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188.帝国の横槍


 イジョラ東部を占領した反乱軍は、遂に中央へと進出していった。

 イジョラ魔法王国軍が東部への討伐部隊を差し向ける前に、逆に反乱軍が出張ってきたというのは、イジョラ軍は元より周辺国にとっても意外にすぎるものであった。

 挙げ句、アルト王子率いる討伐軍を撃退し、更に中央へと軍を進めるなぞと、それこそ東部の砦を失墜せしめた時のような衝撃を周囲に与えた。

 東部反乱軍強し、そんな報せがイジョラ中、いやさ周辺国家にまで広まっていく中、イジョラ魔法王国はかかる事態に際し、四大貴族の内、戦死したアルト王子を除く三家が協力して討伐軍を起こすこととなった。

 討伐軍大将はエーリッキ・ヘイケラ公爵が最も信頼する将で、数万にまで膨れ上がった東部反乱軍に対して数でも対抗できるだけの戦力を彼に預けた。

 これは前代未聞の国難であろう。だが、カレリア軍ですら落とせぬだろうと作り上げた東部の砦を失い、四大貴族の一人アルト王子を失って尚、反乱軍に敗北するなどと思っているイジョラ貴族はいなかった。

 それほどに魔法というものを信じていたのである。

 貴族たちは軍の出陣を前に、壮行会と称して大規模な宴を催す。もちろんこれは兵士のためのものではなく、兵を派遣する貴族たちが集まって優雅に行われるものである。

 集まった貴族たちは、配下たちが挙げるであろう武勲を予想し、思い上がった平民たちがいかに哀れに敗北するかを語り合い、楽しい時間を過ごしていた。

 もちろんその場にはイジョラ四大貴族の三人も揃っている。国王が居ないのは、これがコウヴォラの街で行なわれたからで、王はいつものように王都ケミより祝辞のみを送っている。

 四大貴族の内の二人、エーリッキ・ヘイケラ公爵とハンネス・エルヴァスティ侯爵の不仲は貴族たちの間では有名な話で、今もそれぞれの派閥で集まってお互い見向きもしない。

 そんな不仲な二人でも協力せざるをえない状況であるということなのだが、この場に集まった大半の貴族にそういった意識はなかった。

 エルヴァスティ侯爵は派閥の貴族たちと話をしながら、呑気さの抜けぬ彼らを窘め続けていたが、従者として長く仕えてきた者が側に来ると、その額に僅かに皺が寄る。

 既に老境に至っているこの従者の表情が、侯爵にしかわからぬほどであったが僅かに歪んでいたのだ。彼が、こうまで慌てているのを見るのは、侯爵もあまり記憶にない。

 従者は侯爵の耳元で告げた。


「帝国が、一万の軍で南方より侵入してきました」


 さしものエルヴァスティ侯爵も、完全に表情を隠しきることはできなかった。

 侯爵の頭の中で数多の思考が絡み合い、瞬時に一つの結論を導き出す。きっと、その答えは侯爵にしか出し得ぬものであろう。

 侯爵はその予感に従い、彼の最強の政敵であるヘイケラ公爵に目を向ける。

 目が、合った。

 答え合わせは済んだ。

 公爵と目が合ったのは一瞬のことであるし、彼はすぐにこちらから目を離したが、それだけで十分だ。エルヴァスティ侯爵への報告を、その内容を知っているからこそ彼はこちらへと視線を向け、侯爵の反応を窺っていたのだろう。

 きっと、幾ら調べても証拠は出てこないだろう。彼にそういった間抜けな手抜かりは期待できない。そして彼がこちらを見ていたのも、恐らくわざとだろう。これは、彼の仕業であるとエルヴァスティ侯爵にのみ伝える、そのためにこちらを見ていたのだ。

