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195.よし任せろ、ならばビームだ



 当たり前のことであるが、いかなパニーラとて魔法の一撃で軍を全て吹き飛ばすなんて真似はできない。

 数百程度の軍であったとしても、それらが全て密集でもしてくれているのなら話は別だが、ここがイジョラだとわかっている彼らがそんな真似をすることはない。

 そしてこのキルピヴァーラ軍は一万と二千なのだ。常時それなりに広く展開しているし、これを魔法で一網打尽といった真似をするには、それこそかつて行われたという大儀式魔法『洪水』でも用いて川を敵に流し込むでもしなければ不可能だ。

 再度の雷雨(雷と雨ではなく、雨のように降る雷の略)を恐れず突撃態勢を取る帝国軍。

 大魔法は連発がきかない。そんな常識を信じて。最初の大魔法、溶岩の魔法発動から次なる雷の魔法発動までの間隔を考えれば、まだ余裕はあるはずと己に言い聞かせながら。

 ただ、それでも待ち構えるパニーラたちからすればそれなりに時間がある。

 スティナは作戦通り、パニーラの背後に回るとその身体をがっしりと両腕で押さえ込んだ。


「こんなもの?」

「おー、そんな感じだ。いいか、反動洒落になんねえから気を付けろよ。以前、全開で一発かましたら、支えにした木の柱が根本からへし折れちまったからな」

「さっきの魔法見た後だとそれが脅しに聞こえないわよね。アイリー、護衛一人だけだけど踏ん張んなさいよー」

「わかっておる。まったく、さっきのより強力な魔法か。……ここは本当に人界であるのか? そろそろ神界に片足突っ込んでしまっている気がしてきたぞ」

「神様の魔法ってな、きっともっと理不尽で不条理なもんだろうよ。俺のはあくまで魔法の理の内だぜ」


 パニーラは詠唱を始める。それはパニーラの魔法にしては珍しく朗々とした、そしてはっきりとした発音を伴った詠唱で。詠唱時間も実戦向けとは到底思えぬ長いものだ。

 パニーラの詠唱が進むにつれ、背後のスティナも、周囲を警戒しているアイリも、パニーラより漂う気配が濃密になっていくのがわかる。

 二人共魔法を知らぬが、最近では魔法の気配というものがわかるようになってきていた。

 ヒュヴィンカーで見た黒い霧を百倍濃密にしたようなその気配は、それでもまだ足りぬと密度を上げていく。

 アイリ、スティナの額に冷や汗が滲む。ヤバイ、マズイ、今すぐ逃げろ。そう思えるような寒気は、パニーラを中心とした空間全てより発せられている。

 そのど真ん中にいるスティナなどは、パニーラの作戦を受け入れたことを早くも後悔し始めている。

 そんな二人の不安なぞにまるで気付かぬパニーラは、もったいぶったりもせず、充填が終わるなり即座に魔法を行使した。


「ドジ踏むんじゃねえぞスティナぁ!」

「こっちの台詞よ。さっさとやりなさい」


 パニーラが右腕を前方へと突き出す。すると、スティナ、アイリの視界が閃光で埋まった。

 同時に、スティナの身体に大きな負荷がのしかかってくる。パニーラの身体がスティナへと押し込まれるのを両足を踏ん張って支える。


「確かに、これなら、柱の一本二本は、へし折れ、そうねっ」


 眩しさに目を細めながら呟くスティナ。はっきりと言ってしまえば、スティナの位置からだとこのパニーラの魔法がいかなる魔法なのか全くわからない。

 パニーラのいる方向がより輝きが強いことから、そちらに何かが、持続的に出ているというのは想像できるがそこまでだ。

 そして少し離れた場所のアイリは、なんとかこれがどういったものなのか見ることができた。

 光だ。パニーラの腕、というか前面側から光の柱が伸びている。その柱の太さが尋常ではない。直径だけでパニーラと背後のスティナがすっぽり入ってしまうほど。

 そんな光の柱が、遥か遠くまで伸びている。地面に沿って、丘になっている場所まで一直線に。

 丘さえ邪魔しなければまだまだ伸びていただろう光の柱は、その先にいた敵の一隊を捉えていた。

 そこにいる人間の大きさは、アイリから見て人差し指の半分ほどだ。それほど遠くにまで届いた魔法であるが、威力の減衰は特にないようで、光のすぐ側には数人のどこかが欠けた兵士が倒れたままである。

