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無双系女騎士、なのでくっころは無い  作者: 赤木一広(和)
第十一章 カヤーニ牢獄
175/212

175.迎撃準備完了


 ハチナナハチ・ハチサンニは、いつも通りに起床するといつも通りに身支度を整えた後、誰に言われるでもなく自牢を綺麗に掃除し始める。

 埃を払い落としほうきで掃いた後、前夜のうちに汲んでおいた水に雑巾をひたし、これを絞って部屋中を綺麗に拭く。

 毎日やっていることだ、部屋はここまでしなくても充分綺麗ではあるが、これを守らなければ看守にヒドイ目に遭わされる。ハチサンニは手を抜かずきちんと掃除を終えた。

 牢を清潔にするという方針は、ここカヤーニ牢獄の囚人は貴族である魔法使いと日常的に接するので、彼らを不快にさせないためである。

 今日は外の当番ではない休みの日だ。普段ならば廊下なり食堂なりの掃除をこの後しなければならないのだが、今日はそちらは休みだ。ハチサンニがこれといってすることもなくのんびりとしていると、隣の牢から声が聞こえた。


「よーハチサンニ、生きてるかー」

「ああ、今日もなんとかな。ロクイチサンも元気そうで何よりだ」


 少し間があってから、ロクイチサンの沈んだ声が聞こえた。


「……ロクキュウキュウ、昨日の夜だってよ」

「そうか……良い奴だったな」

「ああ」


 暗い話題になりそうだったので、ハチサンニは陽気に返す。


「だが、ロクイチサンはしぶといな。ロクキュウキュウだってアンタの後に来たんだったろ。まったくあやかりたいぜ」

「ははははは、そうだろ、そうだろ。俺はな、しぶといんだ。そう簡単にくたばったり、しねえんだ、よ。くたばって、たまる、かって、の」

「……おい」

「ああ、チクショウ、死にたくねえなあ。昨日からずっとよ、俺、痛くてしょうがねえのよ。知ってるか? ゴゴロクの話。アイツな、まだ生きてるんだけどよ、痛いんだってさ。痛くて痛くてどうしようもなくて、それでも生きてるんだってよ。俺も、そうなるのかなぁ、嫌だなぁ、痛ぇのは、本当にきっついんだわ。なあ、ハチサンニよう、俺、痛いの、ダメなんだって」


 ハチサンニは返す言葉に詰まる。そうこうしている間に、くぐもった声と破裂音。最後に、液体をたらしたような音が聞こえた。

 こういった時どうするかは看守より教わっている。

 鉄格子がはまっている牢の入り口まで行って、そこで大声で叫ぶ。


「おおい! 破裂だ! 急いで来てくれ! ロクイチサンが破裂だ!」


 鉄格子側まで行くと、隣の牢からむせるような強い血臭が漂ってきているのがわかる。

 破裂とは死に方の一つで、文字通り全身が破裂しそこら中に血が飛び散って死ぬ死に方を指す。この場合、周囲に強い匂いがついてしまうため見つけた者はすぐに看守に報せるよう言われている。

 カヤーニ牢獄の囚人は、その身体を各種魔法の実験材料にされている。どの魔法がどこまで身体に影響を及ぼすのかを様々な状況毎に調べる、基礎魔法研究という奴である。とても重要な研究であり、このための予算は毎年かなりのものが計上されている。

 看守を呼びながら、ハチサンニは最早見る影もなくなっているだろうロクイチサンに心の中で語り掛ける。


『よう、今頃は死者の国か? なあ、そっちはどうだ? やっぱりクソみたいな所か? とはいえ、幾らなんでもここよかひでぇってこたぁねえと思うけどな』







 カヤーニ研究所所長が出先から戻ってくる気配が欠片もないので、同研究所副所長であるアートス・ウトリオは、本来は所長以外は受けてはいけない遠話の術を受信する。


「はい、こちらカヤーニ研究所。所長不在のため、副所長のアートス・ウトリオが承ります」


 遠話の術は所定の術式を施した部屋同士で、相応の触媒を消費すればどれだけ離れていようとも会話が可能になるという画期的な術だ。

 問題はその触媒が馬鹿みたいに高価であるということで、この魔法を使用するための予算額を考えるに、年に数回使えるかどうか、といったことになってしまう。

 所長ではないと聞いた向こう側は、多少間があいてから構わないという返事をくれた。この高価な魔法に対し、最高責任者以外が出てくるというのはとても常識外れな行為なのである。