 そう、隣の強大な帝国を、反乱に揺れるイジョラ魔法王国へと招き寄せたのは、他ならぬヘイケラ公爵なのであろう。

 一万の軍が攻め寄せてきたのは南方、エルヴァスティ侯爵の領地へであるのだから。

 帝国とは密かに協力体制が作られていたはずだ。これを裏切っての侵攻は、イジョラ魔法王国がカレリアへの侵攻に失敗し、あまつさえ反乱に揺れているなどという頼りないことになったせいである。といったもっともな言い訳は、誰しもが納得するものであろう。

 しかも南方都市国家群と協力し、その領土内を軍を通して侵攻してくるなど、実に見事な奇襲であろう。

 エルヴァスティ侯爵は派閥の重鎮のみを引き連れ一時宴を退席する。

 従者よりの報告では、エルヴァスティ侯爵が手にしたこの情報を、国が第一報として受け取るのは恐らく半日程後になるということだ。

 それまでに、ある程度の指針は立てておく必要がある。




 案の定、エルヴァスティ侯爵の派閥の貴族たちは、帝国の侵攻に驚愕し、それがヘイケラ公爵の策略である可能性が高いと侯爵が語ると、それはそれはもう物凄い勢いで激怒していた。

 そもそも政敵を屠るためとはいえ国の利益を大いに損ねるような真似をするとは何事かと。しかもそれをこのような国難の最中に行なうなどと、イジョラ貴族としての自覚はないのかと皆は口々に罵る。

 そんな彼らに同調しつつも、エルヴァスティ侯爵は実はそれほど怒ってはいなかった。

 侯爵は人を能力の高低で判別する所がある。その基準で言うのならば、ヘイケラ公爵はイジョラ貴族の中でもとびっきりの逸材であり、エルヴァスティ侯爵が敬意を払うに足ると考える数少ない人物である。

 王の信頼篤いのも古くからの友人であるから、という理由ではなく彼の優秀さ故だと考えている。事務方としての管理能力や貴族間の利害調整といった部分ではエルヴァスティ侯爵もまるで勝てる気がしない、妖怪のようなジジイなのである。

 そんな彼がここまでするというのだから、それはヘイケラ公爵にとって被る害以上の利益がそこにあると考えるのだ。

 いや、公爵にとってだけではなく、イジョラ魔法王国にとって、でもあろう。

 此度の反乱の一因に、エルヴァスティ侯爵による平民への優遇措置が影響しているだろうことは想像に難くない。

 それでも平民の能力を引き上げることで、国全体をより豊かにしていかねばカレリアには対抗できぬとエルヴァスティ侯爵は考えたのであるが、そこで彼とは意見の相違が生まれているのだろう。

 エルヴァスティ侯爵もまた、王の信頼を得ている自信はあったが、ヘイケラ公爵のそれと比較してはさすがに劣るとも考えている。である以上、このヘイケラ公爵の強硬手段は決定的な証拠を見つけ出したとしても、最終的にはエルヴァスティ侯爵の敗北で終わると思われる。

 これほどのことをしでかしておきながら、彼は自分の身に危険が降りかかることもないだろう。エルヴァスティ侯爵派閥の貴族たちにしたところで、侯爵がそれを口にしていなければ疑いすらしなかったであろう。

 それがイジョラのためになるというのであれば、帝国軍をすら引き込んで恥じることもない。そんな突き抜けた真似のできる彼を、エルヴァスティ侯爵はやはり尊敬せずにはいられない。

 ずっと前から彼はそう思っているのだが、いつまで経ってもこの敬意は一方通行のままであり、イジョラのためにと自らの有用性を証明すればするほどにヘイケラ公爵からは憎悪の視線を向けられることになる。


『ままならぬものよな』


 エルヴァスティ侯爵がこれまでの人生で、友にしたいと思ったたった二人の内の一人であるというのに、彼ほどの男にも思い通りにいかぬものはあるのだ。

 一つ頭を振って思考を切り替える。ヘイケラ公爵への片思いはさておき、エルヴァスティ侯爵は派閥の長であり、付き従う者たちを守り導かねばならぬ責任がある。

 軍事の専門家に侯爵が意見を問うと、彼はとても苦しそうな顔で答えた。


「残してきた軍をどれだけかき集めても五千程度。しかもこれを率いるべき優れた将は、そのほとんどをこちらに連れてきてしまっています。それにそもそも、この速さですと五千を集めきる前に敵が都市部へと到達してしまうでしょう。最悪の場合、我らが領地の南半分を放棄せねばならなく……」


