表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
193/212

193.パニーラの作戦


 馬車が走る。

 二頭立てで、後ろに幌のない、背の低い木の箱を引っ張っているような簡易な馬車だ。

 御者席には黒いドレスを着た少女が座っている。

 そう、ドレスである。その全てが黒の生地で作り上げられているドレスは、常軌を逸した量のフリルで彩られている。

 袖口、襟、スカートの裾はもちろん、腰周りや胸元に至るまでフリル塗れであり、またこのフリルがそれぞれの部位に相応しく、ある場所は細かく、ある場所は大きく波打っていて、この服の作者の尋常ならざるフリル愛を感じさせる逸品となっている。

 スカート自体もかなり大きなもので、本来これを着て御者席に座るようにはできていない服なのだが、着用者であるアイリ・フォルシウスは、知ったことか、と木組でできた御者席に腰を掛けている。せめても座る場所に上等な布を敷いているのは、同行者二人が嫌がるアイリに無理にそうさせたものである。

 そして残る二人は、後ろの荷台にいる。大きく揺れる馬車であるが、そこに立っている。直立し二人が並んで立っているのだ。

 パニーラは愛用の赤ではなく、今回は青のドレスである。頭には鍔の大きな帽子をかぶり、大きな胸元をより強調するような、彼女が全身より漂わせる女の香りを際立たせるような、煽情的で蠱惑的なドレスとなっている。

 もう一人のスティナは、こちらはパニーラほど胸元を開けてはいないものの、やはりその大きな胸は隠しようもなく、真っ白、純白に相応しい清楚なドレスであるというのに、いや故にこそ、ある種の倒錯的な官能美を感じさせるものとなっている。

 御者席のアイリは露骨に嫌そうな顔をしている。


「作戦の有効性は、いいだろう認めよう。だが、それでも敢えて言わせてくれ。他に、手はなかったものか……」


 三人が乗った馬車は、現在帝国軍侵攻部隊に向かって、街道を堂々と走っていた。

 馬車には一本の旗が据え付けられている。この旗に描かれた花模様は、イジョラ、南部諸国連合、帝国、全てで通じる共通の絵柄で、娼婦、もしくは娼館を表すものであった。

 パニーラはドレス姿で敵陣に突っ込むなんて真似がよほど楽しいのかずっと笑いっぱなしである。


「おっまえ、せっかく美人が揃ってんだ。ゆーこーかつよーしない手はねーだろ。さっきだって前衛部隊も余裕で通過できたじゃねえか。ほら、お前らも手を振れ手を。笑顔忘れんじゃねーぞー」


 長期の行軍にはこうした売春婦がついて回る場合がある。もしくは侵攻先の土地で軍に対しそういった商売を持ち掛ける者も居て、パニーラはつまり、自分たちはそういった娼婦で軍のお偉方と商売の交渉に来た、という体を取ったのだ。

 営業活動であるからして、一番の綺麗所を使って、軍の皆に愛想を振りまくように馬車で一番目立つ街道を通ってきたと。

 こうした売春婦がおおっぴらに活動するのを好まない軍もある。例えばカレリア国軍なんかはその典型だろう。だが、帝国はそういった部分は案外緩く、処遇は指揮官に一任することがほとんどで。事前の調査から今回の帝国軍指揮官はこういった娼婦の売り込みを好む傾向にある人物だとわかっていた。

 帝国軍の兵士たちは、横を通り過ぎる絶世の美女たちに、それはそれはもう卑猥な声を掛けてくる。それ自体がもう彼らにとってのストレス解消になっているだろうというほどに。

 兵士たちの声に、パニーラはもう水を得た魚のように活き活きと応えてやっている。スティナは、器用で色々なことができてしまうが故に、こんな恥の極みのような真似をすら上手いことこなせてしまっている。とはいえやることは、兵士の声に笑顔を返し手を振り返すぐらいであるが。

 この場で一番の劣等生はアイリだろう。せめても怒りを面に出さぬよう無表情を維持するのが精一杯である。とはいえ、人形のように小さく可愛らしい少女が、娼婦の旗を立てて走っているという時点でもう、果たすべき役割は十分に果たせていることだろう。

