205.パニーラ
パニーラ・ストークマンがイジョラ南部都市にて意気揚々と帰還の準備をしていると、そこに信じられぬ報せが届いた。
イジョラ軍が反乱軍に敗れたのだ。
パニーラの周囲にいた兵たちは皆この報告者を怒鳴り嘘つき呼ばわりしたものだが、パニーラと騎馬隊の隊長は、まるで戦地にあるかのような殺気立った顔で報告者より戦の推移を確認する。
彼の語る反乱軍の動きは、騎馬隊隊長はもとよりパニーラにすら予測しきれぬ常軌を逸したものであり、なればこそパニーラはイジョラ軍敗北もまた真実であろうと直感した。
騎馬隊隊長は、この期に及んで軽口を叩く。
「こっち勝っても向こうが負けちゃ意味ねえでしょうに。なーにをやってんだか連中は」
「全くの無駄じゃあねえけどな。しっかし、確かに、普通、負けるかよおい。ありえねー」
ありえなくはない、と誰よりもそう主張し反乱軍への早期攻撃を訴え続けていたパニーラだ。この言葉も自分でそれほど信じて言っている言葉ではない。周りはそうは受け取らなかったようだが。
なんにせよ呑気に構えている余裕はなくなった。パニーラは来た時ほどではないにしても急ぎ中央へと戻った。
南部での戦の報告もあるので、パニーラは中央に着くなりすぐにエルヴァスティ侯爵のもとへと通される。
パニーラがテオドルの死を知ったのはこの時であった。
「は? え、いや、今、侯爵、なんて?」
「テオドルは戦の前に一騎打ちに敗れて戦死した」
へー、と一気に気の抜けた顔になるパニーラ。
「アイツでも死ぬんだ。どーいう戦場だったんだよ」
「反乱軍も実に半数が戦死した。だがそれでも、連中は戦を止めなかった。イジョラ貴族、いやイジョラに限らぬな。この世にいる全ての貴族にとっての悪夢だ。圧政に抗するという大義を得た民衆の力のなんと恐ろしきことか」
「はっ、まるで別の生き物の話してるみてえだぜ侯爵さんよぉ。相手は、人間だ。別に後先生死を考えねえ突撃食らったのもこれが初めてじゃねえだろ。アンタがそんな腰の引けた様子じゃ困るぜおい」
エルヴァスティ侯爵は、パニーラの無礼な発言にも呆れた顔をみせるのみだ。
「お前は恐ろしくないのか? 個人のものではない、軍として運用されている魔法を踏み越え乗り越えてくる平民たちだぞ? いったいどんな神経していれば、どんな考え方をしていればそんな真似が出来るのか、私には見当もつかんぞ」
「そりゃ侯爵が兵士じゃねえからだろ。いっぱしの兵士ならその程度じゃビビらねえさ。戦に負けたのは、単純に敵のが強かったってだけだ。次はきちんと強く戦えるように戦えば、今度はこっちが勝つさ」
侯爵の呆れ顔が苦笑に変わる。
「そこまで言い切る将はお前ぐらいしかおらんようだがな。次はお前が、私の軍を率いてみるか?」
「その前に、本気で勝ちたいんなら陛下動かさなきゃなんねえだろ。陛下が全軍を率いて東部に攻め込めばいい。陛下が軍にいるんだ、王都だろうとコウヴォラだろうと奪われたってへでもねえ。反乱軍ぶっ潰した後でゆっくり取り返してやりゃいい」
「やっぱりお前に軍権預けるのナシな。そんな馬鹿なことやられたら戦に勝っても国の立て直しに何年かかると思ってる」
侯爵のつっこみにパニーラは悪びれもせず笑う。
結局その後も、侯爵とパニーラの間でテオドルが話題に上ることはなかった。
スティナの周囲を完全に霧が覆ってしまっていた。
『まっずいわこれ本格的に。近衛ってもっと直接的な手打ってくると思ってたけど甘かったわね。この手の搦め手連発されると対応しきれないわ』
街中に入ってから、イジョラ近衛の巧みな誘導に引きずられ殿下商会四人は見事散り散りにさせられてしまった。
野の獣のような感覚器と人の知恵とを併せ持つ殿下商会を相手にそうできるほど、近衛の使う魔法は見事なものであったのだ。
