025.正しい情報が集まったとしても、正しい選択が出来るとは限らない
スティナの内心は、現在愚痴に塗れていた。
『……あの子が馬鹿やってもレアが止めてくれると思ったのに……』
どうやら第十五騎士団には馬鹿しか居ない模様。さすがに泣きたくなってくるスティナである。
せめても必要な情報を手に入れるため無茶をした、殺さざるを得なかった、そういうことなら納得はしないでもないが、ケンカを売られたからつい殺したではもう、本当、どうしていいのやら。
だが、そこは比較的常識人スティナさんである。
『幾らなんでもこれはちょっとおかしい? もしかしてこの街って普通に見ているだけ、歩いているだけで殺し合いになるような街なの? どうしよ、ちょっと私も歩いてみようかしら』
実は悪いのはこの街なのではないか、と思い始めてしまった。王子だったり騎士だったり貴族だったりする人たちが、チンピラ紛いの真似を当たり前にするのはおかしいと思ってしまったのだ。
それにこの街、というか領地は全体的に歪だ。他に類を見ないほどの苛政により抑圧されきった民衆たちや、まるで戦時下にあるかのような不穏な緊張感が、あの三人の暴挙を招いたのかもしれないと。
自分の目でも街の住民の様子を見ておく必要が有る。スティナはそう思い、昼間の調査予定を街中散策へと切り替える。
今まで商人や役人の生活をさんざ覗いてきたのだが、それほど珍しいものはなかった。敢えて言うならば夜の生活が皆元気だったというぐらいか。中には昼間から元気なのも居た。金持ちは皆誰も彼も女に不自由はしていないようだ。
なのでスティナはそれほど民が圧迫されているとは感じなかった。だが、街中をそれと意識して半日も歩いてみるとスティナの勘に引っかかるものがあった。
街中を楽しそうに歩く者と、人目を憚るように歩く者で完全に二極化されているのだ。
楽しそうに大きな態度で街中を歩く者は主に兵士たちだ。よく見ると、私服で出歩いている態度の大きな者もそのほとんどが立ち居振る舞いから兵士であるとわかった。
食堂や露店、宿などは客のほとんどが兵士であり、兵士以外の者を見るのは市場ぐらいか。これも品揃えがあまり良くない。安く悪い物が多く並んでいる。
後気になるのは、やたらと酒が売れているらしいことぐらい。安酒が馬鹿みたいに山と並んでおり、観察しているとほとんどの客がこの安酒を買っていっている。
『……色々と末期な気配漂うわねこの街』
買い物に来ているおっちゃんたちの会話を盗み聞くと、皆閲兵式が終われば兵士の数は減るからそれまでの我慢だ、と言っているようだ。
他に驚いたのは、彼等奴隷を買う余裕も無いような民たちも、奴隷法は良くないと言っていることだ。理由をよく聞くと、奴隷法が無かった頃はこんな無茶なやり方で領主様は女たちを持っていったりしなかったから、らしい。スティナはなんとも言えない気分になった。
これだけ無茶をしておきながら、領主への反感はそれほど無いようで。スティナは、これだと領主ぶっ殺した後の対応が面倒になりそうだと渋い顔になる。
『なんなのかしらね? 随分儲かってるみたいだし、利益がしっかり街の人にも行き渡ってるの? はぁ、民ってのは、家族やら隣人やらかっさらわれて、それでもお金がもらえれば満足するものなのかしら』
スティナには理解できない話だ。スティナにわかるのは、売り飛ばされた女の子たちが、売られた先でもなんとか楽しく過ごそう、幸せに過ごせるようになろう、と涙ぐましい努力を続けていることぐらいで。
その努力とは概ね他者を蹴落としたり騙したりする類のものであるが、そういったタフさをスティナは嫌いではなかった。絶望して全てを投げ出してしまっている子を見るより、よほど気分の良いものだと思うのだ。
