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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第十一章 カヤーニ牢獄
182/212

182.ハチナナハチ・ハチサンニ


 カヤーニ牢獄への襲撃にはイェルケルとスティナの二人で当たる。

 当たり前だが、この二人にとってここへの侵入なぞ朝飯前の散歩ついでにできる程度のことで、建物を取り囲むそそり立つ壁を飛んで越えた後、二人は向き合って一つ頷くと二手に分かれる。

 スティナは防衛戦力の撃破、イェルケルは情報収集だ。

 スティナが騒ぎを起こし、そちらに兵士が向かうのを確認してからイェルケルは刑務所の中へと忍び込む。

 建物の中に入ってしまうと、天井裏のような隠れつつ移動できるような隙間の無い建物では、さしものイェルケルも隠れ続けるのは困難なので、建物の外にて、屋根の上のような場所に寝そべりながら外を移動する兵たちの話を聞いて刑務所内の警備状況を探る。


「おい! 急げよ! 敵に出会っちまったら最後って話聞いてないのかよ!」

「わ、わかってるって。えっと、鍵は、全部閉めた、よな?」

「っだー! 当たり前だろ! ほら行くぞ! 所員全員避難命令出てんだから逃げ遅れたらそれこそ命令違反でどやされっぞ!」


 二人組が建物に鍵を掛けながら出ていく。

 イェルケルは首をかしげる。


『エラク手際が良いな。……いい加減イジョラ側も私たちの情報を共有するようになってきたってことかな』


 そして現状を振り返ってみる。


『普通、こちらの手の内や戦力が敵に漏れたなら、面倒になったり不利になったりするものだと思うんだが……どっちかというとやりやすくなってる気すらするなぁ』


 無駄に人的資源を浪費したくないイジョラ側と、相手が魔法使いでないのならそれほど殺害に拘らない殿下商会側とで、利害が一致しているようだ。

 イジョラの魔法使いは魔法を使えぬ平民を損耗するに躊躇はないものの、だからと無為に浪費するほど愚かでもないのである。稀にそういったことが理解できぬ者もいるようだが。

 警備兵が逃げ出した後の牢に、イェルケルは悠々と潜入を果たす。入口から入り、身を隠すことすらせず堂々と通路の真ん中を通るのを潜入というかどうかは別として。

 警備兵の控室に立ち寄るとそこで鍵の束を手に入れ、再び姿を隠すでもなく堂々と通路を進む。

 牢区画への扉を開き中に入ると、囚人たちはそれぞれ十人ずつ部屋に入れられているのが見えた。

 とりあえずで手近な部屋の鍵を開け、扉を開いて中に顔を出す。


「おーい、ちょっと聞きたいんだがいいか?」


 理由も聞かされず今日はずっと牢に籠っていろと言われていた囚人たち。余計な仕事がないんなら楽でいい、と部屋で寛いでいた彼らの前に、ひょっこりと顔を出してきたのは見るからに貴族顔の青年だ。

 一瞬返答に戸惑った囚人たちであるが、自分勝手な魔法使いなんてものは見慣れている彼らは特にこれに逆らわず、この部屋で一番番号の小さい男が答える。


「は、はあ。なんでしょうか」

「ここで一番この牢獄に詳しい囚人って、どこの誰だかわかるか?」


 囚人たちは顔を見合わせぼそぼそと小声で相談する。

 ハチサンニかハチイチイチのどちらか、という答えが返ってくるとイェルケルは怪訝そうな顔に。とても珍しい、数字を並べた名前に戸惑っているのだ。

 とはいえあまり怪しまれるのも良くないと思い、適当に話を切り上げる。そして当たり前に鍵をかけ直す。イジョラ魔法王国の転覆を狙うのならば囚人の解放も悪くない手段なのだろうが、治安の悪化はイェルケルの望むところではない。

 それに今鍵をかけたのはそこまで考えてのことではなく、牢獄の扉を開いたのなら閉じなくては囚人が脱走してしまって問題だろう、と統治側視点で当たり前にものを考えていたせいである。