 周囲を取り囲むのは下卑た兵士たちの顔、であるはずなのだが、スティナがこれをずっと見ていると、それらになんとなく愛嬌みたいなものがあることに気付く。

 彼らには悪意も害意もない。ただ、ヤりたいだけなのだ。そうさせてくれる、夢見心地へと誘ってくれる女神に対し好意を持ち、好意を持たれたいとただそれだけなのだ。

 内の一人が、勢い余ったのか走る馬車に飛びついてきた。馬車の端に掴まったまま、スティナを見上げ口から泡を飛ばす。手には硬貨を詰めているのだろう小袋を握りしめている。


「か、金ならある! すぐにやろうぜ!」


 馬鹿にするではなく、呆れたような笑みでスティナは答えた。


「将軍様に一言も無しに商売したら、私も貴方も死罪よ? もう少し我慢なさいな」

「かっ、かまいやしねえさ! 手柄でも挙げりゃ許してくれらぁ!」


 ふざけんなこのボケ、と男を馬車から引きはがしたのは彼とはまた別の兵士である。

 馬車は止まらぬまま。過ぎ去っていく馬鹿を止めた兵士に向かってスティナは笑顔で手を振ってあげると、彼は顔を赤くしながらも得意げな顔をした。

 スティナは隣のパニーラのみに聞こえるよう呟いた。


「少し、楽しくなってきたかも」

「だろ?」


 二人は兵士たちに向かって大きく手を挙げる。目が合った者に対し、それぞれがその場の思いつきで話し掛け、そして返事も聞けぬまま馬車は通り過ぎていく。

 一人、全く馴染めぬままのアイリは御者席にてぼやいた。


「……なんなのだこれは。この、スティナがもう一人増えてしまったかのような、想像するだに恐ろしい状況は……」






 娼婦なら幾人も見てきたであろう兵士たちであっても、こうまで美しい女には出会ったことがない。

 そんな美女美少女が三人だ。イジョラの娼館とはこれほどの女を常駐させるほどなのか、と期待に満ちた視線を兵士たちは向けてくる。

 馬車に乗ったままスティナ、アイリ、パニーラの三人は、下心に満ちた兵士たちによる丁重な案内を受け、本陣へと進んでいく。周囲には、見たこともないような美人娼婦の姿を見ようと多数の兵士が押し寄せていた。

