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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第十一章 カヤーニ牢獄
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186.呑気に死んどる場合か


 それは、異様な一団であった。

 死者を見たことがない子供にすら、あれは生者ではありえぬと断じることができるほど、人間離れした青白い肌。顔の輪郭を表す骨格が変化したでもなかろうに、どういった作用からか彫りの深い顔を生み出し、その表情に深い影を差す。足音もせぬような静々とした歩き方で、まっすぐ行く先を見据えている。

 そんな薄気味の悪い人間が、数百人いる。数百人皆が、同じような顔で、同じように白い肌で、同じように歩いて進む。

 皆顔は違うし体格も違う。なのに、全員が同じに見えてしまうのは、彼らを表す特徴が似通っているせいだ。

 あれは、生者ではありえない。あんな顔をした者が、あんな肌の色の者が、歩いて進めるわけがない。それでも尚、そんな存在が進むとすればそれは、生死の理を冒涜したこの世ならぬ鬼の所業だ。

 カヤーニの街へと至る街道で、そんな人外の化生を見てしまった者たちは皆慌てふためき街へと逃げ込む。

 これに昨日届いたカヤーニ牢獄、研究所、山頂研究室失墜の報が重なれば、口さがない者たちの噂話には事欠かないだろう。

 もちろん統治者である魔法使いたちにそんな遊びは許されない。街を覆う城壁に寄ってこの不気味な集団を迎え撃たんと待ち構える。

 しかし、城壁上にてこれを見守る魔法使いたちも、少数精鋭の殿下商会の話は聞いていたが、こんな死者の行軍なぞは想定していない。

 城壁上の指揮官は攻撃命令を出していいものか判断がつかないので、この集団との対話を試みてみた。

 魔法の道具を用い大きな声が出るようにして、指揮官は城壁上より叫ぶ。


「ここはイジョラ魔法王国裁きの街! カヤーニの街だ! 貴様らいったい何者だ!」


 集団の先頭にいたイェルケルはちらと隣を見ると、任せろとハチサンニが前に出る。

 ハチサンニの声は城壁上から届いてくる声ほど大きくもなかったが、朗々と遠くに響く、そんな声であった。


「カヤーニ牢獄より来た囚人だ! お前らがよろしくやってくれたせいでこの世の地獄を見させてもらったよ! 今日はその礼に来た! てめえら魔法使いになあ! 一言言ってやりたくて来たんだよ! いいかよく聞けよ! てめえら魔法使いはどいつもこいつもみんな豚の腸みてえにドブ臭ぇクッソ野郎なんだよ!」


 平民である彼が魔法使いを面と向かって罵倒するのは、それまでの人生からは考えられぬ恐ろしい行為であった。

 それはハチサンニと共についてきた囚人たち皆もまた同じ気持ちであった。出発の時に随分と威勢の良いことを言っていたが、いざ魔法使いを前にそれを口にするとなれば誰もが尻込みしてしまう。

 しかし、ハチサンニが口火を切ってくれた。他の誰でもないハチサンニがそうしたというのなら、きっとそれはやってもいいことなんだろう、囚人たちはごく自然にそう思えたのだ。

 だが、言葉が出てこない。怖いからではない。身体が大声を出すことを拒否してきたのだ。それこそ小さな声を出すことすら苦痛なほどに、彼らの身体は衰弱していた。

 だからハチサンニが叫ぶ。お前たちはいい、代わりに俺が言ってやると。


「いいか! 何度だって言ってやる! 反乱軍なんぞにケツかかれやがって! 何が貴族だ! 何が魔法使いだ! てめえら如きがイジョラの名前を担いでいこうなんざ千年早いんだよ! 魔法なんざなあ! 俺は全然怖くねえんだよクッソ野郎が!」


 反応までに少し間があったのは、彼らがカヤーニ牢獄の囚人であるということと、そんなド平民以下の者に、これでもかと罵声を浴びせられたことがあまりに意外すぎたせいである。

