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172.反乱軍の内側事情


 シルヴィはその後、クッカ王女を合流地点に居た騎馬隊に預ける。


「……うわー、本当にやりやがったよこの人。ありえねー。てか何この人クッカ王女じゃねーか。王族さらってくるとかいったい何事よコレ」

「へえ、そうだったんだ。ねえねえ、でも言った通りだったでしょ。千人の軍でも私大丈夫だし! うんうん、自信はあったんだけどね。でも、実際にやれるかどうか、やってみなくちゃわかんないし。でもっ! 私できたよ! 凄いよね! 千人とかときちんと戦えたよ私!」


 前に五百の軍に突っ込んだ時は、途中で馬を乗り捨てなければならなくなっていた。だが、今回は馬の運用配分を考えて走らせつつ、武器も工夫したし、戦い方も前より効率的なやり方を学んだ。

 だからきっと戦える。そうなれるよう考えて準備していたのが上手くいったのだ。シルヴィはとても上機嫌であった。

 そして、問題であった騎馬をも止められる巨体の兵士は仕留めておいたので、次からは騎馬隊も突撃に参加できる。

 クッカ王女は本隊に届けさせつつ、残った騎馬隊とシルヴィはこの後もヘイケラ公爵派の援軍を、執拗に襲い続けることでその足止めを行なった。

 しばらくそうしていると、本隊から報せが届く。

 アルト王子軍を本隊が撃破したと。

 騎馬隊の皆が歓喜の声を上げる中、シルヴィはというと喜ぶというよりは安堵という方が近かった。

 これから先、反乱軍がイジョラ軍と戦っていけるのか、その試金石となる戦いであったのだ。本音を言うのならばシルヴィも本隊の方に参加したかったし、そちらでシルヴィが先陣を切り敵陣を切り裂いてやれば、かなり優位に戦は進むとの確信もあった。

 だが、シルヴィがそうしてしまえば、シルヴィがそうすれば勝てると思ってしまえば、反乱軍の将も兵も、勝つための工夫をしなくなってしまう。それではダメなのだ。

 これはやらなければならないことだ、そうシルヴィもわかってはいたのだが、シルヴィがいれば勝てる戦にシルヴィ抜きで挑んで、挙げ句もし負けて、より大勢の人間が死ぬようなことになったら、シルヴィはそう考えると心が苦しくて仕方がなかったのだ。

 援軍はこれで撤退するだろう。

 王女をさらわれたという汚点を補うべく攻撃を続ける、なんて状況ではなくなってしまったのだから。

 彼らの撤退を見守った後で、シルヴィたちも砦へと帰還する。

 戻るなり、皆での大戦勝祝いの宴である。

 今度は前と違い、誰しもが己の武勇を皆に誇り合っている。シルヴィだけがやたら持ち上げられた前の戦と違い、今回はたくさんの英雄が戦で生まれていたのだ。

 そんな戦勝祝いの最中に、反乱軍首脳部は即応が必要な話だけはと話し合いの場を設け、シルヴィも参加した。

 だがそこで、シルヴィは決して聞き逃せぬ話を聞いてしまった。


「……え? ごめん、もう一度言ってもらっていい?」

「ん? 殿下商会の話か?」

「うん。えっと、その殿下商会っていうの。私の聞き間違いじゃなければ、美男子が一人、美人が三人の計四人、でいいんだよね? しかも女二人は金髪と銀髪で」

「ああ、とんでもねえワルだぜコイツら。かのテオドル・シェルストレームの再来って言われてるぐらいだ。信じられるか? たった四人でだぜ、魔法使いだらけの研究施設襲撃して焼き払っちまったんだってよ」

「そ、それより、その前の話、確認したいんだけど?」

「前? ってああ、その殿下商会って連中が、反乱軍にも吹っ掛けてきやがったって話か。百人の反乱軍が皆殺しだとよ。クソッ、良くもやりたがったな。絶対許せねえ……」


 シルヴィは音を立てて席を立つ。


「ごめん、私用事を思い出したからすぐに実家に帰るねうんだからもう反乱軍じゃないからそこのところはっきりとしておきたいんだけどいいかな。私、反乱軍抜ける、いい?」


 隣の席に座っていた男が驚いた顔で問い返す。


「お、おい、いきなりどうした」

「うんもしかしたらもうすぐそこまで来てるかもしれないからその場合きちんと意思表示しておかないと私も巻き込まれるっていうかあの人たちの敵に回るとか私絶対やらないから。感情的にも恩義的にも実力的にも」

