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170.農民相手にマジになるなよ恥ずかしい


 シルヴィ・イソラは捕虜となった貴族に話を聞いて、この反乱の大まかな概要を理解した。

 元々イジョラという国は、平民への税率が馬鹿みたいに高い国であった。

 他国との比較からそう感じたシルヴィだが、イジョラには魔法というものがあり、これで農業生産力を高めているという事情もあり、他国と比較しづらい部分もある。

 それが故にこそ、こんな高い税率を課すなんて真似もできたのだろうが。

 武力としての魔法、魔法使いがいなければ収穫が激減する農業、この二つによってイジョラの民は服従を余儀なくされてきたのだ。

 イジョラ貴族が農民に対し気を配ることと言えば、苛政が過ぎて平民人口が減り過ぎてしまっては領地の生産力が落ちてしまう、その一点だけである。

 だから今回のように、カレリアからの直接輸入が途絶えたせいでカレリアの産物価格が激増した件に関しても、一時的な措置としてカレリアとの直接交易が再開するまでの間、領民に負担を負ってもらうという話であったのだ。

 イジョラ貴族は領地の生産力が落ちるのもやむなし、と領民減少をすら想定内な増税を行なった。

 これは即ち、そんな税を掛けられては私たちが死んでしまいます、という領民の発言が一切誇張のない表現であったとしても貴族は、そうだな、と頷くだけという話である。

 またカレリアの産物を入手するための金額は、日に日に増大している。イジョラカレリア間の密輸が蔓延り出してはいるものの、その取引量は需要と比べればはるかに小さく、また南部諸国連合に対し今後カレリアが締め付けを厳しくするという噂もあるせいで価格の上昇に歯止めが利かなくなっているのだ。

 これに伴い、イジョラ農民が負担する税額も更に上がっていくことに。

 それでも、イジョラという閉鎖的な国が閉鎖的な国のままであったなら、農民たちは反乱なんて思いつきもしなかっただろう。

 近年、南部を治める四大貴族の一角、エルヴァスティ侯爵は、平民に一定の権利を認め自由を許すことで、その活動を活発化させ生産性を大きく上昇させることに成功していた。

 これにより商人が増えたことで国内間の取引も増え、南部の状況がイジョラ各地に伝わっていってしまう。

 遂に、イジョラの農民は比較対象を得たのだ。他国と比較したところで、イジョラには魔法があるから、の一言で大きくその前提条件が変わってきてしまう。だが、同じイジョラ国内でのことならば別だ。

 同じイジョラで、どうしてこうも差があるのか。それは堪えに堪えてきた不満に、正当性が与えられた瞬間でもある。

 特に締め付けの厳しい東部と西部では小競り合いが頻発し、それはやがて大きなうねりへと変わっていく。

 シルヴィがイジョラを訪れたのは、こんな時期であったのだ。

 そして今、イジョラ東部がイジョラ魔法王国の支配から逃れた。

 イジョラがこれを許すはずがない。即座に討伐軍が組織される、そう誰しもが思っていたのだが、何故かどうしてか、誰にも理由はわからないのだが、イジョラ軍が来ない。

 確かに直前の戦でカレリアと戦い、イジョラ最強のイジョラ魔法兵団は壊滅的被害を受けた。だが、イジョラ軍は当然それが全てではないし、外征に回せる軍も存在する。

 農民反乱はイジョラ建国以来初めての事態ではあるが、単純に武力として見た場合、魔法を擁するイジョラがこれを恐れる理由もないように思えた。

 そこらあたりをシルヴィは直接捕虜の貴族に聞いてみたのだが、彼の返答も困惑を伴ったものであった。


「四大貴族間で利害調整が済んでいないのかもしれないが、それにしても遅すぎる。まるでここを攻める気などないかのようだ……」


 今シルヴィが話しているこの若い魔法使いはかなりの変わり者で、貴族でありながら旅がしたいと言って実家を飛び出しイジョラ国内を単身でふらふらと旅して回っていたところ、東部に居合わせたせいで反乱に巻き込まれ危うく殺されそうになったのだが、偶々親切にした街の人間に庇ってもらい命だけは助けられたのだ。

 その後、他の捕らえられた貴族たちは非協力的であったことから随分な目に遭わされている中、彼だけは最初から協力的なため、こうしてまともに見られる姿で他人と話をすることができているのだ。

 シルヴィは眉間に皺を寄せて問い返す。


「そんなことありえるの?」

「ありえん」

「だよね。ほっといたらここ、独立しちゃうし」

「それがわからん中央とも思えんしな。後、外出許可はまだ出してもらえんのか?」

「ダメ。ねえ、エルヴァスティ侯爵って人、どんな人となりだかわかる?」

「直接の面識はない。私のような三男坊がお会いできる方ではないしな。伝聞で良ければ」

「うん、じゃあそれで」

「とてつもなく仕事に厳しいお方だとか。失敗した者にはまるで容赦がなく、無能と断じられた者は以後一切の利益供与を行なってもらえず、たとえ身内であろうと閑職に回されるらしい。……まさかとは思うが、あの方を口説こうなんて思っとらんだろうな」

