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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第十一章 カヤーニ牢獄
179/212

179.殿下と魔剣と所長さん(後編)


 所長はイェルケルの言葉にも喚いたり騒いだりはせず、静かに、ふむと頷く。


「魔法の研究に恨みでもあるのか? 家族でも殺されたか?」

「恨み、というのはちょっと違うが、そうだな、その感じが一番近い。私自身は反乱軍と距離を置いているが、心情的には彼らに近い。アンタはどこか憎めないとも思えるんだが、それでも、見逃すというのは無しだ」

「今日会ったばかりの者にいきなり憎まれててたまるか。恨みのある者が居るというのであれば、それを殺せばよい。私自身がお主に恨まれるようなことをした、という話ではないのだろう?」

「魔法の研究、してるんだろう? 人を犠牲にして」

「してるさ。魔法の研究だからな。だが私が使っているのは罪人だ。裁判所でそれと判決の下った者のみを使っておる。判決を下した裁判官を恨むのならばさておき、刑を執行する人間を恨むというのは筋違いも甚だしいのではないか?」


 所長の言葉に、イェルケルは素直に頷く。


「そうなんだよな、だから迷ったんだ。でも、アンタ、罪人が居なくなったらそれ以外から見繕ってでも研究、続けるだろ? 魔法使いというのはそういう人種だろう?」


 馬鹿め、と所長は言い捨てる。


「無知な男よ。そういった平民であろうと人を犠牲にするやり方を良しとせぬ者もおる。温情派と呼ばれておるがな、あまり人数も多くはないしそういう連中は間違っても研究員になろうとはせんが」

「そんな魔法使いもいるのか?」

「魔法使いの一言で全てをくくれるわけがなかろう。とは言え、私がソレだと主張するのは少し無理があるか。お主の言う通り、私だけではなく大抵の魔法使いは人の犠牲なぞどうとも思っておらん。それが気に食わんと言われれば、そうかとしか答えようがないな。で、全ての魔法使いを殺し尽くせばお主は満足か?」


 肩をすくめるイェルケル。


「私が許せないと思うものを順に殺していっていたら、今ここにたどり着いたという話さ。魔法使いにだって友達はいる。もしかしたらアンタとだって友達になれたかもしれない。だが、人を研究で殺す奴らと友達になりたいとは思わない。あいにくと私には剣しかなくってね、許せないのなら、殺すしか私には選べないんだ」


 呆れ顔の所長。


「本気で、そんな生き方ができると思って……いや、もしかしてそうやってやってきたというのか?」

「ははっ、ヒト人形工房潰したの私たちだぞ。コウヴォラ付近の山中ではアルト王子の軍を倒したし、ヒュヴィンカーじゃなんちゃらいう儀式魔法だって食らったけど平気だったさ」


 研究にしか興味のない所長でも、殿下商会の話ぐらいは聞いたことがあったようで。

 所長は、問い返そうとしてやめ、自問自答し、イェルケルをじっと見つめた後で大きく嘆息した。


「なるほど、な。で、ここに来たのは陛下も許せんと思ったか」

「あ、いや、ごめんそんな大層な話じゃない。反乱軍とは距離を置きたいとは思っているが、色々としがらみがあってな。不死破りの剣があるんなら渡してやったら喜ぶかなって思ってそれで……」

「無知とは恐ろしいものよな。そんなほいほい他人に渡せるような物なわけあるまい」

「一言も無い……」


 所長はぱんと手を叩く。


「よし、そういうことならお主。今すぐこの剣を抜けい」

「なんでそーなる」

「いいか、この私がだ、今からお主に陛下の不死の魔法について説明してやる。そしてこの剣がどうやって陛下の不死を破るのかもだ。これを理解したうえで、お主、ごちゃごちゃ言っとらんできっちりこの剣で陛下を斬れい」


 何言い出すんだこのジジイは、という目で見るイェルケルを他所に所長はべらべらと話し始める。

 なんでも王が不死なのは、王が傷つくと同時に再生の術が起動するからだそうな。

 本来、傷を治す魔法というのはとても扱いが難しい魔法で、傷を治すということは即ち肉体を変化させるということで、これは当然不可逆な行為であるため調節を誤るととんでもないことになる。

