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192.クソビッチさんと殿下商会


 宿屋の息子エルノは、自身を古今無双の勇者だなんて妄想するほど子供でもない。

 厳しい鍛錬により培った肉体は魔法使いをすら凌駕すると思ってはいたが、それは例えば近衛のような化け物を例外とした話である。

 なので、イジョラはおろか周辺国にまで名が知れているような怪物魔法使い、パニーラ・ストークマンがすぐ側にいるという状況にビビりもせず居られるほど神経図太くもないのである。


「……なあ、アンタらがまともじゃねえのは今更だけどさ、それにしたってよぉ、これはねえんじゃねえのかなぁ……」


 エルノの愚痴に、スティナはとりたてて気を悪くした風もなく答える。


「別に一人増えるぐらいどうってことないでしょ? どうせご飯作るのもアイリなんだし。それに、多分だけどアンタたちよりずっと仕事はできる子よ」

「そうやってことある毎に人の劣等感刺激すんのやめてくんねえかなあ! その度かなり本気で泣きたくなってくるんだよこっちはよお!」


 喚くエルノの神経を逆なでするようにケタケタ笑うパニーラ。


「にゃはは、そうムキになんなよ。仲良くやろうぜーにーちゃんよー。おめーだって平民とは思えねえぐらい動けそうだし、そう悲観することもねーだろ」

「……けっ、よく見てんじゃねえか」

「実力隠そうとしてるのも、よーっく見えてるぜ、ケケッ」


 エルノは常時、自身の実力が外に漏れぬよう気を配って行動している。今ももちろんそうし続けているのだが、パニーラには通用しないようだ。


「ほんっと、腹立つ女だなクソッタレ」

「まあまあ、そう言うなって。俺ぁ結構本気で褒めてんだぜ。さすがにコイツらとつるむだけあるじゃねえの。なあなあ、あの二人戻るまで暇だしよ、いっちょ手合わせしてみっか? 俺の魔法抜きで」

「あ!?」


 相手は魔法使い、それもイジョラの魔女と畏れられたパニーラ・ストークマンだ。だが、それでも、こういうナメられ方は我慢ならないようでエルノはかなり本気でパニーラを睨み付ける。

 少し意外そうなのはスティナである。


「へえ、貴女がそう簡単に手の内見せるなんてちょっと驚いたわ」

「魔法使いの手の内ってな普通、魔法を指して言うんだよ。だけどな、魔法以外は全部ぼんくらって思われんのも癪だろ?」

「別にそんなこと思ってないけど、そういうことなら私とやりなさいよ」

「おめーとやったらいつ本気になっちまうかわかったもんじゃねーんだよ。おめーの蹴りなぁ、もうあの後夢に見るぐらい痛かったんだからな」

「……魔法アリとはいえ、ああまで完璧に防がれたのは私もちょっとむっとしたけどね」


 ほんの少し青ざめた顔でエルノ。


「え? 何、お前、スティナとやったの?」

「おう、二度やって二度とも逃げられたけどな」

「ちょっと、誤解のある言い方やめてちょうだい。あれはどっちも私が引かざるをえないような状況をアンタが立ち上げたせいでしょうに」

「なーにが引かざるをえないだ。どっちの時も大暴れしてさんざっぱら好き放題した挙げ句とっととバックレやがって。大将殺られた恨み、ぜーってー忘れねーからなー」

「二度目の時はアンタが無茶苦茶したせーでしょうが! ……あんな魔法使えんなら、どうして最初の時使ってこなかったのよ」

「うっせ、秘密だばーか、教えてやんねーよっ」


 ぷぷっ、と思わず吹き出すスティナ。


「いやばーか、って子供じゃないんだから。まあいいわ、んじゃエルノ、せいぜい頑張んなさい」

「……あー、俺ちょっと身体の調子が良くないからやっぱやめとく……」

「おーっしやるぞー! 絶対逃がさねーから本気でやれよー!」

「ちくしょー! やりゃいいんだろやりゃーよー!」


 パニーラとエルノは十歩分の距離を空けて相対する。

 エルノは半身の姿勢で両腕を顔の前に上げる、彼のいつもの構えだ。

 対するパニーラは、こちらも左前の半身で、しかしパニーラは左手のみを顔の前に上げ僅かに手を開き、右手は身体の後ろに隠している。重心の位置は見えづらいが深く沈むような体勢ではないので、素早い足捌きも期待できるだろう。

