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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第二章 アジルバ市街戦
18/212

018.イェルケル、アイリ、スティナ、キレる


 建物に入ってすぐに、すえた臭いが鼻についた。

 一応掃除はしているようで壁も床も綺麗なのだが、そもそもこの建物自体にこびりついているかのように不快な臭いがしてくる。

 こちらは建物に入るなりすぐに人が一人イェルケルの側に来た。


「おっと、お客さんかい?」

「……ああ、見せて、もらえるか?」

「いいけど、金はあるんだろうな? こちとらひやかしに付き合うほど暇じゃねえんでな」

「それはこちらの身なりで貴様が勝手に判断しろ。まさか、お前の前で俺の持ち金出して見せろなんて寝言をほざいてるわけではあるまい」

「まったくで、いや失礼しやした。ご希望は?」

「数がいるんでな、一番安いのから見せろ」

「あいよー」


 そう言って男は建物の奥に向かう。これについていくイェルケルとアイリだったが、途中奴隷が押し込められている牢をたくさん見た。

 牢屋というよりは、家畜小屋とでも言った方が良いだろう。長い長い廊下の片側に部屋がしつらえており、簡易な柵で廊下と部屋とを分けている。

 一つ一つの部屋は狭く、そこに多数の娘たちが押し込められており、彼女たちはそんな不快な住環境にも文句一つ言わず、ただ静かに俯くのみである。

 ただ、どこからともかく、女の悲鳴と嗚咽が聞こえてくる。これに誰一人、反応しようとせぬ様はあまりに不気味であった。

 男はとある一角に入ると、イェルケルの方に向き直り言った。


「もし今までので気になったのがいたらお試しも構わないぜ。へっへっへ、そのための部屋もあるからよ、ま、役得って奴さ。もちろん役得だけ狙おうなんてふてえ野郎は即座にぶっ殺されることになるがな。あー、そうそう本気で嫌がる女だの、どっかが欠けた女がいいだの、子供が最高だのって細かな要求にも金次第で応じられっからよ、そーいうのあったら是非言ってくれよ」


 そう言って下品に笑った男は、手を伸ばして部屋を指し示す。


「ここからがずっとそうだな。まー安い理由も見りゃすぐにわかる。何に使うかによってはコレでも充分役に立つから、その辺はアンタが自分で判断してくれや」


 安い部屋には子供や年かさの者が多かった。

 また体の部位を欠損している者もこちらにいる。その内半数は、欠損部位に目新しい包帯が巻かれており、そこに赤黒い染みが見えた。

 安い部屋の者たちは、それまでの部屋とは比べ物にならないほど静かである。皆ぴくりとも動かず、イェルケルが部屋の前を通っても全くの無反応。

 イェルケルが完全に表情を消してしまったのを見て、男は少し焦った様子で中の奴隷の一人に柵の前まで来るよう指示する。


「旦那、こいつらいつもはこうして静かなんだが、ほら見てみろよ」


 呼ばれた少女は左腕が肘から欠けており、そこに包帯を巻いていたのだが、この少女の包帯部を男は強く鷲掴む。

 少女のくぐもった悲鳴が上がる。


「な、ちゃんと声も出るし元気もある。きっちり躾もしてあるから……」


 男はそれ以上言葉を発することがなかった。ただ、ゴンという強い音だけが廊下に響く。

 フードを深く被ったままのアイリが、震える声で言った。


「……だから、言ったのです」


 ゴンッ!


「ここには来るべきではないと、そう言ったではありませんか」


 ゴンッ!


「このような非道を見せつけられ、我慢なぞ、できるはずが無いではありませんか。前に来た時も、これだけは我慢できなかったというのに」


 ゴンッ! この響く音は、アイリが先の男の頭部を片手で掴み、廊下の柱に叩きつけている音だ。男の頭部前半分は既に完全に砕け潰れていたが、アイリの手は止まらず何度もこれを柱に叩きつけ続ける。


「おい、何が……っててめえ! 何だそりゃ! おい! お前ら出てこい! 襲撃だ! 殴りこみだ!」


 頭部を完全に消失した男から手を離したアイリは、さして興味も無さそうにこちらへと駆けてくる男たちに目を向ける。

 ただ、それより先にイェルケルの居る方に走り寄ってきた男がいた。


「おい! てめえら何の……」


 イェルケルに迫り寄ろうとした男の頭部が、真横に吹っ飛び壁へとめりこむ。イェルケルが振り上げた右足が、男の頭を薙ぎ払ったのだ。


「アイリ。我慢と言ったか? 何故私が我慢しなければならない。それにアイリ、お前はそれを潰したこと、少しでも悪いと思っているのか? その人間の屑を、生かしておくことがカレリアのためになるとでも?」


