184.囚人達の選択
ハチサンニと会話したことで、イェルケルはカヤーニ牢獄の囚人を解放することに決めた。
恐らく、ハチサンニはともかく、他の囚人にはそれこそ今の待遇こそが相応しいような悪辣非道な犯罪者も混ざっていることだろう。だがそれを精査する時間も能力もイェルケルにはない。
なのでそういった凶悪犯罪者への対応や彼らのその後の受け入れ云々は、カヤーニの街にいる反乱軍に丸投げする気満々のイェルケルである。
ハチサンニの牢を出たイェルケルは、避難したらしい牢獄職員を探す。囚人には話していないこの牢獄に関する注意事項などがあるかもしれない、と思ってのことだ。
職員たちは一時避難のつもりであったようで、カヤーニ牢獄を出てすぐの所に集まっていた。敵から逃げるでなく、災害からの避難とでも思っているのか、彼らは賑やかにかつ笑いながら待ち時間を潰している。
その危機感の無さにこれを見つけたイェルケルもさすがに呆れる。
彼等職員の中には、精鋭として牢獄に残った衛兵以外の兵士もいるため、余計に余裕があると思えるのだろう。
そんな彼らのもとに、ハチサンニより牢獄の実情を聞いたイェルケルが訪れたわけで。
ハチサンニと話をした後、イェルケルは他の囚人にも話を聞いて回ったが、牢獄の悲惨な状況をより詳しく教わるだけであった。
『魔法使いっぽいのも結構いるな。研究とやらの最中だった者か』
強い敵へ恐怖を抑え込み挑みかかるのも戦士の仕事だが、弱い相手だろうと機を得たなら確実に殺せるだけ殺しておくのもまた戦士の仕事である。
賑やかな集団の外縁に忍び寄り、警備の兵の背中を剣で一突き。
あれ、といった顔で崩れ落ちる男。また彼と会話していた男たち四人も、一気に殺し尽くす。
人が倒れる音を聞いて、何かとこちらに目を向けた男から順番に、イェルケルは剣の錆へと変えていく。
反応速度と一歩の移動距離の長さが、五人、六人、七人、八人と殺していっているのにもかかわらず敵に未だに発見されていないという現状を生み出している。
それでも十人を殺す前に彼らもこの状況に気付く。これを視認した者がどれほど驚いたことか。ふと振り向くと、何人もの仲間たちが血を出し倒れているのだから。
第一発見者の上げた声は悲鳴。それは危機を伝えるものではあっても、危機の内容を伝えるものではない。第二、第三発見者もまたこの悲鳴に悲鳴で続くものだから、彼らには正確な情報など与えられぬままである。
そんな混乱の最中、イェルケルは武器を手にした兵士の全てを斬り殺した。
『……いや、これだけで兵士全部殺せるとは思わなかった』
なんともはや、と呆れるイェルケルであったが、楽な方がありがたいのも事実なので文句は飲み込み足を止める。
その剣閃の鋭さから、イェルケルが手にした剣には血のりなんてものは一切なく、ただ抜き身の武器を手にした男が立っているという風にしか見えない。そこら中に死体が転がっている中そんな男が立っているというのだから、これを見て恐怖するには十分過ぎるであろうが。ちなみにこの剣はもちろんトゥリヴオリの剣ではない。
イェルケルは無言のままで彼ら魔法使いをじっと見る。どう動くかを見定めているのだ。
そしてイェルケルの予想通りに彼らは動く。
「貴様がこれをやったのか! 不意打ちとは卑劣な奴め! だがこの場に姿を現したが貴様の不覚よ! 皆! 一斉攻撃で賊を仕留めるぞ!」
おい待て、馬鹿よせ、そういった少数の声も聞こえたが、多数の魔法使いがこの声に応じて魔法を唱え始める。もちろん、イェルケルに唱え終わるまで待ってやる義理はない。
詠唱を唱えた魔法使い、いや、唱えるフリをしていると思われる魔法使いもまた、イェルケルは斬り捨てていく。
ロクに戦場の経験もない魔法使いの魔法など、イェルケルからすれば遊戯と大差ない。詠唱の前に斬り、視界から逃れてしまえばもう魔法の命中はおぼつかなくなり、驚き慌てている間に状況把握もできぬ愚かな魔法使いを次々斬り倒していく。
またイェルケルの動きを見て、最早対話の余地無しと考えそこから動き出す魔法使いもいた。これもまた、イェルケルが斬り伏せる対象となった。