 基本、真面目な人間ではあるのだ、イェルケルは。

 教わった牢は独房であり、そこにはハチサンニと呼ばれる中年の男が一人。イェルケルは怯えさせぬよう笑顔で挨拶しながらここに入る。

 ハチサンニは石の床に座ってイェルケルを見上げている。その前にイェルケルもまた同じように座る。


「……少し、寒いか?」

「こんなもんだろ」


 イェルケルは懐の内よりパンを一つ取り出し、ハチサンニに手渡す。


「食えよ。全部食べちゃえば看守にもバレないだろ」


 毒味のつもりか、イェルケルは手渡したパンの端を千切って取り自分の口に入れる。ハチサンニはそれを見て、じっとパンを見下ろした後で、ゆっくりとこれに噛みついた。

 囚人用のパンと今イェルケルがどこからか持ってきた看守用のパンは、明らかに物が違う。その違いに、ハチサンニは二口目を食べる前に一度口を止めるも、その後は特に何を言うでもなく黙々とこれを食べる。

 全てを食べ終えた後で、ハチサンニはイェルケルに目を向ける。


「で?」


 いきなり現れたイェルケルを怪しむでもなく、かといって敬語を使うようなこともなく、淡々と受け入れるハチサンニにイェルケルの方が戸惑ってしまう。

 対応に困った時、イェルケルは大抵の場合素の自分がそのまま出てしまう。こういったところは諜報に全く向かない性質であろう。

 高圧的に出ることもなくあくまでお願いである姿勢を崩さぬままに、この牢獄での生活や魔法使いのやる実験の話を聞く。

 ハチサンニもイェルケルが明らかに怪しいのがわかっていても、特に逆らうでもなく聞かれたことには丁寧に答える。


「……そういやさ、そのハチサンニって名前、珍しくないか?」

「正式にはハチナナハチ・ハチサンニだ。牢に入った順に数字が割り当てられる」

「それは……悪い、知らなかった。本名は?」

「ん? ……ああ、そうか、別にこの名前を嫌ってるわけじゃない。わかりやすいしな。今の名より前の名前の方が俺はよほど嫌いだよ」

「そうなのか?」

「前の名は、俺が馬鹿やった時の名だ。そのせいでここに居るんだから嫌いにもなるさ」

「いったい何やらかしたんだよ」

「……聞くな」


 質問に文句を言われたのはこれが初めてだ。なのでイェルケルはこの点を追及するのをすぐにやめた。

 色々と聞いた話をまとめると、この牢獄の囚人は全員が魔法の研究に協力させられているそうだ。

 その結果、かなりの数の囚人が死亡していると。刑務所の待遇自体はそれほど悪くはないが、いつ自身の身体が破裂してもおかしくないような環境で生き続けるのは、待遇云々の問題ではないだろう。

 囚人たちの様々な死亡例は、さんざ戦場で敵を殺してきたイェルケルですらドン引くようなものばかりであった。

 体中が強烈に熱を帯び全身が沸騰するだの、逆に急激に熱を失い体液全てが凝固するだの、突如全身を苦痛が襲いこれが丸一日続いたところで発狂死しただの、聞くに堪えないような話ばかりだ。

 苦しむ余地のない即死が幸福に思えるような死に様が、いつ、誰に、何故襲い掛かってくるかわからない。そんな恐怖の中過ごすのだから、恒常的に精神の均衡を崩す者が出てくるような場所である。

 実際にその立場にある者から具体的に生々しく語られると、イェルケルにもその恐怖の一端が理解できた。当初、イェルケルが想像していたものよりずっと、苦しく辛い場所である。

 ハチサンニは自嘲するでなく、本当に愉快なことでも語るかのように言う。


「面白いものでな。研究対象とはいえ長く接していると俺たちに情が移る奴も出てくるらしくて、そうなってくると俺たちがいつも感じているいつ死ぬかわからないこの怖さを、連中も共有しちまうんだと。そうなるともう看守だろうと魔法使いだろうとまともに俺たちに接することができなくなる。それは、アイツらからすればとても困ることらしい。笑えるよな、勝手に研究材料にして殺しにかかっておいて死に方が無残過ぎるって勝手に同情して仕事ができなくなって、それをやられたら困る、と来た」


