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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第十一章 カヤーニ牢獄
177/212

177.王宮近衛隊隊士


 戦いとは、戦闘時間の長短でその難度を測れるものではない。


 アイリの敵手であるカンガストゥスは、剣を鞘に納めたままで腰を低く落とし、半身になって構えたままぴくりとも動かない。

 片手は鞘の口に添えてあり、鞘に入れたままの剣の柄を残る手で握り、静かにアイリを見据えるカンガストゥス。

 アイリは試しにとゆっくりその周囲を回るように動く。カンガストゥスは前足をじりじりと滑らせアイリを正面に捉える形を崩さない。

 こうまでわかりやすい構えはそうはあるまい。

 鞘の内から抜きざまに斬る。そのために全てを整えた構えであろう。

 だが、鞘の口を手で持つことで、その軌道はそれなりにではあるが自由が利く。鞘の角度を変えれば剣を持つ手も自然と動いてくれるので、抜いた後の軌道も逆袈裟のみならず横薙ぎから袈裟の形をとることすら可能だろう。

 アイリは構えを見てそこまでを推察する。だが、こんな特異な構えとの対戦経験はない。

 山に籠っていた頃、スティナが次から次へと様々な戦い方を模索しアイリで試していたせいで、変な構えも奇妙な間合いも経験のあるアイリだったが、この構えはこれまで見たこともない。

 アイリ・フォルシウスをして下手な動きができない。

 魔法使いは時に魔法を用いて人間離れした動きを見せてくる。こんなあからさまな構えをするからには、剣の軌道を制限するだけの大いなる利点がこの構えにはあるはずなのだ。

 そして、思わず笑みがこぼれてしまう。


『鞘の内から抜き放つ瞬間の、あの滑らかさに着目する者が私以外にも居たとはな』


 しかも、その鞘の内にて滑らせるということのみを考えるのならば、このカンガストゥスという男の構えがより理に適っている。それを認めるのはちょっと悔しかったが。

 アイリは腰より一挙動にて剣を鞘ごと外す。これを眼前に真横に構え、鞘の口を左手で、剣の柄を右手で、それぞれ握ってカンガストゥスがそうするようにまっすぐ彼を見据える。

 彼は一瞬のみ驚いた顔をしたが、すぐに心を平静に戻す。敵を斬る。それ以外の全ての思考が剣の冴えの妨げとなる、そう心に期しているのだろう。アイリが思ったように彼もまた、アイリの構えに面白さを感じていただろうに。

 カンガストゥスは構えで脅すのを諦めたようだ。

 この不用意な踏み込みを全て拒否する構えで緊張感を与え、しかる後、じりじりとすり足にて間合いを詰めることで圧迫感を与える。それがカンガストゥスの戦い方であるのだが、今回アイリもまた動きの読めぬ構えを見せたことで彼の考え通りにはいかぬとなり、ならば早々に踏み込み決着を着けると動き出したのだ。

 アイリは逆に待ち構える。

 アイリのこの構えは、一歩の踏み出しが必要で。待ち構えてはいるが、先に踏み出すのはアイリになる。

 状況が動くのはアイリが動くことで始まる。それが有利なのか不利なのか、現状では判断しづらいところだ。


『否。敵の剣筋をある程度予測できるこちらが有利よ』


 アイリは恐れる気もなくその一歩を踏み出した。

 狙うはカンガストゥスではなくその剣。

 剣撃が最も効果を発揮する位置というものがある。剣を振り始めてからすぐには剣は威力を持ちえない。剣を振るって速度を、力を、それぞれ乗せてこそ剣は威力を発揮できるのだ。