 敵方もまさかこんな遠くまで届く魔法があるとは思っていなかったのだろう、驚き慌てながら散開していく。


「逃がすかボケ」


 パニーラの罵り声と共に光の柱が動いた。

 どうやら先程上空に放った紙の鳥がパニーラの目になっているようで、光の柱が眼前にあるせいで視界が全て失われていると思われるパニーラは、正確に光の柱の着弾点周辺を把握していた。

 すぐにスティナから抗議の声が。


「動くんなら動くって言いなさい! これっ、ちょっとでもっ、向き変わるとっ、押さえるのっ、難しいのよっ!」

「あー、わりー。んじゃ次行くから堪えろよー」

「次?」

「ははは、期待通りだ。おめーなら耐えてくれると思ったぜ。これなら、俺も本気で行ける」

「え? ちょ、本気って、何? あのね、今でも結構キツイんだけど、もっと、重くなんの?」

「おうっ!」

「嬉しそうに言うなあああああああああ!」


 パニーラの左腕に魔力の渦が集まっていく。

 言葉の通り、結構キツイのかスティナが情けない声で抗議している。


「わー! ばかー! やめろー! これ以上は突発事態に対処できなく……」

「二段目行くぜええええええ! おりゃあああああああああ!」


 右腕に代わり、左腕を前方へと突き出す。放たれた新たな魔力により、光の柱の直径が倍の大きさに膨れ上がった。

 二つの魔法が重なり合ったせいか、これまでの輝きのみならず、熱まで感じられるようになっている。もちろん、輝きの強さもそれまでとは比較にならぬ。

 この二段目の輝きの大きさは、突撃を敢行していた帝国軍の目にも即応が必要なものと映ったようで、全部隊が一斉に身を翻して散開を始めた。

 基本的に、こうした場合では司令官の指示を待たず、部隊長が各自の判断で動くのが帝国軍であるのだが、そんな部隊長全員が撤退の判断を下すほど、二度目の閃光は強烈であったのだ。

 光の柱の直径が倍になるほどとはいえ、基本的にはまっすぐ柱が伸びていく魔法だ。帝国軍の基本的な魔法対策に従うのならば、指向性のある大魔法が相手ならばその攻撃範囲の外から即座に攻撃すべし、といったものであるのだが、部隊長たち全員がこれを全周囲型の魔法であると誤認するほどの輝きであるのだ。

 もちろん、その中心にいるスティナはもう目も開けていられない。視覚以外の五感を用いるしか周囲の状況を知る術はない。

 パニーラは最初から自分の視覚は諦めており、上空の紙の鳥よりの視界に頼り切りである。

 アイリは、二段目が出るとあまりの眩しさに二人から距離を取った。二人の護衛が仕事であるが、敵はどうやら一時後退を選んだようなので余裕があるのだ。

 なので余裕のあるうちにアイリは気になっていることを確認することに。

 眩しさを堪えながら、パニーラが放つ魔法の光の端をじっと見る。

 パニーラの前方、腕をまっすぐ前に伸ばした先、そのぐらいの距離から光が発生している。

 光の柱は円柱であるようだ。である以上、この柱の直径ならば、絶対に光が地面にめりこむはずだ。

 事実めりこんでいる。この光が地面に触れるとどうなるのか。それはパニーラが光を動かしてくれたおかげで見えるようになった。

 光がかすめた地面は、そこだけ地肌をむき出しに、下生えが削り取られてついでに地面もめくれてしまっているようだ。

 そして戦果確認である。

 が、これは二段目にした甲斐はあまりないようだ。最初に光が命中した段階でそこらに居た兵士たちは避難を始めており、多少光が太くなった程度では彼らに当てることはできない。

 先程やったように光を動かせば命中も可能だろうが今のところは、それができないのか、やる気がないのか、光はただまっすぐ伸びるのみだ。

 光の中からパニーラの嬉々とした哄笑が聞こえる。


「うはははははは! すげー! すげーぞスティナ! ぜんっぜん動かねー! ビクともしねー! おっまえこれならイケるんじゃね!? 最後までやっちゃってもいけちまうんじゃね!?」