 対無手の構えとしては、なかなかに理にかなった構えである。

 魔法使いであるパニーラがこうしてきたことに、見ているスティナも対峙しているエルノも、多少なりと顔に出てしまうぐらいには驚いた。

 こうなってくると、俄然試したくなってくるエルノである。早速右と左、どちらが動くか多重の惑わしを交えてからの最速の左拳を放つ。

 パニーラ、当たり前に顔前に構えた左手の平で受ける。ならば、とエルノは拳の連撃を放つも、パニーラはその全てを左手一本のみで防ぎいなしていく。

 反射神経は大したものだ。だが、それだけで勝てるほどエルノは甘くはない。

 拳の雨により左手を上へと引きずり上げ、そして満を持しての中段回し蹴り。パニーラはこれにも完璧に反応し、左手を振り下ろしつつ片腕で蹴りを受ける。片腕でそうできるぐらいの膂力はある。それはこれまでの攻防でエルノにもわかっている。

 だからこの次がエルノの本命。防御の左手が中段にまで落ちたところで最速の左拳がパニーラの顔を狙う。余程速度差があるでもなければ受けは間に合わない。ならば避けるしかないが、半歩を踏み出しながらのエルノの拳は深く踏み込んでいるため、多少かわす動きを見せたところで完璧にかわすのは難しかろう。


『っ!?』


 このエルノの左拳は、後ろに下げていたはずのパニーラの右手で受け止められていた。いつの間に右手が前に来たのか、それは遠くで見ていたスティナはすぐに、目の前でやられたエルノも僅かに遅れて気が付く。


『コイツっ! 俺の蹴りを防いだ時既に左前から右前の構えに切り替えてやがった!』


 反射神経ではない。立ち回りでエルノの攻撃を凌いだのだ。

 これを知ったエルノの頭に浮かんだ言葉は、すげぇ、の一言。ここまで素手で戦える魔法使いをエルノは見たことがなかった。

 だが、この接近した間合いはエルノの、無手格闘家の間合いだ。ここで後れは取れない。

 腰を振り斜め下より肘を振り上げる。これをパニーラは更に間合いを詰めることで防ぐ。お互いの息がかかるほどの近接距離。この距離でできることなどほとんどない。だからこそ、この距離を選択した側にこそ優位が付く。

 エルノが何をするより先にパニーラがエルノの襟を掴みつつ、頭突きを見舞ってきた。

 絶対にかわせない、そんな間合いと速度。エルノは後方へと大きく身を投げることで無理やりかわしにかかる。だがこれは致命的なまでに体勢が崩れる行為だ。


『んなっ!?』


 パニーラの驚愕の声。エルノが後ろに倒れ込むのと同時に、パニーラの身体もまた大きく引っ張られたのだ。

 目で確認はできないが首元を引かれているところから、倒れ込む時エルノもパニーラの襟を掴んだのだろう。

 二人が折り重なって倒れる。そんな形であったはずなのだが、下になるエルノと上にいるパニーラとの間に、エルノの折りたたんだ右足が挟まっていた。

 エルノがこの足を強く蹴り出すと、パニーラの両足が宙に浮く。そのままエルノの頭上を越え、後方に向かって投げ飛ばされてしまう。

 共に倒れ込んだ後で組技になると考えていたパニーラは大きくアテが外れる。色々な戦場を知っているパニーラであったが、このエルノの技は初めて見たようで、驚きから反応が遅れた。この隙にエルノは素早く立ち上がりパニーラへと駆け寄る。

 パニーラはまだ上体を起こしたのみで、片足を滑らせ後方に伸ばし支えとしつつ、両腕を交差してこの蹴りを受け止める。

 女の細腕、ではなかった。エルノ渾身の蹴りを受けて尚、微動だにせず。

 だがそれもまたエルノの予定の内だったようで、エルノはパニーラを立たせぬよう多彩な蹴りでこれを攻め立てる。

 その全てを受け止めたパニーラに業を煮やしたかエルノは受けすら許さぬ強烈な飛び蹴りを見舞う。パニーラ、首をよじって辛うじて回避。いやこれはぎりぎりをわざと狙った回避だ。この大技の隙をついて立ち上がろうとしている。


『っ!? やべっ!』


 パニーラ、起き上がるのを中止し前方に転がる。飛び蹴りによりパニーラの後方へと抜けたエルノの足が、どういった変化かパニーラの後頭部目掛けて再び襲い掛かっていたのだ。

