っていた方が周辺の兵士たちを集めさせるには都合が良い。が、見える範囲の兵士たちは概ね敵指揮官の指示を受けられるような位置に入り、戦いらしい戦いができる形になっている。

 ならばもう敵指揮官は必要あるまいと、アイリは盾をかざしてまっすぐ敵陣中央目掛けて走り出した。



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