なんて理不尽な連中、と愚痴っていたスティナであったが、スティナを封じ込めにかかっている近衛側でも似たようなことを考えていたりする。
「アイツ魔法使いじゃないんだろ!? ならなんだって幻覚魔法が一切通じないんだよ!」
「あれはもうそういう生き物として見るっきゃねえなあ。お前、しばらくは指揮に専念しろ。幻覚が通じねえんなら、幻と同じもの本当に作っちまえばいい話だ」
「あーもうっ! 無駄の極みだ! なんだって指定の場所に追い込むだけでこんな人数割かなきゃなんねえんだ!」
「魔法抜きで馬より速えんだもんなぁ。挙げ句下手に近寄ったらあっという間に不可視の盾ごとぶった斬られるんだろ? そんなもんが街中走り回ってりゃ、そりゃ近衛十人がかりでも抑え込めねえっての。おっ、応援来た」
「おーい! こっち十二人いるんじゃねえのかよ! 増援三人連れてきたけど本当にいるのかよ!?」
「おめーらも見りゃわかる。既に岩傀儡三十体、ヒト人形六人、魔法戦士二人が潰されてんだよ。いいか、絶対に奴の側には近寄るなよ。使い魔の目以外でアレを視認しようとすんじゃねーぞ」
この場で戦っているのは全て、イジョラ最高峰の魔法使いである近衛なのだ。それでこのザマなのだから、彼らこそ愚痴の一つも溢したくなるだろうて。
そしてまた悲鳴が一つ。
「ぎゃー! あっという間に切り霧抜けてきたー! やべえやべえやべえって! まだ壁全部作り終わって……ひきゃー! 壁ぶちぬきやがった! あの壁三倍の厚さにしてんだぞ!」
それでも誘導が破綻することもなく魔法使いに被害が出ぬままであるのは、彼ら近衛の能力の高さを表すものであろう。
あちらこちらと駆けずりまわりながら、近衛たちは必死にスティナを誘導する。近衛の一人が、自嘲気味に呟いた。
「パニーラの奴に悪いことしちまった。くっそ、全部アイツの言う通りだったわ。あの銀髪、近衛に匹敵する化け物なんかじゃねえ、近衛でもどうしようもねえ天災の類だわ。あれを一人でどうにかできるのなんて、それこそパニーラか陛下ぐらいだろ」
「後で一緒に謝ろうぜ。俺、前にパニーラと一緒の戦線いたが、アイツあれできちんと謝れば気持ちよく許してくれる気の良い奴なんだぜ」
「噂とは随分と違うんだな。うしっ、んじゃやることやって、謝りに行くとするか」
彼らが誘導すべき先に、パニーラはいるのだ。
パニーラがカレリアよりの帰還を果たし、敗戦の責任云々をエルヴァスティ侯爵の力でうやむやに(幾人かの首が物理的に飛んだらしいがパニーラの知ってる奴ではないし、戦場より戻れた者は全員命は助かっているので問題はない)し終えた頃。
最早喉元は過ぎたとパニーラはテオドルを呼び出しお気に入りの店で豪勢に酒をかっくらっていた。
「おいおいおいおい待てよパニーラ! 何この酒! なんなんだよこれめっちゃくちゃ濃いじゃん! すげぇ美味いって!」
「だろ!? だろ!? だああああろおおおお!? お前これ、ものすげぇ量の酒を何度も凝縮して作ったっつーそりゃー金のかかった酒なんだってよ。いいだろ? めっちゃいいだろこれ?」
「おおっ、もう言うことねえぜ。おっまえこういう贅沢なもん見つけるの本当うめえな」
「うはははは、伊達に褒賞金山ほどもらってねえっての。さー飲めこの野郎。てめーは酒にめっぽう強ぇがコイツにどこまで耐えられっかな?」
「ばっかやろう! 望むところだかかってこいや!」
そして小一時間飲んだ後。
「やっべええええええ! 何だよこれめっちゃ足に来てるじゃねえか! 俺こんな酔っぱらったの久しぶりだっての!」
「ぎゃははは! ぎゃはははは! ぎゃはははは!」
「パニーラもやべえ! もう笑うしかしてねええええええ! しっかりしろパニーラおめーの屋敷はまだまだ先だぞー!」
「うっせーバーカ! バーカバーカバーカ! ぎゃははははははははははは!」