民のことを考えると気が滅入ってくる。スティナはそんなことを考えながら夕暮れ時まで街を歩いてみた。
スティナは街中での隠密活動は得意中の得意である。なので目立たぬように歩くのも、店に入るのも、手慣れたものだ。となれば当然あの三人のようにアホなトラブルに見舞われることもないし、自らトラブルを起こすようなこともない。
ただ、ここまで兵士が幅を利かせているような街では、アイリや、意外にケンカっぱやいイェルケルには過ごしづらいだろうとも思った。スティナもここまで兵士が横柄で無法な街はあまり記憶に無い。
それは恐らく、閲兵式が近く兵士が集まっているせい、だけではないと思えた。街を色々聞いて回っていると、兵士が集まる以前からこの街では剣を帯びた狼藉者が我が物顔でうろついていたらしいし。
日が落ちかけてきた。
スティナは夕食時に合わせて、この街で最も潜入が困難な場所の一つ、領主の屋敷へと忍び込む。
屋敷の側まで来ると、昨日様子見に来た時よりも衛兵の数が増えている。
『あのアホ共のせいよねこれ。……後でシメよう、そうしよう』
なんて文句を漏らしながらも、潜入にスティナがてこずった様子はまるで見られない。
スティナの身長より高い壁に対し、そのてっぺんに手を伸ばしつつ軽く飛ぶ。まるで体重など無いかの如くひらりと体は壁の上へ舞い上がる。
壁のてっぺんにて瞬時に周囲を確認。敷地内、見える場所に人は三人。裏庭に衛兵が二人巡回している。後一人は庭の手入れ道具を片付けている、恐らく庭師。
跳んだことで失われた自身の重さが、壁の上に落ち着いてしまう前にスティナは壁の内側へ飛ぶ。こうすることで壁を蹴る音を極限まで小さくするのだ。
着地と同時に走る。衛兵二人は会話をしていた。庭師はこちらを向いていたが、剪定道具を拾い上げるべく腰を曲げていた。
屋敷の壁に辿り着く。昨日レアに教えてやった壁跳びにて、二階建ての屋根まで一息に登り切る。壁跳びのみで屋根を登るのは少々難しいのだが、これもまた慣れである。とレアに教えたら、一発で静かに登るやり方までできるようになった。スティナはこれにより、レアの騎士団入団に積極的に賛成しようという気になったものだ。
どこの建物でもそうだが、屋根の上を監視している家というものは少ない。というか無い。なので一度屋根まで登ってしまって、そこから潜入の機を計るのが効率的なのである。
庭師が顔を上げる前に壁を登り切ってしまうと、これで一段落。屋根の上から庭全体を眺め兵士や使用人のいる場所を確認し、彼らの視界に入らぬ場所で屋根の縁に足を引っ掛け足首だけの力で全体重を支えつつ、二階の窓を覗き込む。安全確認良し、中に滑り込む様はまるで蛇かトカゲのようで、するりと音もなく侵入する。
この潜入術はスティナの化物じみた身体能力があってのものだ。アイリも一応同じことができるが、これはスティナに教わったからでスティナほど巧みに行えはしない。
スティナは部屋の絨毯をめくりあげ、その下の板を丁寧に、しかし力任せに引っ張り外すと、その下にある真っ暗な空間に身を沈める。開いた板がぱたんと閉じると、これに合わせてふわりとじゅうたんも覆い被さり、元々そうであった姿へと戻った。
一階と二階の隙間の天井裏を移動すると、スティナはとある一室の上で止まる。食堂だ。下から声が聞こえてきた。
「……こうしてお前と共に夕食を取るのも久しぶりであるな。もっと家に帰ってこぬか」
「申し訳ありません父上。案外に騎士学校というものは忙しいものでして……」
「良く言うわ、どうせ女遊びに精を出しておるのであろう。で、どうなのだ? このバルトサール家に相応しい武勇伝の一つや二つこさえてきたか?」
「武勇伝も何も、私の動向なぞ全て報告されているでしょうに」
「それは報告であって話ではない。ほれ、あの、マルヤーナの小娘の件、あれの話をせぬか」