 この位置に来る前にこちらの剣を打ち込む。

 敵の剣の軌道はほぼ読める。ならば後は速さの勝負だ。

 アイリが重心を前に乗せるのと、一歩目を大きく踏み出すのがほぼ同時に起こる。この事前挙動の少なさもまた、剣の速さを生み出すに必要不可欠な要素だ。

 しかし、カンガストゥスの極限の集中が、アイリの目視すら至難の動きを見切って動く。


『速いっ!?』


 アイリにすら想像しえぬほどの速さ。小細工無しの逆袈裟がアイリへと伸びてくる。

 元より剣を打ち払うための動きをしていたアイリだったが、それでも間に合わぬ。アイリの獣の如き反射神経を以ってしても、動いた後では反応しきれぬ。

 こうなってしまうと動きや立ち回りでの有利は最早望めない。純粋な、剣の威力の比べ合いとなる。

 打ち払うアイリの剣と、振り上げるカンガストゥスの剣が激突する。

 アイリをすら驚嘆せしめたカンガストゥスの剣速は、鞘と剣に魔法を用いることで得られたものだ。これにカンガストゥスの熟練の技が合わさり無敵の剣技へと昇華した。

 アイリの膂力は常人のそれを大きく上回る。まともに打ち合っては、いかな大男であろうとその剣を受け止めるのも難しいほどに。

 だがこの剛力に、カンガストゥスは速度で対抗する。剣の速さは剣の重さにも繋がる。速度が速ければ速いほど、打ち付けた剣は重さを増すものだ。

 両者の剣は、腰の高さで激しく打ち合わされ、金属特有の悲鳴を上げる。

 双方がその一瞬で理解する。押し切れない。カンガストゥスは当てさえできればどんな剣であろうと弾いてのける速度があると信じていた、アイリもまた己の膂力を抑え込めるほどの剣撃なぞそうそうお目にはかかれぬと思っていた。

 だが両者にとって不本意なことに、お互いの剣撃は拮抗し、生じた反作用により剣は前へと進まず後ろに弾けズレる。

 思わぬ剣の挙動であったが、カンガストゥスもまた弛まぬ鍛錬を積み重ねてきた戦士であり、この程度で体勢が崩れるような柔な男ではない。

 必死必殺の一撃であったため、すぐに次へとつなげるような備えはしていないものの、この間合いならばカンガストゥスにもできることは山ほどある。その中から今の状況に最も適した動きを、身体が自然に選んでくれる。そうできるようになるまで鍛えてきた。


『なんだと!?』


 だが、そんなカンガストゥスよりも、アイリが先であった。

 まるで始めからこの一撃は、連撃の一つ目であったかのように、続く二撃目がカンガストゥスへと襲い来たのだ。

 馬鹿な、速すぎる、と必死に受けの体勢を作るも間に合わず、アイリの剣がカンガストゥスの肩口を切り裂く。それでも、止まらない。

 カンガストゥスが視認できただけでも十と三つ。斬られた身体の感触から、より多くの剣撃が放たれているとわかる。とてもその全てを把握することなどできはしなかったが。

 これぞアイリの秘剣、八つ裂き斬り。

 己の持つ最も初速の速い技ということでこれを選んだ。連撃の最初の一撃を流したり避けられたりしたら後の攻撃に響く。故に八つ裂き斬りの最初の一撃はアイリの考え得る最も速い剣であるよう工夫してあったのだ。

 終わってみればアイリの完勝だ。だが、もし、剣速の一点のみに絞ったカンガストゥスの技がもう少しだけ鋭かったなら、アイリの最初の一撃をすら弾き痛撃を与えることができていたかもしれない。

 敗北へと至る筋道が描けてしまうような、そんな恐るべき敵であった。


「……まったく、近衛とはお主のような者ばかりなのか? 世に兵の絶えることなしか、難儀な話よな」


 倒れ伏すカンガストゥスはアイリの言葉に、僅かに微笑んだように見えた。そして言葉もなく息絶えた。




 レアはその一撃を、確殺の自信と共に放っていた。

 唯一気になったのは、敵がそう動いた瞬間の表情が、失敗してどうしようもなく逃げに動く人間のそれではなかったことか。

 レアの低い一撃に対し、敵であるタイヴァスは迷うことなく大きく跳躍した。

 その跳躍力は目を見張るほどであったが、空にあっては動きは極めて制限されてしまう。レアが低く狙ったのは敵のそうした動きを誘うためであり、目論見通り跳躍したタイヴァスをレアの必殺の剣が襲う。