 完全な死角をついた必殺の奇襲であったが、これをパニーラは勘のみでかわしてみせたのだ。

 これで仕留めるつもりだったエルノは飛び蹴りの後の着地をあまり考えておらずそこでもたつき、パニーラはその間に起き上がっていた。

 パニーラの顔はもう満面の笑みである。


「すげぇ! すげぇぞお前! 何その蹴り! さっきの投げもそうだけど俺そんな技見たことねえぞ!」

「あっさりかわしといて何抜かしやがる!」


 観戦していたスティナも感心した様子だ。


「投げは確か前に殿下がくらってものすっごく悔しがってたやつよね。でも、その蹴りは私も初めてよ。それ、良い技ね」

「だよな!? すげぇ良い技だって! おいスティナ、だったか。おめーずりーぞ! こんな面白い奴抱えてやがったのかよ!」

「……初めて見んのは当たり前だ。おめーら俺の前でしゃがみこむよーな形になっちゃくんねーだろうが」


 エルノの抗議に、スティナとパニーラは同時に不思議そうな顔をした。


「しゃがんでなくたって頭の上まで飛べばよくね?」

「そうよ、頭前から蹴った後、すぐに後ろから蹴る形になる変化がその技の肝じゃない」

「ふつーの人間は人の頭の上まで、隙なく一瞬で跳び上がるよーな真似はできねーんだよ!」


 隙はできるが跳ぶだけは可能な辺り、エルノも相当に人間離れはしているのだが相手が悪い。

 以前エルノを徹底的に叩きのめしたスティナであったが、あの後ヴァロと二人で色々と鍛錬やら工夫やらを積み重ねたことでまた驚くほどに成長していたエルノに、スティナも興味を惹かれたようで。