 そのうえ人間の肉体はそもそもが複雑怪奇なシロモノであるため、その調節自体がエライ難しいのだ。

 イェルケルにはここから先の説明は難しかったのだが、王に関しては、王がどういった身体であるのかの詳細な情報が保管されていて、怪我を負ったなら直ちにこの情報に基づき再生が行われるんだそうな。

 この魔法の効果により王は身体が劣化することもなくなり、副作用的に不老の特徴も得たのだと。ここら辺りにまだ研究不足の部分が存在するそうだが、所長はそれは別の話なので置いておくと言う。なら言わなきゃいいのにとイェルケルは思ったが口にはしなかった。

 身体を再生するために必要な術式は王が唱える必要もないよう全てが予め準備されており、魔法発動に必要な魔力は、王都にため込んだものを使用するのだとか。

 そしてこの不死破りの剣には、王都より王へと至る魔法の経路を遮断する力があるのだ。


「ま、強大な魔力により力ずくで魔力を止めているだけだからな。結局のところは魔力と魔力の力比べよ。いちおー、この剣ならば一定時間は防いでいられる、はずだ」

「む、難しいが、なんとなくわかった。一定時間傷が治るのを止めておけば、きちんと王は死ぬんだよな」

「……多分」

「なんか不安気な語尾が多くないか?」

「実際に試したわけではないのだから、当たり前の答えだと思うが」

「そりゃ……」


 イジョラ王の不死が破れるかどうか剣を刺してみていいか、なんてできるはずもない。

 またイジョラ王の不死には王都全てを術式の影響下に置くほど大規模な儀式魔法が必要であり、王以外にこの不死を再現することも不可能だ。

 というよりも、王都はイジョラ王の不死を成立させる儀式のために全てが作られた都市で、そのせいで膨大な魔力がこの地に蓄えられているも、並みの人間が足を踏み入れれば一月ともたず狂い死にするような土地になってしまっている。

 納得はできたのでイェルケルは別の納得できないことを問う。


「そんな色々話しちゃっていいのか? 王には恩義があるんじゃないのか?」

「もちろんだとも。陛下にはとても良くしていただいたし感謝もしている。だがっ」


 物凄い真顔で所長は続ける。


「研究成果の確認と恩義とは、また別の話だ。どうやら私はここで死ぬらしいしな、ならば最後にお主が私の研究成果の確認をしろ。この剣で不死が破れればそれでよし、破れぬ時はどこがどう悪かったのかを書類にまとめて次回に活かすがよい」


 自分勝手ここに極まれり、といった台詞を堂々と言い放つ男であるが、不思議と不愉快ではない。

 罠かもしれない、という思考は頭の片隅にあったが、イェルケルはこの色々と非常識な研究者の言葉に、付き合うことに決めた。これが人を騙そうとしている人間の言葉とは、とても思えなかったのだ。

 イェルケルは所長に、王を斬るなんて機会があるかどうかはわからないが剣を抜くのは構わない、と了承の意を伝え、岩に突き刺さっている剣に手を触れる。

 するとイェルケルにも見えるほどに、何やら黒い煙のようなものが剣を刺した岩より漂い出てきて、イェルケルを中心にゆっくりと渦を巻く。

 少し離れた場所の所長は真剣な表情だ。


「不調はあるか!? 頭痛があったらすぐに言え!」

「特にはない! 抜いていいんだよな!?」

「抜いた瞬間が一番負荷が大きくなる! お主なら大丈夫だとは思うが意識をしっかりと保てよ!」


 力を込め、ゆっくりと剣を引き抜く。

 奥歯を食いしばって構えるイェルケルであったが、やはり負荷と言われるような何かを感じ取ることはない。

 剣が抜けた岩の穴から、それまでとは比べ物にならないほどの勢いで黒い煙が噴き上がる。

 だがそれは噴き上がる側からイェルケルが引き抜いた剣に吸い込まれ、黒い煙を吸えば吸うほどに剣は輝きを増していく。そう、下方より溶岩の赤が照らし上げるこの場においてすら眩しいと思えるほどに強く輝きだしたのだ。