 そしてようやくハチサンニのやった行為の意味を理解した城壁上の魔法使いたちは、指揮官の怒声と共に一斉に魔法を放ってきた。

 距離がありすぎるとはいえ、相手は文字通り吹けば飛んでいくような囚人たちである。命中すれば殺傷力は十分であろう。

 咄嗟に最前列のイェルケルが動き、自分のもとだけではなく周囲の者をも守るように降り注ぐ魔法を切り払う。

 もちろん一人にどうこうできる量ではない。四人になったところで一緒だ。こちらは数百人の囚人で、たった四人でその全てを守り切ることなぞできはしないのだから。

 そして囚人たちはハチサンニの怒声に満足し、最早声を出すことすらできぬので心中のみで快哉を叫んでいる。

 囚人たちは足を止め、降り注ぐ魔法を虚ろな目で眺め続けていた。

 彼らのそんな末期に、納得できぬ者が一人いた。


「なんだ貴様ら! その死人みたいな面は!?」


 イェルケル、レア、スティナ、の三人は思った。そこにツッコめる奴がこの世にいようとは、と。

 そんな付き合いの長い三人ですら驚愕するような台詞を怒鳴ったのはもちろん、殿下商会の戦馬鹿担当、アイリ・フォルシウスである。


「馬鹿共め! 呑気に死んどる場合か! 貴様らはいったいなんのためにここまで歩いてきたというのか! ここまで来て! 死者の国への旅立ちをどこの馬の骨とも知らぬ輩に任せるつもりか!? ここまで来たのなら自らの足で死界への門潜り抜けてみせい! 見よ!」


 アイリが指差す先にはカヤーニの街の城門がある。


「死者の国はあの先ぞ! 後ほんのわずかの距離だ! ここまで苦しい思いを乗り越えてきたのだ! 後たったあれだけの距離走れぬ道理があるか!?」


 いや、走るのはどう考えても無理だろ、とイェルケル、レア、スティナの三人は内心でつっこむも、アイリの言葉は止まらない。


「行けい! 走れい! 声を上げい! 城壁上で間抜け面晒しているあの馬鹿共に! 貴様ら死兵を止められるものか! 魔法使いを笑いたいというのなら! 魔法使いをコケにしたいというのなら! 走って走ってそれから死ね!」


 いったいどこに、そんな力が残っていたのか。

 囚人たちはこの小生意気な小娘の怒鳴り声に、全身全霊をもって応えんと奮い立つ。

 声を、出ようと出まいと知ったことかと振り絞り、足が動かなかろうと無理やり身体を前へと押し出す。

 全員、必死の形相で前へと進む。走っている、誰もが走っているつもりであった。だが、その歩みは一歩一歩が見て取れる程度で、張り上げた声も怒声はおろか雄叫びにすらなれぬもので。

