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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第二章 アジルバ市街戦
22/212

022.アイリ対レア(後編)



 アイリは眼前の双剣チビに対し、これといった構えらしい構えを取らなかった。

 別に見くびっているわけではない。双剣チビの速さは尋常ではなく、またどこから飛んでくるか読みづらい双剣相手ならば、下手に構えるより自然体で待ち構えるのが良いと思ったのだ。

 敵は手数で速攻を仕掛けてくるだろう。だが、初撃をアイリが先に放てればそれで勝負は終わる。

 立ち上がり、どちらが先手を取るかの勝負。

 左右、同時。アイリはどちらも後退することで外す。アイリでも先は取れずカウンターもできなかった。鋭い。恐らく双剣チビはこの双剣スタイルに相当熟練している。

 更に止まることなくアイリに追撃の手を伸ばす。

 左右の剣が交互にアイリを狙うのだが、それぞれが独立した思考を持っているかのようにまるでバラバラな動きを見せてくる。

 手数は増えれば増えるほど、剣は単純になってしまう。ましてや二剣を同時に扱っていればその動きを制御し先を考える労力は二倍では済むまい。

 そんな当たり前の理屈を双剣チビは訓練にてねじ伏せたのだろう。一剣の時とは比べ物にならぬ攻勢圧力だ。そも、一剣の時はアイリに押されてロクに反撃もできていなかった。

 アイリの笑みが深くなる。


『実に良い! これでは私も切り込めぬ! さて、このまま双剣チビが疲れるのを待ってもいいが、それでは芸が無い。どれ……』


 切り込めぬ、なんて考えていながら、アイリは双剣チビの剣撃の一つを狙って受け弾く。すぐに次撃が襲ってくるも、これをかわしざまに突きを飛ばす。

 頬、皮一枚でかわす双剣チビ。アイリは苦笑する。


『やはり、か。受けが甘い。攻撃に意識を全て振り向けているからこそのこの勢い。とても防御にまで気が回せぬか』


 目にも留まらぬ二剣での連撃で体力が尽きる前にアイリを追い詰める。それが双剣チビの狙いであろう。

 確実に勝つのならば体力切れまで守りに徹すればいい。だが、アイリはそれを良しとせず。

 双剣チビの左剣が斬撃の合間に引かれるのを見計らって、剣を引く力に合わせこちらからも剣先で押し込んでやる。

 するとどうなるか。双剣チビの左剣は彼女が考える以上に奥に引き戻されてしまう。これが双剣チビの真後ろの方に弾かれたなら、そこで終わりだ。アイリまでの距離が遠くなれば双剣乱舞に途切れが生じてしまう。

 さきほどアイリがやったような一瞬の隙を突くようなものではない、大きな隙は当然アイリの大きな反撃を招く。そうやって放たれたアイリの剛剣を片腕のみで支えるのは至難の業である。

 なので双剣チビは力を受け流すようにして後ろではなく横にそらす。それにより、双剣チビの右剣も左剣も、どちらもが右側に揃ってしまったのだ。

 これは双剣チビの左側に大きな隙ができたことを意味する。


『まだまだぬるいわっ!』


 アイリは双剣チビの仕掛けを確認してから左側の隙を突こうと構える。だが、双剣チビの放った二剣同時攻撃に、アイリは驚き目を見張る。

 二剣を縦に二つ並べて横薙ぎに振るう。この二本の剣の間の取り方が絶妙で、これを一本の剣で受けようと思ったなら、片方は剣の根元でいいとしても、もう片方は剣の先で受けなければならない。