「ああ……あれは今になって思えば、随分と勉強になりました」
「ほう?」
「騎士学校の教官が言っておりました。『騎士学校での人間関係は、この先の貴族人生の縮図である』と。同派閥の者だけではなく親同士が敵対しているような派閥の者とも利害を整え、貴族間の恩讐を過たぬよう教官たちにも気を配りつつ話を合わせ、一つの目的を果たすため皆が同じ方を向けるよう調整する。あやつを思い知らせる、ただそれだけを考えていたら絶対に上手くいきませんでした」
「おお……それで! どうしたのだ!」
「はい、最初のうちは当たり前に皆が協力してくれるものと思っていたのです。ですが、誰も彼も口では気に食わないだのなんだの言いながら実際に行動を起こすとなれば躊躇します。私は苛立ちのあまり他者に当たるようにまでなってしまいました。ですが、ふとしたきっかけで、敵対派閥の者が私の言葉を聞いてくれたのです。私はその時、これだと思いました」
「うむうむ。いったいどうやって敵を味方にした?」
「至極単純な話で。アレを追放するのはそもそも奴らも望むところだったのですから、後は奴らがそうしやすいように、或いは親しげに声をかけ、或いは友にするかのように配慮をし、或いは教官にそれとなく誘導してもらう、そういった工夫で面白いほど彼らはこちらの意を汲んでくれるようになったのです。必要だったのは、ただ己の正しさを声高に主張するのではなく、こちらの思う動きを彼らが快くできるよう準備することだったのです」
「うむうむうむうむ」
「父上がよくおっしゃっていた、根回しというものがどういうものなのか、それが如何に重要なものかがよくわかりました。こうした根回しをせぬまま何をしたところで、大きな仕事は決して実現できぬであろうと」
「うむ! 素晴らしいぞオホト! 良くぞ、良くぞ気付いた! お前の年でそれができる者はそうはおるまい!」
「ははははは、その通りです父上。あの一件以降学校では皆何事につけ私を頼ってくれるようになりました。いやぁ、おかげで過ごしやすいこと過ごしやすいこと」
「うっはははははは、それはそうであろうとも。いや、実に良き話を聞けたぞ。さすがは我が息子! バルトサールの跡取りよ! その調子で弛まず怠らず精進するのだぞ」
「はいっ!」
盛り上がってる親子を他所に、天井裏でこれを聞いていたスティナの目が自然に細まっていく。
『いやこれ嫉妬にかられてレアを学校から追い出したって話でしょ? 何を良い話みたいにまとめてんのよ』
室内からは笑い声が絶えず響いており、今はオスカリ・バルトサール侯爵が上機嫌で息子に対し貴族のなんたるかを語っている。
聞いているのがいい加減馬鹿らしくなってくるが、忍び込んでの情報収集とはそもそもこういったものなので、スティナは無駄話にもそれなりに耳を傾けている。
やはり一番時間効率が良いのは、物知りを拉致しこちらの質問に答えさせしかる後処分する、という形であろう。最善は情報公開処置を行う際大声が漏れぬ場所に標的がいることで、その時はその場で聞いてその場で処理すればいい。
めんどくさい、めんどくさい、めんどくさい、と心の中で唱えるスティナに、ようやく実のある情報がもたらされたのは食事もデザートが出てくる段になってからだ。
「父上、王都に残ってくださる方はどなたでしたか?」
「ケネト子爵だ。アンセルミめとの交渉ができる者となると限られてくるからな。子爵ならば充分にその役目を果たせよう。こう言ってはなんだが、領地に戻って兵を挙げる方が金はかかるが楽と言えば楽であるからな。子爵には苦労をかける」
「……その、このようなことを今言うのもどうかと思うのですが……宰相閣下はこちらの話を聞いてくださるでしょうか。もし元帥閣下に討伐令が下りでもすればこちらの兵力を考えるに……」