「……無理かな?」

「絶対に無理だ。確かに平民に対して理解のある方ではあるが、あの方もイジョラ四大貴族の一人だぞ」

「でもきっと、残る他の三大貴族からは好かれてないよね?」

「ほお、それをきちんと掴んでいるか。反乱軍の諜報もなかなか侮れんではないか」

「あ、いや、諜報じゃなくて私が思っただけ。一人だけ平民と上手くやってて利益も上げてる人が、他の貴族に嫌われないわけないし」

「確かにな。それでも、反乱軍に与するというのはありえんだろう。そんな真似するぐらいならいっそあの方が単独で軍を挙げた方が話が早いだろうに。それだけの実力のあるお方だぞ」

「じゃあじゃあ、聞き方を変えるね。どこまでやればその人、手を貸してくれるようになると思う?」


 若い魔法使いの言葉が止まる。かなりの熟考が必要なようで、しばらく沈黙が続いた後、自信なさそうに彼は口を開いた。


「東部、北部まで抑えられたとしても、まだあの方は動かんだろう。だが、そうだな、だが、だ。アンタの言う通りかもしれん。他の三大貴族はどこまで行こうと絶対に反乱軍に与するなんてことにはならん。だが、あの方だけならば、戦況が極めて不利になれば独自の判断で動くこともありうる、かもしれない。そもそも中央の主流とも多少なりと距離を置いている方だしな」

「確信は持てなさそうだね」

「だから直接面識はないと言っている。それに、そんな予想だにしない状況であの方がどう動くかなど、それこそ当人にだってわかってないかもしれんぞ」

「わかった。ありがと、みんなにはすっごく協力的だったって言っておいてあげるね」

「助かる。あと、外出許可を。せめて街外れの山を散策するぐらいは……」

「だーめっ。今下手に外なんて出たら、事情を知らない兵士に殺されちゃうよ」

「こんな一室にいつまでも閉じこもっているぐらいなら死んだ方がマシだ。なあ、平民の恰好すれば問題ないんじゃないかと思うんだが……」

「服だけ変えてもすぐにわかるよ。身体もおっきいし、顔立ちも整ってるし、手も綺麗だし」

「……それ全部アンタにも当てはまらんか?」

「あはは、確かにそうかも。でも私はほら、武芸者だからっ」

「武芸が達者なのはわかるが……いや、でも確かにアンタの武は芸としても売り出せるぐらい凄いしこれでいいのか? いやしかし……」

「貴方みたいに、悪い人じゃなくて、個人としては誰からも恨みを買ってなくて、それできちんと協力的な魔法使いってすっごく貴重だから、大人しくしてればきっと大事にしてもらえるよ。時々、他の魔法使いがどうなってるのか自分の目で見ておけば、きっと自制もしやすくなると思う」

「……アンタ時々無邪気におっかないよな。わかったわかった、大人しくしてるよ」


 よろしい、とにこやかに言ってシルヴィは席を立つ。

 若い魔法使いが軟禁されている家を出ると、そこは奪取した砦に一番近い街である。

 砦はあくまで軍事的な拠点であり、反乱軍の根拠地は現在この街に置かれていた。

 シルヴィが現在の領主が住む場所に向かうと、その途上で何やら騒いでる人たちを見た。

 ああまたか、とシルヴィは苦笑する。現在この街には、なんとカレリアから多数の傭兵たちが押し寄せてきていた。

 カレリア国内に居場所がなくなった彼らは、すぐ近場で起こったこの反乱に加わろうと国境を越えてきたのだ。もちろん傭兵であるからして、金は払ってもらうつもりだが。

 農民反乱であるということから、軍事の専門家は重宝されるだろうという彼らの狙いは良いのだが、反乱軍はそもそも全員が手弁当で参加している者ばかり。

 そこに自分たちだけ金を寄越せと言われても、なかなか上手くはいかないだろう。一応、軍への参加は認められているし報酬も払われることになっているが、各所で揉め事が起こるのもまあ、当然と言えば当然の話だ。

 そしてシルヴィはといえばこの揉め事を華麗に放置。

 さっさと領主の館へと入っていってしまう。

 そして現在の領主の執務室に入ると、領主はシルヴィの顔を見るなり眉尻を下げ机にだらーっと身体を倒した。


「なーシルヴィよー。例の件、考え直しちゃくれねえか。頼むよー、こっちはもう手一杯なんだって」

「だめー。手一杯で忙しいのもわかるけど、でもだめー」

「それに傭兵たちに聞いたぜ、アンタ、カレリアで魔法兵団相手に大暴れしてたそうじゃねえか。なあ、その手際をよー、ウチの軍の大将として発揮しちゃあくんねえかなあ」


 カレリアから流れてきた傭兵たちだ。彼らは大半がカレリアの騎士軍で戦っていた者たちであり、シルヴィを見るなり目を丸くしていたそうな。後、シルヴィがここの皆と仲が良いのを見て、大半の傭兵がここで悪さをするのは止めたとも。