「うしっ、パニーラ。そろそろ私と代わりなさい。久しぶりに私もやりたくなってきたわ」

「ばっかちょっと待てって。ようやく身体あったまってきたんだからこっからだよこっから」

「おいまて馬鹿よせやめろおまえら」





「こひゅー、こひゅー、こひゅー、こひゅー」


 擦過音のような息を漏らすのは、スティナとパニーラの二人がかりでさんざ手合わせさせられてぶっ倒れているエルノである。

 しかしこの二人、敵を前に軍務中であるとの自覚は薄いようだ。

 やー面白かったなー、と笑っているパニーラは、滅茶苦茶気安い調子でスティナの側に立つ。


「ようスティナ。一つ聞いときてえんだがさ、ほら、さっきアイリと一緒に出てったもう一人、確かヴァロっつったっけか」

「……いや、そりゃ一時休戦の話はこっちも納得したけど、だからっていきなり馴れ馴れしすぎない?」

「いいじゃんか、そんなこたぁどうだって。それより、だ。あのヴァロっての、もしかしてお前狙ってたりするか?」

「狙う? いやいや、結構世話にもなってるし、別に殺すつもりなんてないわよ」

「だーれが殺すっつったよ。押し倒すつもりねえのかって聞いてんの」


 両者無言。スティナはあまりに予想外の話を振られたことによるもので、パニーラはもちろん相手の返事を待っているからだ。

 眉根に皺を寄せながらスティナ。


「……なんだっていきなりそんな話になってるのか全く理解はできないけど、そういった対象としてヴァロを見たことは一度も無いわね」

「そうかそうか。んじゃさ、アイリの方はどうだ? ヴァロ狙ってるとかいう話は……」

「絶対にありえないと断言してもいいわ」

「え? そうなのか? お前ら二人揃ってなんだってあんなおいしいの見逃してんだよ。あ、もう一人の相手ってことか?」

「だーかーらっ、そもそもそういった対象になってないって言ってるでしょ。面倒だからそういう話題は避けてちょうだい……」

「じゃあさ、俺、俺がもらっちまってもいいよな」


 眉根の皺が更に深くなるスティナ。


「……なんでヴァロ?」

「だってアイツ童貞だし」


 さっきから会話の意味が全く掴めないスティナであったが、この言葉に驚き身を起こしたのはエルノである。


「はあ!? アイツ童貞なの!? いやいや、ありえねえだろ!」


 いきなりの声にパニーラは不満そうにそちらを振り返る。


「なんだよ、俺の目を疑うってのか?」

「いやだってよ、こう言っちゃなんだが俺かなりモテるけど、それって腕っぷしが強いからだぜ。ならヴァロだってモテるに決まってんじゃん」


 にまーとパニーラは笑う。


「だ、か、ら、おいしいんじゃねえか。童貞切り五十二人のこの俺様の見立てだぜ。アイツは間違いなく童貞だね」

「うっそ、いやむしろだとしたらどうやって童貞守ってきたのか知りてえぐらいだぞそれ。女が男を本気で奪りに来たらよっぽど経験あるでもなきゃ逃げらんねえだろうに」

「どうやって、ってのは俺にもわかんねえけどな。つーかお前付き合い長いんじゃねえのか? そういう気配とかこれまで全くなかったのか?」

「あー、おー、言われてみれば……あ、あったわ。アイツが童貞なんて考えてもみなかったから気にしてなかったけど、確かに、そういう所あるわアイツ。え、本当に童貞? うはっ、うははっ、うはははははははははははははははは! ありえねー! 何この年まで童貞とかアイツ頭おかしいんじゃねえの! え? もしかして、俺、惚れた子としかしねーから、とかなんとか言っちゃってんの!? やっばい! 腹! 腹が痛ぇ! 笑いっ! 止まんねえっ!」


 大層盛り上がっているパニーラとエルノであったが、スティナはこの手の話題は自分が未経験であるという弱みがあるので基本触れない方向である。

 パニーラとエルノの、ヴァロがいかに童貞を守ってきたか話が延々続く中、渦中の人物であるヴァロとアイリが戻ってきた。夕飯に合わせて山で採れる物を探しに行っていたのだ。

 そして二人が戻るなりエルノが大笑いしながら言った。


「なあヴァロ! お前童貞って本当か!」


 ヴァロはもちろん、一緒に居たアイリもその場で足を止め硬直する。

 エルノの言葉にパニーラがにやにや笑いながら付け加える。


「俺の目は誤魔化せねーぜー、その微妙すぎる女との距離の取り方、肌やら胸やらに目が行っちまうことを本気で恥じる仕草、へたれに引けた腰、間違いねー、童貞切り五十二人のこのパニーラ様の目に賭けて、おめーは童貞だね」

「は、はあ!? おっ、おまっ、お前っ、何言っちゃってんだよ! お、俺が童貞とかねーし! つーかなんでそんな話になってんだよ!」


 大いに焦るヴァロに対し、うんうんと頷くパニーラと笑いが止まらないらしいエルノ。


「なーに、心配するこたぁねえ。俺がてめーの童貞もらってやっからよ。ぜーんぶ俺に任せとけって」

「おいおいパニーラ! それ本気かよ! 良かったじゃねえかヴァロ! お前こーんな美人にやってもらえるとか普通ねーぞ! 童貞の分際で運の良い奴だなおい!」


 最初こそパニーラの武名に恐れをなしていたエルノであったが今はもう、友達か、って勢いで気安く口をきいている。

 アイリはそーっとスティナの側に行き、いったい何事かと事情の説明を受けており、ヴァロはもう顔中真っ赤にして抗議する。


「べ、別にいらねーし! 俺ぁなあ! そういうのは惚れた相手としかしねーって決めてんだよ!」


 この一言がトドメとなり、パニーラもエルノも破裂したかのように笑いながらそこらを転げて回る。


「言った! 本当に言いやがったよコイツ! 惚れたって! 惚れたってお前っ! やめろちくしょう笑い過ぎて! やべっ! 頬痛くなってきたっ!」

「ぎゃははははっ! ぎゃはははははははっ! ウケる! おめー最高におもしれーよ! 今夜にでもそんな台詞吐けなくしてやっから黙って言う通りにしてやがれ!」


 結局、洒落にならないところまでヴァロが怒ってしまったので、スティナとアイリが仲裁に入りパニーラには間違ってもヴァロには近寄るなと警告が行き、パニーラの童貞切り五十三人目は未遂に終わったのである。