「知り合いか? おいおい、たった四人になんだってそこまで。義理があるってんなら……」

「義理がなかったとしても私は引くよ。反乱軍には上手くいってほしいと思うし、そのために手を貸すのも嫌じゃないけど、でも、あの四人と既に敵対してるっていうんなら私は手を引く。あの四人ね、四人共、私一対一で戦っても勝てる気しないんだよ」


 会議に集まっている全員の顔色が変わる。


「え、ちょ、ちょっと待て。シルヴィより強い奴がこの世にいるってのか?」

「実際に勝つか負けるかは戦ってみないとわからないけど、それも一対一ならの話で。四人、ていうか内の二人だけでも同時に来たら確実に負ける。それと、あの四人に攻められたら反乱軍絶対にもたないよ。どうにかしようと思ったら、あの四人を万の軍勢で完全包囲でもしなきゃ、あーうん、万じゃ足りない、かもしんない……逃げにかかられたらそれでも厳しいか、厳しいね、うん。つまり、無理。私からの助言としては、一刻も早く和解すること、かな」


 シルヴィは表現を誇張したりしない。自分が思った数字をそのまんま口にする。

 それがわかっていても、集まっている者たちは大げさな、と口にした。

 シルヴィは首を横に振る。


「せめても反乱軍への義理もあるから、向こうにつくこともしない。でも、このまま反乱軍にいるのも無理」

「千の軍に単騎で突っ込んだお前さんだろ。それが何をそんなに怯えて……」

「千の軍なら飛び込んでも抜けてこられる自信あるけど、その四人に狙われたら生きていられる自信ない。……その百人の反乱軍と戦った経緯とか、聞いてる?」

「北部反乱軍の連中から伝え聞いた話だが……」


 シルヴィは大きく息を吸って吐く。深呼吸を三度繰り返した後、椅子に座り直した。


「ごめん、あんまりにあんまりなことなんでちょっと狼狽えちゃった。ともかく、どうしてその四人と敵対したのか、それをはっきりさせよう。そのうえで、向こうが悪ければ……うん、その時はもう諦めよう。悪いとわかってて反乱軍襲ったってことなら、もう何をしても手遅れだと思う。でもこっちが悪いから戦いになったっていうんなら、きちんと謝って許しを請えば、もしかしたらなんとかなるかもしれない」


 シルヴィの必死さに釣られて皆も真剣に語りだす。シルヴィがここまで取り乱すのを初めて見たせいというのもあろうが。

 聞いた話では、反乱軍側に非はなくいかにその殿下商会なる無頼漢たちが非道であったかを延々語られたらしい。

 だが、北部反乱軍もそれ以上の衝突はなかったということで、殿下商会が反乱軍を狙ったというより、突発的な事件であったのだろうとなる。

 一人の男が首を傾げつつ発言すると、他の者たちも続く。


「イジョラの貴族を守ったという話だろう。それではどうあってもこちらの敵になるしかないのではないか?」

「でも、噂じゃアルト王子とも揉めてたって話だぜ。嘘か本当か、魔法使い十人と五百の兵をぶっ殺したとか」

「てかシルヴィが四人? そんな戦力想定できないんだけど。シルヴィ四人いたらもう、セヴェリ王だって殺せちまうんじゃねえのか?」

「本格的に意味がわかんねえな。貴族に味方して反乱軍殺したと思ったら、四大貴族にもケンカ売って、挙げ句王直轄の魔法研究機関燃やしたとか、触れる者皆ぶち殺す狂犬か何かかよ」


 ちょっと遠い目をするシルヴィ。


『カレリアでの噂聞く限りじゃ、正にそのとーりって感じだよね。話せばすっごく良い人たちだし、一緒に戦えば誰よりも頼もしいんだけど』


 とにもかくにも会議の結論は、どこにいるかわかりしだい和解の使者を送ること、もし見かけたら間違ってもこちらからは手を出さないこと、これを徹底するということで話はまとまった。

 ただ、北部反乱軍と東部反乱軍とは全くの別組織であり、この会議の内容を向こうも共有してくれるかは不明だ。仲間を殺されているのだから、こちらの言葉なぞ耳も貸さない可能性の方が高いだろう。

 シルヴィなどは、反乱軍もかなり強引なところがあるから、それがあの人たちの気に障ったのかもしれない、と自分の実体験を踏まえそんなことを考えていた。

 その時シルヴィの馬を殺すなんて真似をしでかしてくれた男は、現在カレリアの地で穀物の手配に四苦八苦してるとか。仕入れ自体はそれほど難しくないのだが、これをイジョラへと密輸するのが難しいそうな。