 結果として囚人たちの集団は、アイリの声に押し出されるようにして歩を進めるも、低く響く呻き声と、のたりのたりとした行進しかできていない。

 アイリはそれでも、笑みを見せる。


「いいぞ! いいぞ! もっと怒鳴ってやれ! もっと走ってやれ! 貴様らの突進に! 魔法使いどもは震えあがっておるわ!」


 イェルケル、レア、スティナは思った。死人みたいな顔した連中が、今にも呪い殺さんばかりの歪んだ表情で呻き声あげながらにじりよってくれば、そりゃ誰だって怖いわ、と。

 無茶苦茶言うなあ、と呆れていたイェルケルの隣で、ハチサンニは笑いを堪えながら、大声を出し過ぎてかすれた声で言った。


「アンタの仲間、ひっでぇこと言うなぁ」

「すまん……ほんと、もう、あの子だけはもう……」


 ぽんとイェルケルの肩を叩くハチサンニ。


「後であの子に伝えておいてくれ。アンタ、最高だったって」


 ハチサンニは片腕を天高くつき上げ、かすれる声も構わず吠えた。


「うおあああああああああああああああっ!!」


 そして同時に、先頭きって走り出したのだ。たった一人で、後ろも振り返らずイェルケルすら置き去りにして、ただただまっすぐ城門だけを睨みながら。

 ハチサンニの意図を、誰よりも先に感じ取ったのはアイリであった。


「見よ! ハチサンニはもっと走れるぞ! なら貴様らにだってできる! さあ走れ! あの男に続いてどこまでも突っ走ってこい! さあ! 行けええええええええええ!!」


 アイリが、ハチサンニが、そうできると信じていたように。

 囚人たちもが一斉に走り出したではないか。

 腕を振り、大口を開け、ただただハチサンニの背中を見ながら、囚人たちは全員が全員、それまでの鈍足が嘘のように走り出したのだ。

 顔には死相を張り付けたままで、必滅必死を受け入れて尚、許し難い何かを認めぬために、囚人たちはまっすぐ前へと走っていった。

 そんな彼らを脇に見ながら、イェルケルも、レアも、スティナも、最早笑うしかない、という顔をしていた。






 突撃を開始した囚人たち。

 これに真っ先に対応したのは、やはりアイリであった。

 駆けだした囚人たちの脇を、こちらはもう放たれた矢のようにすっとんでいく。

 囚人たちを追い越し、一直線に城壁へと。そう、城門ではない。いい加減殿下商会では定番となってきた城壁登り、壁跳びを披露しつつ城壁上へとあっという間に登りきる。

 囚人たちは必死に城門だけを目指しているのでアイリの所業には気付かず。ただ城壁上の魔法使い達のみが驚愕と、避けようのない死の嵐に見舞われる。

 ただこうして飛び込んでみて初めてわかることもある。


『ふむ、思っていた以上に敵の備えが良いな』


 平民の群をどうこうするための布陣ではない。多数の魔法使いたちに加え、平民の兵士がその十倍近い数揃っている。

 これはアイリも何度か見たことのある、籠城時のイジョラ軍の一般的な迎撃の構えだ。それを街の駐留部隊がそうしているということに違和感がある。


『殿下商会が来ると、待ち構えていたということか。なるほどな、なかなかどうして楽はさせてくれぬ』


 そしてこの迎撃態勢が相手では、さしものアイリでも囚人たちを無傷で城壁内に迎え入れるのは無理だ。

 アイリは城壁上にたどり着くなりここに陣取る兵士たちへと襲い掛かっているが、狭い城壁上であってもきちんと陣形も隊列も整えられており、アイリに怯え外への攻撃を疎かにするようなこともない。

 そちらに目を向ける余裕もないのでアイリは心の内で、駆けてきているだろう囚人たちに語り掛ける。


『走れ、止まるなよ貴様ら。なに、ここの連中もそっちに送ってやるからな、せいぜい向こうで恨みつらみでも言ってやるがいいさ』


 こうしてアイリは早々に城壁上に向かっていったので、イェルケルは先頭を走るハチサンニを守る位置に。

 弾くことのできぬ魔法があるということをイェルケルも知っているので、そんな魔法飛んでくるなと祈りながらであったが、イェルケルの剣ですら弾けぬような強力な魔法を用いる魔法使いは幸いここには居なかったようだ。

 残るはスティナとレアだ。

 二人は囚人たちを守るべくその周囲を走り飛来する魔法を弾いていたのだが、アイリが城壁上で暴れ始めると動きを変える。

 こちらは城壁目掛け、二人並んでの突貫である。

 二人目掛けて飛んできたのは、魔法三発のみだ。二人が速すぎるのと城壁上でアイリが暴れているのとで対応が遅れたせいだ。

 その三発も命中軌道にないため二人には無視された。そして、十分に加速の乗った勢いそのままに、スティナとレアは城門を蹴り飛ばした。

 鉄以上の何か。より頑強でより柔軟な不可思議な構造。蹴り足から返ってきた感触はそんな感じであった。

 ふふん、と鼻を鳴らしつつ、右側の城門に身体を押し付けるレア。


「さすが魔法、面白いほどに理不尽っ」


 スティナはというと面倒そうな顔で、同じく身体を左側城門に押し付けている。


「どうせ開くんだし、手間ばっかかけさせるんじゃないわよ、まったく」


 せーの、で二人は門を押す。途端に城門は耳障りな悲鳴を上げる。

 レアの踏み込む足は大地にその跡を残すほど深く踏み込んでいる。

 スティナの肩が押し付けられた巨大な鉄扉は、既に肩の形にひしゃげてしまっている。

 少しずつ、少しずつ扉を押し込んでいくと、スティナとレアは同時に一歩を前に踏み出す。そうやって、少しずつ前へと進んでいくのだ。

 鉄扉の悲鳴は断続的に続いている。神経に響くようなその音は、悲鳴で正しいだろう。それも断末魔の類だ。

 速さや技を好むスティナとレアであるが、だからと二人とも腕力に自信がないわけではない。アイリは力任せを好むが、そんなアイリと比べて遜色ない膂力を持つのだ。

 力以外が得意で好みではあるが、だからとそれ以外が駄目なわけでは断じてないという話だ。

 またこの力押しの間、城門の上から二人に攻撃する者はいない。そのためのアイリであるのだから。

 かくして、カヤーニの街が誇る魔法にて強化した重厚なる城門、巨大な鉄扉は開かれる。

 まさか、そんな馬鹿な。そういった顔をしたたくさんの兵士たちが開かれていく城門の内側に居たのは、スティナとレアを止められぬと悟った指揮官による指示だ。

 恐ろしく素早く、化け物の如き膂力を持つ。そんな怪物を、津波の如き兵士の奔流にて踏み潰さんと、兵士たちは待ち構えていたのだ。

 扉を開き、ふうと呼吸を一つ、二つ、と吐いたスティナとレアは、雪崩れ込んでくる兵士たちを見て、これはありがたいと笑った。

 こちらから行かなくても向こうから来てくれるなら手早く敵を倒すことができると、心底本気でありがたいと思っていたのだ。


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