 スティナがパニーラにだけ聞こえる声で呟く。


「……コイツら、いったい何しにイジョラ来たのよ」

「男なんざみんなこんなもんだって」


 パニーラの言葉にスティナは少し考えて、そしてびっくりするぐらい機嫌良さげににまーっと笑う。


「うん、うん、うん、そうよね、そこらの男なんてみーんなこんなものよね。ホント、良い男ってのはどこにでもいるってわけじゃないわねぇ、もー」

「何コイツ、いきなり気持ちわりーんだけど」


 これにはアイリが答えてやる。


「スティナはなぁ、時折そうやって薄気味悪くなったり面倒くさくなったりする奴なので、そういうものだと受け流してやってくれ」

「お、おう。でもそういう時はもうちょい優しくしてやるもんじゃねえのか?」

「面倒なので嫌だ」

「アイリってさ、やたらスティナに厳しいよな」

「付き合いが長くなれば、きっと貴様もそうなるであろうよ」

「お前実はスティナの事嫌いだろ」


 三人がこんな話をしている間にも、馬車はゆっくりと兵たちの間を進んでいく。

 前衛から数えて三つ目の陣を抜けると、三人の視界にも帝国軍本陣の姿が見えてきた。

 スティナは肩をすくめる。


「私、ここまで来られなかったのよね」


 アイリも渋い顔をしている。


「だな。対魔法を警戒しているだけあって、まともな軍なら警戒すらせんような所にまで注意が行き届いている。おいパニーラ、連中よほどお前らが恐ろしいようだぞ」

「兵の練度で言うんならカレリアのが圧倒的に上だ。だがま、確かに、対魔法戦闘って意味ならこなれてるのは帝国だろうよ。俺も何度も連中とやりあってるしな」

「顔でバレたりはせんのか?」

「そん時ぁそん時だ。……って思ってたんだが、思ったより奥まで入りこめちまったもんで、ちっとヘコんでる」

「そこは素直に喜んでおけ。とはいえ、そろそろか。さすがに上級士官ならば顔ぐらいは知っているのだろう?」


 アイリが視線を向けた先からは、数騎の騎馬がこちらへと向かっているのが見えた。

 駆けてくる騎士の顔を見たパニーラは、首を鳴らしながら言った。


「あー、アイツは知ってる。休戦協定の時見た。なんだよアイツ、まーだ将軍になれてねーのか。あいっかわらず帝国ってな昇進おっせえよな」


 アイリが馬車を止めながら問う。


「強いのか?」

「うんにゃ、頭は良いがそんだけだ。ああ、そうそう、運も良い奴だったが、その運もここまでって話だろうな」


 三騎の騎馬は馬車の前で停止する。先頭の男は居丈高に言い放った。


「誰が陣地内への侵入を許可したか!?」


 これにはスティナがにこりとほほ笑み答える。


「その許可を頂きにまいりました。許可は本陣の将軍様に頂かねばならないと聞きましたので……」


 男は苛立たし気に怒鳴る。


「なら話は私が聞く! 三人共降りろ!」


 怒鳴る彼は、少なくとも表面上はスティナたち三人の美貌に惑わされている様子はない。部下たちが見ている前だから無理をしているのか、だとしても大したものだとスティナは感心する。スティナは自身の美貌の威力を熟知している。

 言われるがままに馬車からひょいっと飛び下りる。わざと、音をたてながら、僅かに体勢を崩したりしながら。こういった小細工はスティナが得意だが、アイリも、パニーラも苦手ではない。

 男は三人の中で唯一、帽子のせいで顔の見えないパニーラに、その帽子を取れと命じる。くくく、と含み笑うパニーラ。


「ほんっと、惜しいよお前。頭だけじゃなく勘も良いんだよなぁ……」


 ゆっくりと帽子を外し、にやにやとしまりのない顔で笑いながら、パニーラは馬上の男を見上げた。

 一度見たならば、パニーラの美貌を見忘れるような男なぞ存在しえない。

 どれだけクソビッチな爛れ生活を送っていようが、パニーラのスティナやアイリにすら匹敵するだろう美貌は一切衰えることはない。むしろ、この二人には決して出せぬだろう漂う色香なんてものまで纏っているのだから、娼婦顔した時の威力はより勝ってさえいよう。


「きっ! 貴様っ!」


 彼が驚いたのは、通常、こうした特攻のような真似に高位の魔法使いを使ったりはしないからだ。

 ましてやイジョラでも有数の魔法使い、パニーラ・ストークマンを使い捨てるなどと、彼のみならず帝国軍の誰もが思いもよらぬことであった。


「久しぶり、元気だったか? 悪いがお前の残り寿命はあと二秒だぜ? ああ、言葉もない? 結構、じゃあ死ね」


 既に詠唱を終え、魔力を集め終えていたパニーラは前方に向けてこれを解き放つ。同時に、男の怒鳴り声が聞こえた。

 パニーラの攻撃魔法が眼前に迫る中、男は、決して逃れえぬ死を確信しながらも己の役目を果たすべく叫んだのだ。


「総員散開! 個人用対魔陣形にて小隊毎に攻撃を開始しろっ!」


 お見事、そんなパニーラの心の声と共に、大地より津波のように土砂が噴き上がった。それはただの土砂ではない。真っ赤に赤熱した溶岩流である。

 触れただけで人なぞ金属鎧ごと焼き溶かす、そんな超高温の液体と化した土砂がパニーラの前方へと広く広く流れ出したのだ。

 これを初めて見たアイリは、その魔法の威力に口を馬鹿みたいに開いている。


「いや、スティナに話は聞いていたがこれほどとは……」


 スティナは顔前を腕で覆いつつ、溶岩より吹き付ける熱風を防いでいる。


「相っ変わらず無茶苦茶よねこの子。大きい魔法使わせたらイジョラ一だって話らしいけど、それ聞いて私ちょっと安心したもの。こんな真似できる子が二人も三人もいたら堪ったもんじゃないわよ」

