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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第十一章 カヤーニ牢獄
178/212

178.殿下と魔剣と所長さん(前編)


 イェルケルが山頂研究室の警備員を全て殺し尽くすのに十分とかからなかった。

 一定以上の実力がある者でもなくば、手練れの魔法使いが相手では戦力とはなりえない。それはイジョラの常識であるのだが、イェルケルが相手の場合、手練れ度が高すぎるせいで必要とされる実力値がそれこそ近衛試験に合格するほどのものを要求されてしまう。

 つまり、山頂研究室に集められていた兵士たちでは、雑兵を置いたのと変わりはしないということである。

 この期に及んで実験途中だから手を離せない、とか言っていた所長はイェルケルを見て口をあんぐりと開いたままである。


「つ、強いのう! ちょ、ちょっと待て! 今……後はこの魔法反応を確認して、それで……っだー! やっぱりこれも外れか!」


 千十二種類目の反応も外れで、まるで期待した効果が起こらないことに所長は苛立たし気である。

 だが、さしもの彼も襲撃者が目の前まで来ていて、しかも護衛も全滅したとなれば実験の手を止める。


「あ~~、今回は特に手強い。どこか見落としがあるのかもしれんか……で、そこのお前、ここに来たということは、不死破りの剣が望みか? だったらほれ、そこの階段を降りていった先だ。火口と直接繋がっているからとんでもなく暑いぞ」


 襲撃の最中に、こうまで相手にされないのはイェルケルも初めてである。しかも微妙に話が早い。

 訝し気にイェルケル。


「情報提供による命乞いか?」

「ん? もしかして目的は私の殺害か? うーむ、命を狙われる心当たりはないのだが……お主、どこかで会ったことでもあるか?」

「ないな。……いや確かに目的は剣なんだが……そこの兵士は皆命懸けで守ろうとしていたぞ。いいのかアンタはそれで」

「私の仕事は研究であって研究成果をどうするかは私以外の誰かが考えることだ。であるからして、基本恨みは買わないと思っておったのだが、うむ、やはりこのやり方で良かったようだな。まったく、こんな所で殺されてたまるか、まだ私は研究しなければならないことが向こう数十年分は溜っておるのだ」


 研究者は基本的に殺しておいた方がいいのでは、なんて考えていたイェルケルはどうにも返答に困る。

 とりあえず剣を探そうと、言われた階段の方に向かおうとしたところで、所長が多少なりと遠慮がちに声を掛けてきた。


「のう、お主。一つ、実験に付き合っていかんか?」

「は?」

「いやいや、お主、それだけ強いということは、かなりの訓練をしてきたのであろう? 知っておるか? 厳しい訓練を行ない強固な意志を持つに至った者は、そうでない者よりも魔法への抵抗力がより高くなる傾向にある。普通はそこまでの抵抗力なぞ必要ないのであまり知られてはいないのだがな。そうした者ならば、魔力渦のど真ん中に浸し続けている例の魔剣をすら握れるのではないか、とな」


