198.イェルケル対テオドル
テオドルの腕力は、イェルケルのそれを超えていた。
それは最初の一合の打ち合いで双方が理解する。
苦々しい顔でイェルケル。
『コイツッ! 前よりずっと力が強いっ!』
同じく表情をゆがめるテオドル。
『この野郎! これでも押し切れねえのかよ!』
イェルケルは試すように剣を叩き付ける。テオドル、これを半回転しながらかわしつつ、ぐるりと剣を大回しにイェルケルへと回し薙ぐ。
その速さもまた、イェルケルが以前戦ったテオドルのものではない。
避けきれず、仕方なく剣にて受け流すイェルケル。イェルケルも驚いたが、受け流されたテオドルの方も驚いたようだ。
「どういうことだ!? お前っ! まさか前の時は手を抜いていたのか!?」
イェルケルの怒鳴り声に、テオドルもまた怒鳴り返す。
「てめえこそ! コイツを初見で受けるたあどういうことだ!」
「その技は前に見たことがあるんだよ!」
「くっそ……本当かよ。俺も一度しか見たことねえってのに……まあいいさ。おめーにも手品のタネ、教えてやるよ」
一足の間合いから僅かに外れた場所まで下がり、テオドルは高速で剣を左右に振り回す。
「身体の強化魔法、コイツをもっと深く、使ったってだけだよ」
魔法を学ぶ者は誰もが最初に学ぶことであるが、魔法により人の身体を変化させたならば、それは不可逆なものであり二度と同じ形に戻すことはできない。だから、間違っても魔法を自身の肉体に用いるような真似をしてはならない。
変化とは、もちろんより強固なものへの変化も含む。強い物に変わるのだから良い、という短絡的な考え方は通用しない。人体とは各所が有機的に繋がっており、一か所でも極端に強い部位を、弱い部位を作ってしまえばそのバランスが崩れ、生命維持をすら脅かすことになるのだ。
だから自身への強化魔法は、人体への負担を考慮にいれた軽度のものしか用いるべきではなく、それでも使うとなれば魔法の対象は不可逆な変化に伴う身体の変調、大抵の場合において死、を余儀なくされる。
そういった特性から、自身の身体を強化させ、変化させるといった魔法を用いる魔法使いはほとんどいない。居たとしても、元に戻せる程度で収めるのが普通だ。
テオドルが魔法使いでありながら尋常ならざる頑強さを得て、人間とは隔絶した身体能力を持つのは、この身体に悪影響を及ぼすぎりぎりの所を見極めながら強化魔法を用いているせいだ。
その強化魔法のための技術、経験故に、身体変化の魔法を応用した極めて有用な魔法、治療の魔法も自身に用いることができるのだ。もちろんこの治療の魔法はあくまで自然治癒の延長であり、セヴェリ王の不死の魔法にはほど遠い内容だ。
テオドルも馬鹿ではないから安全域はとっている。危険は伴えど、それは受容できる程度の危険度であった。
だが現在は、その領域より更に深く、強化魔法を用いているのだ。
「そういうのを! 手を抜いていたって言うんだ! できるんなら最初っからやれ!」
激怒しながらイェルケルがテオドルを蹴り飛ばす。剣を薙ぐフリを見せてからの蹴りは、イェルケルがエルノの技から盗んだものだ。
テオドルの不可視の壁に防がれるも、足を強引に振りぬいて身体を蹴り飛ばす。
空中に浮き上がりながらではあるが、テオドルの剣がイェルケルの足に振り下ろされる。
「やると身体がヤベエんだよ! そうほいほいできるかボケ!」
引くのは間に合わない。なので足を剣に押し付ける。テオドルの剣が切断に足る速度を得る前にこの剣を足で蹴り飛ばすも、脛に深く斬り傷が残る。
「だったら出し惜しんだまま死ね!」
ばっくりと裂けた脛をそのままに振り上げ、テオドルの頭部を蹴り飛ばす。
頭部への痛撃もさることながら、この際イェルケルの足から噴き出す血飛沫がテオドルの視界を覆うのが狙いだ。
視界が失われた程度でイェルケルの動きを見失うテオドルではないが、イェルケルの動きに対する反応が鈍るのはどうにもしようがない。
イェルケルの剣が上段に構えられ、そこから、惑わし無し、ただまっすぐに、圧倒的な力強さを持つ剛剣を振り下ろす。
『やべえ!』
受けられない。受けたら剣ごといかれる、とテオドルは下がる。イェルケルの剣が伸びるも、半身に引いてなんとか躱す。
