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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第二章 アジルバ市街戦
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021.アイリ対レア(前編)



 スティナがその痕跡に気付いたのは、アジルバの街で調査を始めてから八日目のことだった。

 建物への潜入時、スティナは建物の壁を蹴って屋根の上にまでまず登る。だが、その日そうしようと考えた建物の壁に、彼女は土汚れを見つけたのだ。

 当然自分ではない。アイリも違う。イェルケルはまだ王都。そもスティナもアイリも、壁を蹴って登ったとて、壁面に土跡を残すなんてヘマはしない。

 今、居るのか。そう考え警戒しながら屋根へと登るも、幸か不幸かこの汚れを作った者は居なかったようだ。

 本来壁についた土汚れなぞ気にする者はおるまい。だが、スティナは自分が壁を蹴って屋根へと登るからこそこれに気付けたのだ。

 スティナはその日の潜入を中止し、街中で壁についた土跡を探して回る。街にある全ての壁を調べていたらそれこそ一月も二月もかかるのだろうが、忍び込む価値の有る建物と、忍び込むに適した壁のみを見て回ればそれほど時間はかからない。

 見つけたのは合計六箇所。いずれも、領主バルトサールと特に近しいと思われる者の屋敷であった。


『敵か、敵の敵か。壁跳びができるぐらいにはマシな相手ってことらしいし、これは面白くなってきたわね』


 恐らく、活動時間は夜だろう。スティナは喧騒の中にあっても人目を誤魔化す術に長けているが、普通は素直に夜を待つものだ。

 妙にうきうきしながらスティナは幾つかの建物に目星を付け、その晩はこれらを巡回して回る。

 スティナが鍛えたのは山の中であり、そこで身につけた技術は時に街中では通用しないものであった。

 こうした技の数々を、街中で何度も実践することで隠密行動の精度を上げたスティナは、今では昼間であろうとその活動を誰かに見咎められることは無くなっていた。

 夜も更けてきた頃、今日も戻ってきたアイリを、面白いものを見つけたから付き合えと引っ張り込む。


「おいこらスティナ。役所の監視はいいのか」

「そんなものより面白いの見つけたのよ。もしかしたら殿下並にデキる奴かもしれないわよ」

「ぬうおおおい、コラキサマッ、役所の監視が重要だって言って人をあんな所に五日間も閉じ込めておいて、そんなもの? そんなものと言ったか貴様」

「あーもう、面倒臭いわね。人がせっかく誘ってあげたんだからアンタもうっきうきで付き合いなさいって」

「……何故だっ。何故キサマは常日頃からそんなにも理不尽なのに、人に説教する時だけはまともなのだ……」


 文句を言うアイリを引っ張り、スティナは街の中を見張って回る。

 不機嫌顔のアイリであったが、夜を走るアイリの姿に戸惑いは見られない。スティナがそうするように音も無く大地を蹴り、風をすら起こさぬ疾走にて暗闇を滑るように移動する。

 そして、見つけた。

 発見できたのは偶然ではない。あの土跡の主はほぼ毎晩どこかに忍び込んでいて、スティナは忍び込む可能性がある建物全てを監視していたのだから。

 月明かりのみを頼りにした薄暗がりの中にあって、壁面に微かについた土跡を見つけるのはさしものスティナでも不可能だ。その確認のためだけに、必要時以外は灯りを完全に遮断できるカンテラを持ち歩いていたのだ。

 スティナは迷うことなく壁を蹴り、土跡の主がそうしたように屋根の上へと。そして、一定のリズムで屋根を叩き始めた。

 それはあくまでしんとした深夜の街に響かぬ程度に抑えられたもので。だが、きっと、土跡の主はこれを無視はできまいと。

 屋根の縁が膨らむ。

 ぬるり、といった感じで、スティナとアイリが居る屋根に滑り登ってきた影。これに向かってスティナは微笑みかけた。


「こんばんは。良い夜ね」


 相手は顔上部を覆う程深くフードをかぶっている。背はとても小さい。警戒しているのか声は出さない。もっともフードで顔を隠しているのはスティナとアイリも一緒だが。


「ここは目立つわ。話があるから少し付き合ってくれないかしら?」


 そう言うと、スティナはさっさと屋根から飛び降りてしまう。アイリは残ったまま、じっと見つめている。土跡の主はしばし動きを止めた後、スティナに続いて屋根から飛び降りる。すぐにアイリも後を追う。

 スティナ、土跡の主、アイリ、といった並びで夜の街を歩く。

 スティナは完全に土跡の主に背を向けてしまっていたが、更にその後ろにアイリが居る。下手な動きはそうそうできまい。

 スティナが案内したのはスティナたちの隠れ家の庭。剣を抜いて暴れ回るぐらいは楽にできる広さがあり、また騒いだところで周囲は空き家になっていてよほどの音でなければ気付かれぬ場所だ。


