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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第十一章 カヤーニ牢獄
180/212

180.獄卒隊


 凄まじい魔力の込められた魔剣『トゥリヴオリの剣』は、下手な人間に持たせるとそれだけで死んでしまうという危険なシロモノである。

 そんな危険物を鞘すらない状態で持ち歩かなければならないイェルケルはとても嫌な顔をしていたが、イェルケルの三騎士、スティナ、アイリ、レアはといえばこの剣を見て無邪気にはしゃいでいる。


「おおー、良い剣。それに、変な気配っていうか、重さみたいなものある」

「うむうむ、これが魔法の剣というものか。何が素晴らしいかといえば、こうした本物には無駄な装飾なぞ存在せぬことよ。本物とはこうでなくてはな」

「いや装飾削るのはいいけど、鞘まで削ることはないでしょ。誰かが間違って触って死んだらこれ、私たちのせいになるんじゃない?」


 そもそも鞘でこの魔法の力を防げるのかという問題もあるが。

 どの道下手に振り回して折りでもしたらもったいないので、布で頑丈にくるんでイェルケルが背負う形で持っていくことにした。

 ちなみに三騎士は全員が手に持っても全く問題はなかった。もしかしたら他の人間が持っても大丈夫なんじゃないか、と三騎士は言ったものだが、それを試す気にはなれないイェルケルだ。

 イェルケルたちは合流すると、こうしてイェルケルの持参した魔法の剣で少し盛り上がった後、これを休憩とし、すぐに山を走り下る。

 山を走ることに慣れているイェルケルたちは、下りだから楽、だなんてことは思ってはいない。だが、山頂研究所を落とした後、即座に下山しカヤーニ牢獄及びカヤーニ研究所を襲撃する予定であったので、その通りにしているまでだ。

 山頂まで走り登り、上で一戦交えた後、山頂から山裾まで駆け下りてそこでまた戦である。それでも戦いの前に呼吸を整え水を口にする余裕さえもらえるのならば、殿下商会は連戦を忌避しない。この程度のことで、彼らの戦力は低下したりしないのだから。

 山の麓まで辿り着くと、四人は二手に分かれる。イェルケルとスティナはカヤーニ牢獄へ、アイリとレアはカヤーニ研究所へ。山頂襲撃の報を魔法にて受けていたとしても、この短時間でならば大きな対策は取れないだろう。そんな予測による速攻である。





 アートス・ウトリオ副所長の怒声が響く。


「第三通路に五人回せ! 第六ラボの十三人は全てこちらに寄越せ! 予備兵力にする!」


 彼のもとには続々と近況が寄せられる。


「ムネデカ第三通路侵入! 駄目です! 止まりません!」

「ムネナシ広場突破しました! チクショウ! 壁ぶちやぶって侵入してきやがった!」

「ムネデカ対策間に合いません! 第四通路前に二十人集結させました!」

「ムネナシ用十人! 後を追っていますが間に合いません! 届く足止めは三人だけ! これでは二階への侵入防げません!」


 報告者全てにその後どうするかの指示を出すアートス。

 二人のチビ侵入者に対する呼称は、誰が言い出したかは知らないがとてもわかりやすいのでアートスもそのまま使い続けている。


「ムネデカはもう魔法使い使って魔法壁で物理的に通路を遮断しろ! ムネナシには第六ラボのすぐ持っていかせろ!」


 予備兵力がもうない。手配する側から消費させられていくのだからたまったものではない。

 だが、後少しで手配が追いつく。

 そして待ちに待った報告が届けられる。


「シュルヴェステル様と獄卒隊! ムネデカと接触しました!」

「よーし! ようやくこれで反撃に動ける! 残る全戦力をムネナシに叩き込んでやれ!」


 本来は開けた空間である外でシュルヴェステルたちが迎え撃つ予定であったのだが、外は嫌だ、とシュルヴェステルが駄々をこね屋内でのんびり茶を飲んでいたところに襲撃を受けたのだ。

 敵の目的が見えないため、どういった侵攻路になるかが全く予測できず、あっちこっちとシュルヴェステルが無駄に動くせいもあり、二人の侵入者にはかなり好き放題やられることになってしまった。