『占術科からの警告だ。特級犯罪者集団、殿下商会による次回襲撃先の候補にそちらのカヤーニ牢獄が挙がっている。殿下商会の話は聞いているな?』

「はい。占術ですか、可能性はどれほどで?」

『挙がったのはカヤーニ含めて三か所。三分の一だが、ヒュヴィンカーからの距離を考えるにカヤーニに来る可能性は低め、とみている』

「居場所の特定はしていないのですか?」

『既に一度やっている。もう一度やらせるのは、少し、難しいな』


 無条件で居場所を特定する魔法は生命の危険が伴うものだ。そう易々と何度も使えるわけではない。


「わかりました。援軍は無しですか」

『いや、カヤーニの街に休暇中の近衛が二人いる。それを使っていい、許可は出す』

「近衛を? それはありがたいですが、よろしいのですか?」

『……殿下商会の戦闘詳細は見たか?』

「はい。下手な魔法使いでは相手になりません。無駄に消耗するだけだと私も思います」

『話が早くて助かる。北極族の呪詛、それもヒュヴィンカーの魔法陣を使った強力な個体八千でも殺せない相手だ。兵を集めても意味はないだろう。カヤーニ牢獄に元近衛はいるか?』

「牢獄将シュルヴェステル様がいらっしゃいます」

『そうか、なら後は精鋭を揃えその三人を中心に迎撃態勢を整えてくれ。……ヒト人形研究所失墜の件で、陛下が激怒されたらしい。失態は文字通り首が飛ぶと思えよ』

「了解、しました」


 王の怒りと聞いて思わず生唾を飲み込むアートス。

 近衛とは、正式には王宮近衛隊という。毎年一回王都にて近衛試験が行なわれ、極めて厳しい、それこそ死人が出るほどの試験を乗り越えた者のみに近衛入隊の権利が与えられる。

 王宮近衛隊の仕事は主に王の手足となって動くことで、具体的な業務内容は多岐に渡る。またその試験の厳しさから近衛試験突破者への信頼度は高く、近衛を辞した後も仕事に困ることはない。

 それどころか元近衛ともなれば平均的な魔法使いの収入の十倍を軽く超える報酬が期待できる。そうした待遇の良さを求めて、毎年近衛試験には多数の参加者が集まるのだが、必要とされる武力が常軌を逸したものであるため、毎年合格者は五人も出ないのが実情だ。

 イジョラ魔法王国において、近衛、もしくは元近衛であるというのは、何よりも信頼できる実力の証となるのだ。

 かのイジョラ魔法兵団ツールサスの剣の面々も半数以上が近衛試験突破者である。ちなみに、軍に入る前のテオドルはただの犯罪者だったので試験を受けられず、パニーラは試験で広域攻撃魔法を使い受験者だけでなく試験官まで殺してしまったため不合格を出された挙げ句罪に問われてしまい(殺したことではなく、使用制限されている広域攻撃魔法を使ったことによる)、頭にきて二度と受けていない。

 遠話の術の相手は、健闘を祈る、と告げて術を終える。

 さて、とアートスは通達のあった殿下商会の詳細を思い出す。

 四人組、全員が一騎当千の兵で、身体能力が異常に高い。剣術、体術に優れ、反応速度が人間離れしている。いわゆる肉体強化型と呼ばれる魔法使いである。

 この型は魔法の熟練のみならず自身の肉体を相当に鍛えている者が多く、その相乗効果から実戦では他の型の魔法使いより優れた力を発揮しやすいと言われている。


『わかりやすいのは助かるんだが、それだけでこうまで被害が出るというのも尋常ではないな。……近衛が見境なく暴れ出した、という表現、決して誇張ではないということか』


 アートスは部屋を出て廊下を歩きながら考えをまとめ、カヤーニ牢獄警備詰め所を訪れる。

 カヤーニ牢獄の警備員が集まる場所で、ここの警備室長の部屋を訪ねる。

 通りすがりに詰め所で椅子に座って待機している警備員から声を掛けられた。


「ウトリオ副所長、また何か問題ですか?」

「勘弁してくださいよ、俺今月まだ休暇残ってるんっすから」


 警備員たちとアートスの仲は悪くない。アートスはカヤーニ研究所の副所長だが、同時にカヤーニ牢獄の総務の仕事もやっているため、何かと警備員たちもアートスの世話になっているのだ。