 カレリアからイジョラへの越境は固く禁じられているため、傭兵たちもここまで来るのにはかなり苦労をしたと言っていた。

 直前に戦をしていたというのに、イジョラでの反乱に対しカレリアから反乱軍にこれまで接触はない。

 反乱軍側から使者を出したりはしているのだが、社交辞令的な返答が来るのみで国境は反乱軍云々とは関係なくイジョラ魔法王国にそうするのと同じ対応である。反乱軍側は門前払いではないだけマシだ、と辛抱強く交渉を続けている。

 これ以外の細かなことを話し合っていると、一人の兵士が会議室へと駆けこんできた。


「すんません! 誰か来てもらっていいっすか!」


 慌てた様子の兵士曰く、捕虜のクッカ王女が危ないらしい。

 こりゃまずい、とシルヴィが急ぎ飛び出す。窓から。

 廊下を通ると遅くなるので窓から外に出て、会議室のある三階から飛び降りて一階の窓から中に入り、地下室へと駆けていく。

 案の定ぎりぎりであった。

 地下牢に閉じ込められていたクッカ王女は、興奮する兵士たちに廊下へと引きずり出されているところであった。

 しかもこれに抵抗するそぶりを見せたせいで兵士の逆鱗に触れ、その足を剣で斬り落とされそうになっていたところを、シルヴィが待ったー、と声を掛けてどうにか剣は止まってくれた。

 もちろん、シルヴィが来たところで兵士たちは全く収まってはくれない。


「せっかく捕まえたんじゃねえか! だったら俺達にも嬲らせろ! このクソ女のせいで仲間がどれだけ殺られたと思ってんだよ!」

「さんざっぱら俺たちの税で美味いもん食ってきた奴じゃねえか! その育った肉全部俺たちの血肉だろうが! 欠片も残さず剥ぎ取ってやらあ!」

「こっ、コイツだよ! コイツがなめたこと喚いたせいで隣の村の女ぁ全員さらわれちまったんだよ!」


 クッカ王女、意外に平民と関わりがあるようで。直接的にクッカ王女の被害に遭ったという兵士もいた。

 理屈の通る状態ではない彼らだったが、シルヴィは彼らには全く同調せずに言う。


「誰がそんな命令を出したの? 誰がそんな指示を出したの? ここは、いつから盗賊の集まりになったの?」


 むさくるしいの極みのような男衆が激情の赴くがままに喚き怒鳴り騒ぎ立てる中、シルヴィのような愛らしい顔立ちの娘が立っているという絵面はもうそれだけで大層よろしくないものであるが、シルヴィはこの場にいる誰よりも背が高く、またここにいる全員を易々と叩きのめすことができる実に威圧的な存在であり、男たちは無理に前へと出ようとはしない。

 だが納得がいかないのか尚も言い募る。


「盗賊はコイツらだろうが! 俺たちはやられたことをやり返すだけだ! こちとら必死になって命懸けで戦ったんだ! そのぐらいいいだろうが!」

「じゃあやり返しに行きなよ。こんな簡単手軽にできる相手じゃなくて、兵士に囲まれ魔法を撃ってくる凄い魔法使いにでもやり返してくればいいよ。それなら誰も文句なんて言わない。盗賊に仕返しがしたいんでしょ? なら早く行ってきなよ。私は止めないから」

「な、何言ってんだよアンタ!」

「凄い魔法使いにやり返しに行った人いるよ。自分が絶対死ぬってわかってるのに、アルト王子の首取った人いるよ。できないなんて言わせない。勝てなかったけど、アルト王子の軍に忍び込んでたくさんの勇敢な兵士が戦って死んだよ。あの人たちに文句言う人なんて一人もいない。命懸け? ねえ、こんな所で反撃もできない女の子囲んでる貴方たちのどこが命懸けで戦う勇敢な兵士だっていうの? 反乱軍のためにならないのに好き勝手したいっていうんなら自分の力でそうしなよ。貴方たちの機嫌を取るために私はこの人拾ってきたんじゃないよ」