生き残ったのは、怯え震えて頭を抱えうずくまっていた者が二人、攻撃の意思は無いと叫び続けていた者が一人、逃げようとした者が六人、計九人のみである。
逃げようとした者の内、二人はどうにかイェルケルの移動範囲より逃げ出すことができたが、残る四人は逃げるのが遅れたせいでイェルケルに蹴倒され逃げそびれてしまった。
ほんの少し前まで、そこには多数の仲間たちがいた。皆が呑気にこの騒ぎの終了を待っていたのだ。終わった後、どう後始末するかなどと明日も昨日と同じ日々が続くことを誰一人疑っていなかった。
それが、この有様だ。つい今しがた会話を交わしていた相手は、もう二度と口を開くこともなく躯と成り果て、生き残った彼らの命もまた風前の灯火である。
あまりに急激すぎる変化に戸惑う彼らと、これだけの人間を殺しておきながらとりたてて大きな何かをしたというでもない淡々とした表情のイェルケル。
イェルケルは確認するように問う。
「一応、聞くぞ。例えば、隙をついたからといって私から逃げられると思うか?」
先程逃げられた者は、何十人という人壁あってのこと。それにしたところで、六人逃げて二人しか逃げきれなかったのだから、とてもではないがこの人外に俊敏な男を相手に逃げるなどありえまい。
生き残った七名は全員が首を横に振る。イェルケルは大きく頷いた後、彼らに牢獄に戻るよう指示する。彼らは全員が神妙な顔でこれに従った。
牢獄への帰りしな、イェルケルは雑談のように魔法使いたちに話を振る。
「なあ、囚人たちにかけている魔法って、簡単に解除とかできるのか?」
魔法使いたちは顔を見合わせる。答えたくないということではなく、イェルケルの言っている言葉の意味がわからないのだ。
生き残った魔法使い達の中で、最も身分だか地位だかが低いと思われる者が、周りから肘を突かれ嫌々これに答える。
「あ、あの、囚人には特に精神操作系の魔法はかけていませんが……」
「ん? ああ、それじゃなくて、君ら色々と囚人で魔法を試しているのだろう? それがかかったままだから囚人は爆発したりなんだりで死ぬのではないのか?」
再び彼は肘を突かれイェルケルに答える。
「囚人が死ぬのは、そうですね、魔法の効果が直接の死因の時もありますが、どちらかと言えば魔法によって身体を変質させられた影響の方が多いです。魔法がかかりっぱなしですと身体はどんどんと変化していってしまいますから、そのまま放置したらそりゃ死にます。それでは研究にも実験にもなりませんので、ある程度変化させたところで魔法を止め、身体がこの変化に適応するのを待つ、というのが一般的なやり方になります」
「ヒト人形工房で見た、あの妙に手やら足やらの長いのは、そうやって慣らしていったという話か? それ、慣れてしまったら元に戻らなくなるのではないか?」
「え? そりゃ、魔法による身体変化はどれも基本不可逆……ああ、そうか研究職でない人にはあまり一般的では、ない? え? いや、魔法使いなら最初に習いますよねこれ」
彼の質問には答えず、イェルケルは深く嘆息する。
「……囚人たち全員を、魔法による変化が与えられる前の状態に戻すことは可能か?」
彼はとても怪訝そうな顔になる。
「えっと、質問の意図がわからないのですが……戻すのは、それぞれの担当者がどこまで処置を施したかによります。ただ、どの場合でも今まで行なった処置の逆を全て行なわなければならないですし、その場合、大抵は処置を終える前に囚人の寿命が尽きるかと」
「そんなに長くかかるのか?」
「そりゃ、囚人の身体が魔法による変化に対応するまで待たなければなりませんし、どの処置も一月二月でどうこうというのは難しいでしょう」
「数か月でできるってことか? その処置ってのはどれぐらいやっているんだ」
「多ければ、十、少なくとも五つは……」
「なら数年もあれば問題ないだろ」
「……え? いや、魔法で身体を変化させているのですから、一年も持つ個体なんていやしませんよ」
当たり前の顔でそんなことを言われたイェルケルは目を見張る。そして他の魔法使いたちの反応を見るが、彼らもまたそんな初歩的なことも知らないのかといった顔をしていた。
