196.例えばこんな反乱も
街中がざわついている。
反乱軍迫るの報を受けた街の領主はすぐさま援軍の要請を出すも、都からの返事は冷たいもので。
別段領主に対し含むところがあるわけではなく、純軍事的な理由によりこの街は放棄と決定されていた。
ただそれで納得できないのがこの街に在住し、大きな利権を有する貴族たちである。
ひとしきり反乱軍と国の対応を罵った後、彼らは幾つかの派閥に分かれた。
一つは持てる限りの財産を持って避難する者。彼らがこの街での権利書も持っていっているのは、反乱軍が鎮圧された後で所有権を主張するためである。
もう一つは最低限のもののみを持ち身軽な状態で逃避行に出る者。
そして最後の一つ、最も愚かしい者たちは、反乱軍を信じないことにした。
彼らの主張はこうだ。魔法使いのいる軍に、平民の軍、それも農民が集まった軍なぞで勝てるわけがない。
徴兵を行なうのは農民に対してであり、彼らが多少なりと武器の扱いに慣れているというのは認めてもいいが、彼らを指揮するのは常に魔法使いであり、指揮官のおらぬ兵が幾ら集まろうと烏合の衆に過ぎぬと。
イジョラの歴史を振り返ってみても、農民が反乱を起こしたなどという話は聞いたこともない。当たり前だ。魔法使いと比して農民なぞ、知識もなく、教養もなく、体躯も貧弱で、一生の長さすら違うのだ。
負ける要素を探す方が難しかろう。ならばきっと、幾たびも聞こえてきた反乱軍の報は何かの間違いだ。
何かの間違いであることに、彼らは賭けたのである。これが賭け事であるというのなら、避難した時生じる損害の大きさを考えれば、こちらに賭けるのもあながち間違いとは言い切れまい。
そして街の住民たちだ。
彼らにとってはお貴族様が何をどう考えているのかなんてわからないし、知ったことではない。
わかっているのは、街の衛兵たちは決戦のために都の方に召し上げられていることと、偉そうにしていた貴族たちが、金銀財宝を荷馬車に詰め込みのろのろと移動していることぐらいだ。
だが、誰も動かない。
何年にも、何世代にもわたって受け継がれてきた、魔法使いには逆らうな、という平民たちの常識はそう容易くは乗り越えられぬものである。
そしてそんな古くからの因習を、良くも悪くも踏み越えてしまうのは大抵の場合、まだ年若い者たちであった。
街の外れ、そこから彼は始めた。
彼は見るからに体躯に優れた、といった者ではなかったが、飛びぬけて運動能力が高かったため、同世代間での実力行使において後れを取ったことはない。
また知能も高く、面白いことを考えさせたら誰にも負けない、そんな男であった。
その男が一人、街の外れを歩く。
頭の上で手を叩きながら、踊るように跳ね歩くのだ。
真っ先に反応したのは、彼の思いつく遊びにいつでも付き合う街の悪ガキ共である。
今、この時、人が集まるということがどういうことかわかっていながら、それでも面白そうだからなどという理由で、或いはビビったと思われたくないなんて理由で、彼らは男の後に続く。
そして真っ先に集まった物を考えぬ連中とは違う、若くとも善悪正誤の判断ができる者たちだ。
彼らはこの報せを知人たち皆に教えて回る。あいつが、奴が、やりやがったと。
本気か、正気か、と彼らは男の歩む道沿いに集まり、集まった者たちが楽しそうに手を叩き歩いているのを見る。見てしまう。
男がやらかすことは、他人に迷惑をかけるような悪事も多い。だが、参加した連中にとっては、この上なく面白いことばかりであったし、何より、男は悪知恵を働かせることでその遊びによって官憲に捕まるなんてことは一切なかった。参加した者もせいぜいドジな奴が数人捕まる程度だ。
そんな男がやるというのなら、それはきっと勝算あってのことであろう、判断能力のある若者もそう思えてしまうのだ。
となれば彼らももう止まらない。俺も混ぜろ、やっていいんだよな、みんな呼んでくる、そう言って彼らもまた行列に参加する。
若者たちの数が百人を超える頃、ようやくこの動きを察知したこの街に潜んでいた反乱軍の諜報員は、選択を迫られる。