 コイツが何を言っているのか、イェルケルには最初意味がわからなかった。

 そして、その行為を実験と呼ぶということは不死破りの剣を抜くのはもしかして大きな危険を伴うものであるのではないのかと思い至る。


「握れなかったらどうなるんだ?」

「魔法への抵抗力次第だな。平民なら触れただけで即死だが、それなりの魔法使いならばまあ、死ぬまで五分はもつだろう」


 その抵抗力とやらがイェルケルにはある、と聞いているが、それをここで試そうという気にはなれない。


「よしわかった。剣は折って捨てよう」

「待たんかああああああ! 何故いきなりそんな話になるのか!?」

「そんなあぶなっかしいもん持っていけるか!」

「だったらわざわざ壊すこともなかろうに! それに不死破りだけが欲しいのなら他の剣を持っていけばいいではないか!」

「……え? 不死破りの剣って、他にもあるのか?」

「当たり前だろう。ここは研究機関だぞ。一本二本だけでどうやって実験検証しろというのだ」

「具体的にはどれぐらいの数が?」

「ん? うーむ、先週、十本追加が来て……おお、そういえば一昨日二本折ったな。となると全部で二百三本か」

「あ、ありがたみも何も無いな、そこまであると」

「何を言うか。全て魔力渦の圧力にも抗しうる珠玉の逸品ばかりぞ。……まあ問題は、近衛ぐらいタフな奴でもなければ剣に触れもせんことぐらいだが」


 その剣とやらがどんなものなのか、イェルケルにはもう想像すらできなくなってしまったので、とにかく見てみることにする。

 所長は、ならば私が案内しよう、と妙に協力的である。その理由を率直に問うたところ、変に機嫌を損ねられてやっぱり殺すなんて言われたらたまらんからな、と真顔で返してきた。

 別段、イェルケルは殺さないなんて言った覚えはないのだが、少なくとも所長の中ではそういうことになっているらしい。

 階段を降りながらイェルケルは問う。


「その剣、そんなに危険なものなら私にそんな話しないで勝手に奪わせれば良かったんじゃないのか? それでもしかしたら私も死ぬかもしれないんだろう?」

「馬鹿馬鹿しい。お主の技量を考えればそこまで己を鍛え上げた者がそうそう簡単に死ぬものではないわ。大体だな、私はそういう騙すだの誤魔化すだのの面倒くさいことが大の苦手なのだ。そんなものは兵士なりウチの副所長なりにやらせておけばいい」


 なんとも憎めないクソジジイだ、とイェルケルは苦笑する。後、副所長さん苦労してそうだな、とも。

 案内に従い階段を降りていくと、ある一か所より人工的な壁が失われ、自然の洞窟へと変化する。とはいえその洞窟の壁は魔法によるものか綺麗に整えられてはいたが。

 洞窟を進むと周囲の温度がどんどんと上昇していくのがわかる。するとまず最初の剣の部屋についた。

 そこには百本近い剣が台の上に並べて立て掛けられている。それら全て、一目でわかるほどに優れた剣だ。


「へえ、イジョラでもこんな良い剣作れたんだな」

「いや、それは他所から仕入れたものだ。……くそう、馬鹿共がカレリアと戦争なんぞしよってからに。おかげで新たな剣の仕入れ値が上がって大変だったぞ、主に副所長が」

「アンタどんだけ副所長に仕事押し付けてんだよ」


 更に奥に進む。温度はどんどん上がってきていて、歩くイェルケルも先を行く所長も、どちらも滴る汗をぬぐいながらの移動である。

 途中何部屋か通り過ぎるが、最初に剣が山ほどあった部屋と皆ほとんど同じ造りで、敢えて差を言うのであれば先に進むほど一部屋毎の剣の本数が減っているぐらいか。


「奥に行くにつれ魔力渦の影響が濃くなる。折れやすくなっているということでな……ふむ、やはり予想通り。お主、ここまで来ても不快感も違和感もないだろう?」

「暑くて不快なんだが」

「その程度で済んでるということだ。頭痛はあるか? 吐き気は?」

「どちらもない。……もしかしてこの場所が既にあまりよろしくない場所だってことか?」

「平民なら近寄らない方が無難だな。くくくくく、魔法使いでも修業の足りぬ者は時折発狂者が出るぞ」

「おいっ」

「はっはっは、何年も居ればの話だ。王都だってここまで魔力の濃度は濃くないからな」


 少し気になったことをイェルケルは問う。


「アンタはどれぐらいここに居るんだ?」

「かれこれ二十年、といったところか」

「……自分も気が狂うかも、とは思わないのか?」

「その時はその時だ。研究者をやろうというのだ、魔力濃度如きを恐れてやっていられるか」


 ちょっとびびっちゃってるイェルケルを他所に、所長は平然としたものである。

 少し自慢げに彼は語り始める。


「山頂研究室はな、この土地の特異性を書いた私の論文を見て、陛下が興味を持ってくださったおかげで作られたものだ。陛下の後ろ立てとは本当に凄いものよな、それまではカヤーニ牢獄併設の研究所があるのだから山頂にはいらん、と言われていたのだが陛下の一言であっという間に予算が組まれた。皆が陛下に阿る気持ちがほんの少しだが理解できたわ」