『え?』


 そんなレアの剣が空を切った。

 あまりに予想外な動きをされると、人は誰しも、それこそ生き死にの戦闘の最中にあってすら、呆気にとられ馬鹿みたいな顔でこれを見守ることしかできなくなる。

 レアの剣筋より敵の身体が消えた。ありえないことが起こったのだ。

 ただ幸いなことにありえないことというのは敵であるタイヴァスにとっても起こっていた。


『さ、避けるので手一杯ってどういう速さだコイツ!?』


 予想もせぬ動きで敵の虚を突けたのだからその機に反撃を行うべきであったのだが、その前のレアの下段、そして飛び上がったタイヴァスへの一撃があまりに鋭すぎたせいで、裏を取る余裕もなく必死にかわすのみであった。

 空中で器用に重心を整え、ひらりと着地するタイヴァス。

 そちらを信じられぬものを見る目でレアが眺める。


「もしかして、君、空飛べるの?」


 そう、信じられぬことに、タイヴァスは空中にあって突如進行方向を変えることで、レアの刃より逃れていたのだ。

 ははは、と笑うタイヴァス。


「そういうこった。んでもってだ。お前はヤバすぎるわ。悪いがまっとうな勝負は諦めてくれよな」


 そう言うが早いかタイヴァスは空中の何もない空間を右に蹴り、左に蹴って何度もこれを繰り返しながら空高くへと駆け上っていった。

 戦いが始まる前、山中を駆け上ってくる殿下商会四人を、俯瞰視点より見つけることができたのはこの術が原因であった。

 タイヴァスは空にてすぐに術を唱える。

 その手際の良さから、余程この動きに慣れた者であろうとわかる。レアは受けると避けると、どちらもできるよう備えて頭上を見上げる。

 タイヴァスより放たれるは石弾。握り拳大の石が高速でレアへと飛来する。

 レアは、警戒はしていた。ソレが来ることを。

 彼ら第十五騎士団改め殿下商会の化け物四人をして警戒を怠るわけにはいかない魔法、彼らですら、放たれてからかわすは至難の業、それが雷の魔法である。

 レアも直接目にはしていないが、それにシルヴィが不覚を取ったのも、イェルケルが冷や汗を掻いたのも知っている。それほどの魔法の使い手が、イジョラではどこに居てもおかしくないと知っているのだ。

 そしてレアは魔法使いと戦う時は起こった事象のみを判断の頼りとはしない。敵手の気配を、その表情から目を離さず、そこから敵の心中を読み取るのだ。

 敵、タイヴァスはそこに必殺も隠し手も残していない、そんな顔であった。まずは小手調べ、そんな気配が感じられたレアは、少し警戒して大きめに跳躍し、この石弾の軌道から外れる。


『殺った!』


 そう、だが敵もまた手練れの中の手練れ、近衛の戦士だ。自らの殺意、戦意の気配を消す術に長けた者も、中にはいるのだ。

 石弾に重ねるようにして準備していた雷の魔法。どんな素早い敵でもこの魔法ならば捉えられるし、タイヴァスの気配を消す技は近衛でも屈指、その上で複数の魔法をほぼ同時に操るなんて器用な真似のできる男であるのだ。

 レアが大地を蹴り出した瞬間、タイヴァスより雷の魔法が放たれる。

 レアが失策を悟るより先に雷はレアを貫いた。


『くっ! がっ! い、息っ! できなっ!』


 あまりの苦痛に声も出ぬ。全身から急速に力が失われていき、立っていることすら覚束ぬ。レアの意思に逆らい、ゆっくりとその身体は前方へと倒れ込んでいく。

 あまりに呆気ない決着であったが、タイヴァスは知っている。先のレアの一撃をかわせたのはかなりの所を幸運に助けられていると。つまり、もしほんの僅かでもタイヴァスに不利な何かがあったなら、破れていたのはタイヴァスであったのだ。それをタイヴァス自身も自覚している。

 タイヴァスの勝因はただ一つ、レアがタイヴァスの魔法を知らなかったこと、それに尽きる。そして戦いとは得てしてそういった理由で決着がつくものであった。

 それを油断と呼ぶのは酷であろう。

 大型の獣ですら一撃で仕留めるのが雷の魔法だ。確かに、複数の魔法を並行して行使し、かつそもそもタイヴァスはあまり雷の魔法に適性がないのを空から確実に敵を屠る最適の手段として無理に覚えたものである。それにより威力は落ちてはいる。