 アイリのもとへ辿り着いた男が二人、同時に殴り飛ばされる。そのあまりの勢いに、右の男は壁を突き破って外に飛び出し、左の男は奴隷部屋へと叩き込まれる。


「まさか! 我らの存在意義を考えれば、このような下衆共ただの一人も生かしておくべきではありませぬ」


 イェルケルの方に飛び込んできた三人。肘を使って先頭の男の顎を打ち抜き、もう一人の頭を片手で掴んで引きずりまわしながら残る一人の顔面に頭突きを叩き込む。

 頭を掴んだ男の首を捻った後、顎を打ち抜かれた男が膝を突いたところで、真横から蹴り飛ばして首を折り、頭突きをもらった顔を押さえた男の急所を蹴り上げる。


「だよなぁ……おっ」


 今度は人数を揃えてから来たのか、イェルケル側に二十人、アイリの側からも二十人、廊下を二列に並んで突っ込んでくる。もちろん全員、武器を手にしている。

 イェルケルは口の端を上げながら言った。


「おお、抜いたか。なあ、アイリ、連中抜いたぞ」


 イェルケルからは見えないが、アイリも恐らく笑っているだろうことはその声から察せられる。


「確かに、私にも見えました。抜きました、抜きましたなぁ。では、仕方がありません。気は乗りませんが、しょーがないですなぁ」

「まったくまったく。我らもまた我が身を守らねばならぬ。アイリ、抜け。そして斬れ」

「はっ!」


 二人は同時に抜刀し、それぞれの敵へと目掛け一直線に突っ込んでいった。






 スティナがそれを知ったのは、調査の最中のことであった。

 情報が集まるのはやはり商人街が一番であり、その一角にあるとある大商人の館に忍び込んでいたのだが、そこに入った報告を聞いてスティナは、とても嫌な予感がしてきた。


「……下級奴隷売り場に、狼藉者が殴り混みました。とんでもなく腕の立つ奴らでして、ウチの連中じゃ手に負えません。申し訳ありませんが、領主様の軍の派遣を……」


 スティナは隠れていた天井裏から音も無く離れ、奴隷売り場へと向かった。

 辿り着いた先では、スティナが予想したより遥かにヒドイ惨劇が繰り広げられていた。

 奴隷売り場の壁が崩れ落ち、そこからのそりと姿を現したのは誰あろう、主イェルケルであり、その後から飛び出してきたのは同僚のアイリだ。

 二人共目の色が変わっていて、次々襲い来るゴロツキ共を一切の容赦なく片っ端から殺して回っている。

 その場所と二人の様子から何が起こったのかは即座に察しえたスティナ。以前来た時から地理が変わっていないよう祈りつつ、スティナは走る。

 暴れ回る二人の側に、フードをかぶったまま接近。殺気だったイェルケルとアイリであったが、二人にだけ見えるようにスティナがフードの中を見せてやると、二人共一瞬で目の色が変わった。それまでとは逆の方向に。ついでに顔色までも。

 スティナがついてこいと合図を出すと、二人共無言でこれについていく。

 当たり前に追撃はあったのだが、幸い街はスティナが知っていた頃とほとんど変わっておらず効率的な道選びができたのと、三人の足が並外れて速かったおかげで振り切ることができた。

 スティナはそのままいつの間にか用意していた、隠れ家である小さな屋敷に二人を呼び込む。

 宿の荷物も既にこちらに移してあり、馬だけは専用の厩舎に預けてある。怪しい動きをしてもそう容易くは目につかぬよう、スティナは街に来てすぐこれを準備していたのだ。

 その屋敷の地下室、音も漏れぬこの部屋で、スティナはイェルケルとアイリの二人に直立不動を命じた。

 二人共、一切逆らう様子も見せず、びしーっと背筋を伸ばして立つ。

 スティナは、先程イェルケルとアイリがキレた以上の顔で、怒っていた。


「でんかーーーーーーーーーー!! いったい何をしてくれやがってんですかーーーーーーーーーーーーーーー!!」

「はいいっ!」

「かっ! りっ! にっ! もっ! 王族ともあろうお方が! 頭に来たからって十人も二十人もぶった斬るって貴方は子供ですか! 自制心の欠片も無い勢いで人を殺すクズ犯罪者と何が違うんですかこれ!? 言ってみてください! 腹が立ったからあいつら斬りましたってどこの法に! どこの王に! 顔向けできるっていうんですか!」


 スティナさん大激怒である。当たり前であるが。


「王族にだって思いつきで人を斬る権限なんてありませんよね!? ムカついたから我慢できずに叩っ斬るなんてここは戦場じゃないんですよ! まっ! ちっ! なっ! かっ! なんですよここは! そーんな所で剣振り回して大立ち回りってなーーーーーーにを考えてるんですか!」


 イェルケルも、スティナの怒声に対し一言も無いわけで。

 それからも延々スティナの憤怒のお言葉が続くのだが、イェルケルはもうただひたすらに平謝りしかない。実際、イェルケル自身も冷静になればやっちまったーとは思っているのだから。