 そこまで口にしたところで、貴族たちが悲鳴のような声を上げた。

 帝国軍が本当にヘイケラ公爵による策略で攻めてきていた場合、占領ではなく蹂躙、もしくは略奪を目的としている可能性が高い。

 そんな軍を相手にするというのに、これを防ぐ手立てがないと、こう言われたのだから無理もなかろう。

 反乱軍に対するため、主力のほとんどをコウヴォラに連れてきてしまっている。隣接する南方都市国家群はカレリアとの関係悪化もあり、イジョラに手を出す余裕はないはずであった。それに誰もが思っていただろう。帝国が攻めてくるならばヘイケラ公爵の守る西部からであろうと。

 完全に裏をかかれた形である。本来ならば甚大な被害を覚悟せねばならぬ場面であるが、ここは、イジョラ魔法王国だ。非常識な解決手段、魔法なんてものを持ち、その精鋭ともなればたった一人で軍略を覆すなんて真似すらしでかしてみせる。


「よー、侯爵よー、俺、行くから許可くれよ」


 そんな声を出したのは、最近こうした重要な会議にも顔を出せるようになった、イジョラの魔女、パニーラ・ストークマンである。

 他貴族たちが胡散臭げな顔をするも、エルヴァスティ侯爵は真顔のままで問い返す。


「間に合うか?」

「俺、馬の強化もできるし一人で行くんなら余裕で間に合う。後はあっちでの指揮権と街長への命令権もらえりゃ、住民の避難と五千が集まるまでの足止めぐらいはなんとかしてみせらぁ」

「……テオドルは連れていくか?」

「んー、本音言うなら滅茶苦茶欲しいが、アイツはこっちにいるだろ。反乱軍とぶつかった時、俺かテオドルがいなきゃ侯爵への暗殺は防げねえ。かと言ってあの馬鹿じゃ一万の軍相手は荷が重い。なら、俺が行くしかねえだろ」

「お前も知っているだろう。私は元近衛を二人、常につけているが……」

「それじゃ足りねえっつってんの。本当は俺も離れたくねえんだけど、そうも言ってらんねえだろ。なあ、後近衛二人、できれば三人、出陣までに揃えといた方がいいぜ。さもなきゃ大将の二の舞になりかねねえ」


 年若い娘にしか見えぬパニーラであるが、集まった貴族たちもその言を無下にすることはない。

 パニーラは一魔法使いとしてだけではなく、指揮官としても多大な戦果を挙げてきた歴戦の勇士であるのだから。

 ただ、自分勝手で気分屋で、まともに命令を聞かないという致命的にすぎる欠陥があるせいで皆がこれを頼らないのである。だが、エルヴァスティ侯爵は今のパニーラをそういう人間であるとは思っていない。