「ほんっきでやっべえよコイツ! つーかまっすぐ歩けてめー! よりかかんな変な所触るなああああああ!」
二人で肩を組みながら夜道を歩く。
結局、パニーラだけでなくテオドルの足もふらつきすぎていて家に戻ることもできず、適当にそこらの宿に転がり込んだわけで。
もちろん、どちらも宿の部屋に入ろうという話になった段階でもう、そういう話だと認識している。
「よーっし! やるぞテオドル!」
「おお、相変わらず無駄にやる気じゃねーか。だが今日ばっかりは俺も滾る血潮を抑えられる気がしねー。つーかパニーラてめーやっぱ身体良すぎだろ。中身おめーだってわかっててもめちゃめちゃムラつくわ」
そしておっぱじまって、それでもって、半時間もすると今度は殴り合いが始まるわけで。
「だーからヤってる最中に殴りかかるんじゃねえって何度も言ってんだろうが!」
「うっせー! 反撃してんじゃねえぞクソが!」
殴り合いに飽きたらまたヤり始めて、酒が回ってきたのか部屋の中に常備されている蓋付の樽に二人は交互に吐き散らし、それでまたヤって殴って吐いてヤって殴って吐いてと延々繰り返す。
疲れ切った二人が寝転がる部屋にて、二人共がそのとんでもない臭いを認識するのは翌朝目が覚めてからである。
まず先に目が覚めたパニーラがあまりの臭さに悲鳴を上げ、目をこすりながら続いて起きたテオドルもまた鼻をつまんで飛び起きる。
二人は顔を見合わせた後、同時にそこらに脱ぎ捨ててあった服を適当に羽織り、部屋から走って逃げ出した。
宿代は前払いなので、宿の従業員とは顔を合わさぬまま、部屋の惨状を放置して早朝の街を駆ける。
二人の目的地は川だ。部屋に充満していた臭いは、二人の身体にも衣服にも染みついているのだ。なのでパニーラもテオドルも橋の上から川に向かって勢いよく飛び込んだ。
そして水中にあって知る。いつもよりずっと身体の動きが鈍いこと、そして息がとても苦しいことに。
酒が身体に残った状態での水泳は、傍目にはわからぬが当人にとってはとんでもない苦行となるのだ。
内心大層焦りながら川岸まで泳ぎきった二人は、荒い息を漏らしつつお互い顔を見合わせ、そしてどちらからともなく大笑いし出す。
遠慮も躊躇も容赦もいらない相手との、なんの役にも立たぬ下らないあまりにも愚かしい日々は、それがどんなに短い時間でも、パニーラの脳裏に鮮烈に焼き付いているのだ。
スティナが追い込まれた先はこの街では珍しい、二階建て、三階建ての背の高い建物が林立する狭い通用路であった。
この建物を粉砕して下のスティナを圧し潰す、そんな仕掛けを想像し背筋を寒くしていたスティナであったが、ここに来て周囲から追跡者の気配が消えたことに気付いた。
すわ、遠距離からの広範囲攻撃魔法か、と警戒するスティナであったが、人気がなくなるなり、その人物がスティナの前にふらりと姿を現した。
思わず声に出してしまうスティナ。
「パニーラ?」
「よっ」
気安く挨拶を返してくるパニーラ。
スティナは、パニーラがスティナの前に単身で顔を出してくることの意味を考え、大きく破顔した。
「なによ、そのつもりがあるんなら話が早いわ。一応、近衛の連中にも配慮は必要なのよね?」
「あん?」
「ああ、つまりは……」
スティナが懐から抜く手も見せず短剣を抜き、空へと放つ。特別な魔法で強化されていたはずの鳥が、その一撃であっさりと四散した。
ありゃりゃ、といった顔のパニーラを他所に、スティナは後二回、短剣を投げ放つと、確認するようにパニーラの顔を窺う。
「おっまえさあ、ほんっとうに勘が良いのな。野の獣だってこうはいかねえぞ」
「他にもある?」
「ねえよ。あーあー、近衛の奴らが狼狽える様が目に映るようだわ」
スティナはさっさと本題に入る。