彼は続ける。
既に身体は魔法によって変化した新たな身体に対応しているのだから、そこから無理に元に戻そうとすれば当然寿命にも悪影響が出ると。
彼は恐る恐るといった様子でイェルケルに問うてきた。
「その、貴方は彼らをどういった状態にしたいのですか? ちょっと質問の意図を測りかねているものでして」
これまでの問答で、イェルケルが望む形はありえないとわかった。
なので少し妥協した話を振ってみる。
「……せめて、健やかで穏やかな時間を、できるだけ長く過ごさせてやりたい、かな。囚人全員でな」
そんなイェルケルの言葉を、全く理解できないという顔で首をかしげる。
「はぁ……その場合でしたら、カヤーニ研究所の方の研究者全員でかかる必要があるかと。彼らが協力するかどうかはさておき、担当者でもなければ誰にどんな処置をどのように行ったかなんて把握していませんから。そりゃ、書類には残っていますが、やはり細かな部分は担当者でもなければ対応しきれないでしょう」
イェルケルはじろっと男を睨む。
「それは、カヤーニ研究所の研究者を全員生かしておけ、という意味か?」
イェルケルの言葉に男は、いやさ他の魔法使いたちもまた震えあがる。
「ま、まさか、牢獄だけでなく研究所も襲うつもりでは……」
「つもりだ。反乱軍であるのなら、それほど不思議な話ではないと思うんだが」
「そ、そんな馬鹿な話がありますか。研究者はただ研究をするだけです。それは誰が主になろうとその価値が失われるものではありません。軍や兵を襲うのならばわかります、牢獄を襲って囚人を解放しようというのもわかります。ですが、研究所を襲うというのは意味のない行為でしょう。いやイジョラ全体の利益、将来を考えるのであれば大いなる損失以外のなにものでもありません」
「ヒト人形工房は、明らかに潰しておくべき施設だったと思うが」
「あー、あそこは、そう、ですね。あくまで一部ではありますが、戦の戦力になりうるようなものも揃っています。ですがヒト人形工房にしたところで、その施設の大半は研究施設だったはずですよ。ましてやカヤーニ研究所なんて戦闘用に調整された個体なんてほとんどいないでしょうに」
男の言葉に、うんうんと頷いている者多数。
更にこの男の耳元で、老人がぼそぼそと呟く。どうやら彼はなりゆきでイェルケルとの交渉担当に任命された模様。
「あー、その、ですね。今ここにいる魔法使いは皆、家もしっかりした者ばかりでして、身代金の支払いも必ず行なわれるでしょう。対価も金だけではなくそれ以外を望むというのであれば相談に乗れる、とのことですので、どうかご一考願いたく」
ふう、と息を吐くイェルケル。
「身代金の話はわかった。けどさすがに戦時の捕虜対応はできないぞ。君たちは皆魔法使いなのだから、牢獄に着いたら縄で拘束し猿轡をかませてもらう。逆らわないというのであれば私からそれ以上を行なうつもりもないが、今みたいに協力的な情報提供が行われない場合は、まあ、そういうのが得意な者に任せることになる。ああ、頼むから立場も弁えず騒ぐような真似はやめてくれよ。正直に言って、君らの対応をするのはとても面倒なんだよ。君たちからその面倒を取り除く理由をくれるというのであれば、私としては嬉しい限りなんだがね」
かなり気安い調子で会話をしていたイェルケルだが、だからと対応が甘くなるわけではない。
魔法使いたちはイェルケルの言葉に生唾を飲み込むも、自身に人質としての価値が、情報源としての有用性がある故にこうして生かしておいてもらっていると理解したので、イェルケルの言葉に異を唱える者は出なかった。
カヤーニ牢獄の監守用の部屋に、縛り上げた魔法使いたちを放り込んだ後、イェルケルは憂鬱な顔で大きくため息をついた。
「こんな話、どうやってアイツらにしろというんだ……」
一人項垂れているイェルケルのもとに、スティナがひょこっと顔を出してきた。
「でーんかっ。どうしました、えらくヘコんだ顔してますけど」