この流れに乗るか否か。
諜報員としてはこのような不確実な動きに合わせることに否定的であったのだが、彼らが目を付けていた、機会さえあれば命を賭してでも魔法使いを殺してやりたいと思っている連中の大半が、諜報員が止める間もなくさっさとこの流れに乗ってしまったのだ。
反乱軍諜報員が考える、この街における反乱兵の主軸となる者たちだ。彼らが動いてしまった以上、諜報員はこれに合わせるしかなくなってしまう。
訓練を受けた戦闘技術を持つ者を、この行列の周囲に配置し援護させ、現在の標的の動きを逐次確認できるよう人を配する。
そして何より大事な、戦闘指揮をどうするか、である。
諜報員はこの行列を導く男との接触を試みる。
諜報員が行列のところに着いた頃には、行列はもう二百人近くおり、皆が手を叩き騒ぎながら歩いている。
男は行列の中ほどに埋もれていた。
それでも行列は迷うことなく道を行く。諜報員にはこれが男の狙い通りなのか、行き当たりばったりなのか判断がつかなかった。
男の隣に並び、諜報員は男に告げる。自らが反乱軍の一員であると。男は、くすりと笑った。
「ウチの街にもいたのかよ、反乱軍」
「ああ。こちらには協力する準備がある。欲しいものはあるか?」
「いいや、ねえよ。上前跳ねられるのぁ御免だぜ」
「……武器、情報、人員、幾らあっても足りんだろう?」
「武器はアテがある。情報……もまあ、今のところは十分だ。人は、んー、思ったより集まりそうだからな、戦力不足より分け前の方が問題かね」
諜報員は怪訝そうな顔に。情報や人はともかく、武器を集めるのはそう容易くできることではない。それは反乱軍にいる諜報員が一番よく知っている。
一体どういうつもりか、という諜報員は、行列が向かう先を見て、まさか、と男を見る。
「お、気付いたか? さっすが、勘が良いねえ。邪魔するかい?」
「馬鹿な、連中と揉めたら無駄に損害を出す……」
「ははははははは、まあ見てなって」
その目的地、鍛冶場街に辿り着いた行列。その先頭に男は移動し、そして怒鳴った。
「これから俺たちは魔法使いと戦いに行く! 俺達の勇気、度胸をイジョラ中に示してやるんだよ! つ・い・て・は! そのための武器を頂きに参上した! クソ貴族をぶっ殺す武器だ! 快く譲って! くれるよな! なあ鍛冶屋のおっさんどもよお!」
男が怒鳴ると付き従ってきた数百名にも膨らんだ行列の面々は、男の言葉に喝采の叫び声を上げる。諜報員は、やっちまったー、と顔を覆っている。
そしてそこら中に建つ鍛冶屋からは、ふざけんな、誰がてめーらなんかに、とこの人数相手でもまるで怯むことのない荒くれ鍛冶屋のお返事が。
なにこのてめえら、と鍛冶屋がぞろぞろと集まってきて、行列の連中もまたやんのかコラ、と動き出すが、そんな騒ぎを凄まじい一喝が制する。
「静かにしねえかてめえら!」
怒鳴り声の主は、この鍛冶屋街の大将だ。初老の域にあるはずの男だが、その覇気は集まった誰よりも激しい。
彼は臆することなく歩を進め、これに対するように行列の主である男もまた、鍛冶場の大将に向かって歩み寄る。
周囲を沈黙が支配する中、二人は顔を突き合わせるほど近くにまで近づく。男が得意げに言った。
「どうよジジイ。昨日言った通り、千人集めてきてやったぜ」
「抜かせ小僧、いいところ四百ってところだろうが」
「はっ、耄碌ジジイは目までおかしくなっちまったか? いるさ、千人。千人分の、男前たちだぜ、よく見てみろってんだ」
「何が男前だ。道理も知らねえ小童ばかり、よくもまあこんなに集めやがって……行くんだな、本気で」
「最初っからずっとそう言ってたろ。アンタにも、後ろの連中にも教えてやるよ。俺たちゃぁなあ! これから! 魔法使いをぶっ殺しに行くんだよ! そうだよなてめえら!」
男が振り返り怒鳴ると、集まった彼らもまた大いに沸き返る。魔法使いを殺す、その意味がわかっているのかわかってないのか、彼らはまるで祭りにでも行くかのようにはしゃぎ浮かれ騒いでいる。