「で、どこまで協力してもらえるの? アイリもあれで案外アンタのこと気に入ってるし、殿下とレアは私が説得するから、何か通したい条件があるんなら遠慮なく言いなさいよ。反乱軍に、じゃなくて私たちにって話にはなるけど」
スティナの話に、パニーラは呆気にとられた顔である。いきなりそんな話を振ってくる理由がわからなかったのだ。そして、わからないという顔を見たスティナの顔から喜色が消える。
「え? パニーラ、何か、交渉事あるんじゃないの?」
スティナの言葉で、パニーラはようやくスティナの誤解を悟った。
苦笑するしかない誤解の理由にも。
「こりゃ俺が悪かったかもな、確かにわかりづれえわ。なあ、スティナ。俺ぁよ、テオドルとはまあ、つまるところ、友達なんだわ」
スティナの戦闘力をパニーラは知っている。そしてパニーラの対応力もある程度はスティナに知られている。
であるのなら、スティナの視界内に単身で姿を現し戦闘となれば、パニーラは高確率で敗死するというスティナの見立てを、パニーラもまた共有しているとスティナは考えていた。
だからこそ、そうしたのならばそれは戦闘の合図ではない、とスティナは勘違いしたのだ。
珍しく、本当に珍しく感情を隠しきれず動揺を表に出してしまっているスティナは、すがるように翻意を促す。
スティナと武の領域で対等に話ができる相手は滅多にいないのだ。ましてや同性である女の身でそうできる相手など、これだけ戦場を駆け巡ったスティナであっても、レアやシルヴィといった極少数のみと出会えただけであった。
それだけならまだしも、パニーラとは一度のみとはいえ一緒に戦ってしまっている。そのあけっぴろげな所も、遠慮も何もない豪放な所も、スティナは気に入ってしまっているのだ。
既にパニーラは、スティナの内では友達と認識されてしまっているのだ。
「は、反乱軍側に、話を通すこともできるわよ。その、他所の国に逃げるんなら手も貸すわ。あー、あの、さ、どうして……」
「お前である理由か? そりゃおめー、テオドルやった奴に俺までやられるなんて無茶苦茶腹立つだろ。せめても……まあいいや。おい、やるぞスティナ」
「やだっ」
「だーめだ。やれ」
「やーだっ」
パニーラはスティナの拒否にもこれといって困った顔はしていない。
色々と言い募るスティナを無視してパニーラがその手に魔法で光の槍を作り出すと、スティナの顔つきが即座に変化する。
『ほらな』
本気の殺意を向けられれば、何を考えていようとまず身体が反応する。それが戦士というものだ。
そして、どんな執着も戦となれば振り切れるのが、優れた戦士の条件の一つである。
「そうそう、そう来なくっちゃな」
「……一応、聞くわよ。勝てるつもり?」
「あったりめえだ。だが、ま、負けるってのもあり得るかも、な」
そう答えたパニーラの表情を見て、スティナは説得が不可能であると知った。
パニーラはこの場に、死にに来ているのだ。理由は、さっき気軽な調子で言ったアレだろう。であるのなら、その気持ちが理解できなくもないスティナだ。
「何か、残しておくことはない?」
「んー、そうだな。エルヴァスティ侯爵、気にかけててくんねえか? あの人が生きてりゃ、イジョラ中がぐちゃぐちゃになってたとしても立て直しはなんとかなる。反乱軍と交渉することになったうえでもそれができる、多分イジョラ唯一の人だわ」
「わかった。覚えとくわ」
以後、二人は無言で睨み合う。
パニーラは既に抜いている状態であるが、スティナの剣はまだ腰に差したまま。
お互いをじっと見つめているが、それはもう戦闘としての視界である。相手の顔だけを見るのではなく、その全身をほんの僅かな予備動作も見逃さぬよう監視しているのだ。
きっかけは、近衛が再度飛ばした使い魔が、二人の上空を飛びぬけていったことだ。