 言葉だけではなく、珍しく怒っているシルヴィの気配に圧され、集まった兵士たちは後ずさる。

 皆を見渡し睨み付けながらシルヴィは宣言する。


「この人の処遇は私が決める。わかったならさっさと帰って」


 全員、全く納得のいってない顔であったがシルヴィに逆らうのは怖いのか言われるがままに一人、また一人とこの場を去る。

 捨て台詞の一つも言いたそうな顔であったが、怒っているシルヴィの機嫌を損ねる気にはとてもなれず一言もないままであった。

 皆が去った後、その場に残った二人は牢番である。


「……牢、開けたの?」

「逆らえる勢いじゃなかったんだって! 勘弁してくれ! 敵と戦って殺されるんならまだしも、味方のリンチで殺されるなんて冗談じゃねえ!」


 くすっと笑うシルヴィ。


「その時はきちんと仇を取ってあげるよ」

「全然嬉しくねえよそれ!」


 その頃になってようやく反乱軍の指揮官級が幾人か駆けつけてきた。

 シルヴィは状況を彼らに説明し、急いでクッカ王女への尋問を終わらせようと伝えると、彼らも了承する。

 尋問にはシルヴィがつく。相手は王女であるからして相応に優れた魔法使いであろうし、ならば魔法を使われても対処できるシルヴィは必須であった。

 いまだ廊下に寝転がったままの、全身を縄で縛られ猿轡を噛まされているクッカ王女の後ろ襟を、シルヴィは掴み引きずりながら尋問のための部屋へと向かう。

 これを見る限り少なくともシルヴィに、イジョラ王族に対する敬意なんてものはないように思われた。




「で、色々と聞きたいことがあるんだけど、いいかな」


 そう言ってシルヴィは、椅子に座らせたクッカ王女の猿轡を解く。

 即座に魔法で反撃、を警戒していた同席している反乱軍幹部たちであったが、クッカ王女はそこまで愚かでもないようで憎々し気にシルヴィを睨むのみだ。

 猿轡で締め付けられていた口元を何度も撫でた後で、クッカ王女は口を開いた。


「……貴様らは戦の作法も知らぬようだから教えてやる。捕虜、それも高貴なる相手となれば相応の部屋を用意するものだ。ましてや兵の暴走をすら御せぬなどと、指揮官として最も恥ずべきものであるぞ」


 いきなりのお言葉に、頭にきて言い返そうとした幹部を制し、シルヴィはクッカ王女に先を促す。


「だが、農民たちが捕虜交換の作法を知らぬのも道理よ。よかろう、王女たるこの私が直々に説明してやろう」


 また別の幹部が顔を真っ赤に染めて言い返そうとするが、こちらもシルヴィが手で制する。

 クッカ王女は、使者のやりとり、身代金の相場、捕虜交換の具体的なやり方、ついでに開戦に際しての宣誓や、降伏勧告とこれの受け入れ方、一般的な戦の終戦までの流れを澱みなく説明する。

 軍の後方勤務を手伝っていただけあって、この辺りの知識は相当なものがあるようだし、他者にこれを説明するのも手慣れた様子だ。

 その言い草に腹を立てていた幹部たちも、これは為になると聞き入っている。

 そして最後に王女はこう締めた。


「これ以上の情報提供は交渉に差し障る。本来、ここまで教えてやる義理もないのだが、知らず越えてはならぬ一線を越えてしまったなどとなっては互いの為にならぬでな」


 うんうん、と二度頷くシルヴィ。


「そこまでが捕虜が出せる情報だろうね。で、その先を私たちは聞きたいんだけど、いいかな」

「……貴様、人の話を聞いていたのか?」

「貴女は重大なことを見落としてる」

「何?」

「これは、戦じゃないんだよ。農民反乱なの。イジョラ魔法王国側は、決して私たち反乱軍との交渉の席に立つことはない。そんなことしたら国の権威が大きく損なわれる。イジョラ魔法王国側は絶対に、私たちを対等の相手と認めないよ」

「そういう考えもあるかもしれん。だが、現に敵はいて、軍がいて、そして戦わねばならぬ。ならば戦の始まりと終わりを定めるしきたりは必要であろう」

「そうだね。もしかしたら話の分かる将軍さんもいるかもしれないし、そういう相手となら交渉もできるかもしれない。でも、最後に絶対、イジョラ魔法王国は反乱軍との約定を破る。イジョラ王は絶対に私たち反乱軍を認めない。認めたくても認められないはずだよ。だってこっちは農民なんだから。農民に好き勝手を許したらイジョラはもう国として成立しなくなる。ここはそういう国なんだからね」