 だが、まともに雷が胴を貫いた直後、脱力し倒れそうになったレアが大地に伏せる前に、全身を大きく回転させながら短剣を投げ放ってくるなどと、誰が予想できようか。

 倒れ込みながらも身体を回転させ、左手で大地を強く叩き支えにしながら右手で短剣を投げ放つ。体勢が悪い中であっても強く威力を出す術を咄嗟に行なえるのは、レアほどの達人でありながらも普段より体勢が崩されるような目に遭っているということだろう。


『馬鹿な!?』


 それでも咄嗟に不可視の盾を展開するのは、タイヴァスがそういった訓練を常に自らに課してきていたせいだ。だが、それでも、タイヴァスは敗北を免れえなかった。

 タイヴァスの、近衛を張るほどの魔法使いの盾を文字通り力ずくでぶち抜いて、短剣はタイヴァスの胴を貫通しそのまま後方へと抜けていったのである。

 急速に力が抜けていき、空中での体勢を維持できなくなったタイヴァスは落下する。

 その最中、無理な体勢で強引に短刀をぶん投げたせいで地面にひっくり返っていたレアが起き上がるのを見た。

 痛い、そんな顔をしていた。いたずらを叱られた子供が、親に拳骨でももらったような顔で。痛いは痛いのだが、少なくとも命の心配などは欠片もしていない、そんな顔である。


『……こっちの魔法は当たったし、向こうの攻撃は防いだ。なのに負けるのは俺って、何か納得がいかん……』


 戦いとはそういうものだと知ったうえで、タイヴァスは今際の際にそんな愚痴を溢すのであった。





 スティナは、じっと敵手であるトゥリを観察する。

 敵は優れた魔法使いである近衛。体つきもきちんと鍛えた戦士のものであるし、顔つきもまたまごうことなき戦士のそれだ。

 だがこの男の表情が気に入らない。

 油断はしていない。だが、同時に勝利を確信もしている。確実に勝てる戦いなんてものはこの世に存在しない。戦士ならば、誰もがそれを知っているはずだ。なのに、この男の顔はまるでただ手を伸ばすのみで勝利の果実をもぎ取れるとでも言わんばかりの、余裕と確信を得た者の顔であった。

 スティナはこれと似た顔を思い出す。出てこない。そしてこの戦士、攻撃の機を読ませない。

 身体の挙動のどこかに、これから攻めるぞといった動きは出るものなのだが、一切それが感じられない。当人がそのつもりで、予備動作を悟られぬよう訓練したのだろう。


『ここまで気配隠せるってのも大したものよね……もしくは、それが必要な戦い方ってことかしら』


 レアが以前に出会った閃光の魔法や、イェルケルやシルヴィがぶつかったという雷の魔法。撃たれてから避けたら間に合わないような魔法を予測する。

 しかし魔法には詠唱というものがある。これさえ見落とさなければ。


『うひゃいっ!?』


 敵は、詠唱を行なわなかった。

 スティナが感じたのはほんの僅かな不自然さだ。

 頬に温い風が当たった。それだけだ。それも普段であったなら気にも掛けないような差異。神経が張り詰められている戦闘の最中であるからこそ気付けた、そんな些細なものである。

 だが、ほんの一瞬。これまで完璧に攻めっ気を隠しきっていたトゥリの瞳が揺れたのだ。

 周辺が何一つ変化していないのに、スティナの肌が変化を感じ取った。そのうえで、動くという意思をトゥリが示したのだ。

 スティナも動くべき、そう思い動き始めたところでソレが来た。

 暖かいなんてものじゃない。凄まじい熱だ。思わず内心で悲鳴を上げてしまうほどの。

 この熱風に圧されるようにスティナは左方へと飛んでいた。

 その熱の正体を探る前にスティナは走る。それがなんであれ、スティナを狙った眼前の魔法使いの攻撃に決まっているのだから。狙いを定めさせぬよう走るのが良い、はずだと考え。

 敵の顔とスティナの頭部がかつてあった空間とを見る。

 スティナの頭があった場所には、空中に炎が浮いていた。燃え上がっていた。何が燃えているのか、何故浮いているのか、どうやって燃やしたのか、一切わからない。だが、そこに、炎はあるのだ。