 だが、侵入者二人がバラけて動いてくれたのは好都合だ。シュルヴェステルと獄卒隊五人を一気に投入し、一人ずつ順に殺していくことができる。

 アートスはこれまでに負った損害を考える。

 戦闘向けの研究用検体はほぼ全て出しきってしまったし、報告で聞くだけでも既に三十は殺られている。

 この一人一人に一体どれだけの金と時間がかけられているか。考えるだけで眩暈がしそうである。

 それもこれも、シュルヴェステルが言われた通りに広場で待ち構えていれば防げた損失だ。苛立たし気にアートスは心の内を吐き出そうとしかけて思いとどまる。


「……近衛並みを二人同時に迎え撃たずに済んだ、そういう考え方もあるか……」


 シュルヴェステルと獄卒隊五人で近衛二人分と考えれば、敵の二人と同時に戦ってしまえば勝率は五分。それを各個に撃破できるようになったのだから、三十人の損失は無駄ではなかった。そう自分に言い聞かせる。

 報告者がまた駆け込んできた。


「ムネナシの包囲完了しました! ですがアイツ! 射撃魔法がぜんっぜん当たりません! 狭い通路なのになんでかどうしてかどうやっても当たらないんです!」


 まだまだ犠牲は増えそうだ。アートスは深く深く嘆息するのだった。





 牢獄将シュルヴェステルは、通路の先にいるその少女を見て、神の実在を確信した。


「おお……おお、おおおおおおっ。なんという、なんということだ。かつてこの俺が見た奇跡の少女、五年の年月によって失われたあの奇跡が再び! この俺の前に現れようとは!」


 シュルヴェステルをこの場所まで案内してきた魔法使いは、あの恐るべき侵入者、通称ムネデカをシュルヴェステルが知っていることに驚く。


「お知り合いなのですか?」

「馬鹿者! 知り合いにはこれからなるところだ!」

「……あ、はい」

「そう、あれは五年前……」

「え? なんで語り始まるんですか?」

「いいから聞けい! 俺が愛を知った最初の衝撃! そう! 幼き身体でありながら妖艶さ漂う巨大な胸! そのあまりの美しさに俺は彼女をその両親ぶち殺してつい奪ってしまったのだ!」

「……あー、はい……」

「だが! そうだがっ! 彼女は……失われてしまったのだ……出会って一年目はまだ良かった。だが二年目、三年目になる頃には背も、伸びて、しまったのだ……なんということだ。それではただの胸のデカい女ではないか……神の奇跡は、時間制限のある、ものであったのだ……」

「(これ、余計な口出ししない方がいいやつだなきっと)」

「その時の絶望がわかるか!? もう二度と恋なぞしないと……俺はその時誓ったものだ……」

「(アンタのドデカイ図体から恋とかいう言葉聞くと、漂うやっちまった臭がすげぇなおい)」

「しかし! 見よ! あそこに見える至高の少女を! あれこそ! 彼女こそ俺が探し求めたいた女神そのものよ! これで向こう二年はまた至上の喜びに浸れるわ!」

「(あんだけの美少女二年だけで捨てる気かよ。ほんともー、元近衛って奴ぁどんだけ贅沢に生きてんだか。二年後に是非この私の名前を思い出していただかなければっ)」


 魔法使いがこれからの二年間を全てシュルヴェステルへのご機嫌取りに費やす覚悟を決めたところで、標的であるムネデカが動き出した。

 ただそれは戦闘開始といった動きではなく、すたすたとのんびり歩を進める、そんな感じであり、彼女ムネデカことレアはシュルヴェステルに向かって声を掛けてきた。


「ねえ、貴方がシュルヴェステル? 元近衛の」

「ほう、俺の名を知っておるか。感心感心、優れた戦士の名は……」

「気持ち悪いから口閉じてて。まずは先に、そこの五人だよね」


 レアの言葉にもシュルヴェステルは余裕を崩さず。


「ふふっ、そういった反抗的な態度もまた良きものよ。そういう女が俺の魅力に……」

「(この顔でこの人色男のつもりなんだよなぁ。正視に堪えないってなこのこと……っとイカンイカン。ご機嫌を取らなければっ)シュルヴェステル様ならものの二秒で虜にしてしまうのではありませんか?」