 カレリアでの敗戦を経て、既に一人の将としての自覚が芽生えている。充分に頼るに足る者であると。


「わかった、命令書を書くからすぐに出ろ」

「おうよ! 任せとけ!」


 パニーラは近くに控えていた従者に食べ物と馬の手配を命じる。その間に侯爵はさらさらと命令書を書き上げ、封をしてパニーラへと渡す。

 これを受け取ったパニーラはすぐに身を翻し、部屋を飛び出していった。

 その様を見送った後、貴族の一人が信じられぬといった顔で侯爵に言った。


「いつの間にアレを手懐けていたので? いや、いつではなくどうやって、の方が問題ですが」

「若いのは切っ掛け一つで大きく成長するものだろう。アレにはいずれ魔法兵団の長を任せるつもりだ」

「……そういった一般論が通じる相手だとは思いもしませんでしたな……」


 私もだ、と思ったが口には出さず、曖昧に笑って返すエルヴァスティ侯爵であった。






 カヤーニの街を出た殿下商会一行は、イジョラ中央部を目指し進行する反乱軍主力と合流した。

 事前に使者が出ていて、殿下商会は反乱軍に協力するという話が通っていたので、合流自体はすんなりと進んだ。

 到着した殿下商会を真っ先に出迎えたのは、反乱軍最重要人物にして今や反乱軍の象徴とも言われている天馬の騎士シルヴィ・イソラであった。

 殿下商会の女三騎士は皆彼女を見るなり嬉しそうに駆け寄って再会を喜び合う。そして一人残ったイェルケルが、シルヴィと共に出迎えに来ていた反乱軍の将と顔を合わせる。

 彼は困った顔でイェルケルに言った。


「シルヴィから話は聞いている。が、どうにも理解しがたい報告が山と届いていてな、できればウチに届いている報告と君たちの持つ情報とですり合わせを行ないたいんだが、いいだろうか」

「もちろん。情報の共有は何より優先すべきことだろう。……君たちはシルヴィの戦を見ているんだよな? なら私たちの戦いも理解しやすいと思うんだが」

「アレが複数存在するという現実に、私の想像力が追いついてくれそうにない。彼女、何時間も一人で延々戦い続けられるんだが、君たちもそういう真似ができるのか?」

「ヒュヴィンカーじゃ、何時間程度じゃ済まなかったよ」

「そうかー、やっぱりアレ本当なのかー、そうなのかー、どうしたものだかなー。私には君たちとどうやって付き合っていけばいいのか、まるでわからんのだが」

「頼むから普通にしてくれ。無意味に警戒されるのも無駄に謙られるのも、どちらもあまり気分は良くない」

「そういうのが一番ありがたいな。とりあえず今決まっているのは、とにもかくにも君たちの機嫌を損ねないという一点のみだ。できれば今後も、やってほしくないことがあったら率直かつわかりやすく口にしてくれ」

「……どうしてだろうな。私たちってどこ行ってもそういう扱いされるんだが。私たちまだ君らに何もしていないよな?」

「そりゃ、やられた後じゃ遅いからだろう」


 その通りなんだけどさあ、とちょっと不満気なイェルケル。そんな会話をしている二人に、一人の反乱軍兵士がとても焦った顔で声を掛けてきた。


「あ、あの、あちらのお三方が、ウチのシルヴィに……」


 言われてそちらを見るイェルケルと反乱軍将軍。

 アイリが憤慨した顔で怒鳴っている。


「待て! 先に話を持ち掛けたのは私だろう! ならば真っ先にシルヴィとやるのは私であろうに!」


 そんなアイリに対し、スティナが一言言ってやった後、口元に手を当てたレアが返す。


「えー、でもアイリって案外不覚多いしねー。そんな相手じゃシルヴィも不満でしょうにー」

「そうそう、どうせやるんなら強い方とやった方が、シルヴィの為になる。アイリは私に負けたんだから、すっこんでるっ」

「なんだと!?」

「ぷーくすくす、まけまけアーイリーはーだまってろー」

「たった一度一本取った程度でよくぞ吠えたわ! いいだろう! 望み通り相手になってやるから表に出ろ貴様!」


 計算通り、といった顔でスティナがシルヴィの肩に手を置く。


「じゃ、あっちはあっちで勝手にやらせて、私たちは私たちでやりましょー」

「うん、いいよー。あーでもでも、最初は馬無しでー。私ね、馬無しの槍と剣すっごい練習したんだよー」

「おー、いいわねー。まずはそれで……」


 険悪な雰囲気の二人と、和やかな二人とでぞろぞろと開けた場所へと向かっていってしまった。

 兵士はとても困った顔をしていたし、将軍もどうしたものかといった顔である。イェルケルは、とても不満そうな顔のまま答えた。


「あれはほっとけばいい、身体動かして満足したら勝手に戻ってくる。そうそう、私たちの戦力に疑問がある連中はアイツらの戦い見せておけば全員黙るからそうしたらいい」


 その間にこちらはこちらで、軍としてどう動くかの打ち合わせをしておこうとイェルケルが申し出ると、将軍も少し興味深そうに姦しい女たちを見ていたが、未練を振り切ってイェルケルの申し出を受け入れた。