見ている全ての者がかわしきったと確信できる間合いを取れたはず、なのだが、テオドルの左肩がざくりと割れ裂け、血が噴き出す。
強く踏み出した足からだくだくと血が流れ出るイェルケル。最初のうちこそ痛みはそれほどでもなかったのだが、斬られた足を振り回しているうち段々と痛くなってきた。
半身の姿勢のままでイェルケルを睨むテオドルも、左肩からの出血が止まる様子はない。確認のためテオドルが左手を握り込んでみると響くような痛みがあった。
『『痛い間はまだ動く』』
動くうちに決着をつければいい、と同時に考えた二人は同時に足を踏み出す。
「おー、すっげー、めっちゃくちゃはえーよねーあの二人」
レアと並んでもそれほど背丈に差がないような、ドチビの男が感心した様子でイェルケルとテオドルの戦いを見ている。
そのすぐ隣に立つのは細身長身でかつ、ありえないほどに筋肉質な男だ。肉の形すら常人のそれとは異なっている。
「あの殿下なる男、テオドル・シェルストレームと五分に渡り合うなぞと……あまりに見事すぎて、嫉妬する気すら起きぬわ」
両腕が異常に長い男が笑う。
「なんだよビビッちまったか? 確かに二人共つえーが、シルヴィよか下だろうがよ。なら、俺にも勝ち目はあんだろ」
短髪の女がカチンと来た顔で両腕が長い男につっかかる。
「は? シルヴィと比べるとかアンタケンカ売ってんの? シルヴィなめてんの? ねえ、ねえ、殺すよ? ぶっ殺すよねえシルヴィいいよねコイツ殺して……」
「だめっ。静かに見てるっ」
「はいっ! わかったわシルヴィ!」
短髪の女はシルヴィが声を掛けてくれただけでもう、天にも昇るような歓喜の表情である。
四人。見た目からして尋常ならざる四人。その技量もまた、人間離れしているとレアは見た。
シルヴィを見上げながらレアが問う。
「コイツら、何?」
「んー。どう言えばいいか……えっとね、農民だろうと平民だろうと、人間が七万人も集まれば、中にはこういう子たちもいるって感じ、かな」
四人共がこれまでの人生において、魔法さえなければ自分が無敵で最強であると信じて疑わなかったのだが、シルヴィに木端微塵に負けて心酔した、という話らしい。
この四人が揃って襲ってきたならさしものシルヴィにも不覚の可能性はある、だそうだが、四人の仲が悪すぎて揃う可能性の方が低いそうだ。
世界中どこに行こうと面白い戦士はいるのだろう、そう思えてきたレアは思わずくすりと笑う。
その背後よりドチビの男がレアへと迫り声を掛ける。
「ねえねえ、お嬢ちゃん。キミ、さ。シルヴィとやってたよね。強いんだよね。ねえ、本気のシルヴィ相手でも、やれる? ねえ、ボクともさ、やって……」
即座に裏拳を叩き込む。顔面ど真ん中に命中、鼻血を噴き出しながらドチビが吹っ飛ぶ。
「ケンカの相手なら、戦が終わった後やったげる。だから今は、大人しく戦の準備してろ」
ドチビ、後方一回転にて綺麗に着地。鼻血を袖でふき取りながら、隠していた殺意をみなぎらせる。
「はははははは、今殺すよ。それが一番だ。ボクね、堪え性、ないってよく言われるんだけどそれは違うんだなぁ。いっつも堪えて堪えて堪え続けてるから、さ。ボクより強いなんて顔してる勘違い野郎、八つに裂いて十六にバラしてやりたいのを、ずーっと我慢してるのさ。な、ボクは忍耐強いだろ?」
「無理」
後ろを向いたままのレアの背後より走るドチビ。その人間離れした俊敏さが、間合いに入る直前更に上がる。
レアの左方へと飛んでそちらより仕掛ける。シルヴィが止めに入るよりも早い。
「ま、速いだけ、かな」
次の瞬間、ドチビは地べたに俯せに這いずっており、その背中を上からレアが踏みつけていた。
残る三人のレアへの視線が鋭くなる。
ドチビは、しばらく本気で暴れてみたが抜け出すことができないと知るや、小さく咳払いした後で、言った。
「うわーん、おねーちゃんがいじめるよー」
「それで、騙されると思われたことに、腹が立つっ」
ぐりぐりとドチビの背中を足で踏みつけると、かなり本気声でドチビは悲鳴を上げた。
残る三人、腕長が指を鳴らす。
「次は、俺だな」