 そんなシルヴィならば反乱軍で傭兵たちと農民兵とを共に率いていけるだろう、と領主は、というか他の皆も考えたのだが、シルヴィはこれを断り続けていた。


「……少し真面目な話だ。気にしてる奴もいるから、そっちも真面目に答えてくれると助かる」

「ん?」

「シルヴィ、アンタカレリアの人間なんだってな。そのアンタがなんだってイジョラに来てるんだ? カレリアの戦で大手柄立てたんだろう? そんなアンタがここにいるのは、カレリアによる工作のためだって言ってる奴がいるんだ」

「うーん、工作をしろっていうか、諜報しろとは言われたよ」


 領主の表情が苦悩に歪む。だがシルヴィはといえばのほほんとしたものだ。


「でも、諜報も何も、私からカレリアに連絡する手段ってないんだよね。そもそも私がカレリアを出されたのって、領地にいたら王様に私が引き抜かれちゃうから、私のところの領主さまがそれを嫌がって旅に出したって話だし」

「向こうからの接触もないってのか?」

「うん。だってそういうのできるような人、ウチの領地に居ないし。だから私はね、この諜報って任務をイジョラを回ってイジョラがどんな国かを見てくるっていう風に受け取ったの。イジョラって、カレリアからだと滅多に入国許可下りないから、イジョラがどんな国か知ってる人ってほとんどいないんだよ」

「そのアンタが、どうして反乱軍に?」


 じと目で領主を見るシルヴィ。


「さんざ誘っておいて、しかも勝手に突っ込んで死にかけておいて、そういうこと言うんだ」

「い、いや、そういう意味じゃない。アンタには本当に感謝してるんだ。俺たちが今こうして反乱軍として動けるのは、あの砦でのアンタの働きあってのことだとよくわかっている。だからこそ、アンタが何を望んでここに居るのかが知りたいんだよ」


 さっきの言葉はただのいじわるであったのか、シルヴィはいたずらっぽく笑う。


「そうだね。こんな言い方するのよくないけど、私自身としてはね、反乱軍に参加したのも成り行きみたいなもので。ここで知り合った人たちが死んじゃうのが嫌だから、って理由だけで手伝ったんだよ。でもね、ずっと反乱軍にいられるわけでもない。だから、私が大将になっちゃうのはダメなんだよ」

「態勢が整うまででもか?」

「態勢が整うまで私が大将をやったら、反乱軍は私がいないと勝てない軍になっちゃうよ。私はね、兵士としてはすごく変なんだ。私がいる軍はきっと、私がどう動くかを軸に全部が決まっちゃう。それはきっと、軍としてはとても歪な形だよ。そして最終的には、私がいる軍以外はまるで勝てない軍になっちゃう。今のイジョラ反乱軍はその性質上、各地で同時に色んな敵と戦うことになるだろうから、そうなっちゃうともう絶対に、イジョラには勝てなくなる」


 片手で頭を抱えながら領主は言う。


「それはつまり、アンタ抜きでイジョラ軍と戦えるようになれ、ってことか」

「うん。農民兵と傭兵たちとの連携も、今後どうやって戦っていくかの作戦も、その準備も、みんながやっていかなきゃダメだよ。私はそれができるようになるまでの時間稼ぎをする……つもりだったんだけど、敵、来ないから暇になっちゃった。あはは、なかなか思い通りにはいかないものだよねぇ」

「あははじゃねーだろ。ほんとにもう……とはいえ、これまでアンタが言ったことで間違ってたのは一つだけだったし、ここは言う通りにするべきなんだろうな」

「え? なんかあったっけ?」

「俺たち反乱軍は勝てない。そう、一番初めに言ってたろ」


 ぷっと噴き出すシルヴィ。


「そうだね、私そう言ってた。でも、今は違うよ。勝ち目はあると思う」

「そうかい、アンタにそう言ってもらえると自信がつくってもんだ」


 執務室は領主の館の二階にある。この窓から外を見れば、彼方の大きな大きな平野に多数の人間たちが隊列を作り、武器を手に訓練を行なっているのが見える。

 その数、五千。これすら現在の反乱軍の一部にすぎず、今もまだ各地より続々と民が集まっているところだ。

 イジョラにて、反乱ののろしを上げ見事領地を奪い取った反乱軍へのイジョラ農民の期待は、反乱軍首脳部の想定をはるかに超えるものであった。

 そのあまりの人の集まりっぷりに、シルヴィが手配してくれていた大量の糧食ですら足りなくなりそうで、急ぎ追加発注を上げたほどで。

 反乱が起こった当初、エルヴァスティ侯爵麾下のパニーラ・ストークマンは強く主張していた。五千の兵で即座に反乱軍を叩くべしと。それが、彼女自身にすら思いもよらぬ形で正しさを証明されてしまった。

 反乱初期ならばともかく、今の反乱軍はイジョラ軍であろうとそうそう容易く撃破できるような軍ではなくなっている。

 イジョラから離れて、新たな国としての道を歩み始めているのだ。


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