「さて、と。色々と聞きたい所だけど、話す気ある? 無い? ああ、まあ、どっちでもいいわ。どの道、抵抗の無意味さっての教えてあげないとだしね」


 スティナが剣を抜く。土跡の主もまた、それに倣うかのように抜いた。

 土跡の主が走る。スティナが踏み込む。銀光が交錯すると、お互いの顔を隠していたフードが弾かれ中の顔が顕になる。


「あらま、思ったよりやるじゃない。……それに、やっぱり女の子だったわね」


 スティナのそんな声は、自分のフードを跳ね上げさせられたことによる。

 スティナも土跡の主も、それほど相手が女であることに驚いてはいないようだ。まあスティナに関してはフードで顔隠してても豊満な体型で速攻バレてたろうし、土跡の主もまた衣服では胸部の膨らみを隠しきれていなかった。

 土跡の主である少女の薄汚れた顔は、街中で顔を見られても誤魔化せるようにそうしたものだろう。ただ、低い背に対し不釣合いに大きな胸のせいであまり意味のある偽装にはなっていないようだが。

 おい、と後ろに控えていたアイリがフードを外しながら声をかけてきた。


「代われスティナ。ソレは私がやった方が面白かろう。くくっ、見ろ奴の顔を。相手が何者であろうとまとめて叩っ斬るといった顔をしておる。その驕り高ぶった自負心を、根元から叩き折ってくれようぞ」


 彼女の身長はアイリとほぼ一緒。であるのなら、アイリが相手をすれば性別も体躯も、一切言い訳が利かぬということだ。

 スティナはとても不満そうに眉根を寄せるも、アイリの方がより心をへし折るに相応しいのはわかったので、黙って後ろに下がりアイリに任せる。

 確かに、アイリの言う通りである。

 両手持ちに構えた剣、ぴたりと止めたその剣先から伝わってくるのは、自らの剣への絶対的な自信である。

 もしアイリよりも強かったなら。剣を納めたスティナはその時に備え、いつでも踏み出せるよう足下の大地の固さを確かめた。






 レア・マルヤーナは余裕の表情を見せる二人組を相手にしても、それほど動じることは無かった。

 別に自分が世界最強であるなどと自惚れるつもりもないが、騎士学校でも、それ以外でも、レアより勝る剣士なぞ、それこそカレリア最強と謳われたダレンス教官ぐらいしかお目にかかったことが無い。

 ただ、自分と同じ背丈の女剣士、ということで少しだけ意識した部分もある。だからレアが感じた経験の無い奇妙な感覚は、きっとそれ故だろうと考えることにした。

 時間をかけるつもりはない。レアは寸前で剣の軌道を変えることで、一刀での決着を狙う。


『なっ』


 剣先の動きを変化させた瞬間、それを読んでいたかのように変化後の剣をくぐってぬけてきたチビ女剣士。レアは咄嗟に半身の姿勢から半回転して真横にそれる。

 斜めに降ってきたチビ女剣士の剣を辛うじてそれでかわす。だが、続く連撃はかわしきれない。剣の根元で受ける。


『おっ、もいっ』


 両足を大地に深く沈みこませた構えでありながら、レアの体は受けた剣ごと後ろにずらされる。

 とんでもない重さの剣だ。これでは下手な受け方をすれば、剣を弾かれそのまま斬られかねない。チビ女剣士の連撃は続く。

 剣も、受ける場所を考えなければへし折れる。こんな重い剣は生まれて初めてだ。衝撃を足で支える体勢であるため、まるで一合毎に全身を地面に突き刺されているような感覚がある。

 そんなこの連撃、まるで止まる気配がない。

 連続攻撃は速度を上げれば上げるほど、一撃がおろそかになりやすい。

 本来ならば連続で仕掛ける中に虚実を入り混じらせることで、本命を敵に指し込みやすくすることこそが連撃の本分であろう。

 しかるに、これはなんだと。全て剛剣、全て豪撃、全てが轟打。受けるレアの全身が一合毎に衝撃に震えるのだ。まかり間違って腕だけ、いやさ上半身のみで受けるようなことになれば、それだけでレアの防御は破綻してしまいそうで。