「ははははは、お前もよくわかっているじゃないか!」


 シュルヴェステルは配下の五人、獄卒隊に攻撃を命じる。もちろん、生け捕りを厳命しつつ。

 一瞬、連中がきちんと本気出すまでレアは手を抜いてやろうかと思ったが、相手が勝手に手加減するからとこちらも付き合う理由はないと思い直す。

 通路は案外に広い。通路中央に立つレアが、両手を伸ばしても通路の壁には全然届かず、剣を伸ばしてもまだ届かない、そんな広さがある。

 獄卒隊五人はこの通路幅を活かすべく、五人が一気にではなくまずは二人がレアの前方より攻め掛かる。

 左の男が剣を振り上げるのと、右の男が剣を振り下ろすのが同時。さすがに連携慣れはしているようだ。

 レアは半身を引いて片方をいなしつつもう片方は剣で弾く。だが、いなされた方はそれを狙っていたのか、そのままレアの後方へと走り抜ける。その踏み出しの速さが人間離れしている。


『げっ』


 思わずそんな声が出そうになるレア。通路の一方からのみ攻め掛かられていたのが、一人背後に回られてしまったのだから已むをえまい。

 一人目が後方に抜けた穴を即座に別の男が埋め、レアへと剣を伸ばす。あまりに滑らかにこの男が滑り込んできたせいで、レアは反撃の間が取れずこの男の先制を許してしまう。

 左方の男が仕掛けてくるのは、ほんの僅かに間をずらしながら。更にそこから死角に入り込みつつ後方へと抜けた男も動いている。全くの同時ではなく、レアがかわす動きをするのを見てからこれを妨げるように続く者たちが動くのだ。


『狭いのと、速いのとで、ほんとっ、やりにくいっ』


 レアが動く空間を潰すようにこの三人は動いているのだ。そしてその押し込むような動きの最中、今度は左方の男が急加速。二人目の男が後方に抜けるのを許してしまう。

 前三人、後ろ二人。

 配置が完了するなり五人組は一気呵成に襲い掛かってきた。

 この五人組、図体はデカイのに恐ろしく速い。

 受けに回ったレアの剣がひっきりなしに悲鳴を上げるのは、四方八方より五人組の剣撃がレアを襲いこれを防いでいるせいだ。

 最善は避けるであるのだが、なかなかどうして、速さと連携にてレアに全てを避けさせてはくれない。そして受けに剣を使わされているせいで攻撃にうつることができない。

 だが、それだけだ。五人組はレアの体勢を崩すことすらできない。五人で周囲を取り囲み、死角をついて攻撃するなんて真似を延々繰り返していながら、受け手のレアの動きが破綻する様子はまるでないのだ。

 それを、素人ではない達人と称するほどの腕利き相手に行なう難しさは、元近衛であるシュルヴェステルには当然伝わっている。


「……むう、なんたる動きよ。これはさしもの……いや、だが、あの逸材は惜しい、惜しすぎるっ……」


 命じた手加減を撤回すべきか、判断に迷う。これほどの腕利き相手では、いかな獄卒隊とはいえ無傷で捕らえるとはいくまい。

 獄卒隊とレアと、シュルヴェステルは脳内で天秤にかけ、そして結論を出す。


「うむ、俺は、俺の道を行くべきか。迷ったならば取るべき道は一つ、女に決まっておろう!」


 彼は女好きだった。かなり特殊な趣味付きで。

 もちろん計算もある。獄卒隊はこれを作り上げた者がいるのだから、補充の可能性もありうるが、レアの美貌と体型は一度見逃せば二度とはお目にかかれまい。

 完璧な理屈にうんうんと満足気に頷くシュルヴェステル。その表情が凍り付いた。

 五人組、獄卒隊がその時見せたのは、ほんの微かな連携の齟齬であった。

 それこそシュルヴェステルの目で見てすら、その程度ならば見逃してやる程度の連携のズレ。そこに生じた隙間を縫うように、レアの剣が伸びた。


「あ」


 といった声はレアが発したものだ。

 その一撃はレアにとってすら思いも寄らぬもので。これ程の連携をこなす者たちがこのような隙を見せるわけがない、レアもそう思っていたのだが、いきなり飛び込んできた予想以外の隙に対し身体が反応してしまったのだ。