 野営をする時は、パニーラだけは一人離れた場所で寝ることに、全員が異を唱えなかった。

 スティナとアイリの二人が自分たち用の寝床の準備をしていると、離れた場所に行ったはずのパニーラがふらりと姿を現す。


「よっ」


 相変わらず、敵同士であったとはとても思えぬほど気安いパニーラである。スティナは見えるように嘆息してやるが、パニーラが気にした様子は欠片もない。

 恨みがましくアイリは言う。


「あの後、ヴァロを宥めるのは随分と大変だったんだぞ。少しは申し訳なさそうな顔でもしたらどうだ」

「ばっきゃろー、夜を任せてもらえりゃあんなん一発で機嫌良くしてやれたっての。んで、酒はあんのか?」

「……お前……まあ、言っても無駄か。おいスティナ、一本出してやれ」

「えー、何よそれ。パニーラはいいの? 私が飲むって言ったら文句言うくせに」

「ほんっとに、やかましい奴だ。貴様も飲んでいいからさっさと持ってこい」

「やりー、すぐ持ってくるわねー」


 そう言ってスティナが持ってきた瓶は三本。一人一本空ける気である。

 面倒になったのかアイリは文句も言わず、スティナは内の一本の栓を、人差し指で勢いよく横から引っぱたいて削り取る。

 コルクが瓶の口ごと綺麗に失われ、これをスティナはどこに用意していたのかグラスに注ぐ。

 瓶のままで飲むつもりであったパニーラはうははと笑いだす。


「お前ら、戦場にグラスまで持ってきてんのかよ」

「この方がおいしいでしょ。ほら、パニーラの分」

「おー、いいじゃんいいじゃん、森のど真ん中、野外活動真っ最中にグラスでワイン飲むなんざ粋な話じゃねえか」

「でしょ?」


 アイリは、そういうのは粋でなく単に頭が悪いというのだ、と思ったが反論されるのが面倒なので黙っていることに。

 三人にグラスが行き渡り、それぞれ好きな場所に腰を下ろしたところで、パニーラが来訪の目的をずばりと問う。


「いやさ、俺ずっと気になってたんだが、お前らってなんだってイジョラにケンカ売るようなことしてんだ?」


 スティナとアイリは顔を見合わせた後、スティナは別段隠すつもりもないのか正直なところを聞かせてやる。


「先にケンカ吹っ掛けてきたのはそっちよ」

「そりゃいつの話だよ。最初って、アルト王子にお前らが吹っ掛けたって話じゃねえのか?」

「そんな暴力的なことするわけないじゃない。あのアルト王子ってのが暴れ馬に蹴飛ばされたのを助けてあげたのよ、私」

「へえ、んでそれがどうしてああなったんだ?」

「平民に助けられたのが恥ずかしかったらしくて、あんまりにアホなこと言い出すもんだから、馬鹿じゃないのって蹴飛ばしただけよ」


 ぶはっ、と噴き出すパニーラ。


「うはははは、それで取り巻きもろとも全部張り倒したってか。知ってるか、あん時俺と一緒に居たテオドルってのがな、おめーのやった事件の犯人にされかけてたんだぜ。挙げ句その真犯人に殴るわ蹴るわされたってんだから踏んだり蹴ったりだわな、うはははははははははははは」

「ふんだ、ざまーみなさい。殿下に手を出すからそーいうことになるのよ」

「しっかし、本当にそんなアホみたいな話から始まったってのか? 幾らなんでもそれだけでヒト人形工房、ヒュヴィンカー、カヤーニの三つはやりすぎだろ」

「そっちは、まあ、単純に気に食わなかったって話よ。ほら、イジョラって魔法使いが魔法使えない人に結構無茶するでしょ? そういうの、見てると腹立つのよね」


 さらっとそんなことを言うスティナであるが、パニーラは驚きに目を見開いている。

 そして一言。


「……その発想は無かった」

「なんでよ」

「いやな、俺も俺なりにお前らがなんだってこっちに吹っ掛けてくるのか考えてはみたんだよ。つーか俺だけじゃなくて他の偉いさんもみんながな。でもその答えは誰も思いつかなかったわ。いやー、そうか、お前ら、魔法使いじゃねえもんな。言われてみりゃ根っこは反乱軍と一緒か。そうかー、うわー、なんでだろ。俺どっちかっつーとお前らは魔法使い側だと思ってたわ」

「それはないでしょ、どう考えたって」

「いやいやいやいや。お前らってどう考えても平民じゃねえじゃん。強さ的に。だから考え方とかも魔法使い寄りだーって考えてたのかもしんねえ。多分他の連中もみんなそう思ってるっぽいぜ。つか俺何度もお前らは魔法使いじゃねえ、って言ってるのにだーれもそれ信じねえしな」