 農民に代表される平民たちには一切の権利が認められていない、そんな彼らの従属を前提とした国家運営を行っているイジョラが、農民平民による反乱を認めるわけにはいかないのだ。

 イジョラが最後の決着として望むのは、反乱の首謀者全員の処刑とこれまでの制度の存続であり、その為の手段としてしか交渉は存在しないだろう。そうシルヴィは言っているのだ。

 シルヴィは農民の出でありながらも貴族に匹敵する教育を受けている。そこには今クッカ王女が口にした戦の作法も含まれているし、クッカ王女が敢えて口にしなかったことも、そしてその理由も全てわかっている。

 だから彼女の言葉に惑わされることはない。


「私たちが貴女に望むのは捕虜交換要員としてじゃない。王族ならではのより深い情報を得ているだろう情報源として、だけだよ。その役目すらこなせないというのなら、私が貴女の身を守る必要性も失われる。私の言ってる意味、わかるよね」


 シルヴィの言い草にクッカ王女は激昂して立ち上がる。


「ふざけるな! 仮にも王族たるこの私になんたる無礼か! ならば貴様ら下賤の者には理解できぬだろう我が誇り! 見せつけてくれるわ!」


 シルヴィはすっと立ち上がりクッカ王女の腕を掴む。その挙動があまりに音もない静かなものであったので、誰もが反応すらできなかった。

 そしてシルヴィは、この腕を手首を返す動きのみでへし折った。

 部屋中に響く苦痛の悲鳴。その場に倒れたクッカ王女を見下ろしながらシルヴィは言った。


「まだこのぐらいなら捕虜として扱える範疇だよ。捕まえた時に怪我をしたって言ってね。だからもっとやらないとわからないよね。ここまでやってしまったらもう捕虜としての価値はなくなっちゃったーってところまでやれば、私の言葉が本気だって理解してもらえるでしょ」


 シルヴィはクッカ王女の首を掴んで持ち上げる。

 そこにあった彼女の顔に、シルヴィは少し驚いた。


『あれ? もしかしてこの人、もう折れてない?』


 確かに、寸前に怒鳴り返してきた時には誇りや気概を感じられたものだが、腕をへし折った瞬間、完全にそれらは霧散してしまっていた。

 そしてクッカ王女は、最初は小さな声で、徐々に恐怖を堪えきれなくなってきたのか大声で、シルヴィの足元に跪いて命乞いを始める。

 逆にシルヴィがびっくりである。腕が折れた程度で仮にも軍籍を持つ者があっさりとこうなってしまうなんて、予想外にも程がある。


『いや骨折れるってすっごく痛いのわかるけど。でもこの人、将軍だよね? え? イジョラってこういう人でも将軍になれちゃうの?』


 困惑しつつもとりあえずやるべきことをやろう、と幾つか考えていた質問を投げかけると、それはもう立て板に水を流すようにべらべらと語ってくれた。

 反乱軍幹部たちは、さすがはシルヴィよ、といった尊敬の眼差しで見ていたが、シルヴィはそんな彼等の視線がいたたまれずに、尋問を途中で彼らに譲り自分はそそくさとその場を立ち去るのであった。


 追い返した兵士たちの手前、凄く嫌だけど自分がやらなきゃ、という気になって尋問を引き受けたシルヴィだったが、やはりこれはやりたくない仕事の内の一つだと再認識する。

 今回は物分かりの良すぎる相手であったため、大したことしないうちに全部話してくれたが、そんな程度のことで持ち上げられて居心地悪かったが、本来ならばもっと嫌なことをしなくてはならなかっただろう。

 つくづく、こういうのには向かないと思うシルヴィだ。


『みんなは、こういうのどうしてるのかな。久しぶりに会いたいなぁ』






 スティナは満面の笑みで言う。


「さすがにね、一人も証言が出ないってんじゃせっかく暴れた意味がないし。貴方は生かしといてあげるわよ。そっちのが何証言しても、もう誰もその言葉なんて信用しないでしょうし」


 中年の魔法使いは、恐怖に震えた目でそれを見ながら思った。


『そもそも、証言できないだろ、もう』


 元同僚の魔法使いの惨状から目を背けた中年の魔法使いは、ヒュヴィンカーの街で何が起こったのかを中央に報せるべく、街から放たれた。

 彼の報告には、女の内の一人は他者を傷つけることを至上の喜びとする恐ろしい人間である、とあった。

 スティナが他者を傷つけることを好まないのは事実であるが、何事も、やりすぎは誤解を招く元となるのである。


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