 脇腹を深く切り裂かれた男は、たたらを踏んだ後壁にもたれかかるようにして倒れ、二度と立ち上がることはできなかった。

 残る四人は大きく後退する。これもまた隙と言えば隙であるのだが、レアは思わぬ一撃を出してしまったことに驚き反応が遅れてしまった。

 そしてレアより驚いたのがシュルヴェステルだ。


「なんだと!? おい今見逃したぞ! ちょっ誰か何があったか説明しろ!」


 シュルヴェステルの言葉に律義に答えるのは獄卒隊五人組の一人、黒鬼である。


「紫鬼と白鬼が連携の繋ぎで僅かに隙を見せ、これを突かれ白鬼がやられました」

「なああああにをやっとるかこの馬鹿者が! ……いや、お前らが連携外しただと? おい、そんなものここしばらく見ておらんぞ」

「隙と呼ぶにはあまりにわずかなものでしたので。訓練中ならばあれを隙とは称しません」


 とても苦々しい顔になるシュルヴェステル。彼は彼で、獄卒隊の能力を認めている。彼らがシュルヴェステルを相手に、誤魔化すような発言をするはずがないことも。

 つまりあのシュルヴェステルが執着している女は、獄卒隊五人に囲まれその連続攻撃を受けていながら、僅かな隙を縫って内の一人を仕留められるような人間であるということだ。

 その脅威度を、見誤ったりはしない。


「ええいクソ! なんて日だ今日は! ぬか喜びとは正にこのこと! お前ら! 捕獲は不要だ全力で行け! いやさアレを使ってやれい!」


 レアを取り囲んでいた獄卒隊は一度シュルヴェステルの前に四人が集まる。

 レアは動かず。何かあるというのなら見てみたくなる。こういった悪癖はアイリのそれが移ったものか。いや、必ずしも悪癖だけではない。後方に待機しているシュルヴェステルだ。これが全く動く気を見せないのを警戒しているのだ。

 魔法使いなのは間違いない。それも近衛であったというのなら、つい先ほど戦った空を飛びレアほどの戦士が思わぬ不覚を取った相手と同格であるということ。警戒を怠るなんてことはできない。