 剣の先は当然力が入りにくい。そこに体重を乗せた剣が叩きつけられれば、受けた剣を弾くも容易であろう。


『これを知っておるか!』


 これは二刀の技の一つだ。といってもアイリとスティナが何度もやりあった中で見出された技で、初見の時アイリはこの技でスティナに見事一本もっていかれている。

 だが惜しむらくはその時のスティナと比べても速度も重さも足りておらず、そもそも、初見でないのだからアイリには受け方もわかっている。

 アイリは勢い良くしゃがみこんで二剣の内の上段を外しつつ、下段を剣で受け止めながら下から弾き上げにかかる。

 これは似易い動きではない。しゃがみこんだ時のアイリの頭頂の高さは、双剣チビの腰ほども無かったのだ。

 それほど低く低くに沈み込ませ、そこから一瞬で跳ね上がる足腰の強さと、技を見切ってからそう動く判断能力の速さが必要なのだ。

 体重を乗せすぎたせいで、勢い良く回ってしまう双剣チビ。しかし、アイリが片方を受けてくれたので、回りすぎぬようそちらに剣を引っ掛けて無理やり回転を止める。

 これに合わせ、アイリは双剣チビのからめてきた剣を強く押し出す。双剣チビ、やむなく後退。連撃を止めざるを得なかった。

 呆然とした顔の双剣チビは言った。


「……信じ、られない。こんな完璧に返されたの、初めて」

「ふん、その程度の技で何をぬかすか。言っておくが、同じ技を使ってきたら、即座に仕留めるからそのつもりでおれよ」


 双剣チビはアイリを強く睨み付ける。まだまだ闘志は衰えていない。すなわち、勝つ算段があるということ。


『……凄い、な。三千の敵と戦った時ですら、これほどの剣豪はいなかった。或いは殿下をも超える、か?』


 イェルケルとはまた違った長所のある剣士だ。一概に比較はできないが、ぶつけてみたら面白いだろう、などとアイリは考えていた。

 双剣チビは距離を取ったことで戦い方を変えるようだ。

 小刻みにステップを踏みながら、右に左に揺れつつ距離を詰めてくる。


『この私に、足で勝負と来たか。つくづく飽きさせぬ奴よ』


 一足の間合いに入る直前、双剣チビの姿が正面視界から消え失せる。

 簡単な惑わしだ。ステップのリズムを覚えさせておきつつ、このステップの速度を急に上げて一気に視界から消える。

 だが、音が残っている。これをやるのなら足音も消さねば不十分だ。

 アイリは右回りに後ろに目をやりつつ、自らの背に沿わせるように剣を立て、背後に回りこんだ双剣チビの剣を防ぐ。音はさておき、足はかなり速い。


『まだ上がるか。確かに、貴様の体躯では速度に特化するのが効率的だが、力、技、速さ、いずれかに偏りすぎるのは結果的には効率が悪くなるものだぞ』


 ほぼ同じ体格のアイリが偉そうにそんなことを考えている中、双剣チビはアイリの回りを高速移動しながら間合いを出入りし、八方より攻撃を仕掛けてくる。

 その全てを孤剣にて弾きながら、アイリはじっと双剣チビの表情を見つめ続ける。

 彼女は必死に顔に出さぬようしているようだが、その表情から滲み出ている。早くしくじれ、と。だがあいにくと、この程度の速さと手数で受け損じてやるほどアイリは甘くない。

 呼吸も荒くなってきている。当たり前だ、彼女にとっての最高速度を出しているのだろうから、それはいつまでも続けられるものでもあるまい。

 アイリは、双剣チビの呼気が深くなる瞬間を見抜いた。


『来る』


 それまでより強い踏み出し。何をするのかはわからないが、それまでとは違った何かをしようというのはわかる。間合いまで後三歩。来た。

 なんと双剣チビは、駆け込みながら跳躍し、縦に空中一回転してきたではないか。

 こんな危ない真似、いきなりされると思わなかったアイリは不覚にも反応し損ねてしまった。双剣チビの回転は速い。一瞬を逃したならすぐにアイリの攻撃の機は失われ、双剣チビの仕掛ける番となる。

 二剣を同時に縦に振り下ろしてくる。空中で一回転しながらなのだから、当然回転の勢いに加え彼女の体重もどちらの剣にも乗っている。

 正に必殺の一撃。いや、二撃か。しかし、アイリは顔中に憤怒を滾らせる。


『二度同じ手を使う馬鹿があるか!』


 縦と横の違いはあれど、基本的には同種の技である。アイリは左剣を横にずれてかわし、右剣を頭上にかざした剣で弾く。

 右剣にも双剣チビの体重が充分乗っていたが、アイリもまた大地を強く踏みしめているのだ。力押しなどでは押し切れぬ。

 右剣のみを強く頭上にまで跳ね上げられていながら、双剣チビは体勢は崩さぬまま着地までしたのは見事であった。

 だが、直後に襲い来たアイリの膝を、かわす余裕までは無かったようだ。辛うじて片腕で受けようとしたが、受ける体勢を取れぬままにそうしたのだから、その衝撃を逃がすことなどできず。

 くぐもった悲鳴と共に、双剣チビは大地を転がっていく。


「この愚か者めが! 返し方を知られている技を使ってどうする! この場合の奇襲は目が慣れておらん突き技であろう!」


 双剣チビは痛む脇腹を手で押さえたいのだろうが、それを堪えて二剣を手にしたまま立ち上がる。


「うる、さい。その偉そうに、見下した目、今すぐ抉り出してやる」

「はっ、まだ手があるのか? ならば良い、好きなだけやってみろ。全て叩き潰してくれる」


 スティナがか細い声で言ってきた。


「おーい、アイリー。ほんとに殺しちゃだめよー。聞いてるー?」

「ええい貴様はすっこんでおれ! 今からこやつに剣のなんたるかを叩き込んでくれよう!」


 相当にアイリはコレを気に入った模様。双剣チビがどこの何者で何を目的にしているか、どんな事情を抱えているか全くわからぬ今の段階で、きっとアイリは双剣チビに入れ込む気になっているのだろう。