 そんな彼に向かってイェルケルが告げてやる。


「こっちの話が終わったら今度は私がシルヴィとやる番だからな。君はその時見ればいいだろ」


 将軍は、この場を去っていくシルヴィがとても楽しそうな顔をしているので、それを理由に何故反乱軍の至宝シルヴィがコイツらと剣を交えることになっているのか、という疑問を飲み込むことにした。






 大休止を取っている反乱軍本陣。

 その一角に、多数の兵士たちが集まっていた。

 集まった兵士誰もが信じられぬ思いでその光景を見つめている。

 反乱軍兵士たちからは、数万の反乱軍全軍が一斉に飛び掛かっても絶対に勝てぬと信じられている無敵と最強の代名詞シルヴィと、五分で戦う化け物がこの世に存在したのだ。

 そんな彼女たちの戦いは、およそ人間のそれとはとても思えぬ。飛ぶわ跳ねるわ大地は削れるわ木々はなぎ倒されるわで、野生の猛獣ですらもう少しおしとやかだろうと思えるような人知を超えた戦いであった。

 反乱軍とは全く別の場所で、イジョラ魔法王国相手に大暴れしていた殿下商会なる連中の話は聞いたことがあったが、よもやこれほどとは誰も思っていなかった。

 そして、一人の兵士が青ざめた顔で隣の友人の耳元に小声でささやく。


「おい……お前も、アレ、見てたよな」

「あー、うん、やっぱりお前もそう思ったか。思ったよな。つーか、あの顔、見忘れるわきゃねえわ」


 この二人、反乱軍に合流した元カレリア傭兵である。


「あれ、第十五騎士団じゃね?」

「ちっこいの二人、イェルケル殿下の休憩の時に出てきたあの二人だよな」


 偶々ではあったが、この傭兵二人はアイリとレアが闘技場で戦っていたところを見たらしい。

 少しすると、将軍と一緒に育ちの良さそうな青年が現れる。


「……あれ、イェルケル殿下じゃね?」

「なあ、これ、俺たちさ、すっげぇやべえことになってる気がするんだが……」


 カレリアにおいて、王弟イェルケルと第十五騎士団の剛勇は広く語り継がれている。とても信じられぬような武勲を数多打ちたてた稀代の英雄たちだ。

 そんなカレリアの切り札ともいうべき存在が、隣国イジョラにて殿下商会を名乗り大暴れしている。あまつさえ反乱軍に合流するらしい。

 本来であれば、たとえイェルケルが顔を出していようともそれがイェルケルと判別できる者は少ない。もちろん配下の女騎士たちもだ。

 たとえ戦場を友軍として共にしていたとしても、そういった相手の顔を見られる機会なぞそうそうはないのだから。

 イェルケルたちは闘技場で数万の人間の前に顔を出すといったことをしたため、こうしてこの二人は顔を知ることができていたのだが、それにしたところでそれがわかる人間がイジョラにいるというのは稀有なことであろう。

 つまり、本来バレないような真実を、この二人は知ってしまっているということで。

 二人は顔を見合わせた後、大きく頷き合う。

 そこにどういった事情があるのかは知らないが、第十五騎士団ではなく殿下商会を名乗っているというのなら、何も気づかぬフリをしたままでいるのが、何より二人の将来のためであろうという話である。

 世界はこうして平和に回っていくのだ。

 多少の戸惑いはありながらも、反乱軍に頼もしい戦力が合流したことで彼らの意気は上がっていた。

 帝国軍侵攻の報が反乱軍に伝えられたのは、このすぐ後のことである。


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