筋肉質の男が腰を落とす。
「黙れ、俺の獲物だ。シルヴィ、構わんだろう?」
短髪の女がヒステリックに叫びだす。
「はあ!? アンタらみたいな下等なクズの出る幕じゃないわよ! シルヴィ! ねえシルヴィ! 私! わーたーしっ! やるからねっ! シルヴィにすっごいところ見せちゃうからっ!」
シルヴィはとても悲しそうな顔であった。
「……ねえ、せっかく殿下、頑張ってるんだからさ、せめてケンカしないで応援したげようよー」
レアは思った。
どうしてこんな良い子のシルヴィに、こうまでイカレた四人がつくハメになったのかと。
『きっと押し付けられたんだろうなぁ。シルヴィ、人が良いから』
明らかに腕の関節が動かないような方向に折れ曲がったドチビの腕が、レアの足を斬りつける前にレアは足を引き、イェルケルの戦闘に意識を集中させるのであった。
『受けたら死ぬ!』
テオドルの左右を恐ろしく鋭い剣撃が抜けていく。
開戦直後から、冷や汗はかきっぱなしだ。
テオドルの剣は、実はかなり高価なものだ。魔法を鍛造に用いて特に硬く仕上げた特注品なのだ。
これをテオドルの怪力で使えば、敵がどんな武器だろうと受けるに充分、そんな武器にしておいたはずだった。
だが、何度か剣を交えて理解した。イェルケルと名乗った殿下商会のこの男の剣を、まともにもらったら剣ごと叩っ斬られる。
特に上段だ。上段からの変化はそれがどんな剣であろうとも、テオドルの不可視の盾ごとぶち抜かれるだろう。相手の剣は、それこそどこにでもある数打ちの剣であるだろうに。
当たれば即死、そんな状況は魔法使いには滅多に訪れない。テオドルほど強力な不可視の盾を使えるのならなおさらだ。
『コイツの剣っ! もうこれ魔法と一緒だろ!』
威力、速さはイェルケルの技術より生じている。その点においてテオドルははっきりと、コレに劣っていると自覚している。
と、頭上より振り下ろされた剣が、斜め上へと凄まじい速さで斬り返され跳ね上がった。
『こっええええええ! 今のはやべえって! アホか! 心臓止まるわ!』
大気が歪んで見える。不可視の壁なぞ紙切れ同然、遮る全てを断ち斬る絶対の刃。
変幻自在、神速精妙のこの剣に、触れただけで即死する。そんな想像するのさえ嫌な恐怖の空間。そんな場所に、好んで頭を突っ込んでいかなきゃならないのが今のテオドルだ。
『やべえよこええよ痛ぇよ! ふっざけんなコレ! ふっざけんなコイツ! テメエ本当に人間か!?』
死の筋が無数に閃く空間、それは前へと進めば進むほどに密度を増していく。
だが、テオドルは進む。前に出なければこちらの剣は届かないのだから。
「テメエに勝つために! こっちはさんざ準備してきてんだよ!」
複雑怪奇な螺旋を描く剣の軌道、その隙間を小指の先程もズラさず突き通し、目指すクソッタレの顔に叩き込んでやる。
寸前で、まるでわかっていたかのように剣をかわすとその男は晴れやかに笑う。
「奇遇だな、私もだよ」
テオドルの顔が喜色に染まる。きっとそうだと思っていたが、やはり口に出して言われると嬉しいものだ。
街一番の美人を、邪魔者全てぶち殺してその手にした時よりも、ずっとずっと嬉しいと思えた。
より手強くなることに対して、より強くなっていることに対して、ムカつくのも事実であるが、同時にこの男も戦いに際し、必死になって備えているというのがテオドルには嬉しいのだ。
テオドルは、敵と戦うと決めたならば本気でそうしてきた。
自らのありったけを振り絞り、知恵を巡らせ工夫を凝らし、立ちふさがる敵を、立ちふさがるであろう敵を殺してきたのだ。
そうやって殺していく中でテオドルが最も嫌悪する敵は、敗れて、最期の一言を述べる時、こちらを見て憎々し気に言う奴だ。汚い真似をしやがって、と。
テオドルには意味がわからなかった。殺されたら全てが終わるのだ。なら、殺されないように、こちらが殺せるように、全てを賭けるのは当たり前だろうに。なのに何故、卑怯だの卑劣だのと喚く輩は皆、ああやって勝てる手を見逃し、負けるかもしれない道を塞がず、手を抜いたままでテオドルに挑むのだろうかと。