 長い付き合いからその辺がわかってしまうスティナは、ただただ嘆息するしか無かった。多分これをスティナが拷問したり殺したりしたら、アイリは髪が天を突く勢いで激怒するであろうから。






 レア・マルヤーナの背に月明かりが降り注ぐ。

 ローブの内に着込んでいる上着は、レアの全身から噴き出す汗で完全に変色しきっていた。

 うつ伏せに倒れるレアに、まだ息はある。いやさ呼吸は激しい。息も絶え絶えといった風情ではあるが。

 最後の最後まで握って離さなかった双剣は、既にレアの両手にはなく、両方とも大きく弾かれ大地に転がっている。

 剣を握っていられる握力すら残っていなかった。敵手であるアイリは、レアを極限まで搾り取ってやったのだ。


「うむ、実に良き戦いであった。だが、少々物足りなさもある。貴様、剣が軽すぎるわ。それでは……」


 偉そうに上から見下ろしそう言うアイリは、途中で口を閉じる。

 倒れ伏したレアが、突如半身を引きずり起こし、伸び上がるようにして片腕を突き出してきたのだ。

 二本の指を伸ばし、見下ろすアイリの目を狙ったものであったが、そのレアの手首をアイリは当たり前に掴み取る。


「……殺して、やる。こんな所で、死んで、たまるもんか」


 憎々しげに睨みつけながらそう呟くレアに、アイリは更に上機嫌になって言った。


「良くやった! その執念に免じて辛うじてだが合格点をやろう!」


 そのまま腕を掴み上げ、レアをあお向けに倒れるように引っ張り投げ、観戦していたスティナに言った。


「おいスティナ! 私はコイツを気に入ったぞ! なんとかしてコレを味方にできぬか!?」

「それを先に言ったら足元見られるに決まってるでしょーがー。……でもこの娘、ちょっと変なのよね。盗賊とも違うし、かと言って殺し屋っぽくもないし。剣もきちんと基本から学んでいるみたいだし、顔つきも品があるからどこかの貴族かとも思えるけど……」


 スティナが倒れるレアに近寄る。先ほどアイリに飛び掛ったのは見ていただろうにまるで恐れる風もない。


「で、アンタなんでバルトサール侯爵回り調べてたの? アイリもこう言ってるし、誰の敵かだけでも教えてくれれば、こっちからも情報出していいわよ?」

「……貴女たち、いったい何者?」

「第十五騎士団」

「それ、何?」

「……うん、わかってた。知名度低いのもわかってたけど、こう真っ向から知らないって言われるとちょっとヘコむわ。バルトサール侯爵の敵よ。で、アンタはどれが敵?」

「…………私もソレが敵」

「そりゃまあ奇遇ねえ。……信用されると思うそれ?」

「思わない」


 盛大に嘆息しつつ、スティナはアイリに耳打ちする。


「殿下抜きで、勝手に引き抜きとかしちゃマズイでしょ」

「ぬぬ。それは、確かにそうではあるが……」

「もしこの娘が宰相閣下の隠密とかだったらエライことになるわよ。そもそもこの娘をこっちに引きこむだけの材料何一つ無いじゃない。殺すなって言うならそれでもいいけど、だからってこの娘がこっちの味方になるかどうかは別問題よ」

「そこは、ほれ、貴様お得意の悪辣非道な策略でだな」

「そうね、それもそうだわ。アンタとその娘じゃチビ同士で似てるかもしれないけど、胸部のデキはむしろ私似なんだから説得は私向けでしょうし」

「おいこらスティナ。今日はヤケにそこに絡むではないか。そんな無駄肉ぶらさげて何が楽しいというのか」

「間違っても子供扱いされないところかしら」

「よーしわかった! 表へ出ろキサマ! 今日という今日はその性悪な口閉じさせてくれるわ!」

「上等よ、相手してやるわ。でもその前に」

「うむ」


 二人はそそくさと館からロープを持ってきて、ぶっ倒れたレアをぐるんぐるんに巻き屋敷の中に放り込む。

 そして二人で再び庭に出ると、お互い剣を抜いて向き合った。


「娼婦もどきのその無駄肉ごと叩き潰してくれるわ」

「やってみなさい、発育不良の体引っ張って伸ばしてあげる」


 おりゃー、とばかりにお互い飛び掛り、周囲に響く剣撃の音。

 屋敷の中にみのむしにされて放り投げられ放置されたレアは、一応動けるか確認すべくごろごろと蠢いてみたが、この状態から逃れる術は無いことがわかっただけであった。

 無駄だとわかるとぴたりとその場に止まり、レアは心の中だけで呟いた。


『……何、これ』


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