「まったくその危険が無いとは言わぬ。だが、今日この時に至るまでに宮廷内には充分な根回しを済ませてある。ほれ、お前も言ったであろう。それが皆が望んでいることならば、後は行動しやすいよう準備を整えてやれば良いと。つまる所はそれと一緒よ。奴隷法なぞ本音では誰も欲してはおらぬのよ。それをあの何かを勘違いしている宰相に教えてやるだけだ」
「おお……さすがは父上。我らが千。志を同じくする皆さまの兵力と合わせて三千。そこまでいけば騎士団や他所の領主でも手は出せませぬ。そして国軍は宮廷内工作で抑える、そういうことですか」
「その通りだオホト。いいか、法を越えるのを恐れてはならぬ。だが法を甘く見てもいかん。相手がこちらを処分できぬ理由と実力を、身に付けるのだ」
「はい、勉強になりました」
内心で感嘆の声をあげるスティナ。
『わーお、あのじいさん大当たり。宰相閣下は……これ多分わかってないわね。私がさんざ調べてたのに、この話が出たのココだけだもの。あいっかわらず、ムカツクぐらい手強い豚だわ』
今回兵を集めたのが閲兵式ではなく反乱のためである、と知っているのは本当に極一部のみなのだろう。スティナがこれまで調べた所でもこの話題は一切出てこず、皆閲兵式をすると本気で思っていた。
最低限グレンマウザー元将軍ぐらいは話が行っているだろうが、他は秘密のままで話を進めているようだ。いきなり兵を挙げると言い出しても皆を引っ張れる自信があるのだろう。
同時に他領地でも兵を挙げる話があるようだが、そちらは察知しているのかどうか。どの道、今から宰相閣下に確認する術は無い。
今ここでバルトサールを殺すのはそう難しくはない。だが、やっていいものかどうか判断に迷う。
閲兵式が終わればバルトサール侯爵は千の兵と共に行軍することになるだろうから、暗殺の難易度は跳ね上がる。今晩を逃せば、機会は失われるだろう。明日はもう閲兵式だ。
聞こえてくる、もう何年も殺してやろうと狙っていた屑豚の声。
ふと、今ここで後も先も知ったことかと殺してしまってはどうか、と考えてしまう。両手足を切り落とし無残に這い蹲る豚の首を、とそこまで考えたところでスティナは首を振る。
下から聞こえてくる笑い声。これに合わせてスティナは移動を始めすぐに屋敷を出た。
隠れ家の屋敷で、おおよそのものがはっきりとしたバルトサール侯爵の企みを、イェルケル、スティナ、アイリ、レアの四人で話し合う。
バルトサール侯爵は明日、アジルバの街に閲兵式を行うという名目で集めた千人の兵士を使って反乱を起こす。
千人の兵士はそのまま出陣し、周辺領地を回って同じく蜂起した領主たちを集め三千の兵を揃える。そしてこの三千の兵を見せ戦力として宰相アンセルミ閣下に奴隷法の改正なり破棄なりを迫る。
といった話である。単純に戦力だけで言うのなら三千ではまるで国軍に歯が立たないが、宮廷内工作により話し合いで収める段取りは付けてあるそうな。
そこまで準備があるのなら、恐らく宰相閣下は奴隷法改正を飲まざるを得ない状況になるのだろう。もしかしたら元帥派閥にも話は通っているのかもしれない。
イェルケルが確認するように訊ねる。
「なあ、奴隷法改正ってことは、私が見たアレが常態化するということか?」
レア、あまりよくわかっておらず、奴隷にも興味がないのでスルー。
アイリ、イェルケルと同じく頭に来ているので、自分を冷静に保つべく無言のまま。
なので残るスティナが答えるしかない。
「非合法故の雑な扱いって部分がありますから、多少待遇は改善されるのではありませんか? 侯爵領だけでまかなうのが厳しいからこそ他所でも奴隷買い取りをやらせろって話ですし、むしろこの領地に限っては生活しやすい場所になるんじゃないですかね」