 そんな当たり前のことを凄い発見をした、なんて顔で語る所長。イェルケルもさすがに察する。コイツは色々と社会的に駄目な奴なんだなと。

 その後も、研究室の施設拡充のための予算を次々計上していっても、その全てに対応してくれたらしい。よほど王に気に入られたのだろう。

 イェルケルはずっと気になっていたのだ。所長の衣服は研究用の白衣、だそうだが、これが装飾性の欠片もない実用一辺倒の衣服であり、またそれ以外にも全く装飾品を身に付けてはいない。

 またこの研究室も不要なものは一切置いておらず、貴族らしい虚飾はその全てが排除されていた。こうした研究室の造りは全て、所長の指示によるものらしい。


『出した予算の全てを研究のみに費やしてくれるとわかっているのなら、そりゃ王も快く金を出すだろうなあ。馬鹿な王族の遊行費に使われるよりよっぽど建設的だ』


 イェルケルは通路を進むが、ここは地中を掘り進んで作ったもので、確かに予算のかかるものであろう。

 山頂なんていう悪条件の中これだけの穴を掘るのはカレリアでは到底考えられないことだが、イジョラの魔法ならばそんな真似も可能であるようだ。

 そして終点に着く。所長が、絶対驚くぞ、と嬉しそうに扉を開くとその先は、地中にもかかわらず下方よりの赤い輝きが大きな広場全てを照らし出していた。

 もちろん暑さもひどい。扉を開けた瞬間から吹き付けてきた熱風は、思わず顔をそらしたくなるようなものであったが、警戒を解くわけにもいかないイェルケルは目を細めるだけで耐えた。

 そこは、部屋というよりは穴の上、といった場所である。

 大きな大きな穴があり、穴の下には真っ赤な水が波打っている。

 その穴の上の方に壁から足場が飛び出していて、その足場が、扉を開いて出ることのできる部屋、の部分になる。

 地中奥深くへと進み、出てきた景色がこれだ。イェルケルは驚いた顔を隠せず、所長はとても愉快そうに笑っていた。


「この山はな、遥かな昔、大きな噴火を起こしたらしい。その記録を基に私が調査を重ね、山の地中深くに溶岩の流れがあることを突き止めた。溶岩があるから魔力渦が発生するのか、溶岩は全く関係ない偶然であるのか、そこのところはまだ私にも結論は出せておらんがな、いずれ、王都以上の魔力濃度を持つ魔力渦はここにあるのだ。そしてこれを発見したのがこの私なのだよ」


 どんなもんだ、と胸を反らす所長。

 恐る恐る溶岩を覗き込んだイェルケルは、当たり前に浮かんだ疑問を所長に問うてみた。


「これ、こんな風に穴掘ってつなげたりして、噴火、したりしないのか?」


 所長は即答してきた。


「さあ?」

「おいっ!」

「そもそもだ。山が噴火する、そういった現象を私は直接目にしたことはない。そうした記述のある文章にも、溶岩が見えるほどに穴掘ってみたら噴火した、なんて記述は見たことがない。もちろん、だからと絶対安全なんてことではないし。故に、わからん、が私の出せる答えで正しいのだ」


 まあそんなことはどうでもいい、と所長はさっさとこの溶岩の上に作られた岩場に進み出る。

 岩場の中央には一本の剣が刺さっている。


「これが、現在最も強力な不死破りの剣だ。お主には是非これを抜いてほしい。何せ、最奥でずーっと魔力渦に浸しておったせいでな、近衛にも抜けなくなってしまったほどの逸品だぞ!」