 できないのだが、レアは怪訝そうな顔でじっとシュルヴェステルを見つめる。


『……んー、というか。隙を窺ってるって気配、でもない、よねあれ? 鍛えてある、そんな身体と所作だけど……え? でも、ちょっと変、じゃないあれ?』


 そうこうしている間に、四人組となった獄卒隊に動きが。

 彼らはシュルヴェステルの前にて、ゆっくりと呼吸を整え、揃えて、そして動き出す。

 四人が縦一直線に並び走る。こうするとレアの視界では敵を一人しか視認できない。

 足元を見てもそうなのだから、この四人の動きの揃え方は並々ならぬ。そして、そこからが圧巻であった。

 レアの左方、右方、正面下、正面上。四方向より同時に来た。

 並んで走っているのだから、前の男と後ろの男でレアまでの距離に間合いに差が当然ある。だが同時なのだ。

 鍛えに鍛えた珠玉の技量は、時に魔法をすら凌駕する。それは他ならぬ殿下商会が証明してきたことだ。獄卒隊もまたそんな至高の高みへと辿り着いていたのだ。

 先頭の男、その背後より三人が飛び出し、先頭の男と共にレアへと襲い掛かる。

 これに対しレアはもう反射のみで対応する。考えていたら間に合わない。

 左方に踏み出し剣を受け、踏み出した分遅れた右方よりの剣を続いて弾く。

 この動きと同時に行なったのは上半身を深く沈めて正面上よりの攻撃をかわすことと、下方よりの剣を足裏で踏みつけ止めること。

 レアが踏みつけた剣を黒鬼が力任せに持ち上げると、レアはこれに逆らわず大きく後方へと飛び下がる。

 そして喚くシュルヴェステル。


「ばっ! 馬鹿な馬鹿な馬鹿なああああああ!! あれを! かわせる人間がこの世にいるはずなかろうがあああああ! あのヨエルですら初見ではかわせなんだぞ!」


 それほどの技だからこそ反撃が飛ばなかったのだが、シュルヴェステルにはそれだけでは不満であるようだ。


「これは何かの間違いだ! よ、よしっ! もう一度やってみせろ! そうすれば信じてやろうではないか!」


 レアはそう命じられた時の残る四人の獄卒隊の表情を見た。

 いや表情には表れていない。だが動きを見ればわかる。無念さが、その動きよりにじみ出ていた。だがもちろん、容赦してやる義理はレアにはない。

 再び一直線に並んだ四人の獄卒隊。


『馬鹿な上役かぁ。経験はないけど、そのせいで死ぬとか、想像するのも嫌なぐらい、ロクでもない気分なんだろうね』


 彼らにもわかっているのだ。レアほどの達人相手に、同じ技を二連続で行なうことの危険さが。

 獄卒隊は無意識に伸ばした剣で斬れた。近接戦闘中にもかかわらず魔法使いの不可視の盾を使っていなかったのだ。その後の動きもあくまで人間の範疇。つまり、彼らは魔法使いでない可能性が高い。

 魔法使いの不可視の盾を使えない可能性が高いのだ。

 ならば。

 レアは手にした剣を肩越しに大きく後ろへと振りかぶる。その挙動を見た先頭の男は、後ろの皆に散開を指示し飛びのこうと動くが。


『間に合わない、よ』


 レアは剣を投げ放った。

 先頭の男の腹を貫く。この威力を少しでも削がんと先頭の男は両腕を剣の前に出そうとしていたが、投擲があまりに鋭すぎその軌跡を見極めることができず。

 先頭の男を貫いた剣は、彼の身体で遮蔽となっていて剣が見えない後ろの三人の男たち全てを一投で貫き、全てを一撃で決したのである。

 それは確実な致命傷であったが、それだけで男たちは膝を屈したりはしなかった。

 四人全員が、腹を貫かれていながら誰一人倒れることはせず、必死に足を踏ん張り立った状態を維持している。いやそれだけではない。先頭の男などはそのまま一歩一歩進んでくるではないか。

 何が彼をそこまで駆り立てるのか。魔法による改造を受け、著しく減少した寿命を知り、せめても短いその生を与えられた力をもって雄々しく生きよう。そんな覚悟が彼にはあったのだ。

 それをシュルヴェステルは忠誠と受け取ったが、男にとって、そんな彼の勘違いもどうでもいいことであった。


「……俺は、決して、負けぬっ!」


 先頭の男の頼もしき背中に導かれ、後ろの三人もまた彼に続く。

 一歩づつ、確かな足取りでレアへと進む男。その背後より一人、また一人と倒れる音が聞こえても、彼は決して歩みを止めなかった。

 レアの心の内に憤怒が宿る。これほどの戦士を、レアの剣筋を見切るためだけに使い捨てにしたシュルヴェステルなる男に対して。

 本来はそうすべきではないのだろうが、レアはこの戦士に対し、全力の打ち込みにて彼の覚悟に報いることにした。

 見えていても絶対に受けきれない。そんな一閃。

 男の胸元へと伸びる剣は、それが突きなのか斬っているのかすら男には判別できない。あまりの見事さに、思わず不退転の決意すら忘れかけてしまうほど。

 男は一言、燃え尽きる前に残してやろうと思ったが、口はもう動かない。なので仕方なく男は、良き剣だった、と頷いてから意識を手放したのであった。


 彼を見送った後、レアは残るシュルヴェステルへと目を向ける。不意を突き飛び込んでくるような気配が無かったので、こちらの戦いが終わってから手を出してくるのだろう、レアはそう思っていた。

 だが目を向けたレアの目が驚きに見開かれる。

 カヤーニ牢獄における武の頂点、牢獄将たる元近衛シュルヴェステルは、気配を隠しこの場から逃げ去った後で、レアが見たのは彼がちょうど通路奥の角を曲がるところだった。

 その焦りに焦った表情を見て、レアは怒りを覚えるより先に、あんなのが真剣にレアと戦うべく準備している、と考えてしまった自分の見る目の無さが恥ずかしくて仕方がなかった。

 でも、とレアは倒れた戦士を見下ろす。


「この人の誇りは、あんなののためにあったんじゃない、ってこと、でいいのかな。そうなら、嬉しいんだけど」


 彼の目は、シュルヴェステルが逃げる時間を稼ぐ、といった目ではなかった。己が存在全てを賭して、勝てぬを勝つため不可能に挑む挑戦者の目である、と思えたのだから。


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