 全然笑えん、とは思ったがイェルケルは無言。彼は続けた。


「困るもんだから、俺たちに言うわけだ。魔法使いや看守に対し同情を買うような態度を取るな、と。もし彼らが仕事ができなくなったら担当していた囚人に罰を与える、だそうだ。かといって連中に嫌われる、嫌がられるようなことになったらそれもまた問題だ。連中の機嫌次第で俺たちへの実験の内容も変わってくるしな。ホントもう、いったいどうしろってんだと」


 仕事の愚痴を語るように、おどけた様子でそんなことを言うハチサンニだが、やっぱりイェルケルはまるで笑える気がしない。

 イェルケルの目から見てもこの男、それなりに教養もあり知性もある男のようで、相手を引き込んでくるような面白い話し方をしてくるのだが、内容が内容なので下手な反応が返せない。


「長くここに居るような魔法使いはその辺のさじ加減がしっかりしててな。きちんと俺たちを人間以外であるように扱ってくるわけだが、そうした態度とか見方とかってこっちにも移るんだわ。囚人たちの中にも、同じ囚人を見る目が人間以外の虫か何かかと見るようにする奴らもいる。良い手なんだぜこれ、何せ人間以外なんだからソイツらが幾ら死んだところで自分も明日死ぬかもなんて思わないで済むんだからさ」


 ふと、イェルケルは気付いた。ハチサンニに話を促したのはイェルケルだが、ハチサンニもまたこういう話をしたかったのではないかと。

 時折イェルケルが合いの手を入れたり、話の内容を確認するようなことを問うと、ハチサンニはそうなんだよ、と言いながら嬉しそうに答えてくる。

 イェルケルは情報収集の目的だけでなく、この男の話に付き合おうと決めた。同情やら憐憫やらが無いわけではない。だが、決めた理由はもっと単純なもので、イェルケルがこの男を気に入ったというだけだ。

 自分が直面しているイェルケルが想像だにしない苦行に対し、せめても笑いでも取ってやろうとばかりに面白おかしく話そうとする、投げやりなんだか根性が据わっているんだかよくわからないような所を、イェルケルは面白いと思えたのだ。話の内容はどれだけ聞いても全然笑えないものだったが。

 だが、次の質問をされた時、さしものイェルケルも大いに怯んでしまう。


「なあ、俺さ、外の人間に一度聞いてみたいと思ってたんだ」

「なんだよ」

「俺はさ、外で人を三人、ぼっこぼこに殴り倒したんだ。全員骨の数本も折れてただろうよ。まあ俺にもそうした理由もあるんだが、確かにどう考えてもやりすぎたわありゃ。だからさ、とっ捕まっちまっても仕方がないとも思うんだ。でもさ、それでも、だ、俺はずっと思えて仕方がないんだが……」


 ハチサンニは不安げに、イェルケルの顔をじっと見つめる。


「俺のやったことってさ、こうまでヒデェ目に遭わなきゃなんねえようなことかな」


 ここに来る前イェルケルは考えていた。牢獄には罪があって入れられたのだから、魔法の研究材料になるのも仕方がない。イジョラの法に従い正当な裁判でそうされたのなら、イェルケルが手を出すべきものではない。

 そんな風に考えていた過去の自分を、イェルケルは殴り飛ばしてやりたくなった。

 羞恥と申し訳なさとで、すぐに言葉も出せない。

 だがハチサンニの顔を見ればわかる。彼はイェルケルに嫌味を言っているのでもなく、イェルケルを非難しているのでもない。彼は、言葉に出した通り、疑問に思っているだけだ。公平な第三者からの視点での答えを欲しているだけなのだ。

 だからイェルケルは自分の思いを押し殺して答える。


「そんなわけない。幾らなんでもやりすぎだろ」


 ハチサンニは破顔した。それこそ目尻に涙を溜めるほど大きく笑って言った。


「だよなぁ、そうだと思ってたんだ。絶対、やりすぎだよなぁ、コレ。はははははははははははははははは……」


 やっぱり、イェルケルには笑える気がしなかった。



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