 そして敵の顔だ。

 信じられぬ物を見た顔である。やはりあれは彼の必殺の一撃であったようだ。


『あ、あっぶなっ! そりゃ、いきなり人の顔に炎出せるんなら勝ちを確信もするわ。何あれ、魔法ってぶつぶつ何か言ってから出るもんじゃないの? 燃えろって思った瞬間にはもう燃えてるってこと? 幾ら魔法でもそんな理不尽な……』


 こちらの攻撃が一切通じず、ただ一方的に攻撃を仕掛け続けてくる、地上最速だと思っていたスティナよりも速い黒い影なんてものを思い出し、魔法とは理不尽なものだったと思い直すスティナ。

 トゥリは憤怒のままに怒鳴り散らしている。


「ふっざけんな! 俺の火をかわすだあ!? ありえねえ真似してんじゃねえぞクソ女がああああああああ!!」


 これぞ、トゥリの必殺魔法、発火である。

 スティナの考えている通り、精神の集中と脳内で術式を組み上げるといった手間は必要であるが、それのみで、外からは全くその様子がわからぬままに、炎よあれと思った場所に炎を発生させる魔法である。

 理不尽な魔法の使い手が多い近衛であるが、その中でもとびっきりの理不尽魔法だ。この男の視界内に入ったら、それだけでいつ燃やされても不思議ではない。

 トゥリの魔法の正体を知っていたとしても、これを避けるは至難の業。ましてや正体を知らぬとなれば、千回試したとて千回とも確実に殺せよう。

 スティナはトゥリの魔法を、見たところならどこでも燃やせるものと考え、自身に出せる最速にて数多の惑わしを交えながら接近を試みる。

 だがこの魔法、防御的な使い方をされるとこれまた手に負えなくなる。スティナの進路の先にとりあえずで置いておくだけで、スティナはそちらを通ることができなくなる。動きを、敵に操られるのだ。

 スティナの人間離れした高速移動にもトゥリは驚きはしたかもしれないがきっちりと対応している。そして、動揺を抑え込み、確実に追い込み、追い詰めにかかる。

 走るスティナ。その周囲はもう火と煙の臭いが充満しており、トゥリが馬鹿みたいに連発する発火の魔法のせいで気温すら上がってしまっているようで。

 周囲には煙が漂い視界も悪化している。スティナがいかに素早かろうとも、見ただけで決して触れるわけにはいかぬ大きさの炎を生み出せる相手に、速さで勝負するのはあまりに不利だ。

 逃げ道を封じられ、視界をすら塞がれ、そして、トゥリは念を入れるためにスティナの足を潰しにかかる。

 トゥリの目には、それまで頭のみを狙ってきたせいで虚を突かれ、避けることすらできず両足を炎に巻き込まれるスティナの姿が見えた。

 確かに見えたのだ。

 しかし現実に、そこにスティナは居なかった。


「ば、馬鹿な! そこに! そこに居るだろう! 何故燃えん!」


 スティナの歩法により、トゥリはスティナまでの距離感を失っていた。


「もちろん、そこに、私は居ないからよ」


 声を発してすらいるのに、トゥリにはその声がどこから聞こえてくるかわからない。

 トゥリの炎は何度も何度もスティナを燃やす。だが、完全にスティナの術中にあるトゥリには、正確なスティナの位置を見出すことができない。


「いい、魔法だったわ。それじゃ、最期に私の魔法を見て死になさい」


 声は前方、トゥリの目に見えるスティナの位置から聞こえた。それと同時に、背後よりトゥリが警戒のために張っていた不可視の盾を、力ずくで切り裂く一撃を受ける。

 飛ばされたトゥリの首が宙を舞い、最期の瞬間、前ではなく後ろにスティナの姿を認める。

 魔法使いに幻術は通じない。なのにそれはまるで夢か幻のようで。

 道理が通らず、理屈も存在しない。故に、何故そうなるのかがわからない。かつて、イジョラの前身であった国にて人が魔法を学び始めた頃、人にとっての魔法とはそういったシロモノであった。


『原初の、魔法だとでもいうのか? 冗談じゃ、ねえ……』


 いじわるスティナは、これから死にゆく者が相手であっても、平気な顔でこんないじわるができてしまうのである。


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