その都度テオドルは、真剣にやってる自分が馬鹿にされているようで、腹立たしさのあまりそういう奴を過剰な程に傷つけてしまうのだ。
そうやって全力で全身全霊にて殺していたら、いつの間にかまともに戦ったら絶対に手に負えないような連中ばかりが敵になっていたが、その頃にはテオドルも、まともに武を振るう以外の戦い方を覚えてしまっていた。
テオドルにとっては不本意な戦いである。だが、もう今更止まれない。元より殺すか殺されるかしかテオドルには無かったのだから。
いつしか全てが破綻しテオドルは死ぬ。それは周囲の者も、テオドルでさえもそうであろうと思っていたことだ。だが、奇跡のような転機がテオドルに訪れた。
「殺したいのならそこにいろ。だが、戦いたいというのなら私の所に来るがいい」
そんな言葉をかけてくれた人がいた。
その人の抱える近衛二人と戦って、半殺しの目に遭いながらも近衛二人を半死半生にまで追い込んで、戦いを見ていたその人がテオドルにそう言ったのだ。
テオドルが誘いに乗った理由は、実は自分でもよくわかっていない。ただ、なんとなく、そうしたら楽しいんじゃないか、と思えたのだ。
そしてテオドルは軍隊に入った。
最初のうちは自分がテオドル・シェルストレームであるということを隠して軍隊の訓練に参加した。
ムカつくことも山ほどあったが、それを我慢しようという気にもなった。その理由もわからなかったのだが、訓練に参加して一週間目にようやく理由を理解した。
訓練は生き残るために、勝利するために必要なものであって、これを皆が、それこそ教える側すらも必死になって行なっていたのだ。一切の手抜きもなく、考え得る最高の訓練をより効果的に、より効率的に行なおうと常に教官は考えていた。
負けたら死ぬのだから、勝つために必死に備えるのは当然のことだ。テオドルがずっと思っていたそれを当たり前に実施しているここは、テオドルにとっては驚きであり、絶対に口に出しては言ってやらないが喜びでもあった。
特に、ツールサスの剣の連中は凄かった。
強いのもそうだが、強くなろうという意思の強固さが、テオドルには何より眩しく見えたのだ。
元々頭は回るし口も上手い、今までそれを全て敵を騙すことに使っていたが、ここではそのまんま自分が楽しく生きていくために使っていた。そうしていたら自然と友達もできた。
手の平で転がされているような、そんな感じであっても腹が立たない奴がいた。真っ向からぶつかったら絶対に勝てないと思える奴もいた。そして、生まれて初めて、女でありながら尊敬できる奴がいた。
ぼろっかすに戦に負けて鬼みたいに強い軍にさんざ追い回される中、兵も魔法使いも皆が絶望する中にあっても、雄々しく先頭に立ち皆を導き最後まで決して諦めず戦い抜いたそいつに、パニーラ・ストークマンに、テオドルは憧れたのだ。パニーラみたいなかっこいい奴になりたいと、そのために人生賭けてもいいと思えたのだ。
テオドルは前回イェルケルと戦った時の、超加速魔法を使わない。
何故なら絶対にイェルケルはこれに対応していると確信しているからだ。逆の立場ならテオドルは間違いなく返し技を用意しておく。
下手をすると、攻撃ではなく離脱のためにこれを使ったとしても、何かしらしでかしてくるのではないかと疑っている。
テオドルが対イェルケルのために用意したものは、とりたてて珍しいものでもない。強化魔法をより深く用い、これによって強化された力と速さを徹底的に身体に慣れさせる。
また、今まで雑に使ってきた技の数々を、一つ一つ丁寧に見直しその精度を上げていく。
地力を上げることに注力したのだが、だからこそ以前よりもよくわかる。
『この、気持ちわりーぐらいぬめっとした剣はなんだ!?』
攻撃の切れ目が見えない。緩急はあるのだが、緩と急の切り替わりが全く読めないうえにあまりになめらかにそう動きテオドルの身体に張り付いてくるので、振るわれる剣先がねばついているように見えてしまう。
速さで押し切ろうとしても、押し引きの間が読めないせいでいつ攻めていいのか見極められず、力で圧し潰そうとしても磨いた石の上のようにするりと滑って逃げられる。
息が苦しい。
呼吸の乱れを自覚する。あまりに早すぎる。テオドルの体力ならばこの十倍動いてもまだまだ余裕はあるはずだった。