 そしてイェルケルの耳に所長の呟きが届く。


「……むう、しまった。触れんからと長く放置しすぎたか。剣、砕けたりせんよな?」

「こらそこっ! 不穏な台詞を中途半端に聞こえる声で言うんじゃない!」

「あ、聞こえたか? ……ああ、そ、そうだな、大丈夫だぞ。うむ、私が言うのだから間違いない、大丈夫だ」

「自分に言い聞かせるような言い方するなっ!」

「うーむ、仕方がない。危なそうだったら手放してもいいぞ。さすがにそろそろ吐き気なり何なりしてきたろう?」

「え? あー、それはない。さっきからそれずーっと言ってるけど、眩しいだけかな。ヒュヴィンカーの黒い煙もそうだったけど、私に魔法は全く通らないと思っていい、って以前別の魔法使いに言われたんだが……」

「全く、と来たか。余程の対魔訓練を積んだのか……こんな無茶な魔力量に晒されるなぞ、普通は想定すらせんだろうに……まあいい、思わぬ拾い物であったと思うことにしよう。そろそろ魔力渦よりの供給も打ち止めだ。もう少し待てば光も落ち着くだろうよ」


 所長の言葉通り、剣の輝きは時と共に落ち着いてきて、黒い煙の噴出が止まるとこちらも輝きを失った。

 イェルケルは手にした剣を色々と振り回しながらその良し悪しを確認している。

 そんなイェルケルに所長は言った。


「おい、私はこれより魔法を使うが構わんか?」

「そりゃ構うよ。何をするんだ?」

「最終確認だ。その剣がきちんと魔法の経路を遮断できるか確認するため、私とここの魔力渦とを繋いでみる」


 イェルケルは魔法使いではないし、魔法の理論に詳しいわけでもない。だが、この老人より説明を受けた分ぐらいは理解はしている。


「王の魔法の経路を断つには、この剣で当人斬るしかない、って言ってなかったか?」

「そうだ。だからどうせ私は殺されるのだし、それならば私が自らの身体を使って経路の遮断具合を確認すれば効率的ではないか。本来魔力渦と人の身体を繋ぐなんて真似、自殺以外の何物でもないのだぞ」


 これまでのやりとりで、この所長はこういう人間だとなんとなく理解できてしまっている自分がちょっと嫌なイェルケルだ。


「……魔法、使っていいぞ。他に何か言っておくことはあるか? 私は魔法使いとしての教育をほとんど受けていないからな、説明不足なところがないように頼む」


 所長はにかっと笑う。


「ははは、そうだ、それでいい。人が一人死ぬ程度でいつまでもぐじぐじ言われてはたまらん。まあ、本音を言わせてもらえるのなら生きてもっと研究を進めたかったが、いずれ死ぬ時は抗う余地もなかろうと思っておったし、多少なりと後を任せることができる相手であるということでよしとするか」


 では、と所長は感慨も何もなく最期の魔法をさっさと行使する。

 そして、苦しそうな顔で言う。


「こ、これはキツイ……おいっ! ぼけーっと見とらんでさっさとやらんか! これ見た目以上に苦しいのだぞ! ……っと、そうだ忘れてた! 狙いは腹だぞ! 頭やら首やらを斬ったら即座に意識が途絶えてしまって魔法の遮断を確認できんからな!」


 イェルケルは一瞬、誰かさんを刺した時を思い出し、その思いを振り切るかのように剣を薙いだ。

 ただの一撃で所長の胴は真横に裂かれ、中身をぶちまけながら地面へと落下する。

 イェルケルはこれに駆け寄ると所長の口元に耳を寄せる。


「……遮断、確認、した。ゆけ、後は実践……ある、のみ……」


 魔法の研究者なぞ、どいつもこいつも外道の極みであるとイェルケルは思っているし、それは少なくとも平民の視点で見れば事実そうなのであろう。

 だが外道で悪党であっても、その在り方が尋常ならざると思える者も居るようだ。イェルケルは自身の最期を、こんな風にどこまでも達観して迎え入れる自信なぞ持てそうにない。

 どっと疲れが噴き出してきたようで、イェルケルの足取りは重くなるが、もうこれ以上ここに用はない。

 手にした不死破りの魔剣『トゥリヴオリの剣』をくるりと手の内で回そうとしてふと手を止める。

 きょろきょろと周囲を見渡した後、これまで通ってきた部屋を思い出すも、目的のものはなかった。

 眉根を寄せる。

 そしてまっ二つになって死んでいる所長を見下ろしながら、答えがないとわかっている問いを発した。


「鞘は?」


 結局ここにあるどの剣にも鞘なんてものは用意されておらず、イェルケルは適当にそこらの布を巻きつけて持ち運ぶことにしたのである。


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