鍛冶屋の大将は、呆れ半分、感心半分といった顔で、後ろの鍛冶屋共に向かって叫んだ。
「おい! このどうしようもねえ命知らず共に武器くれてやれ! どーせ武器買う金ある奴ぁ、みんな逃げちまってんだ! 残してたって意味はねえよ!」
鍛冶屋たちは一斉に文句を言うが、そんな彼らの声は行列の連中の大歓声に圧し潰されてしまう。
「おっさん話せるじゃん!」
「わかってんじゃねえのクソジジイ!」
「よっ! 大将イジョラ一!」
「たいしょー! 俺の妹くれてやるぞー!」
「男前じゃー! 男前じゃー!」
そのまま皆が一斉に建物の中へと雪崩れ込み、速い者勝ちとばかりにそこらにある武器を片っ端から持っていってしまう。
これに文句を言う鍛冶屋もいたが、お前らの大将が認めたじゃねーか、と言われれば反論も出来ず。
逆に、おめーらみてえな腰抜けに武器はもったいねえ、なんて言われて何この野郎と、一緒に魔法使いを殺しに行く奴まで出る始末だ。
行列は、武器はおろか鍬やら鋤やらの農具までもを持ち出していて、まるで農民反乱そのもののようである。
血の気の多い鍛冶屋の面々(つまりほとんどの鍛冶屋)を加えた行列は、貴族たちが逃亡のために進む街中央の大通りに姿を現す。
男が計算した通り、彼ら貴族の進行を塞ぐような位置に、ぞろぞろと数百人の集団が現れた。何台もの馬車を引き連れ街を出ようとしていた貴族、そして彼らの護衛の驚きたるやいかばかりか。
そしてまるで狙いすましたかのようなこの時に、もう一つの集団が突っ込んできたのだ。
男の率いる行列とは違う。また別の集団は、皆焦った様子で走っており、そして行列を見て安堵し、喜び、声を上げ手を振った。
「おーい! 俺たちも行くぞ! 置いてくんじゃねえよおめえらああああああ!」
こちらも数百人いる。彼らは男たちが魔法使いに突っ込むの報を聞いて、街の反対側にいた連中で集まってこちらを追ってきていたのだ。
敵である貴族の隊列を前に、行列と、新たに走って突っ込んできた連中とが合流する。皆、ぶつかりあって、肩を抱き合って、よくきたな、と合流を喜び合う。
諜報員が男に問う。
「まさか……ここまで準備していたとは……」
「あー、悪いけどこれはかんっぜんに予想外だったわ。なんだよなんだよ、どいつもこいつも、みーんな魔法使いぶっ殺してやりたかったのか、先に言えよ。おいほら見てみろよ、露天商から宿のおっちゃん、役場の連中まで来てんじゃねえか。どーなってんだこれ」
「反乱軍をやってる身から言わせてもらえるのなら……これは、大いに胸をうつ光景だ。街の皆が、一丸となって魔法使いに立ち向かう……こんな日が、本当に来ようとは……」
男は、涙ぐむ諜報員の背を一つ叩いた後、鍛冶屋のジジイから譲り受けた剣を高々と空に突きあげ、叫んだ。
「よおおおおしてめえら! やっちまえええええええええええええ!!」
反乱軍が軍を進めるにつれ、こうした光景が至る所で見られるようになった。
かくして反乱軍は驚くべき速度で膨れ上がっていく。
だが、何故かどうしてか膨張していく反乱軍の補給が滞ることはなかった。
反乱軍に参加をした者たちは、誰もが一日二食を与えられ、ともすればいつもよりも優良な環境を手に入れることになり、それがまた反乱軍が増えていく理由になる。
反乱軍の糧食を手配していたのは、当初は帝国軍諜報員であった。
帝国軍より出ている予算を用い、カレリアにて食料を買い付けこれをイジョラへ持ち込む形をとっていたのだが、当然帝国からの予算には限りがある。
これが尽きるなり糧食補給も失われるはずであったのだが、反乱軍は今後も増える一方であるという予測から、どうにかしてカレリアからの糧食補給を維持する必要があった。
そこで出てきたのが、イジョラ占領時に反乱軍が入手した魔法の道具の数々である。
これらはとても貴重な品々で、イジョラ国外への持ち出しには極めて厳しい制限が課せられていたのだが、反乱軍はこれをカレリアへと売却することで糧食への代金としたのだ。