「ははは、面白い冗談だなスティナ。あの豚が、今まで儲けていた事業を縮小するとでも? そもそも犯罪性の高い女奴隷の取引を強く制限することが、奴隷法の大きな目的であったのだろう。これを解禁したなら、ようやく資金を失い弱体化してきた国内の犯罪組織が再び力をつけてしまうぞ」
イェルケルに見えるように嘆息するスティナ。
「つまり殿下は、豚の企みをどうにかしたい、とおっしゃるわけで」
「そうだ」
「まだ今晩がありますから、四人がかりなら豚暗殺は問題なく成功できるでしょう。ついでにこれまでの恨みを思い知らせるぐらいの余裕は持てそうですね。それでも、きっと挙兵は止まらないんじゃないでしょうか」
「そう、なのか?」
「他でもないグレンマウザー元将軍でしたら、豚が消されても平然とした顔で挙兵を行えるでしょうよ。元々豚以外にも中心を張れる貴族も豚派閥には数人いるのですから」
「では、奴隷法改正は不可避であると? あの惨状は放置どころか、国が認めるものとせねばならぬと?」
「でんか。だからって私も殿下も、痛いわけじゃないでしょ?」
スティナの一言で、イェルケルの腹が据わってしまったようだ。イェルケルより漂う殺意でそれがわかったスティナは、慌てて声をかけようとしたがもう遅い。
「わかった。今夜、バルトサールを殺すぞ。その後でグレンマウザー将軍だ。スティナ、後は誰を殺せばこの挙兵を止められる? いや、違うな。どの道他所の領地も挙兵するのだろう? ならここで一人でも多く殺しておこう。千の兵、どいつもこいつも皆殺しにしてやる」
何故か嬉しそうにアイリが口を挟んできた。
「殿下。グレンマウザー将軍は多数の兵たちと共にあります。アレを暗殺するのは難しいでしょうな。どうせ皆殺すのなら、いっそ明日全てまとめて殺れば早いのでは? そうであるのなら今晩はゆっくりと眠る時間も取れそうですし」
レアは怪訝そうな顔で聞き直す。
「え? 千人を殺すって、どうやって?」
スティナは肩を落とし、じと目でイェルケルを見る。
「えー、またあれやるんですかー。さすがに次は誰か死にますよー」
「あんな屑共に、何故我々が殺されてやらねばならん。なあスティナ。この街での挙兵そのものが失敗したならば、後に続く予定の他領主も挙兵を躊躇うのではないか?」
「奴隷かわいさでどこまで無茶するつもりですか」
「それだけではない」
「え?」
「宰相閣下のことだ。奴隷法を推したのは宰相閣下だぞ。それが貴族の反乱に屈して法を引っ込めたなんてなってみろ、閣下の権威は地に落ちよう。そうなればその分貴族なり元帥閣下なりの権勢が強くなるのだぞ」
あ、といった顔でスティナとアイリが顔を見合わせる。どちらもイェルケルにとっては敵である。それも隙あらば殺してやろうと狙ってくる敵だ。
スティナは改めて状況を考え出す。その間にレアが不思議そうに同じ問いを繰り返す。
「ねえ、千人を殺すって、どうやるの?」
これにはアイリが答えてやった。獰猛な笑顔で。
「無論、この四人で全て斬る。何、我々は前にもやっているし、その時は三倍の三千であったのだ。それに比べれば随分と余裕のある戦いになろうよ」
「え? ごめん、何、それ? 四人で千人を?」
イェルケルは顎を押さえながら悩ましげに呟く。
「前の時のように、壊走してくれるかな。下手に退却されて離れた場所で再編成とかされたら事だぞ。千に突っ込んだ後じゃ、絶対追撃する余裕なんて無いだろうし」
イェルケルの言葉を聞き、スティナは人の悪そうな笑みを浮かべた。もう面倒そうな気配なぞ欠片も残っておらず、実に楽しそうにイェルケルへと話しかける。
「殿下、殿下、でーんか。わかりました。わかりましたわ。どうやら私たちは殿下のおっしゃる通り、もう殺るしか無いみたいです。つきましては、連中の退却を防ぎ壊滅させるべく、古より伝わる兵法を用いてはどうかと考えたのですが」