左肩が湿っている。傷口付近は少し冷たくて、滴っている分はぬるい。身体中が火照っているのだろう。
攻撃の機会を一つ見逃し、テオドルが動きを止めるとイェルケルもまた足を止めた。
イェルケルは意外そうな顔であった。
「え? もう終わりか?」
「なわけあるか。先に聞いとこうと思ってよ。なあ、お前の知る限りでいい、お前みたいに魔法も使えないのに馬鹿っ強い奴、後何人いるんだ?」
「んー、私含めて五人、かな。お前ともやれそうなのは。ははは、悪いな。お前が私を殺したら内の何人かはお前のこと殺しにかかるかもしれないから、その時はまあ、腹をくくってくれ」
一般的には、きっとこの台詞は『俺を殺したらどうなるかわかっているな』といった脅し文句になるのだろうが、イェルケルの場合にはもう完全に言葉通りの意味であり、悪いな、も本当に心から悪いと思っての言葉である。
「あの銀髪もか?」
「多分あれが一番危ない」
「仲のよろしいこって。アレに仕返しできるってんなら望むところだよ」
「そりゃよかった。…………こんなこと言っといてなんだが、言わせてくれテオドル」
「なんだよ」
「私がお前に負ける未来というのが、全く想像つかないんだ」
「そうかい。俺もだよ」
お互いがお互いを強力な敵だと認識しているのがわかっている。その点を不安に思うことがないせいで、侮られているかもしれないなどとは考えず、自分が今感じていることをきっと相手も感じているだろうと思える。
そんな奇妙な共感が愉快に思えて、二人は同時に笑い、そしてまた殺し合いを始めた。
レアは、やってらんない、といった顔になり頭の後ろで両手を組む。
それが盛大な溜息と共に行われていたので、隣のシルヴィが不思議そうに顔を覗き込む。
苦々しい顔でレアは言った。
「人が心配してるってのに、まー、楽しそうな顔しちゃってさ」
そんなレアの様子がシルヴィには意外だったようだ。
「レアたちはそういうの考えてないかと思ってた」
「そう?」
「絶対負けないって思ってるかなって」
「いやあれ、今にも負けそうだし」
「そこまでじゃないと思うけど、でも、相手強いね。……殿下が、負けて死んじゃうの怖い?」
「うん。でんか以外なら、それこそ私が死ぬのだって、こうまで怖くはない。……違う。アイリも、スティナも、死ぬとか考えるの嫌。でも、あの二人が負けるならどうしようもなかったって思える。けどでんかは違う。どうにかできたかもしれないのに、でんかは死んじゃったってなったら、私、何しでかすか自分でもわかんない」
シルヴィはイェルケルの戦いをじっと見つめる。
「それが嫌なら、戦いに出るのをやめるしかないよ」
「うん。でんかが一人で戦ってるのが嫌なの。やるんなら、みんなで戦って、みんなで生き残るかみんなで死ぬのがいい」
僅かな沈黙の後、シルヴィは呟く。
「死んじゃったらいいも悪いもないんじゃないかなぁ」
「あはは、そうだね」
肩をすくめるレア。
「ま、駄々こねたって、死ぬ時は死んじゃうんだけどね。あー、今から一騎打ちに私も混ざったら、やっぱり怒られるかなぁ」
「絶対怒るよ。向こうの兵士もこっちの兵士もみーんな怒る」
「そんなのが怒っても怖くない。でも、でんかが本気で怒るのはヤ」
よくおちょくったりして怒らせてるのに、と思ったシルヴィだが、本気で怒らせる、という意味であることもわかっている。
本気で怒らせることを心配はしているのに、本気で嫌われるとは全く思っていない辺り、レアにとってのあの四人組はもう、そこを心配する必要のない相手であるのだろう。
それを少し羨ましいとも思うが、反乱軍の英雄、天馬の騎士シルヴィ・イソラをもってしてもこの四人に付き合いきるのは並大抵ではない、と思えてしまう。
ふと、気が付いたことがあってそれを口にするシルヴィ。
「そーいえば、レアって何度か一人で抜け駆けしたって聞いたような……」
レアはイェルケルの戦いを見ながら、シルヴィとは目を合わせないようにしつつ答えた。
「それはそれ、これはこれ」
第十五騎士団で一番自分勝手なのはレアに確定でいいだろう、とシルヴィは思うのであった。