「……うーむ、これが相手では、戦い方一つ誤っただけで簡単に死ねるぞ。しかもパニーラはこの他にも魔法を使えるのだろう? これ、我々来る必要あったのか本当に。今の魔法だけで百人とか消し飛んでそうだぞ」


 パニーラが魔法を放ったのは彼女から見て前方に向けてであり、そちらに放射状に放っているのでその後方を守るようにアイリとスティナがいる。

 パニーラはアイリたちの方を見もせぬまま言った。


「良くて二十、ってところだ。来るぞ」


 溶岩から吹き付ける熱風と黒い煙でわかりにくかったが、隊伍を為した兵士たちがぐるりと回り込んでくるのが見えた。

 驚きに目を見張るスティナ。


「動きはやっ!」


 完全な不意打ちであったはずだ。なのに、帝国軍兵士たちは奇襲の動揺からもう立ち直ったというのか。

 溶岩を噴き出すなんて非常識な魔法を使われているのにも拘らず、兵士たちは恐れず怖じず、自らにできる最速にてこちらへと殺到してくる。

 その表情を見ればスティナにもアイリにもわかる。彼らは兵士だ。盗賊紛いでもなく、徴発され慣れていない農民でもなく、当たり前に剣を握り敵を屠ってきた戦士の顔をしていた。