 そんな考えられぬ強打がどこまでも止まらず雨霰と降り注いでくる。いつ終わるのか、それのみを考え必死に防ぐレアであったが、その脳裏にありえぬ考えが浮かぶ。


『ま、さか、連撃でこの重さ、ということは、まだこれは、全力ではない?』


 そんなレアの予想を裏付けるかのように、チビ女騎士は獰猛な笑顔で言う。


「良いぞ! 良いぞ貴様! よく見ておるし、動きも正確だ! 何より重心が良い! 我が剣を容易く弾くとは並々ならぬわ!」

『……ぜんっぜん容易くなんて、ない』


 内心のみでそう抗弁しつつ、レアは連撃を断ち切る機を探る。

 チビ女剣士の動きはどっしりと構えた下半身により極めて安定しており、一、二度空振りさせた程度では絶対に崩れない。なら受けることで崩す。それしかない。

 ただそれも至難だ。押し返してやろうにも、チビ女剣士の一撃が重すぎて支えるだけでレアは手一杯なのだ。


『なら、流す』


 とは思ってみたものの、流しづらいからこそ今の重さになっているという部分もあり、そう容易くできることではない。

 それでもかわすと流すを同時に仕掛けてやれば成功の可能性はある。さすがに連撃も十を超えると次撃が読める瞬間も出てくる。

 左から右へと真横に薙いでくる一撃を、レアは下から掬い上げるように斜め上へと流しそらす。

 剣の裏を空いた手甲で支えながらそうするのだが、受けた瞬間の重圧で手の平に深く剣がめり込んでくる。


『こん、のっ!』


 外へ流さんとするレアの妙技に対し、内へと押し付けるチビ女剣士の力が拮抗する。

 それでもほんの僅かの差でレアの弾きが勝った。だが、直後レアは真後ろに体を下げる。


『あぶなっ!』


 チビ女剣士はレアの流しのせいで押し切れぬとわかるや、剣を持たぬ腕を肘で折り畳みながら前へと踏み込み、肘打ちをレアの顔面めがけて打ち込んできたのだ。

 レアは山中で修業し、狼の群との戦いで自らを磨いてきた。故にレアは騎士学校で学んだ正統な剣術のみならず、使えるのならなんでも使うといった戦い方にも慣れていた。

 肘に怯えて下がりすぎることもなく、間合いの短い肘に合わせた程度の後退から、片足を頭上へと振り上げ、上から振り下ろしてくるチビ女剣士の剣の柄を足裏で押さえる。

 まだ振り下ろし始めであり、さして体重も乗っていないこの剣に対し、レアは大地に支えられながら強靭な足で蹴り上げているというのに、足裏からは巨石でも支えているかのような重圧が感じられる。


『どーいう、力してるのっ』


 それでも押さえた。レアは足で剣を外に弾きながらぴょんと飛び上がり逆足でチビ女剣士の側頭部を蹴り飛ばしにかかる。

 チビ女剣士の剣を持たぬ手が、頭を守るように側頭部の前へ。レアの背筋に悪寒が走る。

 全力で体を捻って蹴り足の行く先を変える。上段から中段へ、そしてこれが一番大事なのだが、振りぬく蹴りから当ったら後ろに弾く蹴りに。

 チビ女剣士の手の平にレアの足が当る。ぎりっぎりで間に合った。引き足を掴まれることなくレアは着地し、勢い良く後退する。


「ぬっ、外されたか。ふむふむ、勘も良いとは、なかなかどうして……どこぞで獣でも相手しておったか」

『何故バレるし』


 駄目だ。とレアは劣勢を自覚する。

 そしてその理不尽さに苛立ちを隠せぬ。


『あれはきっと魔法。だってあんなに強いのも速いのもありえない。きっと何かズルしてる。でなきゃ、私がこうまで届かないなんて、私の剣がこんなにも遅いなんて絶対うそだっ』


 カレリア国内に魔法なんてあるはずがないのに、そうだと断じるレア。そうでもなければチビ女剣士の圧倒的な力が説明できないと。

 不意に、レアは呆気に取られた顔になる。急な表情の変化に驚いたチビ女剣士が動きを止めるもレアは呆然とした顔のまま。


『……あー、もしかして。騎士学校のやつらが、私を見て思ったのってこれ? あんまりに差がありすぎて、そんなのありえないって。絶対ズルだって。あー、うん、言われた。今私が思ったこと、全部言われた』


 羞恥で頬が熱くなる。彼らの言い草を聞いてレアは思ったものだ。自分の修業不足を棚に上げて、みっともないことを言う奴らだと。

 どんなに強い相手が来ても、自分は絶対そんな真似はしないと。ダレンス教官と戦った時もそんなことを考えない自分を見て、自分はあんな無様なことはしないと思い込んでいたが、こうして今、全く同じことを考えてしまっていた。

 あまりの情けなさに泣きたくなってきた。だが、今はそんな暇すら無い。

 レアは大きく息を吸って、吐き出し、腰に下げていたもう一本の剣を抜く。


「貴女、凄く強い。だから私も、全部出しきって戦う」

「……ふむ、双剣か。わかっているか? 私を相手にそれは、博打も博打、大博打であるぞ?」

「だから、いい」

「くくっ、良き覚悟だ。おい、貴様、私はお前を気に入ったぞ。我が最速を見せてやる故、冥土の土産にでもするが良い」


 速攻で、デカ女剣士にチビ女剣士はつっこまれていた。


「おいこらそこの胸の無いほーのチビ。そいつ殺したら私がアンタを殺すからそのつもりで真面目にやれ」

「……人のしんたいてきとくちょーをあげつらうのは悪い奴のすることであるぞー」


 チビ女剣士はとても悲しそうにそう言っていた。



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