「問題も問題、大問題だ。休暇は諦めるんだな」


 うげぇ、とかいう彼らのうめき声を背中に聞きながら警備室長の部屋に入る。

 部屋の奥には大きな机と椅子があり、これに腰掛けた青年、ヨエル・マリネンが机に積まれた書類に目を通している。


「ん? アートスか、どうした」


 アートスは肩をすくめながらとても気安い調子で言った。


「占術科からの警告だ。例の殿下商会な、三分の一でウチに来るってよ」

「そうか……殿下、商会? おい、ちょっと待て。殿下商会って、ついこの間通達が来たあれか?」

「ああ、驚いたか」

「もしかしたら、ぐらいには考えていたが本当に来るとはな。シュルヴェステル様には?」

「まだだ。先にどう備えるかのすり合わせをしときたくてな。こっちで話まとめとかないとあの方、好き勝手に動いた挙げ句見た目美人だからって平気で手出そうとするだろ。後、ウチの所長は当分山頂から戻ってこない。占術科からの警告って話してもきっとな」


 大きく嘆息するヨエル。


「ウチもあまり他所のことは言えんが、そっちもそっちで大概だな。ホント、もう、どうにかならんのかあの二人は」


 カヤーニ牢獄のシュルヴェステル、カヤーニ研究所の所長、この二人はそれぞれの最高責任者でありながら、責任を果たすどころか自分の興味の向かないことには一切手を出さない自分勝手で傍若無人な人間であった。

 その分のしわ寄せは、副所長であるアートスと牢獄警備の次長にあたるヨエルに来るのである。

 気を取り直すようにヨエルは言う。


「だが、こういう時には元近衛のシュルヴェステル様は頼もしいだろう。獄卒隊も揃えばそうそう遅れは取らん」

「そうだな。カヤーニにいる二人の近衛も使っていいそうだ。牢獄と研究所はすぐ側にあるからいいが、山頂研究室は距離がありすぎる。そっちを守るのにこの近衛二人を使おうと思うんだが」

「近衛も色々だからな、そこはその二人を見てから決める。……敵は近衛と思え、と通達にはあった。だとしたら、兵は居ても役に立たん。むしろ敵が来たら避難させた方がいいんだが……」

「近衛並みが相手だってんなら仕方がないところだ。ただ牢獄全体が混乱すると思うから、これを収める仕事はしてもらうぞ」

「ああ、その殿下商会ってのとやりあう場所に出さないんならいい。精鋭だけでやるとして、三十、ってところか」

「十五ずつ山頂とこちらとに分ける形か?」

「山頂研究室の価値を考えればそれが妥当か。上には確か剣士殿がいたな」

「上に行ったら所長にも出張ってもらうさ。こっちはシュルヴェステル様を軸に、後はお前がまとめればなんとかなるだろ」

「そうだな。それに獄卒隊、本当に強いぞあれは。獄卒隊が五人で連携すれば、恐らくシュルヴェステル様より強いだろうからな」

「そこまでか? おいおい、褒めすぎだろさすがに」


 獄卒隊の五人は元々この牢獄での被験者であり、ここでの研究成果を見える形にしろと命を受けたアートスが調整したのがあの獄卒隊であるのだ。

 その見事な能力をシュルヴェステルが気に入り、ああして常に側に置いておくようになったのだ。

 眉根を寄せつつヨエルは付け加える。


「その分お前自身が弱すぎる。仮にも魔法使いだろうが、研究ばっかしとらんで身体も鍛えろといつも言っているだろう」

「へ、陛下はそうはおっしゃってないっ。研究者は学問の道を邁進すればいいって言ってくれてんだよっ」

「自分の身もロクに守れないでは話にならんと言ってるんだ。緊急時の避難計画と囚人への対処、その他こまごまとした指示に関してはお前に任せていいな」

「ああ、緊急時の各種対応は元々作ってあるからな。特に問題はない」


 魔法研究よりこういうのやらせた方がよほど頼りになるな、とヨエルは苦笑する。

 殿下商会の危険さはその通達を見れば十分に理解できる。だがここはカヤーニ牢獄であるのだ。

 元より重要な施設であり警備には優れた者を用意してあるし、ここに近衛が二人加わるというのだ。元近衛であるシュルヴェステルに獄卒隊の五人がいて、山頂研究室には研究のために作った剣を試験運用する通称剣士殿がいる。