 こういう敵は、アイリの大好物である。


「ほほう、これはこれは……」

「アイリ、そのうれしそーな顔どーにかしなさいって。私たち今、一万二千と戦ってんのよ。何も考えず暴れたら間違いなく死ぬわよこれ」

「わかっておるわかっておる。さあ、殺すぞスティナ」

「……絶対わかってない。あーもう、殿下がいればこの馬鹿も簡単に止まるってのに」


 突っ込んでくる兵士たち。その先触れとばかりに多数の矢がこちらに降り注ぐも、スティナとアイリは背後のパニーラの分までその全てを斬り払う。

 パニーラには不可視の壁があるが、それが万能でないことを二人共よく知っている。

 そして殺到してくる兵士たち。彼らは皆、脇目も振らず背後のパニーラを目指している。

 この、目的意識も勇敢さも備えている素晴らしき兵士たちを、麦穂のように刈り取りながらアイリは笑う。


「ははは! 帝国とは初めて戦うが! やるではないか貴様ら! 練度はさておき! 兵士としての覚悟は見事なものよ!」

「褒めるんならきちんと全部褒めてあげなさいよ。練度だってそう悪くないでしょーにっ」

「それは甘やかしすぎだ。この程度ではイジョラの洗脳兵を相手取るのがせめてもであろうて」


 前方に放った溶岩魔法を維持しながら、パニーラが呆れ声でつっこむ。


「イジョラの兵士って、結構他所でも評価たけーと思うんだけどなー。指揮官まともならそうそうおくれはとらねーぞー」


 そんなパニーラにアイリが明快な基準を示してやる。


「それでも我らには通じん!」

「おめーらに通じる兵士なんざこの世にいるかぼけええええええええ!」


 槍を構え、間合いに入っての一突きのみに全てを賭け、己の命を的にしながら隊伍を為し飛び込んでくる兵士たち。

 一塊となって目指すは大魔法使いパニーラ。途中の護衛二人なぞ歯牙にもかけず。

 何故ならそれが最も正しい選択だからだ。大魔法の発射台を最初に潰す。護衛の兵を上回る数で押し寄せれば、護衛が守る余裕もあるまいとの狙いだ。

 だが、為せず。

 押し寄せてきた兵士がスティナとアイリの脇を抜けるよりも、この二人が兵士を殺していく速度の方が速いせいだ。

 アイリの漆黒のドレスが銀光閃く度にくるくるりと跳ねる。レースが細かくたなびき、黒艶が陽光を照り返す。

 動き自体は重心を低く落とした安定感のあるそれなのだが、アイリが小柄なのとその愛くるしい衣装のせいで、小動物が一生懸命跳ねまわっているようにしか見えない。

 まずはこちら、次はあちらと、きらめく銀に振り回されてるかのようにちょこまかと動き回る。

 そんな愛らしさの一方で、近寄る兵全てをただの一人も見逃すことなく全て斬り倒しているのであるが。

 そしてもう一人の白、スティナだ。

 こちらはアイリのように動き回っている感じではない。逆にほとんどその場から動いていないように見える。

 足首まで伸びるスカートが、弧を描きながら跳ねる。すると銀閃が兵を打ち倒す。また裾が跳ねる、斬られる。今度は逆側に向けスカートが跳ぶ、人が死ぬ。

 これはアイリもそうだが、一塊になって人が突っ込んでくるのだが、スティナの剣撃を受けた者は、その者が斬られるだけではなくすぐ後ろにいた、或いは脇に居た者も一緒にまとめて倒されている。

 斬られるだけではなく、剣撃の勢いに負け身体が倒れ、後ろなり横なりにいる仲間の兵をも引きずり倒すのだ。鎧を着て全力疾走をしている大の大人を相手に、剣の一撃のみでそうできるのだから膂力の差はどれほどのものがあろう。

 そして兵士たちとは明らかに速度域が違う俊敏な動きだ。兵が一度槍を突き出すまでの間に、スティナは二度も三度も剣を振り切るのだから、お話にもならない。

 純白のドレスは、スティナの女性らしい体形も相まって、張りと弾力を想像させる実にやわらかそうな見た目を作り上げているのだが、むくつけき男共の必死の突進も彼女には通じず、ひらりひらりと次々仕留められていく。

 兵が殺到する数よりスティナアイリが殺す数の方が多いのだから、誰一人パニーラに辿り着けぬ道理だ。だが、敵は更にその密度を増していく。これが二人の処理速度を超える前にパニーラが怒鳴る。


「おっし! 次行くぞ!」


 一瞬、処理速度を更に上げて押し寄せる兵士たちの間に空白を作ったスティナとアイリは、パニーラの合図に合わせてその側に寄る。すぐに、パニーラは殺到する兵士たちに向かって再び溶岩の魔法を放った。

 それでも、巻き込まれたのは飛び込んでしまっていた集団のみで、他は即座に回避に動いている。これまでの戦闘ではっきりした。帝国軍は、パニーラのような非常識魔法使いにすら対応できるほど、対魔法戦闘に熟達していると。

 前方、そして後方と溶岩の魔法を放ったせいで、パニーラたちはほぼ全周囲を溶岩に囲まれてしまう。これでは自分たちも動けない。

 そしてこんな状況に最も相応しい対応を帝国軍が行なってくる。多数の兵士が弓を手に取り、溶岩の外より矢を射ようとしていた。

 パニーラは、既に後退をしている敵本陣の方角に向け、手をかざし魔法を放つ。一直線に魔法が走ったかと思うと、魔法の衝撃の下より無数の氷柱が生えてくる。そう、溶岩のただ中から背の低い氷の柱が無数に生えてきたのだ。

 溶岩は当然、全く冷える気配はなく、三人を包み込むように熱風が押し寄せている。だが、そんな炎熱地獄の中、氷の道が一本、敵本陣目掛けて伸びていっているのだ。


「遅れんなよ! 道から外れたら溶け死ぬぞ!」


 言うが早いか氷の道を走り出すパニーラ。スティナとアイリもこれを追うが、こちらはパニーラほど余裕の表情とはいかない。


「ちょっ! パニーラこれっ! あっつい! めっちゃくちゃあっついんだけど!」

「っだー! スカートの裾が燃えておるっ! パニーラ! おいこれ燃えとるぞパニーラ!」

「うっせーてめーら! 身体全部燃えんのが嫌ならごちゃごちゃ言わずさっさと走れ!」


 氷のため、でこぼことしている道を文句を言いながら走る三人。溶岩と熱風のせいで降り注ぐ矢はまるで見当はずれの方に向かって飛ぶのみで、後は溶岩に落ちさえしなければいい。それも三人の運動神経ならばさして難しい話でもない。

 それでも、鉄鎧すら溶ける溶岩の中を走るのは、暑いしおっかないものなのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