「イケてないわよ! 重いわよ! さっさと終わらせない! ってか最後ってなによおおおおおおおおお!」

「もっちろん! 後一段あるってことだよ! アイリ! てめーは後方に避難しとけ! 次はめちゃくちゃでけーぞ!」


 スティナの抗議の声を完全に無視し、パニーラは右足を振り上げる。アイリは大急ぎで後方へと。

 パニーラの振り上げた右足にも、前二度と同じように魔力が纏ってあり、パニーラはこれを足刀蹴りの形で前へと突き出す。

 光、熱、そこに衝撃が加わった。

 土煙を巻き上げ、吹き付ける風がアイリの身体に叩きつけられる。

 顔の前に片腕を上げ、目の周りだけを守りつつ、アイリは起こった現象を確認する。

 それまでは光の柱と認識していたが、今のはもう光の壁だ。光の壁が、面積そのまんまどこまでも伸びていく感じである。

 そして、先程光が当たっていた丘だが、これが完全に削り取られてしまっている。丘をぶちぬき、その先にまで光は伸びていっているのだ。

 光の中心から声が聞こえる。衝撃と風の音で聞こえ難いが、パニーラとスティナがお互い怒鳴り合っている。


「スティナ! 動かすから気合い入れろよ!」

「無茶言うなああああああああ! もう数分も持たないわよ!」

「上等! それまでにケリつけてやるよ!」

「はーやーくっ! おーわーらーせーろー!」


 光の壁が、ズレた。

 そしてその光の動きに合わせて、大地が削れ地形が変わっていく。

 丘はごっそりと削り取られた。だが、そのずっと先にあった山は、命中した後で光が弾けるのが見えた。さすがに山は堪えたようだが、周囲の木々やら大地やらが吹き飛んでしまっているのが良く見える。ここからあの山まで、恐らく馬で半日ぐらいはかかろう、そんな遠くの山にまでパニーラの魔法は破壊を及ぼすのである。

 この魔法の存在だけで、戦のやり方が一変しかねぬほどの魔法だ。

 アイリの目は、光の壁の投射方向ではない方に向けられる。そちらの兵たちにももうこの魔法が指向性の高い魔法であるとの理解は及んでいよう。それでも全ての隊が後退を選んでいる。

 盾でも鎧でも防げず地形すら変えるほどの威力を持つ魔法が、遥か地平の彼方まで届くほどの射程を持ち、屋敷一つ丸々消し飛ばすほどの攻撃範囲で、じわりじわりと標的着弾後も動いていくのだ。

 おまけに、隠れようにも上空からの視点を確保されているので、相当上手くやらないと隠れきるのも難しかろう。

 ただ、こんな意味の分からない魔法を使われているというのに、帝国軍は潰走ではなく各々部隊毎に秩序立った撤退を行なっているのだから、こちらもまたとんでもない練度の部隊であろう。

 元々、優れた小隊指揮官を育成し、小さな部隊毎に動くことを徹底させるのが帝国軍対イジョラ部隊のやり方なのであるが、実際にそうできてしまうのはやはり並々ならぬことだ。

 これでは離散した後も程なく集結して侵攻を再開するだろう。

 ではどうする、と首を傾げるアイリは、パニーラがこの超遠距離を狙い打てる魔法を用いた理由を考える。

 小隊毎に独立して動くとはいえ、軍としての行動方針を決定できるのは、そこまでの知識経験教養を持ち得るのは、やはり将軍と呼ばれる一部の者だけであろう。

 それを狙い打つのがこまごまと鬱陶しいこの軍を撃破する最初の一歩だ。上空からの視点という極めて有為な情報から、軍の動きを見てどこに将軍がいるのかを見分ける。それができないよう敵も動くだろうが、狙いに関してはまるで迷いなく光の壁の魔法を撃ち放った辺り、パニーラにはそれが見えているのではないか。

 アイリには実は、溶岩の魔法も、その後の雷の魔法も、己のみなら対策はあった。

 だが、この光の魔法だけは無理だ。適切に行使されたらどうしようもない。発射に難があるようだが、それもまたイジョラの魔法ならば解決できてしまうのではないかとアイリは思っている。


『いや、遮蔽があれば……ふむ、後は対魔法戦の基本、敵の目を潰す、か。パニーラの手の内がこれだけならば、ほぼ完封は可能か』


 手段の多彩さが魔法戦の売りだ。通常、複数の魔法使いを揃えることでこの多彩さを確保するのだが、パニーラの場合は単身で成し遂げてしまっている。そんなイジョラの魔女、パニーラ・ストークマンの魔法が今までアイリが見てきたものだけということはあるまい。