元々カレリア国内では、食料の大増産により食料自体がだぶつき気味であったこともあり、大量の食糧がイジョラ反乱軍へと送られることになった。
かかる事態に際しカレリア国王アンセルミは、このまま非正規の流通経路が育ってしまうことを懸念し、イジョラ反乱軍との取引を一部業者のみに制限しつつもこれを認め、正規街道の使用を許すことにした。
こうして国が動かねばならぬほどの規模の、大量の食糧がイジョラへと送られていく。
そしてこの取引のイジョラ側責任者は、反乱軍に潜入している帝国軍諜報員(シルヴィ以外には正体バレていない)君である。諜報員やめてこのまま商人やってた方がいいんじゃないのか、とか本気で考えているのは彼だけの秘密である。
反乱軍は街の外だが、イェルケルとレアは特別待遇ということで街の宿をとってもらえた。
この部屋に、二人を訪ねてくる者がいた。
気の強そうな青年だ。彼はちょっとした有名人で、イェルケルたちが滞在しているこの街で、貴族を打倒した反乱の首謀者にして中心人物と目されている者だ。
仲間を集いながら街中を歩き、大群衆を集めて反乱を起こしたという、痛快な話の主人公その人であり、イェルケルもレアも故に一応顔を見たことはあったのだ。
彼は商人のように、或いは政治家のように、回りくどいことは言わずずばりと目的を告げてきた。
「なあ、アンタら金持ってる商会だって聞いたんだが、この魔法の道具、買い取ってもらえねえか?」
彼の申し出に、イェルケルは一瞬何を言われたのかわからなかった。
反乱軍に参加して多少なりと彼らとの交流をしてきたイェルケルだが、これまで金をどうしろと言われたことは一度も無い。殿下商会、の名前を商会として呼んできた者は、反乱軍の中では彼が初めてであった。
「あー、あー、あー、うん、そうだな、金は、あるよ。だが悪いけど魔法の道具の価値を見極める目がない」
そういう話は反乱軍が抱えている商人にでも頼め、と言ってやると青年は肩をすくめる。
「頼んださ。高すぎて金が足りないと言われた。物々交換を持ち掛けられたが、俺は金でなきゃ困る。それも今すぐに、だ」
青年はその商人から言われた買い取り額をイェルケルに提示し、この金額で買い取ってくれと魔法の道具を見せてきた。
イェルケルはレアに目配せすると、レアは席を外す。確認のため、その商人に話を聞きに行ったのだ。もちろん、反乱軍のどの商人が相手であろうと殿下商会に嘘をつく馬鹿は存在しないと知っての行動である。
残されたのは二人。イェルケルは青年に訊ねる。
「金でなければならない理由は?」
「……それ、言わないと駄目か?」
「それを知らないと、商人が付けた値段よりどれだけ安く買い叩いていいかわからないじゃないか」
「殿下商会は、そういうことはしねえと聞いてきたんだがな……」
「理不尽な真似をするつもりはないが、魔法の道具だぞ? 今のイジョラで買い取ろうなんて奴がそうそういるもんか。となれば国外にまで出張らなきゃならない。そのツテが無いとは言わないが、国内で済む場合と比べて手間も金もかかるのはわかるだろ?」
「理由、話せば言い値で買ってくれるのか?」
「聞いてから決める」
元より条件に差がありすぎるのだ。青年は観念したように口を開いた。
青年が魔法使いたちを殺しに動いたのは、放っておいてもそうなると踏んだからだ。
これまでさんざ偉そうにしてきた貴族が、反乱軍に恐れをなし財産みんな持って逃げ出そうというのだ。絶対に、その山ほどの財宝に目がくらんでこれらに突っ込む奴が出てくる。
それは統制されたものではない以上、結果がどう転ぶかは青年にも予測がつかない。貴族とその護衛が押し切るかもしれないし、平民側が彼らを圧し潰せるかもしれない。
だが、いずれの場合でも平民側の犠牲は相当なものになる。そして、真っ先にその犠牲になるのは、青年がいつも一緒に馬鹿をやってる、愚劣で下衆で自制心の欠片もないどうしようもないクズ連中であろう。
なら、どうせ突っ込むのがわかっているのなら、効率的に、効果的に突っ込ませれば犠牲は少なくできるのでは、と彼は考えたのだ。