 スティナはもう一方のアイリは放置のまま、いつまでもイェルケルを怒り続けていたのだが、怒鳴る内容が尽きたのか一呼吸を置く。

 ここがようやく巡ってきたイェルケルとアイリの反論ポイントであったのだが、当然二人共恐れおののいているので、反論なんてしない。

 すると次にスティナの矛先がアイリへと向かう。


「アイリッ! アンタもよ! 前に来た時言ったわよね貴女! 次は失敗しないって! なーーーーーーんでまた同じ失敗するかな!? しかも今回被害者の数が前の十倍以上になってるじゃない! より悪化してるってどういうことよ!」


 どうやらアイリは以前来た時にも似たような真似をしでかしたらしい。

 もちろんアイリもまたやっちまったという自覚はあるので、大人しく、というか恐々としながらスティナの怒声を聞いている。


「立場を考えればアンタが殿下を止めなきゃいけなかったんでしょうに! それをなんで一緒になって暴れてんのよ! もしかして騎士になったから何やってもいいとでも思ってる!? ねえ! それ自分のわがままで人を殺すあの豚親父共とやってること一緒なんだけど気付いてる!? ねえアイリ! アンタあの豚と同じ屑なの!? ねえ!!」


 スティナの怒声にアイリさん半泣きである。

 直立不動は崩さぬままに、俯き加減で目に涙を溜めているのだ。それでもスティナは一切の容赦なくアイリを怒鳴り続ける。

 イェルケル、アイリ、二人にとって地獄のような時間が終わったのは、この隠れ家に来てからおよそ二時間近く経ってからのことであった。

 さんざっぱら怒鳴ったことで、いい加減喉が痛くなってきたスティナは地下室から離れ、上の階で水を飲んでから戻ってきた。

 めっちゃくちゃな怒られっぷりにしゃくりあげるアイリと、これを慰めるイェルケル。

 水を飲み終えたスティナは、その頃にはようやく落ち着きを取り戻していた。

 スティナは恨みがましい目でイェルケルを見ながら、愚痴っぽく溢す。


「……まったくもう。でんかー、本音を言わせてもらえるなら、私、アイリが暴走しても殿下が止めてくれるだろーって期待してたんですよー」

「う、ぐぐぐ、す、すまない」

「あそこ、下級の奴隷扱ってる所ですよね? だったらそんなにヒドイもの無かったと思うんですけど……」

「……そんなことはない。見た時は怒りで眩暈がしたぞ。奴隷法が施行される前であってもあそこまでヒドイのは無かっただろうに」

「そりゃ今のアイツらは非合法活動でやってるんですから、あの頃より扱いも悪くなりますよ。にしたって……一番ヒドイのはあんな所には置いてないでしょうに」

「待て。待てスティナ。あれで、一番ヒドイものではないのか?」


 しまった、という顔で口に手を当てるスティナ。


「あー、まあ、そりゃ宰相閣下も奴隷法作るわねーってのも、アリます。見ない方がいい、っていうか絶対に見せませんけど」

「う、わ、わかっている。だが、あれは全て自らの領民なのだろう? バルトサール侯爵はいったいどういうつもりなのだ?」

「どうもこうも、基本自分が痛くなければ他はどーでもいいって類のイキモノですから。そーいうの、見たことありません?」

「……幾らなんでもあそこまでヒドイのを放置するなぞ……」


 と考えたところで、イェルケルの頭の中にそういう真似をしでかしたうえで笑っていそうな人間が幾人か思い浮かんだ。

 その中に自分の血縁の者まで居たことで、イェルケルは盛大にヘコみ沈んでしまう。


「でんかー。落ち込むのは後にしてくださーい。とりあえず今後のほーしんですよー」

「う、うむ。すまん」

「んじゃとりあえずアイリは私の手伝い。アンタ、この街じゃもう表に出られないんだから私の言う通りに潜入しなさい。拒否権なんて無いわよ」


 スティナとイェルケルが話をしている間にべそかきから復活したアイリは、顔中に渋面を広げている。


「ぬ、ぬぬう。盗人の真似事は好かんといつも言って……あー、わかった。私が悪かった、言われた通りにするからそういう顔するなっ、本気で怖いのだそれはっ」

「ならよしっ。んで殿下もこの街出歩けなくなっちゃいましたし、一度王都に戻って調べ物お願いしてもいいですか?」

「それは構わないが……アイリに聞いたのだが、既に以前バルトサール侯爵のことは調べてあるのではないのか?」

「ええ、ですけどあれから時間経ってますから、確認はしときたいんですよ。それさえ済んだら……ねえ」


 スティナは実に楽しそうに笑った。それは、待ちに待った復讐の時であるのだから。


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