 とはいえそれ以前に、とパニーラは話を続ける。


「気に食わねえ、で普通、一国にケンカ売るか?」

「そうよねぇ、改めて考えるとかなりアホなことしてると自分でも思うわ。でもね、我慢したくないことを我慢しないために必死になって強くなったってのに、なんだって国が相手だからって我慢してやんなきゃなんないのよ」


 ぶはははは、と遠慮なく笑った後、パニーラは少しだけ真顔に戻る。


「カレリアとは無関係ってか?」

「完全に無関係とは言わないわよ。でも、指図は受けない。信じる信じないは貴女の好きにすればいいわ」

「んー、その辺はウチでも意見分かれてたな。調査内容から考えりゃ、お前らがカレリアからの指示を受けてるとするのはあまりに理屈に合わなすぎるってな。お前ら、活動内容が意味わかんねーんだよ」

「何よ、人がまっとうな商売しようってのに、邪魔してくる連中が悪いのよ」

「ぶはっはっはははは、お前こっちは調査済んでるっつったろ。賭博場でイカサマした挙げ句大暴れして相手黙らせたってのスティナだろ」

「………………人生には、ね。娯楽って必要なのよ」

「その点、アイリは案外まともだよな。報告書にもお前が馬鹿やらかしたって話はなかったぜ」

「当たり前だ。ウチの不真面目筆頭と一緒にするな」

「ちょっとアイリ! そうやって事ある毎に私をおとしめよーとするの止めてくれない!?」

「つーかよー、忍び寄る影の使い手絶滅させたのもスティナ、お前だよなー。どーせ賭博場みたいな適当なノリでやったんだろ。お前もうちょいそーいう所直した方がいいと思うぜー」

「なーんで私がパニーラに説教されなきゃなんないのよ! アンタの方がよっぽどヒドイことしてるでしょうに!」

「俺? 俺ぁお前、イジョラ軍にめっちゃくちゃ貢献してるしな。お前らみたいに損害与えるだけじゃねーんだから、そりゃ多少なりと大目に見てもらえたりはするだろ」

「許すまじ貴族の横暴っ」

「……魔法使い的観点で言わせてもらえんなら、ヒト人形工房とカヤーニ研究所の二つ意味わかんねー理由で潰したお前らのがよっぽど横暴だと思うんだけどなー。いやいや、世の中ってな面白えわ。反乱軍といいお前らといい、思いもしねえことやらかす連中ってなそこら中にいるもんなんだな」


 少し不思議そうなアイリ。


「パニーラ、お前はそれをさして気にしている風にも見えんのだが、イジョラの魔法使いとして、我らに対し思う所もあるのではないのか?」

「……ふん、俺は、もうずっと以前から魔法使いでもイジョラの軍人でもねえ。俺ぁパニーラ・ストークマンなんだよ。パニーラ・ストークマンが軍人になろうと決めたから軍人やってるんであってその逆じゃあねえ。そういうの、多分、お前らならわかんじゃねえのか?」


 パニーラの言葉を、スティナもアイリも自分の中で読み取り解釈し、そして、無言のままであった。

 聞きたいことは聞けた、とパニーラはこの話題をここまでとし、次の話を振る。


「なあ、ツールサスの剣ぶっ潰したのもお前らだろ? 連中の死に様覚えてんなら聞かせてくんねえか? アイツらがどうやって戦ってどうやって死んだのか、俺ぁ知りてぇんだ」


 パニーラがツールサスの剣の一員であったことはスティナもアイリも知っている。だからこそスティナは少し躊躇したのだが、アイリはというとまるで悪びれぬままこれを了承する。

 パニーラもパニーラで、そうか悪いな、と言ってアイリの話にじっと聞き入っていた。激することもなく、むしろ笑いながら所々で合いの手を入れつつ話を聞いていた。

 スティナは思った。戦場での生き死に関して、パニーラはアイリと比較的近い感覚を持っているのだろう。戦場で殺し合うのは当たり前なのだから、そういったものを引きずり過ぎるのは兵士のあるべき姿ではない、ということか。

 その割り切りっぷりが、アイリとパニーラは似ているのだろう。二人の話はどちらにとっても問題となるようなものではなかった。そして器用なスティナはこの二人の感覚に合わせて話をし、三人はワイン瓶三本空けるまでの間、女の子三人が集まってするような話ではない話で盛り上がるのだった。


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