コイツらは何せ馬鹿なのだから、青年が何を言ったところで思いつきでつっこむし、勢いがつけばつっこむし、金に目がくらんでつっこむのだ。ならば、ハナっから制しようなんて思わなければいい。
そう考えた結果が先の街でのバカ騒ぎである。まさか、馬鹿共だけじゃなくて賢い奴らまで一緒になって突っ込んでくるとは思ってもみなかったが。
そうして人数が激増した結果、一人当たりの報酬額が青年が考えるよりずっと少なくなってしまった。人数が多すぎて、貴族馬車の略奪に参加できなかった者も出るほどだ。
青年は元々換金が必要なものは反乱軍が分捕っていく、良くて捨て値で回収していく、と確信していたので、お金のみを回収するつもりだったのだが、それでは足りなくなると踏んで、一番偉そうな魔法使いが大事に持っていたこの魔法の道具を確保しておいたのだ。
今合流している反乱軍は、貴族の打倒こそが報酬だと考えているだろうから、そちらからの金は期待できない。暴動参加者に金を配ろうと考えている彼は、かくして追い詰められてしまったのである。
イェルケルが問う。
「報酬の約束してたのか。幾らぐらいだ?」
「いいや、そんなもんしてねえよ。だがな、怪我した奴もいる、死んだ奴もいる、財産投げ捨てた奴だっているんだ。しかも領主は不在で反乱軍が国中のさばってるとなりゃ、金でも持ってなきゃ、先行きどうなるかわかったもんじゃねえだろ」
イェルケルはこの男が言葉にせぬところまで汲んでやる。
つまりこの男は、街の人間が反乱軍に参加するのを止めたいのだと。
確かに、この街の奴等は随分と熱狂してしまっているようで、結構な数の若い衆が貴族共ぶっ潰してやると息巻いているのを見た。だが、この反乱の本質はどこまで行っても変わらない。魔法使い対平民の戦なのだ。平民の側がとんでもなく大きな損害を被るのはそもそもの大前提である。
報酬金をばらまいてやれば、頭に血が上った連中も少しは冷静になるだろうし、金が無いから反乱軍に加わる、なんて救えない話も減るだろう。
そんな話を反乱軍の一員であるイェルケルに持ち込む辺りに、青年の追い詰められっぷりがよく見てとれる。
だが、運よくと言うべきか。イェルケルはこういう話が大好きなのである。
自らの選択で反乱軍に参加し、戦場で散っていく者に対しての同情はない。
だが、この妙に行動力のある青年の望みには美しさを感じた。金の価値を理解していないわけではないが、イェルケルは美しさに対して金を出す事に躊躇はない。
「わかった。それ、言い値で買い取るよ。さすがに銀貨は無いから、全部金貨で出すがそれで我慢してくれよな」
「いいのか!?」
「ああ、今持ってこさせるから……おっと、レア、戻ったなら……」
ちょうどよくレアが戻ってきたが、その顔は少し渋いものであった。
「でんか。その金額、商人が提示したものの、二割増しだって」
イェルケルと青年の動きがぴしり、と止まる。
ゆっくりと青年の方を見るイェルケル。青年はバツが悪そうに頬をかいているが、それほど悪びれてもいないようで。
レアを確認に行かせたことで嘘をついたのがバレるのはわかっていただろうに、それ以後もこの青年は動揺した様子を一切見せなかった。
そんなふてぶてしさが、妙におかしくて噴き出してしまうイェルケル。そして、笑ってしまったら負けなのだ。
「ははははははははは、いいよ。その値段でもらってやる。おっまえ、本当に良い度胸してるよな」
こういう大雑把さはアイリがとても嫌うものであるのだが、これを咎めるアイリがいないことが青年にとっての幸運であったのだろう。
すぐに代金を支払い、更にこの一週間後、イェルケルは再びこの青年と陣中にて顔を合わせる。
イェルケルが青年に、まだ金を渡し終わってないのか、と問うと青年は答えた。
「金もらっても反乱軍に混ざるって馬鹿はいるんだよ。そーいうどうしようもなく先の見えないボンクラなんてよ、俺以外に面倒見るような奴ぁいねえだろ」
この後、イェルケルはこの青年ともあっという間に友達になったのである。