「ああ、それが……ってスティナ!? お前それどうした!」
そう、あの殿下商会の最恐戦士、スティナ・アルムグレーンが怪我をしているのだ。イェルケルはこれまで、スティナがこんな有様になっているのを見たのは、アイリと一対一でとことんまでやりあった後か、サルナーレの戦いの後ぐらいしか記憶にない。
しかしスティナはといえば、むふふー、といたずらっ子のように笑い言った。
「ひみつー、ですっ。障害は排除済なので、後の話はみんなが揃った時にでも。それはそれはもうすんごい話ですから楽しみにしててくださいね」
「お、おう。いやまあ君がそう言うんならいいんだが……大丈夫、だよな? 今にも倒れそうに見えるが」
「あー、うん、さすがに戦闘は勘弁ですし、しばらくは動き鈍いまんまです。まあそれ以外なら問題ないですよ」
相変わらず意味がわからんぐらいタフだな、と呆れ顔のイェルケルであったが、もちろん今のスティナに戦闘をさせるつもりなどない。ベッドで寝てろ、と言ったのだが、スティナはやだー、とレアみたいな駄々をこねるので仕方なく同行を許す。
イェルケルは現状をスティナに説明すると、スティナは肩をすくめて答える。
「正直に言う他ないんじゃないですか? どの道向こうにはアイリとレアが行ってるんですから、研究者の生き残りなんて期待できませんよ」
「となると、あの生き残り七人に処置を任せることになるか。その辺全部反乱軍に押し付けるつもりなんだが、上手くいくかな」
「さて、どうでしょうね。……もしかして、責任とか感じてます?」
「少しな。とはいえ、囚人をいたぶる研究者片っ端から殺したら、実は囚人はコイツらいないとすぐに死んでしまうんだ、なんて言われても、なんだそりゃ、としか言いようがない」
「ホント、聞けば聞くほどヒドイ話ですわね。一応、私がその話の真贋確認しときましょうか?」
「やめとこう。今となっては貴重な魔法使いだ。……あの研究者たちと話したけどな、彼らはあれだ、職人だ。自分の仕事に誇りを持っているし、その成果を国のために役立てようと一所懸命に取り組んでいる。あそこまで悪気がないと、こちらが誤っているのかという気すらしてくるよ」
スティナは含むように、くすくすくすと笑いだす。
「なら、研究員に説明させたらどうです? 別に殿下が囚人に魔法かけたわけでなし、そういう気分の悪いことはやった当人にやらせればいいじゃないですか」
「それはそれで無責任な気もするんだよな。いいさ、囚人たちへの説明は私がするよ」
イェルケルは囚人たちを皆中庭に集めさせる。全員、牢から出してやっているがここぞと暴れるような者はいない。イェルケルとスティナが驚くほど整然としている。
囚人たちは牢毎に集まっていて、イェルケルは中庭の演台の上に立ち現状の説明を始めた。
イェルケルが、カヤーニ牢獄の魔法使い、衛兵、職員、全てで生き残っているのは魔法使い七人のみだと言っても、言葉のみではこれを信じてはもらえなかった。
そうだろうと思い、イェルケルは手伝いに駆り出した魔法使い三人に、職員や魔法使いの死体を運ばせる。どれも囚人たちが見たことのある人物の死体だ、これを使いっ走りのように魔法使いたちが運んでいる様を見て、ようやく囚人たちもこのカヤーニ牢獄が陥落したことを理解する。
それでも彼らは、解放されたとは考えなかった。別の上位者が来た、それだけの話だと思ったのだ。
だが、イェルケルが反乱軍に彼らの身柄を預けるつもりであると伝えると、もしかして助かるのか、と少しざわつき始める。
そこにイェルケルが言うわけだ。魔法使いたちの実験により、君たちの寿命は後一年未満であると。
これを長らえさせられるかもしれない方法、延命には魔法使いが必要でそれも今いる七人以外イェルケルの仲間が殺して回っているのであまり期待できないこと、研究者に聞いた話をイェルケルは洗いざらい彼らに伝えてやった。
イェルケルが伝えたいことを全て伝えると、彼らに相談の時間を持たせた。
丸一日ぐらい必要か、と思っていたのだが、囚人たちはすぐに意見をまとめてきた。曰く、ハチナナハチ・ハチサンニに判断は任せる、という話だ。