 そしてこれを考えているヨエルもまた、自らの武には自信がある。

 ここは牢獄で、その施設は防備に優れた造りになっているが、ヨエルが頼りにするのはそんなものではない。

 ここに集まる歴戦の魔法使いたちなのである。






 カヤーニの山頂研究室に今、明らかに過剰と思われる戦力が集中していた。

 イジョラが誇る現役の近衛、トゥリとタイヴァスの二人組がこの地に揃う。

 二人を出迎えるのは山頂研究室に籠っていたはずのカヤーニ魔法研究所の所長である。

 彼は驚きと歓喜に満ちた顔で彼らを見ていた。


「見事! 見事なり! さすがは近衛よ! ウチの強化兵をこうも容易く倒そうとはな!」


 うんざり顔でトゥリは所長を見返す。


「おい、これで信用してもらえたのか? 俺たちが本当の近衛だって」


 所長は一瞬怪訝そうな顔に。


「信用? おおっ! そうそう、そういう設定だったな」

「設定て……おいっ! お前もしかして俺たちが近衛だってのわかってて吹っ掛けたのか!?」


 たった今、所長は彼ら二人が近衛だと言ってこの場所まで来たのに対し、信用できぬから実力を示してみせろとカヤーニ魔法研究所にて魔法で強化した人間を二人にけしかけたのである。

 二人の周囲には、五人が見る影もなく焼け焦げすすけた姿で倒れている。また別の五人は、まるで大空高くより叩きつけられたかのような歪な形に潰れ歪みながら倒れ伏していた。

 所長はまるで悪びれた様子もない。


「ははは、良き哉良き哉。近衛とはこうでなくてはな……では、最終試験といこうか」


 所長の言葉と同時に、トゥリとタイヴァスは左右に大きく飛び分かれる。

 風切り音。

 横薙ぎに振るわれたその一刀は、二人の背後より放たれたものだ。いつの間に後ろを、と背中を取られた不覚に苛立ちながら襲撃者を見るトゥリとタイヴァス。

 真に優れた魔法使いとは、戦う術としての魔法を身に着けている者を言う。そこには身のこなしであったり反応速度であったりも含まれる。

 そういう意味でも、トゥリもタイヴァスも一級の魔法使いと呼ぶに相応しい人間であろう。

 殺意に満ちた一撃に、覚えた怒りそのままに襲い掛かろうとしてトゥリもタイヴァスも足を止める。


「「カンガストゥスか!」」


 本気で殺しに掛かっておきながら、カンガストゥスは笑みをすら浮かべ嬉しそうに言った。


「相変わらず腕は落ちていないようだな、重畳重畳。近衛でもコレをかわせるのは半分もいないだろうに」


 カンガストゥス。彼は元近衛である。その剣の腕を見込まれ、研究所での実験に参加しているのだ。

 トゥリは憎々し気に言う。


「お前……全然変わってねえのな。味方が相手でもお構いなしってところ直せって何度も言われてたろ」


 同じく呆れ顔のタイヴァスであったが、こちらは旧知の友に出会えて多少なりと嬉しそうだ。


「だが、期せずして近衛が三人揃ったわけだ。例の殿下商会が噂通りの実力者ならば、随分と面白い戦いになるのではないか?」


 トゥリ(火)、タイヴァス(空)、カンガストゥス(陽炎)、三人共が本名ではない。近衛として活動する際、こうして偽名を付ける者がいる。近衛の中でも相応の実力者にのみ許される異名である。

 カンガストゥスは含み笑う。


「牢獄の方にもとんでもない化け物がいるぞ。この仕事が終わったら一度会ってみるといい」


 興味深げにタイヴァスが問い返す。


「もしやシュルヴェステルのことか? アレが近衛であった頃は俺とは時期がズレているので実力はよく知らんのだ」


 カンガストゥスの含み笑いが大きくなる。


「行けばわかる。在野にも恐るべき人物が眠っているものよ。せいぜい楽しみにしていろ……おいお前ら、もし殿下商会来なかったら、俺と殺し合わんか?」


 トゥリもタイヴァスも、カンガストゥスがこれを本気で問うていると知っている。なので同時に応えた。


「「断る」」


 トゥリもタイヴァスもカンガストゥスも、伝え聞いた戦果から殿下商会の恐ろしさを理解はしているものの、これだけ揃った戦力で、負けるなどと欠片も思いはしないのである。


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