「いや、もう不死破りの剣、無いならないで別にいいやって思ってたし、こんな所で無理するのもどうかなって……」

「ええいなんだその腰の抜けた話は! お主も戦士ならば優れた剣のために命の一つや二つ張ってみぬか!」

「命なんてそりゃ、戦いになれば嫌でも張ることになるんだし、必要があるんならそれも構わないとは思うけど、剣みたいな消耗品に命懸けろと言われてもなぁ。アンタは知らないだろうけど、私が一つの戦で使い潰した剣、最大で十本超えるんだぞ」

「そんなすぐ折れるような剣に不死破りの力入れる馬鹿がおるか! ここにある剣はどれも頑強さには定評のあるものばかりよ!」


 説明が面倒になったイェルケルは、ここではなく前の部屋にあった剣を使って実証してやることにした。

 一つ前の部屋にあった剣を十本、全部まとめてこの溶岩の部屋に持ってくる。何故か所長が目を丸くしていたが、イェルケルはすぐにこの剣を使ってそこらの岩を斬ってみせる。

 大体、三回目までは保つが、四回目、五回目で耐えきれず剣がへし折れる。

 持ってきた十本の剣全部を折った後でイェルケルは、ほらな、と所長に言うと、今度は所長の方が常識人顔でのたもうた。


「いやほらなではなく。普通岩とか剣で斬らんだろ。ああ、うむ、斬れてたな。しかも魔法抜きで。いやいやいやいや、普通な、剣を作る者はだ、岩を斬ることとか想定しとらんだろ。岩斬る人間が剣振り回したら、そりゃどんなに頑丈に作っても折れるに決まっとろうが」

「だから折れるって言ってるだろう」

「ああ、うむ。そこはわかった理解した。私が悪かったということにしてもいい。だがな、お主、言っていいか。そのお主が折った剣な。それ、魔力渦に浸していた期間的にはそこの剣と大差ないぞ。場所の違いから濃度に差は出とるだろうが、お主、十本まとめて持っただろ。それ、十本分の負荷全部まとめてかかっとるぞ。平気な顔しとるようだが……本当に不調とかないのか?」

「え? あ、えっと、暑い、かな。うん、そのぐらいか」

「暑いのは諦めろと言っただろーがっ。一応言っておくとだな、その剣十本分と比べたら、間違いなくそこの剣のが魔力負荷低いぞ。ていうかお主は馬鹿か? 十本もまとめて持ったら死ぬぞ。いや、死ななかったからいいのだが、普通は死ぬぞ。危険な魔法の物品なのだからそーやって思い付きで適当に扱おうとするな。あー、びっくりした。いきなりなんてことするのだ貴様はっ」


 めちゃめちゃ真剣な顔の所長に、ごめんなさい、とか思わず殊勝に謝ってしまうイェルケルは、なんとなくいたたまれないので話題を変えてみる。


「そ、そういえばこの剣、名前とかは無いのか?」

「不死破りの剣と言っただろうが」

「い、いやそれ剣の機能だろう。ほら、伝承なんかだと凄い武器には名前を付けたりするものだろう?」

「馬鹿馬鹿しい。……とは思うのだが、お主と同じことを考える者は結構おってな。『トゥリヴオリの剣』と呼んでおる者も多い。そして何故かそちらの方が喜ばれる。意味がわからんわ」


 火山の剣という意味だ。安直ではあるが、不死破りの剣よりはまだ魔法の剣らしくはあろう。

 その後、そこまでやったのだからそこの剣も抜けとかいう所長の勢いに後ずさりながら、イェルケルはずっと考えていたことをまとめる。

 そして結論を出す。やはり、見逃すことはできないと。


「じいさん、真面目な話があるんだ。聞いてくれないか?」

「ん? なんだ?」

「ここまで色々と親切にしてもらって悪いんだが、やっぱりアンタは殺すよ」


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