看守や魔法使いたちに腹を立てているのもあるのだが、ではどうするのが自分たちに一番有利であるのか、誰も判断がつかなかったのだ。なのでどの牢でも頼れる奴に判断を委ねようとなり、ではそれが誰かとなった時、満場一致でハチサンニが指名されたのだ。
ハチサンニは少し困ったような、呆れたような、仕方がないといったような、顔をして前に出てきた。
演台に立つイェルケルを見上げながら、ハチサンニは迷うことなく告げる。
「七人、魔法使いがいるんだよな。できればそいつら全員、ここに連れてきてもらえるか?」
イェルケルは彼らの希望通り、残る縄に縛られたままの四人の魔法使いを連れてきた。手伝いをしていた三人の魔法使いも彼らの側に所在なさげに立っている。
ハチサンニは七人の顔を順に確認した後、それはそれは晴れがましい顔で笑い、言った。
「明日も、明後日も、その先だろうとどうだっていい。俺は今日、今、ここで、コイツらぶっ殺してやりてえんだよ。なあ、兄ちゃんよお。コイツら全部、俺たちに殺させてくんねえか。それさえ許してもらえりゃ後はもうどうなと好きにしてくれていいや」
ハチサンニの言葉に、後ろに居た囚人たちが一斉に歓声を上げる。
「良く言った!」
「その通りだハチサンニ! やっぱお前はわかってるぜ!」
「魔法使い殺せんなら俺ぁ今すぐくたばったって構いやしねえよ!」
「五体ばらっばらにしてそれでも生きてられるか試してやろうぜ!」
「さんざっぱら好き放題してくれやがってよう! やられたこと全部やり返してやる!」
ハチサンニは囚人たちの声援を背に受けつつ、じっとイェルケルを見据える。
縄で縛られている魔法使いは口にも猿轡をかまされている。なので声にならぬ呻き声を上げ必死に抗議する。
縛られていない三人もまた、約束が違うだの、身代金云々だのと叫んでいるが、囚人たちの声が大きすぎてイェルケルにもよく聞き取れなかった。
イェルケルは演台の上から、囚人皆に見えるように片手を上げる。すると、囚人たちも答えを聞きたいのか皆がしんと静まり返る。
イェルケルは演台から降りてハチサンニの前に立ち、腰に差していた剣を抜き放つ。
手の内でくるりと半回転させると、イェルケルは剣の刃部の方を手に掴み、柄をハチサンニに向かって突き出した。
「わかった、七人は引き渡そう。お前らの好きにしていい」
ハチサンニが剣を受け取ると、先程の歓声以上の大声が囚人たちより湧き上がる。
七人の魔法使いたちからの抗議もまた激しくなったようだが、やはり囚人たちの声にかき消され聞こえてこなかった。
ハチサンニはもらった剣を頭上に掲げつつこれを左右にぶんぶんと振り回し叫ぶ。
「よーしお前ら! 牢毎に集まれ! どいつをどこの牢が担当するか決めるからまーだ動くんじゃねーぞー!」
おいーっす、と景気のよさげな返事がそこかしこから返ってくる。かなりの興奮状態であるにもかかわらず、囚人たちは誰一人抜け駆けして魔法使いに突っ込んだりはしない。
ふとイェルケルが見ると、いつの間にか縛っていなかった三人の魔法使いも、全員スティナが縛り上げていた。
七人の魔法使いは囚人の代表が十人ほどスティナのもとに向かい、これを引き取っていった。その時彼らの内の何人かはスティナに声を掛けている。
「うーわ、すっげぇ美人なねーちゃんだな。なあなあ、アンタの仕事はこれで終わりだろ? ならこっからすぐに離れた方がいいぜ」
「おう、そうだそうだ。アンタみたいな美人が見ていいもんじゃねえ」
「できればこの建物からも出た方がいいな。声、聞こえちまうだろうしよ」
「あんまり気分の良いもんじゃあねえだろうからな、演台のあんちゃんと一緒に避難しててくれよ、俺らぁ当分、こっから動いたりしねえからよ」
全員、心からの親切でそう言っているのがわかる。だが、そんな気の良い彼らはこれより、悪鬼の如き所業を行なうのだろう。
スティナはこの好意を素直に受けさせてもらうことにした。
「ええ、そうさせてもらうわ」
この後に行われるだろうこの世の地獄のことなど何一つ想像だにしていない、という顔でスティナは笑い返した。