 結局、パニーラとやりあうのなら出た所勝負な部分は必ず残るということだ。


『厄介な敵だ。……敵、か?』


 疑問に答えを出さぬまま、アイリはパニーラとスティナに目を向ける。

 光は収まってきていて、輝きで全く見えなかった二人の姿も視認できるように。熱も風も最早感じないので、アイリは気になっていたものを確認する。

 パニーラの前方の大地を覗き込む。

 そこには崖があった。

 パニーラの光の壁は上と左右だけではなく、均等な広さで下方にも広がっていたので、光が生じたすぐ側の大地の中にまで光はめりこみ抉り取っていたのだ。


「……こんな国と、戦をしようという国があることが信じられんわ」


 腕で目をこすりながらパニーラが答える。


「いやいやいやいや、こんなやっべえ魔法、俺だって使うどころか見るのだって初めてだぜ」


 パニーラの後ろで、もう手を離しているスティナもまた瞬きを繰り返している。眩しさに目がやられているようだ。


「こんなあぶなっかしい魔法、ぶっつけ本番でやったの?」

「こんなあぶなっかしい魔法、そう何度も試せるかっての」


 そもそも、二段階目以降は試しようもなかった。身体を固定できないままで放ったらパニーラの身体が吹っ飛び、しかもその結果この凶悪な光がどこに飛ぶかわからないという恐ろしい事態になってしまうだろう。

 両腕を何度もぶらぶらと振りながら、パニーラはにかっと笑う。


「ま、これで敵の大将は仕留めたさ。っつーわけだから、さっさとずらかろうぜ」


 かくして三人は一目散に逃げだした。

 パニーラのそれは魔法によるものか、スティナとアイリの疾走にもパニーラは苦も無く並んで走ることができていた。

 これまでスティナとアイリが出会ってきた魔法使いとは、根本的なところで何かが違うパニーラだ。

 逃走の最中、気になったスティナがパニーラに問うた。


「今回の三つの魔法を使える魔法使い、他にもイジョラにいるの?」

「いねーから、俺が好き放題できるんだよ。ま、俺と五分の魔法使えるっつったら、それこそ陛下ぐらいじゃねえのか?」


 この質問に当たり前の顔で答えてきたことも含めて、スティナにもアイリにもまだパニーラという人間を読み切ることはできなかった。

 それは困ったことではあれど不愉快なことではないというのが、二人にとっての一番の問題であろう。敵だろうと味方だろうと、強くて面白い人間をスティナもアイリも嫌いではないのだ。






 パニーラ、スティナ、アイリ、この三人が肩で息をするほど疲れているのは、敵軍ど真ん中から走って逃げるなんて真似をしていたせいだ。

 パニーラのイカレた魔法で敵は戦意を失ったように見えていたが、敵は一万二千の軍勢であるのだ。その数は兵たちの戦意を支える杖となり、パニーラたちが極少数であるという事実は矜持を砕かれた小隊指揮官たちが復讐の追撃を命じるに足る理由となった。

 よって、三人はこの追撃から逃げるため、かなりの速度で走る必要に迫られたのだ。三人共が人間離れした速度であったこともあり、また光の魔法で敵軍が一時広範囲に散っていたこともあって、どうにかこうにか三人は森の中へと逃げ込むことに成功する。

 逃亡の際、パニーラは大きな魔法を使うことはなかった。

 それを彼女の限界と見るか、はたまた必要が無かったせいと考えるか、スティナにもアイリにも判断がつかなかった。

 森を抜けると、そこにパニーラの部下である騎馬隊二十騎が待ち構えていた。

 この馬に乗り込んだパニーラは、馬上からスティナとアイリを見下ろす。

 何かを言いたそうにしていたが、苦笑しながら口にしたのは一言のみ。


「じゃあな」


 スティナもアイリも、口にしたのはパニーラと同じく別れの挨拶のみであった。

 二人を森の端に残し、パニーラたち一行は街に向かって騎馬を駆ける。

 騎馬隊隊長は、パニーラの馬に寄せ問うた。


「いいんっすか?」


 これはあの二人を殺さないでもいいのか、という意味だ。パニーラは自身の魔法にて、彼ら騎馬隊に今作戦の内容を伝達済であり、騎馬隊二十騎が森の外れで待っていたのももちろん偶然ではない。