結局のところこの二人の勝負は、スティナが剣を突き立てるか、パニーラが魔法を撃ちこむかの速さ勝負である。
パニーラがスティナですら回避しえぬ魔法を撃つために必要な時間が、スティナがパニーラの剣の間合いに入るよりも早いか遅いかという話で、パニーラがスティナを上回るのは絶対に不可能であると断言できるほどにスティナに優位な勝負であるのだ。
そして勝負開始と共に、スティナがそのことに思い至り最初から最速で踏み込むつもりで構えた瞬間に、パニーラ勝利の目は消えたのだ。
『ありえねえぐらい強いよな、コイツ。あーあ、おめーもこっち側だったら負けることも無かったんだろうけどなぁ』
パニーラの不可視の盾は、対スティナを考慮してとんでもなく堅いものになっていた。まともにやったらもう絶対に抜けないような化け物仕様であり、パニーラ自身にもこれをどうやって魔法抜きでぶちぬくか全くわからないようなものである。
これに対しスティナは、抜いた剣を踏み込みながらまっすぐ前へと突き出してきた。
惚れ惚れするほど綺麗な動きだ。
スティナならばどうにかするのではないか、といったことを考えていたパニーラだが、いざ本当にこのとんでもなく堅い不可視の盾をあっさりと無力化する様を見せられては驚きを隠せない。
一瞬、ほんの一瞬ではあるが剣を止められたのだ。だが、剣の先端が当たった部位からは信じられぬような圧力があった。それこそ、不可視の盾を押しのけるほどの。
スティナの突きは、まっすぐであったのだ。
それは、例えば剣先が当たった後、反作用を受けた剣が左右上下に反ってしまうようなこともないぐらい、反作用がただただまっすぐ刀身から柄にまで伝わってくるほどの、まっすぐであったのだ。
この瞬間、スティナの卓越した技量が成し遂げた奇跡により、パニーラの不可視の壁には剣の長さと同じ厚みを持った鉄をスティナの剛力と速度にて突き入れられたに等しい圧力がかかっていた。
その理屈を理解したわけでもないがパニーラは、やっぱりやりやがったか、と納得しながらその剣を胸に受け入れた。
心臓を一突きだ。声も出せないほどの苦痛と、死に至る恐るべき脱力感。
それらを忘れるように、パニーラは心の中であえぎ、すがり、言った。
『俺を、置いていくな……バカァ……』
スティナが剣を抜くと、パニーラの身体は前のめりに地に伏した。それを見下ろすスティナの顔は苦渋に満ちていたが、その剣筋には一切の乱れはなかった。
いつまでも、スティナはパニーラの亡骸を見下ろしたままであった。
先程、新たな近衛の使い魔がスティナの頭上を旋回していた。程なくこの状況を察した近衛達がこの場に来るだろう。それがわかっていても、スティナはこの場を動けなかった。
『あー、今度という今度は自分でも呆れたわ。正直、自分でも引くわよ、コレ』
パニーラは、間違いなくスティナにとって友達であった。少なくともスティナはそう思っていたし、もっと仲良くなって色んなことを一緒にやってみたいと思える相手であった。
そんなパニーラを自らの手にかけて、衝撃も苦悩もある。それは間違いない。
『普通、思いつきすらしないわよ。ううん、思いついたとしてもそれはもっと経ってからで、まさか、友達を殺した直後にこんなこと考えるなんてねぇ……』
自分がどれほど人でなしなのか、まざまざと思い知らされたスティナは、こちらもまた本気で眼下のパニーラに向かって詫びる。
「ごめん、ね。パニーラ。貴女を殺して、とても悲しいのも本当よ。でも、ね。私、これで、殿下と一緒になれたって、喜んじゃってもいるの。ほんっとに、救いようがないわ、私ってば……」
あまりにひどい自己嫌悪に、スティナは空を仰ぐ。
上空をぐるぐると回る近衛の使い魔が、心底わずらわしいと思ったスティナはこれを短剣にて叩き落とす。完全に、八つ当たりであった。