「アレとやりあうんならむしろお前らは邪魔だ。……どっちかっつーと、こっちが見逃してもらったって感じだな」

「パニーラ様でそれっすか。殿下商会、噂通りとんでもねえ連中みたいっすね」

「せめてもあの二人がこっち来てることを幸運と思うしかねえな。いやホント。おかげでかなりの無茶が押し通せたしよ、しかも向こうの侯爵たちはあの二人抜きで戦できるんだろ。いやいやいやいや、やっぱ日頃の行ないってなあるもんだな」

「まあパニーラ様の寝言はさておき。どーしやすこれから。とりあえず今のところ、兵は三千っすよ」

「てめーは後でぶっころす。斥候は任せるから、しばらくは様子見だな。けけっ、随分と精強な兵引き連れてきてくれやがったが、そんな大層な兵、将軍でもねえ奴らに消耗の決断下せるかねぇ」


 兵として勇猛であるのと、指揮官として重大な決断を下せるというのは全くの別物だ。その判断が下せなくなるように、パニーラは敵本陣を狙い撃ちにしたのだ。

 敵の侵攻の意図がどこにあるのかはまだわからぬままだが、これ程の精鋭部隊を全滅させてまで為さねばならぬ作戦目標があるとは、とても思えない。ならば、パニーラという魔法使いを見たうえで彼らは更なる侵攻を行えるものか。

 パニーラは南方戦線において、帝国軍に対し大きく優位に立ったと確信していた。




 スティナ、アイリの二人は、帝国軍が後退していくのを確認する。

 いざ戦が始まれば恐ろしく勇猛な連中だ。だが、それだけに戦を始めるかどうかの判断は慎重であるようだ。

 スティナはパニーラの背後からずっと彼女を押さえていたから、あの大魔法を放つことの難しさを理解している。

 最初の一段目からして難しかった。まっすぐ撃っているだけなのに、全身が小刻みに揺れて押さえ込むのに随分苦労した。しかも、時々上に向かって跳ねようとしてくれるのだ。

 下にならば地面を使って踏ん張ることもできるが、上に飛んでいかれては押さえるもなにもない。そうならないよう力ずくで押さえ込んでやらなければならないのだ。

 これが二段目、三段目となるともう、よほど重心移動を理解している者でもなくば、あっという間に吹っ飛ばされてしまうだろう。

 途中でアイリに手助けさせようとも考えたが、あまりに微細な向き調整が必要であるために、この作業を二人で行なうのは不可能だとスティナは結論付ける。せめても練習する時間があれば違ったかもしれないが、ぶっつけ本番で、相手がアイリとはいえこれを上手くこなす自信はなかった。

 つまり、スティナなりアイリなりが共に居なければとても使えない魔法ということだ。そういう意味では安心できる話ではある。

 どうせパニーラのことだからこれ以外にも大魔法を持っているのだろうが、と考えると安心も何もなくなるのだが。

 ヴァロとエルノが撤収準備をしている中、スティナはアイリに向けぽろりと一言を溢す。


「ねえ、パニーラって、味方にならないかしら?」

「……無理だ。いや、その筋が無いとは言わんが、まあ、無理だろうな。今頃行われているだろう反乱軍との決戦次第、か」

「そこで完膚なきまでに決着がついてれば目はある?」

「反乱軍勝利であればな。魔法の危険さをこれでもかと目にした後で、よくもまあそういう気になれるものだ」

「殿下とレアとシルヴィがいるんだしなんとかするんじゃない?」

「両軍合わせて十万を超える大戦だ。たった三人にできることなぞありはせんよ」

「……何か手、ないかしら」

「あったとしても私は付き合わんぞ。パニーラは、我らにとっては気持ちの良い奴かもしれんが、弱者にとっては横暴理不尽な無法者でしかないであろう。シルヴィとは違ってな。お前はそれを無理なく受容できるだろうが、私には無理だ。きっと、殿下にもな」


 イェルケルの名を出されると弱いスティナだ。片眉をねじりながら言葉を続ける。


「味方なら、いけそう?」

「ふん、そうか、お前は仲間ではなく味方と言ったのだったな。それならば、まあ、許容範囲かもしれん。だがその筋も随分と薄いぞ」

「パニーラにもその気、あるように見えたのよね。なら、なんとかなりそうじゃない?」


 ふむ、と一つ思いついたアイリがスティナに問う。


「で、味方になったパニーラが殿下に夜這いでもかけたらどうする気だ?」

「殺すわ。全身の皮ひっぺがしてこの世に生まれ落ちたこと後悔させてやる」


 それはそれは見事な即答である。

 帝国軍が完全にイジョラ領より軍を引いたのは、この一週間後のことであった。



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